第一章第十話『謁見』
アアル王との謁見を決めた三日後、諸々の予定が噛み合い今日、謁見することになった。謁見のためにユダとリン二人の通常業務が休みとなり、フェリスに「サボってんじゃねえ!」なんて文句を言われた。
「すげぇ」
一目で良質なものとわかる馬車を前に、ユダは感嘆の声を漏らした。数ヶ月前に王都に来たはずだが、ギルドに入ってからの約一ヶ月の方が、非日常的な経験をしているように感じる。
「ユダ君、リン君、感想もそのぐらいにして乗馬してくれ」
馬車の傍らで、常世が静かに催促した。彼はギルドマスター・アルデバランから直々に、今回の運転手を任されている。
「よぉ三人とも、準備はいいか?」
アルデバランが低く声をかける。彼は、普段の隊服とは違う、ギルドの長であることを感覚的に理解させる威厳ある服装に身を包んでいた。
「服装、いつもと違うんですね」ユダが尋ねる。
「当たり前だ。せっかく王様に会うんだからな、勝負服みたいなもんだ」
アルデバランの気楽さが少し羨ましく思えた。
「それじゃあ行くぞ」
常世の透き通る美声が届くと、馬車は静かに走り出した。
「見た目だけは復興が進んでいる。だが、人の心はそう簡単には治らない」
馬車が王都を進む中、アルデバランは窓の外を見ながら、どこか虚ろな目で呟いた。
「それに、復興を邪魔する『アアルの目』を潰さない限り、復興は終わらない。そしてテロが終わることも……すまない。ここで話すべきことじゃないな」
アルデバランは苦笑いをして話をやめる。
「ユダ君たちに諸々の所作を教えなくてもよろしいのですか?」常世が前を向いたまま、アルデバランに言った。
「向こう側も俺たちにそう言う知識がないことは分かっているはずだ。付け焼き刃だと逆に王様から反感を得る。こういうのは割り切ったほうがいい」
「もしも気に障るような行動をして、怒りを買ったのなら俺を断頭すれば済む話だ。……心配する要素は一切ない」
アルデバランはわざとらしく軽い調子で言ったが、ユダは一切安心することはできなかった。ギルドマスターの命の重さが、王の気まぐれな感情によって簡単に左右されるという現実に、息が詰まる。
「……それでも私は心配だな」
リンはギルドの隊服のスカートの裾を握りしめ、今まで胸にしまっていた思いを静かに吐露した。謁見を決めた時、彼女は「ユダを気遣う覚悟」を見せたが、それは彼女自身の恐怖を消したわけではなかった。
「大丈夫だよリン。俺がついている」
リンの右手をユダが握った。今のユダに、不安を拭い去る言葉は見つからない。それでも、彼の力強さだけを伝えるように、リンの手を強く、それでいて優しく握った。
「ならユダにも私がついているよ……」
今度はリンがユダの左手を握り返した。二人は、これから直面するテロの記憶の開示という重い試練を、一人で背負う必要はないことを、手の温もりを通じて確認し合った。
「……全く。若さは嫌いだ」
馬車内の青春の光景に嫌気がさしたのか、アルデバランは窓から王都の街並みを眺めながらボソッと呟いた。
「――ギルドマスター殿、もうすぐ着きます。そろそろ準備をお願いします」
常世の声で、二人は手を離し、前を向いた。目の前には、遠目から見るのとは比べ物にならないほど荘厳で、威圧的なアアル王城が迫っていた。
―― ―― ――
アアル王国第137代国王との謁見を行うことになったユダたち一行は、アアル王国騎士団の人間に案内され、アアル城の中にある謁見の場――『謁見の間』を訪れていた。
どれをとっても一級品の装飾品に囲まれるこの場所の最奥に存在する玉座。そこに鎮座するのは一人の男だ。
「よくぞ参ったな。ギルドマスター、そして――アアル魔力大学より生き残った二名よ」
言葉の重みが違った。その口から発せられる一つ一つの言葉に、ユダの命が天秤にかけられているような感覚に襲われる。
(……長男で良かった)
次男だったらその気迫からユダはちびってしまっていただろう。現実逃避をするかのようにそう考えていると、アルデバランがギルドマスターとして口を開いた。
「謁見の場を設けていただきありがとうございます。セクメト・アアル様」
初めて会う国王に臆するユダを前にして、アルデバランは臆せず挨拶をする。
「余が呼び立てたまでのこと。感謝を受ける筋合いはない」
先ほどの気迫ある言葉から一転して、セクメトが物腰柔らかく答える。正直、ユダにはセクメトがどのような人間か掴めない。
ただ一つ確かなことがあるのであれば。それは最初の挨拶の気迫は確かなものだった。現にユダは赤い絨毯に跪きながらひどく汗をかいている。セクメトの為政者の気迫に押されて。
「その二人は余に挨拶もせぬのか?」
「――ッ!」
ユダは瞠目した。恐らくリンもだ。極度な緊張感に襲われる中、ユダは苦し紛れの一手を繰り出した。
「ご機嫌うるわしゅうございます。国王陛下」
(失敗した……)
一瞬でユダは確信した。自身が失敗したことを。心なしかアルデバランが、自分のことを蔑むかのような目をしているような気がしてきたユダ。今のユダには全ての人の目が侮蔑の一瞥に見えてしまう。
「作法がなっておらぬ。それは不敬に等しい」
ユダの学がない故の不恰好な挨拶にセクメトが、礼がなっていないと冷徹な判定を下す。それをされたユダの息が止まる。
「――セクメト様、お戯れはそこまでにください」
次いで聞こえてきた声、それにセクメトは口角を少し上げた。
老人だった。腰は少し曲がっていてどこか気迫にかけており、特徴的なところというと人の髪かと疑うほどに伸びた白い髭だろうか。
そんな老人であったがユダは一目で気付いた。この男が現アアル王国の宰相であるオットー・トートスであることを。
「宰相オットー。まさか己の首の重さを、忘れたわけではあるまいな?」
オットーに対してセクメトは鋭い眼光を放ちながら対抗した。ここには危うげな雰囲気がある。
「その程度でセクメト様の悪戯心が無くなるのでしたら、私も今まで生き恥を晒してきた甲斐があるものですな」
「忠をもって仕える者の身で、余に意見するというのか?」
聞く側はヒヤヒヤする会話を続けるセクメトとオットーであったが、そこには確かな信頼関係があるようにユダには見えた。
「只今忠誠心が無くなってますので、『忠臣』というのは訂正していただきたいですな」
「フハハ!! よく言うものだな宰相殿は」
セクメトは激怒するどころか、寧ろ笑い飛ばした。
一体何が起きていたのかと、困惑していたユダは大切なことを思い出した。そう、宰相であるオットーはセクメトの教育係だったのだ。
幼きときからの関わり、それがこの妙な信頼関係を作り出しているのだとユダは感じた。
「――さて宰相の言う通り、戯れはここまでとしよう。以降は為政者として語る。アアル魔力大学の生き残りの二人、ユダとリン・フィオーレ」
セクメトの視線はアアル魔力大学の生き残りの二人、ユダとリン・フィオーレに向かう。そして鋭い眼光がユダとリンを差した。
「貴様ら――大罪教に通じていた、という可能性を否定できるか?」
(は……?)
予想外。
まさに予想外なことであった。なぜユダが大罪教との関与を疑われるのか、それはユダには到底理解できなかった。
『大罪教』――先日のテロを犯罪組織『アアルの目』と結託して起こした、『罪人も善人もなく救済する』という理念を掲げている『大罪者』を崇拝している宗教団体だ。宗教団体とは名乗っているが、一国を滅ぼしたこともある巨悪。そしてその認識はセクメトを含めた世界共通である。
「そ、そんなこと……」
喉を震わせながら「そんなことはない」と、そう答えようとした時。セクメトが追撃の一撃をユダたちに下す。
「――なぜ、貴様らだけが生き残った? 数千の命が灰となったあの地獄で、無才の学生が二人揃って。……これを『幸運』の一言で片づけるほど、余は楽観的な男ではないぞ」
(確かにそうだ……)
ユダは幸運なことに生き残ったと思っていた。きっとそれはリンも同じはずだ。しかし為政者――多くの知恵者にとって、それをただの幸運で片づけるわけにはいかなかったのだろう。
「なぜだ?」
たった三文字の言葉、それにユダは気圧されている。
玉座に立つ王の気配に、喉がひりつく。足は震え、心臓は破裂しそうだった。
ユダは自分がただの田舎者であることを痛感する。国王に言葉を投げかけるなんて、本来あり得ない。
けれど横を見ると、リンがいた。
彼女の小さな手は汗ばんでいて、必死に震えを隠しているのが分かる。
(……俺だけじゃない。リンも同じだ。それでも隣に立ってくれてる)
胸が熱くなった。恐怖に押し潰されそうな心に、彼女の存在が灯をともす。
「……っ、俺は……俺たちは……!」
震え声でも、言葉を吐けたのはリンが支えてくれているからだった。必死に否定の声を出そうとした時、太い腕がユダの目に入った。
「待ってください」
アルデバランがユダの前に腕を差し出してユダを静止させる。
「僭越ながら国王様。この二人に大罪教との関係性は一切ありません。それは我々の方で確認済みです」
「ほう……」
玉座に座るセクメトが値踏みするかのような双眸で、ユダとリンをじっと見つめる。
「余が貴殿の言葉を信じると本当に思うのか?」
「ええ、確かにそうです。ですからもしこの二人が大罪教と本当に関わっていたのなら私は……」
「どうするというのだ?」
「この命を持って、その罪を償いましょう」
アルデバランははっきりと言い切った。
「貴様の命にそれだけの価値があるとでも?」
「はい。少なくとも私は、大罪教の撲滅を目論むこの命がセクメト様、あなたよりも重みがあるものだと思っています」
アルデバランの言葉。
それが導火線になったかのように、今まで武器を構えて見守るだけであったアアル騎士団の衛兵達が、一気にアルデバランの首を剣で囲んだ。
一触即発の事態になっても、両者は顔色一つ変えずにお互いをじっと見続ける。
「国王陛下!! ご命令を!!」
アルデバランの発言は侮辱罪にあたる。そして国王に対する侮辱は万死に値する大罪だ。
衛兵達は罪人を殺す命令をセクメトに求める。
「――」
セクメトは黙ったままだった。
それは命令を出すのが億劫になっているのではなく、ただアルデバランを値踏み をしているかのようにユダの目には写った。
「国王陛下!!」
再度衛兵達は叫んだ。
衛兵達は怒り狂って、今にもアルデバランの首を切り落としそうだった。
「――」
セクメトは依然として沈黙を続けている。アルデバランもそうだ。
それに対して衛兵達が再び、首を切り落とす許可を貰おうと声を上げようとした時、鋭い声が謁見の間に響いた。
「武器を降ろせ衛兵達よ」
「ですが国王陛下。この者は陛下を侮辱したのです! それを見逃せとおっしゃるのですか!?」
「――武器を収めよと言っているのだ。耳まで飾りか、衛兵」
低く、地這うような声。しかしそれは、雷鳴よりも鋭く謁見の間を震わせた。
「次に余の前で勝手に舌を動かしてみろ。その時、床に転がるのはアルデバランの首ではない。……貴様の首だ。分かったのなら、失せろ」
衛兵たちは即刻アルデバランの首を囲う剣を下げた。
セクメトはどうやらアルデバランが持っている、大罪教撲滅への執念とそれに続く何かが、自分を遥かに凌駕していることを悟ったらしい。
「失礼した。では、此度のテロで大きな被害を被った者として、あの惨劇の様子を話してはくれぬか?」
「も、勿論です」
そこからユダとリンは、あの日の惨劇をセクメトに語った。
魔術が構内に放たれそれを直撃して、耐え難い痛みを負ったこと。死体が溢れて、芳醇な死の匂いが漂った『アアル魔力大学』の構内から何とか脱出すると、さらなる惨劇に心が折れたこと。そんな聞いたものを不快にしかしない話を。
リンは彼女の目線でのあの日の地獄を語った。ユダも聞くのは初めてであったが、ユダの変わらない地獄具合であった。
セクメトは眉を少しひそめるだけで、そんな聞いたものを不快にしかしない話を、嗚咽の声を漏らすこともなくずっと聞き続けた。そして話を終えるセクメトは――、
「大儀であった」
その一言だけを残した。しかしそれだけでも、ユダの心はほんの少し救われた。セクメトにユダが経験したテロの惨劇を話すことによって、きっとこの世界は良い方向に向かうような、そんな気がしたのだから。
それに自分の痛みを、王というこの国の頂点が、否定せずに受け止めてくれたのだから。
「これ以上の対話は、貴様ら凡夫の器にはいささか毒が過ぎるか。……もうよい、退がれ。衛兵、この者たちを城門まで送り届けよ」
言い方はあれだが、セクメトがユダたちが謁見の場から出ていけるようにしてくれる。その言葉にユダたちは甘え、そのままアアル王城を後にした。




