第一章一話『訓練』
「っ!!」
ユダの視界の端に気配が走る。
振り返るよりも早く、背中に衝撃が突き抜けた。
「がはっ!!」
地面に倒れ込み、肺から空気が全部溢れ落ち、痛みが体全体を巡り、まともな思考能力が剥奪された。
「立て。今のその瞬間で君は数回殺されるぞ」
ユダを木剣で斬ってきた男は淡々と事実を述べた。励ましてはいない。だからと言ってユダを蔑ろにしていない。彼なりの優しさだ。
「言われなくても!!」
ユダに訓練をつけてくれている男の言葉に触発され、ユダは立ち上がった。利き手で剣を握っていた右手が痺れる。
剣の重さも疎くなる中、ユダは勇ましく吠えた。
「うぉぉぉ!!」
「威勢も十分。だがまだ足りない!」
(あ、これは死ぬやつだ...)
木剣が大きな弧を描きながら、ユダを襲う。何も言い残すことができず、ユダの意識は飛んだ。
物語はこの地獄のような訓練が始まった日に戻る。
── ── ──
「お前にはこいつから訓練をつけてもらう事になる。因みに剣術の訓練だ。お前には剣術の才能があるからな。常世、任せるぞ」
ギルドマスターの執務室。中にはギルドマスターが使う机椅子に、客人用の向かい合ったソファ。部屋は全体的に調和が取れて、ギルドマスターも浮いていなかった。
そこでユダは、アルデバランと一人の男が座っている向かい側のソファに座りながら、ギルドマスターの話を聞く。
「ギルドマスター殿の説明通り、俺が君の訓練を担当することになった『第一部隊隊長』の常世だ。宜しく頼む」
常世と名乗った男は、ソファ越しでも分かる長身だ。凛とした顔立ちをしており、黒色の髪は長く、髪と同じく黒い瞳はダイヤモンドのようだった。
「と、常世隊長。宜しくお願いします!!」
「おいおいユダ。あんまり緊張するな。常世って変な偽名は名乗っているが、ギルド内で珍しいまともな奴なんだぜ。それにお前はこいつが隊長をしている第一部隊に所属することになるんだ」
アルデバランが茶々を入れた。
彼の口から出た『第一部隊』がギルドの四つある部隊の一つにして、ユダが所属する部隊だと理解したとき一つ疑問が浮かんだ。
「彼女は...リンは俺と同じ部隊の所属になるんですか?」
「彼女ってお前ら交際──」
「してないですよ! 三人称です!!」
ユダは『交際』という言葉に食いつき、アルデバランの方まで顔を近づけて、名誉を守るために──主にリンのものを──勢い良く否定した。
「わ、わかった。わかった! 三人称だよな」
アルデバランがちゃんと分かってくれたことに安堵し、ユダは自分の行動に羞恥を感じながら顔を戻した。
ふと気になり双眸を常世の方に向けると、彼は今のアルデバランとユダの会話に興味がさほどないのか、出された紅茶を何食わぬ顔で飲んでいた。
しかしその姿は、紅茶を味わっているようには見えなかった。
「コホン、それでリンのほうだがあいつは第二部隊の所属になった。まぁ...ユダとは違う部隊だな」
「そ、そんな! それじゃ約束は!!」
落胆の思いを込めた声を発したユダ。瞬時にアルデバランの鋭い眼光に穿たれる。
「別にお前達の約束を無下にしたいわけじゃない。けどなユダ...ギルドはどこの部隊も人数不足だ。貴重な新人二人を同じ部隊に所属させるわけにはいかねぇんだ」
アルデバランは優しく諭すように、ギルドの内情を話した。
「それにお前らが同じ部隊じゃないと約束を果たせないってわけじゃないだろ?」
(確かにな...)
ユダは考えを改めた。
「...そうですよね。すみません」
ユダが脳裏に少女の笑顔を浮かべながら、残念そうに静かに呟いた。別に大きな問題ではないと、心の中で割りきると、今までの熱を冷ますように出されていた紅茶を口に含んだ。
(熱っっつ!!)
「ともかく、君との一ヶ月間の訓練で、君には俺が流派...『刀剣流』の中級剣士を目指してもらう」
「っ!!」
常世が目標を語る中で、ユダは理解した。この人についていき、訓練を乗り切ったらユダはリンとの約束を果たせるようになるのだと。
故にユダは──
「常世隊長! 早速俺に訓練をつけてください!!」
── ── ──
「っっは!! あ、あれ俺どのくらい意識が飛んでいましたか...?」
「二十分程だ。──休息時間には十二分だっただろう」
訓練が始まった日のことをユダは思い出し、リンとの約束を守るんだろ俺!!と、自分を鼓舞して岩石のように重い体を動かした。
剣を構える。それが訓練開始の合図となった。
「では行くぞ」
常世は踏み込み、ユダに斬り掛かった。
その攻撃はユダの目にはあまりに早すぎて、対応できないもの。そのはずであったが──
「っ!!」
喉元に迫った木剣を気づけば振り払っていた。
(対応できた...常世隊長が手を抜いたのか? いや俺が成長しているんだ!!)
自分が常世隊長の攻撃を不完全ながら捌けたという慢心がいけなかった。
訓練はさらに次の段階へと移行した。
「一撃を何とかして程度で満足するな。二、三撃目も対応できるようになれ」
「ぐへぇ!!」
気絶。
「二、三撃目も対応できるようになったら、今度はカウンターを決めれるようになれ」
「は、はい!!」
また気絶。
「今度はカウンターを自分がしやすいように俺を誘導しろ」
「はぁはぁはぁはぁ、は、はい!」
またまた気絶。
(や、やばい。生きた心地ちがしない!!)
何とかひと休憩を頂き、ユダは地面に倒れて肩で呼吸をする。呼吸をゆっくりと整えながら上目遣いで常世の方を見ると、彼はユダと何度も斬り合っていたのに息の乱れ一つもなかった。
(俺程度じゃ常世隊長を疲れさせることもできないかの...)
「ほ、本当に俺は強くなっているんですかね?」
「強くなっているさ。はっきり言って、『異常』なほどに」
一瞬常世がユダのやる気を下げないための戯言に思ったが、彼の真剣な眼差しがそれを否定した。
自分が成長している。師である常世が言ってくれただけでユダは嬉しかった。
「だったら他のギルド隊員と戦ったら!!」
勝てるかもしれない。
「いや、それは絶対ない。君の友人、アルスやフェリスと戦ったら十中八九瞬殺されるだろう。...今はな」
「げっ!!」
残酷な事実を突き立てられ、ユダは意気消沈した。だが成長しているというのは紛れもない事実なのだろう。
そんなことをユダは考えていたため「いずれ彼らを超えて、そして俺を超えるだろう...だって君は『勇者』なのだから」と、ユダへの期待を込めた言葉は耳には入らなかった。
「もう昼時だな。このまま昼休憩に入ろう。また一時間後ここに集合だ」
昼を告げる鐘の音が響き、ユダの訓練は一旦お開きとなった。ユダは先程常世の口から出たアルスとフェリスといった友人たちとご飯を食べるために食堂に向かうはずだった。
ユダは臍を嚙むことがないように、常世の方を真っ直ぐ見た。
「もう一回、もう一回だけお願いします!!」
ユダの決意を常世は受け止めた。
「……一度だけだ。来い」
その言葉に、ユダの心臓が跳ねる。全身が痛いのに、体が勝手に前へ出る。
ユダは深呼吸をすると、胸の奥底に押し込めていたテロの日の記憶へ手を伸ばした。
──炎。
──叫び。
──崩れる瓦礫。
──伸ばした手が届かなかった幼馴染。
燃える建物。死にゆく人々。
ずっと見ないふりをしていた光景を、今あえて呼び起こす。
(全部、全部……俺が弱かったからだ。だから力を手に入れる。リンを互いを守れるような力を!!)
その瞬間、体の奥で何かが弾けて、魂が熱く燃え上がった。
「行きますッ!!」
爆ぜるような踏み込み。
常世が受けの構えに移るのを見て、ユダは意図的に魔力を一点へ集めた。
手が熱い。
剣が震える。
そして──
青い光が剣を包んだ。
美しく、その淡く光る青色はさながらリンの髪のようだった。
(……え? 何だこれ能力…?)
ユダは自分の剣の変化に気づきながらも止まれない。
止まる必要もなかった。
ただ自分を信じるだけ。
「ふッ!」
振り下ろした瞬間、ユダは確信した。
それは今までのユダの一撃ではないこと。
剣が空気を裂き、
地面が反発し、
視界のすべてが線になる。
常世の木剣が受けに入る──
だが、
バンッ!
常世の剣が、押し返された。
常世自身が、床を滑るように一メートル後退した。
普段崩れない常世の体勢が、
わずかに、しかし決定的に揺らいだ。
訓練場の空気が止まる。
常世は、驚愕ではなく──
喜びにも似た表情 を見せた。
「……素晴らしい一撃だ」
その声は、今まで聞いたどの声よりも深かった。
剣士として、師として、心の底から称賛する声。
ユダの胸が一気に熱くなる。
「……っしゃあああ!!」
気づけば拳を握り、全力でガッツポーズしていた。
込み上げる歓喜は抑えられない。




