第一話 異世界に愛を込めて
間違いだらけの旅路ですが、なんだかんだで楽しそう
壱村直生は1時間ほど前まで生粋の日本人で、日本から出たことは無かった。
そして直生は今、訳のわからない洋風の豪華な部屋で膝をついていた。
これからどうしろというのだ。隣には己に降りかかった不運を咀嚼しようと虚空を見つめる女性。創作でよく見る『エルフ』そのものだった。三つ編み金髪でエメラルドの瞳、そして背中に携えた透明な羽。瞳と同じエメラルドのそれは、困惑と絶望が入り混じって萎れているように見えた。
「まあ、申し訳ないんだけど、間違えて召喚しちゃったものは仕方ないからね...準備できたらお願いね、“本物の勇者探し”!」
ペコペコと頭を下げながらそそくさと立ち去ろうとする目の前の人物。赤いマントを羽織り、王冠を被って玉座らしき場所に座っていた。非常にに不本意ではあるが、彼は王様であるらしい。この異世界の、一国の王。
王様が扉の向こうに消え、取り残された僕とエルフらしき人物。
「...あの、どうします?」
「とりあえず、状況を整理したいので、ここから出ませんか...」
2人はよろよろと立ち上がり、先ほど王様が出て行った扉を抜けた。
端的に言うと、僕こと壱村すなおは、インチキ赤マントこと王様によって“勇者と間違えて”日本から召喚された一般人で、隣のエルフもまた、“別の世界”から召喚されたただの人間違い一般人である。
他にも色々不運はあったが、とりあえず2人が言いたいことはこれだけだ。
「なんで、こんなことに」
時は十数時間前に遡る。
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「由那〜アイスが来たぞ〜」
へとへとで汗だくの高校生が、『壱村』と書かれた表札を掲げたごく一般的な一戸建ての玄関を開けながらそう言った。
外は現在35℃。家中のありとあらゆるクーラーを一斉稼働させて尚熱気が抜けないのではないかと思うほどの、外の暑さのなごり。適当に脱いだ靴を揃えることもせず、壱村すなおは一直線に冷凍庫へと向かった。
愛すべき妹(絶賛反抗期中)の「アイスが欲しい」とのお言葉に即座に反応して近所のコンビニまで駆けていったため、先ほどまで見ていたテレビがつけっぱなしのまま放置されていた。冷凍庫に妹が愛してやまないチョコミントのアイスをしまい、あたりを見渡すと妹が無表情に立っていた。
「由那、チョコミント3段目だぞ」
「...わかった」
そっけない態度にはもう慣れた。お兄ちゃんは知ってるぞ、その態度の裏で頬が緩んでいることを。
思春期ってのはどうしてこうもいじらしいのか。妹のそんな姿を見た直生は、先ほどの地獄のような暑さなどすっかり忘れてしまっていた。
「俺のアイスは?」
満面の笑みで直生を覗き込んできたのは直生の父。
「コンビニにあるよ!」
これまた満面の笑みで返す直生。僕は由那のアイスを買いに行ったんだ。父さんのアイスを買いに行った覚えはないね。
父が不貞腐れる。
「母さーん、直生が俺に冷たい〜」
「あらあらまあまあ。アイスだけに...ってこと?」
にっこりと笑いながら母は言い、家族は全員その場で動きをピタッとやめた。
「....みんな凍りついた」
由那がぽつりとそう溢す。
家に満ちたアイスのような凍った空気は、すなおの一言で無理やり溶かした。
「仕方ない、お兄ちゃんが我が家を代表してアイス買ってくるよ」
みんなが一斉にこちらを見て(妹はちょっと視線をこちらに向けるだけだった。いじらしい)、目を輝かせながらこう言った。
「さすが、壱村家の勇者!」
その瞬間、どこからか声が聞こえてきた。
『勇者よ、我が国エルファエを救いたまえ!!』
ん?何今の??
家族は唖然とする。
しかし一番驚いているのは直生だ。なぜなら、彼の体は眩く蒼い光に包み込まれていたからである。
「え、え、え、え」
一体誰が想像しただろう、数分前まで冷凍庫の前で家族とただ談笑していたはずが、今自分の体を怪光が包むことになるとは。
そして怪光は一層眩く光を放った。
「直生?!大丈夫?!」
母さん、どう見ても大丈夫じゃないよ。
どんどん光は増してゆく。そしてその光によって自分の体をうまく視認できなくなったその時、“声”は再び部屋中に轟いた。
『召喚陣、発動!!』
視界がブラックアウトして、
壱村直生は、“転移”した。
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