第一章第十一話『謁見②』
――ユダとリン、二人の未来ある若者がいなくなり、『謁見の間』は重苦しい雰囲気であった。
「此度のテロで『結界』が機能しなかったのはなぜだ?」
先ほどはユダとリン、二人の若者がいるということもあり、少々温厚な態度を取っていたセクメトが、今度はアアル王国を守る為政者として攻撃的に、赤い絨毯に跪くアルデバランに尋ねる。
『結界』とは、アアル王国全土に張られている強力な『結界魔術』のことで、それによりアアル王国内では、『魔獣』が生息すること、外部からの強力な魔術が放たれることを防いでいる。そして何よりも大罪教の人間が入ってきた時のための、完璧な防御の仕組みが結界には組み込まれていた。
この『結界』は、悪用されることなどを防ぐために『ギルド』の幹部と、アアル王室の一部の人しか知らない。一般人が知る由もない極秘情報だ。『結界』が機能していれば、テロの狼煙となった『王級炎魔術』で『アアル魔力大学』が大きな被害を被ることもなく、大勢の人が死ぬこともなかった。
「あのテロが『結界』の交換周期を考えてのものであったからです」
『結界魔術』をかけ直す『結界』の交換周期を大罪教とそれに与した組織に知る人物はいないはずだ。つまり――
「結界の交換周期を大罪教の一派に流した内通者がいると言うことか」
セクメトがそう結論づける。しかしその姿は、もう既にこの事実に気づいているようにアルデバランは感じた。
「貴殿には心当たりがあるか?」
「いえ、一切ございません。そもそも我々ギルドの本来の目的は大罪教の撲滅。大罪教に情報を流す内通者などいるはずがありません」
アルデバランははっきりとそう言い切った。
(これでギルドに内通者がいれば笑えない話だな……)
「となれば、我々側にいる可能性が高いな……」
顎に手を置きながら思案を重ねるセクメトを見ながら、アルデバランも同様に思案を重ねた。
(アアル王室で結界のことを知っているのは、国の重鎮――宰相のオットー殿たちか)
一瞬、内通者がアアル王国の宰相であるオットーだと考えたアルデバランは、頭の中で大きく首を横に振った。
現アアル王国の宰相であるオットーは、国を思う傑物として有名な人物だ。内通者の候補から除いた最大の理由は、オットーが幼い頃にセクメトの教育係を任されていたからだ。
アルデバランが思案の渦の中にいる中、セクメトが口を開いた。
「なあアルデバランよ。余は父上――先代の国王のように、恒久平和を目指すために武力を放棄するのは間違っていると思っている。武力なしで話し合いだけで平和を得ることができるのならそれに越したことはないが、現実は違う。時には戦うことも必要だと考えている」
セクメトは現実を見れる男だと、アルデバランは心の中で評価した。
先代までの国王たちを悪く言うつもりはアルデバランにはないが、先代までは理想を掲げているだけであまり実態は伴っていなかった。
「故に余はアアル騎士団を再編成し、より強力なものにしようと考えている」
テロという大きな出来事を経て変化することは、国として当然の流れだ。それが民を思ってのものなら、アルデバランは両手を上げて賛成しよう。しかし今のアルデバランには、それができなかった。アアル騎士団再編成――それが意味することは単純だ。現在王都の警備を任されているギルドをその任から降ろすということだ。
「アアル王国騎士団を再編成し、ギルドを王都の警備の任から降ろすのであれば、国中に張っている結界を解きますよ」
無償であの高度な結界を国に貸す道理はギルドにはなかった。
アルデバランの脅しじみた一手。セクメトはそれにたじろむことなく、落ち着いて対応した。
「構わんよ。精度は劣るが同様のものを開発している。近いうちに導入できるようになるだろうな」
さすがにお見通しだったのか、アルデバランの脅しにもあらかじめ対策を用意していた。しかし――、
(同様のものを開発しているというのは嘘だな)
アルデバランは誰よりもあの結界の有用性、そしてすさまじさを知っていた。ゆえに現代のアアル王国の技術では同様のものを作れるはずがないと、アルデバランは踏んでいる。
あれは人智を超えた力が絡んでいるのだから。
「しかし長い間の付き合いがあるというのに、その関係を急に切るというのは良くない。故に余は貴様らに試金石を渡したい」
『試金石』という単語にアルデバランは微かに反応した。セクメトは今ここでギルドを図ろうとしているのだ。
「此度のテロにおいて、結界の交換周期を大罪教に流した内通者を見つけろ。そうすればギルドとは今後も関係を維持する」
(わざわざ諄い真似を……)
要はセクメトはギルドに内通者を見つけ出してほしかったのだ。しかしただ頼み込むだけなのは、国としての沽券が許せない。かと言ってセクメトの方で探ろうとすれば、内通者に気づかれてしまうだろう。故にセクメトは今回のような回りくどい真似をしたのだと、アルデバランは考察した。
「――それでは我々ギルドが内通者を探し出します。そして国王陛下の信を再び得て見せましょう」
「それで良い、ギルドマスター。ぜひ、余に貴様らの能を見せてくれ」
どこまでを計算していたのか、それを聞きたい気持ちをアルデバランは抑え、忠臣を演じることに徹した。
(俺はただ道化でも何でも演じればいい。そうだろミカエルさん)
遠くにいってしまった恩人の名を出しながら、アルデバランは必要なことをただし続ける。
「ははっ!」
こうしてユダとリン、そしてアルデバランの三名の謁見は終わりを迎えた。
―― ―― ――
「どうでしたか、『ギルドマスター』?」
謁見を終えたアルデバランは馬車に乗り帰路につくなか、アルデバランは運転手の常世にそう聞かれる。アルデバランは窓の外に映る情景をしかと目に焼き付けながら――、
「詳細は後で話すとして、結界の交換周期を大罪教に流した内通者を探す必要ができた」
「内通者探し……となると、内通者と接触した人間を探すのが一番ですね」
闇雲に探して見付かる存在ではないし、結界のことを知る全員を尋問や拷問にかけてもギルドの信用が下がるだけだ。
故に接触したであろう人物から内通者の情報を得ることにした。
「ああ、そうだ。だからその内通者と接触したと思われる、『アアルの目』の長を捕縛する。できれば『大罪教』の方を捕縛したいんだが、あいつらの情報は一切掴めていないからな」
『アアルの目』、大罪教と結託して此度のテロを起こした犯罪組織だ。それ故に、情報を交換するために内通者と接触したと考えられる。
確保さえすればいくらでも情報を吐かせる手段はある。
「『アアルの目』の拠点は分かっています。第一部隊の方で捕縛作戦を実行しましょう」
ここでユダが訓練中に調査を行っていた成果が出た。あの時に調査を怠っていれば、今回のように素早い運びにはならなかっただろう。
「そのつもりだ。捕縛作戦にはユダも投入してくれ」
「正気ですか……? 俺との訓練で多少は戦えるようになったとはいえ、まだ本格的な戦闘は早いのでは?」
「大罪教と今後戦うことになるんだ。ユダには厳しい思いをさせることにはなるが、この程度でへばってもらうわけにはいかない」
王都の街を馬車の窓から見てみると、色々な人々の様子が見え隠れした。街は王都の警備の任を任されているギルドによって、大きく復興を果たしたが、それでも人の心はそう簡単には復興しない。
「分かりました。ユダ君以外の捕縛作戦のメンバーは俺の方で決めさせてください」
「構わないが、油断するなよ。『大罪教』とまではいかない犯罪組織だが、それでも巨悪なことには違いない」
「ええ、それは重々承知しています。罪を犯したのだからその代価はきちんと払って貰います」
「なら良い。頑張れよ、常世」
こうして第一部隊は、犯罪組織『アアルの目』の捕縛作戦を実行することになったのだ。




