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この手は全てを灰にする〜君に触れる為なら俺は呪われた力でさえ利用する〜  作者: 水無月いい人
第一章 灰に変える少年 【出会い編】

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0.9 拒絶と遺された名

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 お互いに見つめ合ったまま、動けなかった。

 正確に言えば──動こうとしても、体が拒絶していた。


 恐怖か、それとも気まずさか。

 いや、多分そのどちらもだろう。

 あれだけのことが起きた後だ。何をどう言えばいいかなんて、すぐには浮かばなかった。


「……あの」


 震える声で、アルカがようやく口を開いた。

 その声には、確かに怯えと、ほんの少しの勇気が滲んでいた。


「……なんだ」


「助けて頂いて……ありがとうございます」


「ああ」


 その一言に、何を込めたらいいのか分からなかった。


 俺は何を考えていたのだろう。

 嫌われるかもしれない──そう感じていたのかもしれない。


 (……それは、嫌だな)


 すでにギルドは半壊し、幸いにも──いや、皮肉にもここには俺とアルカの二人しかいない。


 つまり、あの力を見たのは──彼女だけだ。


「冒険者……楽しかったよ。こんな俺でも、生きてて初めて“希望”ってやつが見えた」


 けど、同時に“絶望”も突きつけられた。


「だからもう……君は、俺と関わるな」


 その言葉は、俺自身への“決別”でもあった。

 もう誰も不幸にしたくない。それが今の、心からの願いだった。


「じゃあな」


 そう言って俺は、ゆっくりと包帯を巻き直す。

 右手を隠すこの作業が、まるで“儀式”のように思えた。


 そして、杖を突き、歩き出す。

 来た道を辿るように。


 (……おじさんに怒られるだろうか)


 でも、それでもいい。


 俺がいるだけで、あの子を──いや、誰かを不幸にする。

 アルカだけじゃない。カイルも──彼もその一人だった。


 すべて、俺のせいだ。

 俺の、呪いの力のせいだ。


 ──俺さえいなければ、誰も死なずに済んだかもしれない。


「待ってください」


 背にかけられた声は、どこか震えていた。

 それでも強くあろうとする意志が、にじんでいた。


 だけど俺は振り向かない。


 ここで立ち止まってしまえば──また夢を、希望を、抱いてしまいそうだった。


 それはダメだ。

 俺のせいで、これ以上誰かが死ぬのはもう……ごめんだ。


「その力」


「……俺が怖いだろ。自分でもそう思ってる」


 前を向いたまま、俺は答える。


「……いいえ。怖くなんて、ありません」


 その言葉に嘘はなかったのかもしれない。

 でも──


(声が震えてる。心臓の音だって聞こえてくる)


 きっと、彼女自身にも分からないのだ。

 “怖い”と“それでも”の間に立っている、その自分の気持ちが。


「確かに……怖かった。おぞましいとも思った。けど、それは“あなた”じゃありません、カースさん。……あなたの“力”です」


「…………世辞はいい」


 気休めだと思った。そうでなきゃ、あんなものを見て笑っていられるはずがない。


「違います!私は本気です!」


 その一言に、力がこもっていた。

 泣きそうな顔で、それでもまっすぐ俺を見ていた。


 ……だからこそ、厄介だと思った。


「待って──」


「やめろッ!」


 近づこうとしたアルカの手を、思わず払いのけた。

 それでも、彼女は──止まらなかった。


「そうやって突き放して……あなたは、また一人で傷ついて生きていくんですか?」


「……」


「あなたが傷つくのを見て、苦しむ人が居ること。

 それを……忘れないで下さい。

 あなたのおじ様だけじゃ、ありません。

 私も──その一人です」


「君が? 何故?」


 今日、会ったばかりの相手がどうして。

 俺に何の価値があるというんだ。


「まだ冒険は始まっていません!……それに、私の魔法。まだ見せていませんから!」


「魔法、か……。俺のこの力を見て、まだそんなこと言えるのなら──お前は、まだまだ甘いな」


「……どういう意味ですか?」


「魔法なんて概念、俺には通じない。

 そもそも魔法が使えない俺に、見せてどうするってんだ。俺はただ──」


「そこまでです、お二方!」


「──ッ!?」


 鋭い声が割り込んできた。


 反射的に振り返ると、そこには──

 金髪をまとめた、見覚えのある女性の姿があった。


「……ギルドのお姉さん?」


「なんで……あなたがここに? まさか……見ましたか。俺の、姿を」


 心臓が跳ねた。

 鼓動が、喉まで響いてくる。


(見られた……俺の、“あの姿”を)


「……念のため申し上げますと──ゴホン。見ました」


「……言う必要あります?」


「ええ、疑われても困りますので。ここはハッキリさせておかないと」


 ため息が出た。


「どこから……?」


「全部です」


「マジか」


「マジです。ただ、映像だけで音までは届いてませんので。そこはセーフ……ということで」


(……セーフじゃねぇだろ)


「……はぁ」


「なぜそんなに落ち込むのです? あなたは、この街を救った英雄ですよ?」


「……英雄なんかじゃない。これは俺が……いや、何でもない」


 言いかけて、飲み込む。


 ──俺が“呼び寄せた”んじゃないか。


 そう言った黒龍の言葉が、胸の奥に残っていた。


「じゃあな」


 再び歩き出す。

 決意と後悔を胸に抱えながら。


「だから待ってください! カースさん!!

 ……バカ! わからず屋! 世間知らず!……えっと、バカ!」


(2回目な……)


 思わず、口の端がわずかに緩む。

 でも──足は止めない。


 止めたらきっと、もう前に進めなくなる。


「お待ち下さい、冒険者カース様」


「……まだ何かあるんですか。俺の考えは変わりません。

 それと──このことは誰にも言わないでください。他に知られれば、誰かに害が及ぶかもしれませんから」


「カース様。こちらを」


 差し出されたのは、一冊の分厚い──“日記”のようなものだった。


「……これって、日記?」


「はい。黒龍を倒した“あなた”にこそ、見てほしいんです」


「俺に? ……どうして」


 俺は渋々、開かれた一ページ目を覗き込む。

 


 『愛する私の娘、エリスへ。


 これを見つけたということは、私はもうこの世にいないのでしょう。

 でも、それは私が選んだ道。

 だからあなたは、この記録を読み、探しなさい──


 “強者”を』

 


「一ページ目から、だいぶ重いな……」


「間違っていませんよ」


「いや、そうじゃなくて──」


 目の前の受付嬢──その表情が、急に変わった。


「私の名は、エリス・ハウスト。

 このギルドの“現ギルド長”。

 そして、母であり前ギルド長だった、エリアス・ハウストの娘です。

 これは“あなただからこそ”見てほしい記録です」


「…………ハウスト……?」


 その名前が、頭の奥で反響した。


 聞き覚えがある。どこかで……いや、ずっと、俺の近くにあった名だ。


(……まさか、そんな……)


 思考が止まった。

 心臓の音が、一瞬だけ消えたように思えた。

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『この手は全てを灰にする〜君に触れる為なら俺は呪われた力でさえ利用する〜』

誰にも触れられず、孤独を生きてきた少年カース。
その手が初めて誰かのために動く物語。

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