0.5 扉の前の勇気と、恐怖の向こう側
いつもご覧頂きありがとうございます!
本編の前にまだブクマや評価をされてない方はどうぞポチッとしてやってください!
無料で作者のモチベを上げることが出来ます!
おじさんに「行ってきます」と告げて、俺とアルカは並んで歩いていた。
目指すは、街の中心にあるという──冒険者ギルド。
俺は外の世界を見る。アルカは冒険者になる。
それぞれの目的を持って向かっていた。
「その杖、良いですね」
「あ、これ? ……おじさんの杖だってさ。アレでもおじさんは昔、相当優秀な魔法使いだったらしいよ~?」
あくまで他人事のように返す。
感情はこもっていない。というか、もう何十回と聞かされた“伝説の魔法使い”エピソードだ。
『……俺は昔、伝説の魔術大会で……』
『俺はかつて“破滅の魔王”を単独で──』
『俺はな、″禍ツ神″の一体と戦って撃退して──』
もう、お決まりのような語り口。
たぶん幾つかは本当だと思う。それもかなり誇張してそうだけど。
正直後半は殆ど聞いちゃいない。
そんな俺が今、右手に握っているこの杖。
昨日、包帯を外して車椅子を灰にしてしまった俺に、おじさんが黙って差し出してくれたものだった。
使い古されてはいるけど、磨かれた木の質感は温かい。
土を突けば、たしかにしっかりと支えてくれる。
(……感謝してるよ、おじさん)
「……」
「どうした、アルカ?」
「いえ、なんでもありません。ただ……その杖、大事にしてあげてくださいね。決して、折ったりしないように!」
「お、おう……?」
急に顔を近づけてきたアルカの距離感に、思わずのけ反る。
鼻先が触れそうな距離。ちょっと近い、いや、だいぶ近い!
「おい、近い……んだけど……」
「あ、すみません。……あ! あそこです!」
アルカが指をさした先。
冒険者ギルドと書かれた、木造の大きな建物が見えた。
目の前には、街の喧騒とはまた違う、ざわめきがあった。
入り口の扉越しに、笑い声や怒号、金属の音まで聞こえてくる。
(……なんか、すでにうるさいんだけど)
胸が、じわっと重くなる。
人混みは苦手だ。目立つことも、視線を浴びることも。
慣れていたはずだ。でも、隣に女の子が居るとどうも調子が狂う。
杖の店でさえ躊躇していた俺にとって、ここはハードルが高すぎる。
「入りますよ!」
「お、おう!」
アルカが意気込んで扉に手をかける。
けれど──
「…………え? 開けないの?」
「な、何故でしょう!? 手が震えて開きません!」
目が泳ぎ、肩が小刻みに揺れている。
……どうやら、俺だけじゃなかったらしい。
「仕方ない、俺が──」
扉に手を伸ばす──が。
「……って、俺も無理だわ」
「どうしましょうか!? 私たちの冒険は今始まる! みたいな感じだったのに、もう最終回です!」
(……何言ってんだ、この子)
でも同時に、気が楽になった気がした。
そんなやり取りをしていると──
「おい、そこの二人。何をしてる」
背後から、低い男の声が響いた。
「あの、私たち冒険者になりたく……て……」
アルカはその声に振り返り、答えるが男を見た瞬間俺の後ろに隠れ、声は小さくなっていく……。
さっきまでの勢いはどこへやら。
彼女は完全に萎縮していた。
「……なんで隠れてんの?」
「あの人、怖いんですよ!」
振り返ると、そこには大柄な男が立っていた。
顔には古傷が走り、分厚い肩幅に無造作な剣。
見た目だけで“歴戦”と分かる、圧のある男だった。
「包帯と女……? ……まぁいい。ギルドに用があんだろ? 俺も入るから、ついてこい」
男はそれだけ言うと、扉に手をかけ──軽々と開けて中へ入っていった。
「あの……ありがとう……ございます」
「俺からも、ありがとうございます」
「ハッ! 別に感謝されることじゃない。
ここは俺みたいな怖い風貌の奴が多いからな。お前らみたいな奴は、珍しくもない」
(怖いって、自覚あったのか……)
言葉は粗いが、たしかに彼は“優しさ”で扉を開けてくれた。
その背中に、俺たちは静かについていく。
---
ギルドの扉をくぐった瞬間、耳を打つような喧騒が広がった。
人の声、食器の音、武器の金属音──ごちゃ混ぜの騒音が、空間全体に充満している。
天井は高く、木造の梁が組まれていて、受付らしきカウンターが四つ。
その手前には、酒場のようなスペースまで見える。
(思ったより……広いな)
目を泳がせながらついていくと、先を歩く男が口を開いた。
「ここはな、なかなか居所が良くてな」
(……全然そうは思わないけど)
けれど、それは言わない。
だって怖いから!
「へ、へぇ。そうなんですね」
「ああ。ま、初めて来る奴には見え方が違うだろうがな。
俺は創設当初からここに居る。いわゆる古参ってやつだ。
もし何かあったら、俺に相談しに来い」
(え、何かある前提……?俺たち、今“弟子入り志望の新人”みたいになってるんですけど!?)
「イェッサー!」
アルカが横で敬礼していた。
(こいつ……)
俺は救われたんじゃなくて、拾われてしまったのではないだろうか。そんな気がしてきた。
「あの──」
「ん?ああ、悪いな。名前だったな。俺の名は“カイル”。
受付で俺の名を出せば話が早いだろう。
あと、もし変な奴に絡まれたら、俺の名を出せ。
小便漏らして二度と絡んでこんだろうぜ? ハッハッハッ!!」
(いや、そのセリフ自体ががもう怖いんだけど!?)
でも……ちょっとだけ、心強かった。
さっきまで震えていたアルカも、もう落ち着いた様子で口を開く。
「カイルさんは、どちらへ?」
「俺か?……依頼終わりで疲れてるからな。
二階で少し寝る。……また会うこともあるだろう。
お前たちが、それまで“死ななければ”の話だがな」
(やっぱ怖いわ! いちいち怖い!)
そう思いながらも、俺の口元は少しだけ緩んでいた。
カイルの背が消えていく階段を見つめながら、俺はつぶやく。
「……にしても広いよな」
「そうですね。私の学校みたいです」
「学校……か」
俺には、縁のない場所。
黒板も、机も、制服も──全部、本の中の話だ。
それも包帯越しで読んだもの……。
(これじゃダメだ……ここまで来たのなら、おじさんの為にも本気で外の世界を見なければ……!)
「では早速、受付の方に行きましょう!」
「そうだな」
並んで受付に向かう。そこには四つの受付がある。
俺とアルカは立ち尽くす。
「……どちらで話を聞きますか?」
「別に、どこでもいいだろ」
「……私、こういうの決められないので、カースさんお願いします!」
困るって。
俺も優柔不断なんだよ。
……けどそのとき、一番左の受付にいた女性が、ふっと笑顔で手を振ってきた。
(……ああ、もう、決まりだな)
「あちらにしましょうか」
「そうだな」
二人並んで、受付に近づく。
「初めましてで、よろしいですよね?」
そう言ってきたのは茶髪の若いお姉さん。
その背丈は俺達とほとんど変わらないものだった。
「はい。俺たち、冒険者……になりたくて」
(よし、今日は何とか耐えた)
俺の女性耐性が上がった。アルカのお陰かもしれない。
「かしこまりました。では、冒険者についてご説明させていただきます」
受付の女性は、柔らかな声で淡々と説明を始めた。
けれど、俺の耳はどこか上の空だった。
(……なんでだろう)
俺の顔を見ても、包帯を見ても──
彼女は何のリアクションも見せなかった。
今までの俺は、第一印象だけで“避けられる側”だった。
驚かれる。怯えられる。気まずい空気になる。
それが、当たり前だった。
しかし受付の彼女は表情一つ変えなかった。
(……この人も何も言わないのか)
アルカに続き、二人目だ。
俺はたまらず、訊いてしまった。
すると──返ってきた言葉は、こうだった。
「ここ、冒険者ギルドでは珍しいことではありません。
むしろ、“無傷で帰ってくる方”のほうが珍しいですからね」
(……あ)
なるほど。
俺は“異質”じゃないんだ。
少なくとも、この場所では。
たださっき「俺たち」って言ったせいで、どうやら俺のことを“新人の付き添い”のベテラン冒険者だと勘違いしてたらしいけど──
「あ! そうでしたか! 申し訳ございません!
私、てっきり既に登録済みの方で、未登録の方の付き添いかと……!」
「あ、ああ! 大丈夫です! 別に、なんとも思ってないですから!」
思わず声が裏返った。
けど、ほんの少し──心の中が軽くなっていた。
ここは、“自分で選んで来た場所”だ。
俺は、俺の足で、今──ここに立っている。
(来て良かったよ、おじさん)
冒険者登録の為に名前を書いた。
俺は迷った。おじさんの名前を使うかどうかを。
(おじさん、今回だけは名乗らせてもらうよ)
これは背中を押してくれたおじさんと俺の願いだ。
だから今回だけは──
「……ん?ハウスト…………」
「どうかしました?」
「……あ、いえ!なんでも!……ゴホンッ……では、カース・ハウスト様とアルカ・ルーベスト様。こちらがあなた方の冒険者カードになります。ちなみに失くすと発行料金が掛かりますのでくれぐれも失くさないようにお願いしますね」
そう説明するお姉さんは、耳打ちで俺達に再発行時の金額をコソッと言ってきた。
俺はそれを聞いて絶対無くさないようにしようと誓った。
最後までご覧頂きありがとうございます!
いよいよギルド編突入!
もし続きが気になるなと少しでも思って頂けたら、ブクマや評価、感想、リアクションお願いします!
では次回!