第一章第十八話『捕縛作戦⑤』
「この程度!」
鋭利な剣先が届こうとした時、どこからか飛び出してきた巨漢によっていとも容易くいなされる。続けさまに握りしていた大剣を振り下ろされて──、
「──っぶ!」
鈍い音とユダの不細工な声が混ざりながら、ユダは後ろへ大きく後退する。衝撃で倒れそうなところを踏ん張って耐えて前を向いて巨漢を視界にいれる。
服越しでも分かる筋肉を持った巨漢──、それを見て直ぐに気付く。この男はユダでは太刀打ちできない圧倒的な強者なのだと。
「ここは俺に任せて、お前らは先に行け!」
ユダの前に立ちふさがった巨漢が後ろの者にそう指示を下す。その台詞だけを見るのであれば、さながら男はまさに自分を犠牲に仲間を守る主人公のようだが、実際は違う。大罪教と結託して王都に大規模テロを起こした度し難い罪人だ。
「どうやってあの結界から脱出したのかは知らないが、この先に進みたいのなら先に俺を倒せ!」
「お前が『アアルの目』の長のディアブロか? あの地獄を大罪教と作り出した?」
立ち上がったユダが隊服について汚れを手で払いながら聞いた。その双眸には確かな憎悪が込められていた。
質問に目の前の男は直ぐに肯定した。
「あぁそうだ。だがそれがどうした餓鬼?」
「それがどうした……って! お前はあんな酷いテロを起こしたのに何にも思わないのか!?」
ユダは激昂した。目の前の男がテロのことを何とも思っていないことに。
せめて後悔をしていて欲しかった。無数の人を殺して建物を壊し、数多の思い出を血で侵したことを後悔して苦しんでいて欲しかった。そうしたら許すことはできなくても、幾分かはユダの心は楽だった。
「どうして!! どうしてあんなテロを起こしたんだ!?」
「そうだな……」
ディアブロは顎に手を当てて考える素振りをした。僅か数秒、その間にもユダの心の熱は冷めることはなく、熱く熱していている。
「──金が欲しかったからだ」
「──」
ユダは絶句した。あの残虐な行為に手を貸した『アアルの目』。その行動理由が金のためと知って、絶句して絶望した。
「結局金もろくに入らなかったがな」と、ディアブロの自嘲の声もユダの耳には入らなかった。
心は冷たく
(どうして
「俺の友達は大勢死んだのも!! お前らの金のためっていうのかよ!? ふざけるなぁぁ!! ここで死ね! 俺がお前を殺す!!」
「──ッ!」
ユダの剣とディアブロの大剣が鍔迫り合いを見せる。
ユダが大地を強く踏めしているのに対して、ディアブロは本当に大剣を戦闘に持っているのか疑いたくなるほどに身軽な動作であった。
「気迫に押されたが、所詮餓鬼だな」
落胆や失望した声色をしながら軽快な動作でユダを弾き飛ばした。それから流れるように男の長足で蹴り飛ばされる。
瞬時、風が切る音と共にユダは大きく後退していた。ユダの体重なんてものは無視して。
目線のディアブロが徐々に遠くなっていくのを感じるユダ。それを打ち止めにしようと地面に剣を刺して後退を止める。
「……何でお前なんかが生きているんだよ!!」
乱雑な動作で剣を抜くと、前かがみの姿勢で走り出し、再度ユダはディアブロに襲い掛かった。
「何も学ばないのか。餓鬼以下だな!!」
ディアブロとユダの実力は隔絶していた。
ディアブロは列剣流の上級剣士。
ユダは刀剣流の中級剣士。
階級でも十分差があるのに、実際に戦うと階級以上の強さの壁があることが理解させられる。それに今のユダは怒りに飲まれていて、まともな思考能力を有していない。
ユダがディアブロに勝つことはおろか、時間を稼ぐことすらできないのである。
「──ふっ!!」
ユダの目に入ってきたのは、太く強烈な一撃。強風を伴うそれは、いとも簡単にユダの胸元に到達した。
「ぐがぁ!!」
「威勢の良さだけで俺を倒せると思っていたのか? はっ!! 笑わせるな!!」
ディアブロの嘲笑が、ユダの耳の奥で不快に反響する。吹き飛ばされた衝撃で肺の空気がせり上がり、喉の奥に鉄の味が広がった。
「……ぁ、あああ!!」
ユダは震える足で立ち上がると、再び地を蹴った。怒りに任せたがむしゃらな一撃。しかし、ディアブロはその鋭い剣筋を、まるであくびでも出そうなほど退屈そうに大剣の腹で受け流す。
「無駄だと言っているだろうが」
ディアブロの巨体が、信じられない速度でユダの懐に潜り込んだ。 大剣の柄頭つかがしらがユダの鳩尾を正確に捉える。
「ガハッ……!」
息が詰まる。視界が白む。 膝をつきそうになるユダの髪を、ディアブロは容赦なく掴み上げ、強引に顔を上向かせた。
「ほら見ろ。お前の正義感も、仲間の仇も、この圧倒的な暴力の前には何の価値もない」
ディアブロは大剣を片手で軽々と振り上げ、その切っ先をユダの喉元に突き立てた。 死の予感が、冷たい刃の感触と共に肌に伝わる。
「……金のために、あいつらを……」
「そうだ。それ以上の理由など、この世のどこにある? 俺を否定するのは別に構わない。だが、力が及ばないのに否定できると思うなよ」
ディアブロが腕に力を込める。 その時、ユダの瞳に宿る絶望が、どろりとした漆黒の殺意へと変質した。
「……なら、お前の命も……俺が奪って、タダにしてやるよ!!」
ユダは喉元の刃を無視して、自ら前方へ踏み込んだ。 肉を裂く音。鮮血が舞う。 想定外の自暴自棄な特攻に、ディアブロの眉がわずかに動いた。ユダはその隙を逃さず、折れかけた剣をディアブロの心臓目掛けて突き出した。
「ぐぉぉぉぉ!!」
吠えたユダを、ディアブロは真正面から迎え撃った。
――否。
迎え撃つ必要すらなかった。
折れかけた剣は、心臓に届く前に、大剣の腹で叩き落とされる。
甲高い金属音が弾け、ユダの剣は宙を舞った。
「……惜しかったな」
次の瞬間、腹部に重い衝撃。
「――がっ!!」
ディアブロの膝蹴りが、容赦なくユダを打ち抜いた。
身体が折れ曲がり、肺の奥の空気が一気に吐き出される。
地面に叩きつけられ、転がる。
視界が揺れ、音が遠のく。
(……あぁ)
終わりだ、と理解した。
力も、技も、覚悟すらも――届かなかった。
「その程度だ。正義も、怒りも、復讐も」
ディアブロはゆっくりと歩み寄り、倒れたユダを見下ろした。
「全部、力がなけりゃ意味がねぇ」
大剣が振り上げられる。
影が落ちる。
(……リン)
脳裏に浮かんだのは、血に染まった瓦礫の中で、伸ばした手。
掴めなかった指先。
助けられなかった声。
(……また、守れなかったのか)
悔しさよりも、虚しさが勝った。




