新たな挑戦
「失礼します。あの、先程電話した…。」
言い終わる前に、目の前に、背の高い、薄茶の髪と瞳をした男性がにこやかにあらわれた。
「いらっしゃいませ。睡さんね?僕、蓮谷の兄のかずやです。一葉とかいてかずや。助かるわ!ぜひこちらで話を聞いて?」
流れるようにカウンターへと導かる。カウンターには、いずれも年若い、しかし、様々な趣味と見える若い女性たちがいた。
「はじめまして…。」
「こちら、フミ君、うん、弟の……お得意様?になるわね。睡さん。睡さん、彼女達は、脱毛サロンの施術者なの。まあ、座って。」
電話口と同じく、流されるように話しを聞いてしまうほど、失礼でもなく踏み込み過ぎもせず、人懐こい。
彼の特性なのかも?
お茶に口をつけて微笑んだ。
彼の悩みとは…VIO脱毛について。
恥ずかしいかとか、躊躇する理由はとか、そもそも脱毛したいかとか…。
「そう…ですね。私個人としては、そこも脱毛してしまいたいです。」
「うん、うん。恥ずかしい?」
「そうですね、私は施術者が同性でも、抵抗感や恥ずかしさがあります。…レディースクリニックも苦手で…。」
“あー、わかる〜。”と、女性たちから声があがる。
「それが、僕達の悩みなのよ。…うーん、もっと気軽にVIO脱毛にきてほしいんだけど…」
それから、私達はどうすれば気後れしないか、恥ずかしさが減るかと、あーでもないこーでもないと、談笑した。
「ね、他に身体や色々、気にする事ってある?」
一葉さんの問いに私は答えた。
「私は一般的じゃないかもしれませんが、体臭や、口腔ケア、デリケートゾーンのケアが気になりますね。予定はなくても、…その…」
いいごもると、隣の女性が肩を叩いて同意してくれた。
「わかります!きになりますよね、男性の目線。私も…予定はなくても気にしてます。だからこそ、脱毛の施術者として、気軽さを持ってほしい!」
「わかる!デリケートゾーンの気後れや悩みだって、もっとオープンに話し合いたいよね!」
カウンターの女の子達がワイワイ、キャイキャイと雑談を始める。
「んー…。ね、睡さん、僕が施術者でも、気後れして恥ずかしい?」
私は目を丸くして一葉さんを見てしまう。
「……あ…。他の男性よりは、ハードルは低いけど……。」
つい、男性を意識してしまう。
「…睡さんは、女性がお好き?」
「え?いえ。恋愛とかは、男性が…」
「あら。女性の方が気楽かしら?とも感じたんだけど…」
「脱毛は、女性でも…恥ずかしさがあります…それに…緊張して…」
「ふぅん。ね、男性が対象っていい切る理由は…?」
キラキラと興味津々で一葉さんが聞いてきた。
「それは……、」
答えに困っていると、ドアが開き、蓮谷さんが入ってくる。
目が合うと、彼は一葉さんたちを追い出した。
「はいはい。そこまで。なにを話してたかわかんねーけど、睡さん、困ってるから。それに…俺のお客様でしょ。
これからは、プライベートな空間だよ、この店。」
ワイワイとドアのとことで皆が騒いでいたが、しばらくして、ドアベルが鳴り、扉が閉じた。
「ごめんね?兄貴、あけすけに色々きいたんじゃない?」
あの、囚われそうな、不思議な雰囲気の黒い瞳に見つめられて、私はドクンと心臓を鳴らした。
「い、いえ…。」
急に警戒して、緊張してしまう。
「……。ごめんね?俺は兄貴みたいに上手く和ませるの、下手でさ。でも、そんなに、固くならないで。」
彼は微笑んで、新たしいお茶と一緒に、ソファに案内してくれた。
「で。もう言っちゃうけど、辺見からも聞いたけど、固さをなんとかしたい?」
「………。彼は…仕事の…突破口になると…、」
長い脚を優雅に組んで、ソファにゆったりとすわる蓮谷。
私の言葉を待っていたようだが、話し始めた。
「睡さんは、………、踏み出すつもり?」
「……。……できれば…」
仕事の事がある。やはり帰りますって訳にもいかないだろう。
様々な考えが、頭を巡り、不安を煽る。
「ふっ…。」
小さく蓮谷が笑う…。
怪訝そうに彼を見ると…。
「ああ、ごめんなさい。嘲笑った訳じゃないんだ。…ただ…睡さんは、今、色々考えてるんだろうなって思って。」
一口、お茶を飲む。
彼もお茶を飲む。
「…色々考えちゃうんだね、睡さん。うーん、今はとりあえず考えずに、これに記入して。」
渡された書類には、色々な項目があり、気になる、悩んでいる、解決したいなど選択肢がある。
…項目には、先程話していた脱毛やデリケートゾーンケアについてもあった。
私は、警戒心が強まるも、考えずに、記入し渡した。
「ありがとうございます。…少しだけ力を抜けたら抜いて、お茶の香りでも楽しみながら聞いてください。」
彼は一呼吸置き、「仕事の発展の為だと決めて、まず半年は、睡さんが今、気にしてる、口腔ケア、体臭ケアに脱毛に、…デリケートゾーンのケアに専念しましょう。口腔ケアは歯科医に紹介します。後は…」
彼は…店内を見回すと、立ち上がりいくつかの商品とサンプルを持ってきた。
「これが、頭皮や肌の香りに、こっちはデリケートゾーンの石鹸と、美容オイル。全身にも使えるオイルと、これは、オマケ。俺特製のバスバブル。」
華やかで可愛らしい商品が並ぶ。
「あの…でも…一気には買えない…」
尻込みするように私はうつむく。
「代金は歯科医と、脱毛だけ。あとはいらないよ。」
「どうして…?」
「あなたを柔らかにしたいのは、俺の欲求でもあるから…。睡さんには、意味がわかるよね?」
まっすぐに瞳が私を見つめた。
どうして…?彼には…わかるの?
私が…理性を蔑ろに彼には抗えないだろうとか…私の欲求が、彼にはわかる…の?
急にいたたまれず、恥ずかしさに襲われ、色々自意識過剰に考えてしまう。
「ほら。また、なんか良くないこと考えてるでしょ?気にしないで。…難しいだろうけど…俺の前では…教えてほしい。」
私はただ見つめた。
彼を見るだけじゃない。あの、真夏日の瞬間から、私は彼に惹かれて囚われそうなフェロモンに抗っているのだ。
……抗いたくないくせに…。
ドクン、と心臓がうるさくなる。
「あの…やっぱり…」
「やっぱり…なに?…やめたい…?」
彼が軽く私の指先に触れた。
ビクっと身体が、弾む。
「……提案。とりあえず、数ヶ月、ケアに専念してみない?」
彼は私に考える時間をくれた。
私がごちゃごちゃと、考えてしまう、出来ない理由や戸惑いすら解決した。
お店には静かな音楽だけ、流れていた。
その静寂を遮るように、電話がなる。
私は意思を決めて、電話が終わるのを待ち伝えた。
「良かった。…俺…嬉しいよ。まず半年、数ヶ月、ケアと一緒に香りの感想も聞かせて?睡さんの好きな香りのものを作りたいしね。あ、それから。
俺はこれから、あなたを、睡さんとか、睡って呼ぶ。睡も、俺の事を史郎って読んでよ。」
彼は、そういって、名刺を差し出した。
“蓮谷 史郎 はすや しろう”
「兄貴は、フミって言うけど、きにしないで。」
加えて、月に一度はこの店か飲食店に来てねと…。
いきなり名前で呼び合うの…?
友達?恋人…?弟…?
どう、人の目に移る……?
「ふふ。ほら。また考えてる。俺としては親しい女性、恋人みたい、が。いいけどね。…人が俺達をどう見るかなんて、考えなくていいよ。…大丈夫だから。ね?」
微笑みかけられて、気が付かない程度に髪を撫でられて、私は頷いていた。
その夜。早速、デリケートゾーンの石鹸を使う。ずっと気になっていた商品だ。
香りも好みでさっぱりする。
バスバブルを入れた湯船で、私はゆっくりと過ごした。
髪の毛を乾かしながら…、オイルを塗る。基礎化粧品で顔や肌を潤して、まっさらなシーツのベッドに潜り込むと、
その心地よい香りに、いつの間にか熟睡していた。