0.7 包帯の下、呪われた力と失われし命(前編)
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それは──圧倒的なまでの“大きさ”だった。
たしかに、冒険者ギルドは広くて、立派で、頑丈だった。
大きな梁と石積みの壁。中に入ると天井が高く、田舎育ちの俺からすれば、最高峰の建造物だ。
けれど。
今、その建物が──ただの“箱”にしか見えなかった。
ギルドの壁が吹き飛ぶ音すら、空気の振動でかき消された。
瓦礫が降る。粉塵が舞う。けれど“音”が遅れてくる。
何が起きたかを“理解する余裕”が、遅れて脳に届いた。
そして──顔が現れた。
黒く、硬質な鱗が光を弾き返し、砕けた壁をさらに押し潰すように侵入してくる。
角は鈍く湾曲し、額の中央には裂け目のような筋が入っていた。
尾が、ギルドの奥をなぎ払い、柱が吹き飛んでいく。
その巨体は、“ただ覗いただけ”でギルドの半分を破壊していた。
── 黒龍アトラセカス。
それが、俺たちの目の前に“現れた”。
ヴゥオオオオオオオオオオオオン──!
咆哮が空気を叩く。
耳の奥が裂ける。
肺の奥に“音”が入り込み、震えで喉が閉じた。
(……嘘だろ……)
それは“生物”ではなかった。
災厄、異形、終焉──
そんな言葉のどれを使っても足りない。
そこに“居る”だけで、空間が歪む。 息をするのもやっとだ。
世界がひとつの“恐怖”に支配されていく感覚。
(これが……本物の“災害”……?)
どんな凶悪なモンスターだって、目を逸らせばやり過ごせる気がした。
でも、こいつだけは違う。
──目と、目が、合った。
その瞬間、背筋が凍りついた。
(ヤバい……ッ!)
まぶたが焼けるように痛い。
目を合わせているだけで、頭蓋の奥から“音”がする。
(逸らせ……視線を逸らせ……)
それすらできなかった。
俺は確かに、あの瞳に“掴まれていた”。
しかも──まだ全身が見えてすらいない。
壁越しに覗いている“顔と尾の一部”。
たったそれだけでこの“支配力”。
俺の心臓がバカみたいに打ち、頭の芯が熱くなる。
「……っ! 走れぇぇぇぇ!!」
その怒号が、金縛りのような恐怖を引き裂いた。
カイル。
ギルドの古参冒険者。
その彼の声だけが、この空間で“正気”を保たせてくれた。
しかし──
「す、す、すすすすみませんっ……! あ、あ、あああああ足が動きませんっ!!」
アルカが地面に崩れ落ちていた。
腰を抜かしたというより、完全に“膝が壊れた”ようだった。
顔面は蒼白。瞳孔が定まっていない。
……そして、足元には──濡れた音が染みていた。
彼女は、恐怖で“漏らしていた”。
(やばい……マジで……本当に──)
ただのモンスターじゃない。
ここにいる“全員”が、本能で悟っていた。
この存在は、“生物”じゃない。
立ち上がる気力も残っていなかった。
誰もが、ただ“喰われる”のを待つ“獲物”になりかけていた。
「包帯男!その子を連れてさっさと逃げろ!!」
(包帯男って、俺か!?)
……まぁ、ツッコミの余地はあるが、確かに間違いじゃない。
ここに全身包帯姿でいるのは──俺だけだ。
「分かりました!!」
俺は無理やりアルカを抱き上げる。
右手に杖、左腕に少女。
胸が締めつけられる。心拍が早すぎて視界が揺れる。
でも、時間がない。
──そのとき。
「……ちょっと待て、包帯男」
「……は?」
カイルが声をかけてきた。
黒龍が目の前にいて、あの咆哮が響いているというのに──
「お前、その杖……どこで手に入れた?」
静かな問いだった。
俺は咄嗟に言葉を詰まらせた。
けれど、口が勝手に応える。
「……俺を拾ってくれた人が、くれたんです」
「そうか」
カイルは、それだけを聞くと──
僅かに、笑った。
「……悪いな、そいつを見たら妙に懐かしくてな。
剣一筋だった俺が、それを見てると昔の恩師を思い出しちまう……さぁ、早く──」
その瞬間だった。
風が──逆流した。
まるで“空間が引きちぎれた”ような感覚。
何かが“吸い込まれる”ようにして──
目が開けてられない。
そしてやっと瞼を開くと──
カイルの姿が、消えていた。
「…………え?」
誰も動けなかった。
視界のどこにも、彼の残像すらなかった。
床にも、血痕ひとつない。
音もなかった。ただ、そこに居た“人間”が、跡形もなく“居なくなっていた。まるで、最初からそこに誰も居なかったかのように。
「カ、カイルさ……ん……?」
アルカが震える声を出す。
俺の腕の中で、かすかに嗚咽するのが分かる。
「カイルさん!どこに行っちゃったんですか!?」
アルカは必死に叫ぶ。
しかし反応は無い。
「カースさん!カイルさんが居ません!上手く逃げられたのでしょうか!」
「……」
何も返せなかった。カイルは逃げたんじゃない。
そもそもあの男はそんな一人だけ逃げるような奴じゃない。
まだ出会って1日だが、それだけは分かる。
視線を上げる。
──黒龍。
動いていない。
ただ、あの“視線”だけは、今も──
まっすぐに、″俺″を見ていた。
まるで、“次はお前だ”とでも言うように。
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