0.1 触れたもの全てを灰にする病(呪い)
引き続きご覧頂きありがとうございます!
カース。彼の物語の始まりです。
どうぞよろしく願いします!
幼いころの記憶は、ひどくぼやけている。
けれど、あの日の両親の声だけは、今でも耳の奥に焼き付いて離れない。
「どうする? 俺たちの息子は……呪われた子だ」
「どうするって……どうしようもないわよ!これじゃまるで──」
「それだけは言うんじゃない……それはこの子の存在を否定する言葉だ」
怒号とすすり泣きが、暗い部屋に響く。
その中で、包帯にくるまれた“赤子”──それが、俺だった。
生まれたばかりの我が子は、人間とは思えないほどおぞましかった。
皮膚は爛れ、骨は変形し、体中からじわじわと黒煙のような何かが漏れていたという。
「奴のせいかもしれない……俺が足を引っ張ったせいで」
「……そうよ……あなたよ……あなたがあの人達の足を引っ張るから。
だから……だから……あの方が今も必死に……」
母親は既に限界だった。
父親は何とか支えようとしていたが、目の奥には恐怖が見えた。
そのとき──
ガチャリ、と玄関の扉が開く音がした。
「俺が行こう」
現れたのは、隣に住む中年の男だった。
両親とは顔見知り程度の間柄だったが、ためらいもなく彼は赤子を抱き上げた。
「お前たちじゃ埒が明かない。俺が医者に連れていく。待っていろ」
そして、包帯ごと赤子である俺を抱えて、彼は町の外れにある診療所へ向かったという──。
◆
「……これは、原因が分かりません」
診察を終えた医者は、重い口を開いた。
「お父さん──」
「違う。俺は親じゃない」
「あ、その……失礼しました」
男は髭を生やし無愛想な顔。それ故、医者も怯えた表情を見せた。
「分からないとはなんだ」
男は表情一つ変える事なく問う。
「……この子には、現在の医療では手が出せません。仮に何か方法があったとしても、完治するものではないでしょう」
「理由は?」
「検査が……できないのです」
医者の顔色が、わずかに陰った。
「注射を試みましたが、針が触れた瞬間……灰になりました。
心音を確認しようと聴診器を当てたのですが──」
そこまで語った医者は、自身の左腕の袖をまくる。
そこには、手首から先が丸ごと消えた空白があった。
「私の腕が、一瞬で灰と化したのです」
「……っ」
男は目を見開いた。
「咄嗟に聴診器を手放しました。反応が早かったから、片腕だけで済んだから良かったものの……もし間に合わなければ、今頃私はここにいない事でしょう」
男は黙って聞いていた。
やがて、医者に頭を下げる。
「分かった。助かった。あと、悪かったな」
そう言って男は、包帯にくるまれた赤子──カースを抱き直す。
そして、診療所の扉に手をかけた、そのとき。
「……お待ちください」
医者の声が、静かに背後から響いた。
「なんだ」
「原因は分かりません。ですが──分かったことが一つだけあります」
「……聞こう」
「この子の心臓から、常人とは異なる“力”を感じます。
例えこの子のそれが病であったとしても……それは、単なる肉体的な異常ではない。
あえて言うなら、それは“魔力”に近い、けれど決して魔法ではない……」
医者の眼差しが、どこか遠くを見つめる。
「……医者である私が正しく診断し、言葉に出来ないのがもどかしいですが……この子は、生まれながらにして──“何か”を宿している。そうとしか、言いようがないのです」
しばらくの沈黙のあと、男は小さく呟いた。
「……そうか。それが聞けてよかった」
男は赤子を抱え、ゆっくりとその場を後にした。
そして、医者はその背中を見送りながら、心の中でこう呟いた。
(……あれは、まさか……英雄《破邪の使い》──なぜ彼が、こんな田舎に……?)
その五年後、俺の両親は亡くなった。
心中だったらしい。
それが、俺──カースと男レイスの出会いの始まりだった。
◆
「……お前、一人になったんだってな」
「うん」
「かわいそうに。あんな勝手な親……育児放棄もいいとこだ」
男の名は、レイス・ハウスト。
かつて“魔導具の使い手”として名を馳せた(と自称する)隠居の男だ。
両親を失った俺は、彼に引き取られることになった。
「……ウチに来るか?」
「……うん」
その時の俺には、断る理由もなかった。
行くあても、生きていく手段もなかったのだから。
それに目的も。
◆
あれから、十年が経った。
俺は今でも、包帯を巻いている。
この原因不明の病が何故俺を選んだのかは分からない。
そもそも病なのかすら……。
けれど、ひとつだけ分かったことがある。
それは──包帯だけが、俺の体に触れても灰にならないということだ。
それ以来、俺の体はずっとこの白い布で覆われたまま。
包帯がなければ、俺は誰かに触れることすら許されない。
素肌は爛れ、見るに堪えない。
皮膚の下からは、今もじわじわと“黒い霧”のようなものがにじんでいる。
目が合えば、誰もが顔を背ける。
それが、俺という存在だった。
◆
「……あの」
「ひゃっ!?」
「あ、驚かせてすみません。実は、杖を探していて……」
「……あ。お客様ですね! 大変失礼しました! どのような杖をお探しでしょうか?」
俺がやってきたのは、冒険者たちが集う、魔法の杖専門店だった。
「えっと……とりあえず、歩ければ何でもいいです」
「……となりますと、魔法職ではなく──」
「はい。見ての通りです」
俺は魔法が使えない。
欲しいのは、戦うための武器でも、魔力を込める道具でもない。
ただ、歩くための、丈夫な杖がひとつあればそれでいい。
受付の女性は戸惑っていた。
当然だろう。ここは魔術師専門の店だ。
辺りを見渡せば、ローブを着た者、とんがり帽子の者──いかにも“選ばれし者”といった連中ばかりだ。
そんな中俺は木製の車椅子に座り、全身を包帯で巻かれている。誰がどう見ても明らかに場違いだった。
全員の視線が、痛いほど突き刺さってくる。
「……あれ、なんだ?」
「多分、病気なんだろ」
「にしても、全身包帯はやばくね?」
「いや、俺が知るかよ……」
ささやき声が、店内のあちこちから聞こえてくる。
でも──そんなものには、もう慣れていた。
俺にとってその言葉は、もうナイフにすらならない。
しばらくして、受付の女性が戻ってきた。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
「……本当に、こちらで……?」
恐らくお姉さんは、こんな棒切れで……?
と言いたいのだろう。だが仕方ない。なんせ──
「魔力なんて、俺にはありませんから」
「……かしこまりました」
そうして俺は、最も安く、最も飾り気のない一本の杖を手にした。
「ありがとうございました!」
「……あ、ひゃいまた来ます!」
そう言ったあとで、俺は少しだけ後悔した。
来る予定なんてないのに、“また来ます”だなんて。
(また恥をかいた……)
俺は女が苦手だ。
これまでの人生で、女性と接した時間なんて、ほとんどなかった。
微かに覚えているのは、母の姿だ。
けれど──その母は、もうこの世にいない。
原因は、俺だ。
“病魔”として生まれた俺を恐れ、母は父と心中した。
その事実が、俺の人生のすべてを変えてしまった。
──たった一度の接触で、誰かを灰に変えてしまう。
だから俺は、誰にも触れられないし、俺から触れようとも思わない。
そうして俺は今日、包帯を巻いた手で杖を握る。
その後、ある少女と出会うとも知らずに──。
最後までご覧頂きありがとうございました!
カースは初対面の女性が苦手です。
これは人気のない田舎そだちの為です。
ちょっとお茶目なカースくんでした。
次回は少女との出会いの回です!
続きが気になると思って頂けた方はぜひ、ブクマ、評価、感想で応援よろしくお願いします。
投稿頻度に繋がります!!
では次回!