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開かれる扉

「遅くなりました?」

「いえ、大丈夫ですよ。では、睡さん、行きましょうか。」


当日まで悩みに悩んだ食事会。

私は担当者の後について、店に入った。


ごく普通の、木材を主体とした、年季がはいり落ち着いた雰囲気のお店。

バーのようであり、洋食店のようである。


席につき、担当者がメニューを渡してくる。

「店主はまた後で顔を出すそうです。まずはお好きなメニューを頼んでください。」


…特殊な才能がある、という店主。

私の作品の、人生の突破口になる??

担当者の言葉を反芻しながらメニューを見る。

最初は、注意を払ってメニューを決めようと考えていた。

が、メニューを見たら、そんな事は忘れて、望むがままに選んでいた。


「あ、これも美味しそう。」


担当者がいつになく、素の表情で、微笑んだ。

「睡さんのお好きにどうぞ。僕も気が楽だし、店主もそのほうが喜びます。

複雑に考えないで、食事を楽しみにしましょう。」

気後れしたが、気にせずに、私は微笑み、気ままにお酒を食事を注文した。


運ばれてきた料理も、お酒も、

まるで、私の心身の調子を知り、合わせたかのように心地よかった。


「美味しいですね。…誘ってくださりありがとうございます。」

「いえ。でも…良かった。睡さん、柔らかい表情してますし。…仕事の話は野暮ですね。…それにしても…」

グラスの脚を触る私の指先に、担当者の彼の指先が近づく。


「やっぱり、艷やかな女性だったんですね…」

「えっ…」


いきなり変わる雰囲気に驚き、手を引っ込める。

なんなんだろうか?と、対処を考える頭に耳に、低く、しかし、低すぎない、心地よい声が届く。


「いらっしゃいませ。辺見くん、その方が、担当作家の、話していた睡さん?」


彼の声で、担当の辺見くんも私も我にかえる。


キツネにつままれたというか、魔法に囚われたというか、不思議な雰囲気が辺見くんから消えた。


「あ…ああ!そうなんですよ、蓮谷さん。」

蓮谷と呼ばれた店主に目をやると、

何故かあの日に見た、真夏日にも涼しいイケメンを連想した。


まじまじと、蓮谷を観察したが、髪は確かに長めだが、結んではいない。

微かに見えるタトゥーと、濃い、黒い不思議な瞳が似ていた。


「あの…いきなり、ぶしつけに伺いますが…以前お会いしました?…というより…、〇〇駅付近にもお店を出されてますか?」

あの、真夏日の、彼を想像して聞いてしまう。


「……。ええ。あの駅付近にもありますよ。ただ、飲食店ではなく、僕の趣味と実益を兼ねた、香りに因んだ店と、僕の家ですが。」


蓮谷の声のトーンと眼差しに、微笑んではいるが、どこか危険だと分かる眼差しに、私は射抜かれた。


「ええ?なに?お二人は知り合いなんすか?」

くだけた口調で辺見くんが話し、場の不思議な空気が消えた。


「いえ、今日が初めてですよね?お料理とお酒、お口に合いましたか?」

私も我にかえる。微笑みながら、賛辞を伝えた。


「ぜひ、またお越しください。」

それから、蓮谷さんと辺見くんは談笑をし、私達は帰る事になる。

蓮谷は私達を見送る。

店を出る時、彼が私に

「次はぜひお一人でお越しください。こちらのお店でも、あの駅付近の自宅でも」

と、囁くまで、私に異変はなかった。


だが、囁かれた瞬間、快楽というか、何かが身体を走り抜け、私は脚の力が抜けてよろめいた。

心地よい余韻が身体に残って………。


「大丈夫ですか?睡さん。」

辺見くんの手を、本能的に避けてしまう。


…今、…触られたら私は彼に流される。


本能が告げる危険を回避するように、その場を逃げるように、

「…だ、大丈夫です。酔ったみたいで…失礼いたしますね。ご馳走様でした。これ、割り勘で。」

封筒を辺見くんに押し付けて足早に去るとタクシーに乗り込み、自宅へ向かう。

「また、来てくださいね。睡さん。」

蓮谷の声が…微笑みが、瞳が。

全てを見透かしたように、後をついてきた。


自宅の最寄り駅ではなく、蓮谷の飲食店のある街の最寄り駅でタクシーを降り、私は電車で帰路に着く。


部屋に入り、バスタブに湯を張る。

流れる音を聞きながらも、私の耳には先程の蓮谷の声が纏わりついていた。


あの人は危険だわ。…理性を…飛ばして私に影響してる。

あの、濃い黒い瞳に全ての願望や欲望を見透かされたみたいで、居心地が悪い。


スマホが震える。辺見くんからだ。

「今日は喜んで頂けたみたいで、良かった。あの、蓮谷から、忘れ物があると伝えてほしいと…」

二つ、三つ、会話をして電話を切ると私はバッグを確かめる。


…忘れ物…?ないような気がするのだけど…。

後で考えよう。

私は好きな香りのバスバブルを入れて浴室に行く。


あれから、2週間後ー。

忘れ物らしきものはない。が、あの瞳に囚われたようにお店に電話した。


「もしもし。あの…〇〇店でしょうか?」

私の言葉を待つより先に電話口の声が弾む。

「はい…あら?もしかして…ごめんなさい、突然。あなた、睡さんかしら?」

電話口の声は男性のようだが…。

「あ…の…はい。先日、ご馳走にあがりました。」

「蓮谷ね。蓮谷は、フミ君、いえ、彼は私の弟なの。伝言があるのよ。“趣味と実益を兼ねた自宅”に来てほしいって。お近くなんですって?…実は…僕は彼の店の一角で脱毛サロンをしてるんだけど…悩みがあって…。…せび、睡さんにも聞いて欲しいんだけど…ダメかしら?」

初対面なのに、どこか人懐こい彼の声に、私はいつもなら警戒するはずが、承諾していた。

私は軽く身支度を整えて、その店の扉を開いた。

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