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第43話:土下座.doc

43-1.アメリカの反撃


平和35年1月

アメリカのリチャード・ムーア大統領が突然、核融合発電実用化計画と無線給電衛星ネットワーク計画を発表した。

核融合発電の実用化と、無線による給電システムの構築を10年間で、総額15兆ドルの予算で行うことを目指す空前絶後のスケールであった。ベトナム戦争時の軍事費のGDPに対する比率並みであった。まさしく戦時体制である。

日本円にして、1500兆円という途方もない金額の計画であった。

核融合発電による無尽蔵のエネルギーと無線による給電システム。これは、極楽グループを意識したものであることは明確だった。

しかし直ぐに、核融合実用化計画と無線給電衛星ネットワーク計画の実現性への疑問や、膨大な予算規模から、計画に対する反対する声が、アメリカ国内から湧き上ってきた。

当然他国からも、無謀との発言が溢れた。

大統領は、国家安全保障の観点から推進の強い意志を示したが、反対の声は各方面から鳴りやまなかった。

計画の実現は危ぶまれた。

それにしても極楽グループは、もはや超大国アメリカと対峙する実力を示していた。



43-2.ゴールドスミス


平和35年1月末

「ゴールドスミスさん、うまい焼き鳥屋がありますが、行きませんか」

極楽ソフトのセキュリティ品質管理部の小倉が、セキュリティ開発部のゴールドスミスの所にやってきて言った。

小倉は、今度入ってきたゴールドスミスと接触したかったのだ。

なにしろ、ゴールドスミスの実力は、入社後1週間で社内に轟き渡っていた。

「どんなものがありますか」

ゴールドスミスは、たどたどしい日本語で聞いた。

「宮崎地鶏の『もも焼き』とかタタキがうまいんですよ」

「宮崎地鶏?」

「宮崎の地元で取れる、鶏。チキンですよ」

「チキンですか。大丈夫、僕は大好きです」

「じゃ、18時に会社の玄関で待ち合わせしましょう。さっそく同僚の女の子にも声をかけます」

小倉は、急いで去って行った。

ジェームス・ゴールドスミスは、極楽ソフトのWEB上で出された入社用の極めて難しいプログラムの問題を、非常にスマートなプログラムで表現し、極楽ソフトの採用担当者の度肝を抜いた。

直ぐに、入社が決まった。日本語はたどたどしかったが、漢字も簡単なものは読むことができた。

ゴールドスミスは、G++も1日でほぼ収得してしまった。

どんな困難な技術上の問題も、その場で解いたり、半日で解決してしまった。

そして、他の技術者が一晩徹夜して作成したプログラムを、見た瞬間に問題点を指摘した。

ゴールドスミスのプログラミング能力は、人間離れしていた。

ゴールドスミスはモジャモジャの金髪パーマで、気さくな人柄が、回りの人の垣根を急速に取り除いていった。

小倉達とゴールドスミスは、宮崎地鶏の焼き鳥屋にいた。

小倉と一緒に女性二人がついてきた。

「ゴールドスミスさん、こちらが品質管理部の日高さんと明野さんです」

「こんにちは」

二人の女性が同時に言った。

「こんにちは。ゴールドスミスです」

挨拶が終わると小さな焼き鳥屋に入り、テーブルに座った。

ゴールドスミスの向かい側に女性2名が座り、ゴールドスミスの左側に小倉が座った。

「乾杯」

小倉が音頭を取り、生ビールで乾杯した。

皆の前に、焼き鳥や、『もも焼き』が並べられた。

宮崎の『もも焼き』は、炭から上がる大きな火の中で、小さく切った鶏のもも肉を焼き、鶏肉の脂がしたたり落ち、その煙に燻され黒くなったものが鉄板に載せて出てくる。

「ここの『もも焼き』は、天下一品ですよ。とにかく安くて旨いですよ。ゴールドスミスさん、どうぞ食べてください」

ゴールドスミスは、おぼつかない箸使いで、『もも焼き』を摘み上げ、自分の口に放り込んだ。

香ばしい香りがゴールドスミスの口の中に拡がってた。

「おいしいですね。僕は東京でも焼き鳥を食べたことがありますが、全然違いますね」

「そうでしょう。ここの店は日本で一番うまいと俺は思っています」

小倉は自分が褒められたかのようにうれしい顔をした。

「ところで、ゴールドスミスさん。入社して1週間ですが、もう仕事には慣れましたか」

「もう慣れました。素晴らしい環境で、張り切っています」

「ゴールドスミスさんは、同じフロアーだけど、部門が違うので、今日初めて誘うことができました。

うちらは、セキュリティ品質管理です。セキュリティ開発部門のゴールドスミスさん達とはすごく近い部署です。ゴールドスミスさんの名前は社内に鳴り轟いていますよ」

「そうですか、それはすごくハッピーでーす」

「私の感じだと、極楽ソフトには、世界中で1万人ほどのプログラマーがいますが、ゴールドスミスさんは、そのトップ10に入いると思います」

その時、ゴールドスミスの目に鋭く光るものがあったが、やがて元の穏やかな顔に戻った。

「そんなことはありませんよ。僕は、もっと勉強して、トップ5に入りたいです」

「すごい」と女性たちから声が上がり、穏やかな笑いが拡がった。

「でも、極楽学園には、そのトップ10よりすごいプログラマーが数人以上いるとのうわさです」

またゴールドスミスの目が鋭く光った。

「それは、どんな人ですか」

「みんな10代だそうです。第2次セキュリティ戦争って知っています?」

「いや、知りません」

「極楽グループで密かに使われている言葉です。つい1年程前に極楽グループが史上最大のサイバー攻撃を受けたそうですが、それを撃退したのが数人の極楽学園の生徒だそうです。とにかく天才的なプログラマー達だという噂です」

「名前は、何ていうのですか」

「はっきりしません。でも、噂の中では、ミチという名前がたまに出てきます」

「michi、michi」

ゴールドスミスが、名前を繰り返した。

ゴールドスミスの目が鋭く光った。

「ところで、極楽グループのセキュリティシステムについてはどうですか?」

「僕の見るところ、非常に強固なシステムですね。各個人がIDネックレスを付け、顔認識と、動画や位置情報で個人を特定し、ファイルも外部のシステムでは開くことが困難、しかも開発言語が外部と異なります。

しかも、ハードウェアも、第1層、第2層までは、市販のコンピュータを使用しているが、第3層以降では必ずしもそうではなさそうですね。通信プロトコールやOSも第3層以降では違っていそうですね。普通のハッカーでは、このセキュリティシステムを突破することは困難でしょう。現代最高水準のレベルにあると思います」

「そうでしょう、私もそう思うんですよ」

「でも、はたして世界のハッカー達がそれをほっておくでしょうか。彼らは困難であればあるほど、燃えますからね」

また、ゴールドスミスの目が鋭く光った。



平和35年3月

極楽学園から400名の卒園生が旅立った。

ロボット開発に50名、企業部門に20名、ソフト部門に50名、人工衛星型リニアエッグに30名、そして戦略部門に250名、極楽グループの各会社にはほとんど派遣されなかった。



43-3.湯川秀一郎のもとに200カ国、300民族の留学生が集結


平和35年4月

湯川秀一郎の極楽大学が拡大していた、従来の学部の他に、AI先端研究や先進ロボット研究、超高速宇宙飛行工学等の学部が新設された。

日本および世界中から教授や学者、研究者が、極楽大学および宮崎市周辺の大学、研究機関に続々と集まってきた。

さらに、法学部の世界憲法・法律研究所に、世界の200カ国と300民族の留学生が留学してきた。彼らは住居と手当が支給された。そして日本語会話学習と憲法、法律体系、国家体制の研究を行った。



九州極楽会の活動が急激に大きくなった。

九州の県市町村の選挙がある毎に、20%程度の議席を獲得するようになった。

大都市では、30%の議席を獲得する所まで出た。

既成の政党は、大恐慌に陥っていた。

首長選挙でも、九州極楽会が推薦した知事や市長が次々に出てきた。



43-4.土下座


平和35年7月中旬。熊本市のはずれの高級料亭。

ゲンは、民自党の山内康豊やすとよ幹事長と密かに会うために、この料亭の部屋で待っていた。

ゲンは、普通の座布団に座っていた。

「よおー」

右手を挙げて山内が入ってきて上座の座椅子に座った。左手には風呂敷を持っている。

山内は、外務大臣や財務大臣や党の要職を務めた叩き上げの民自党の大実力者であった。

大澤首相より年上で、官僚上がりのポット出で運の良い首相を軽く見る面があった。

「やあ、ゲンさん。待たせたな。新聞記者をまくのが大変だったよ」

山内は、熊本市での講演会の後、密かに抜け出してこの店に来た。

「山内先生、来ていただきまして有難うございます」

ゲンが、座布団から降りて、両手を揃え、頭を下げた。

「いやいや、ゲンさん。世界最大の企業グループのリーダーに頭を下げられては困りますよ。頭を上げてください」

山内は、座布団に座りながら、ゲンを促した。

「直ぐに、食事を用意させます」

ゲンがパンパンと手を鳴らせた。

障子が空くと、黒い背広を着た精悍な男が座っていた。

「大森、直ぐに食事を準備させてくれ。その後は、誰もこの部屋に近づかせないように」

「かしこまりました」

食事の用意ができると、元の静寂が戻った。

「山内先生、まずビールをどうぞ」

ゲンが、ビールを山内のコップに注いだ。

「ゲンさん。極楽マートの方はどうかね」

山内は、ゲンのコップにビールを注ぎながら言った。

「おかげ様で、アメリカ、アジア、ヨーロッパ、東南アジア、アフリカを中心に店舗展開を拡大しております」

「極楽マートの時価総額が、100兆円か、ドル換算で1兆ドル、世界有数の企業になったな。実に大したものだ。あれはたしか大泉元総理の紹介だったな。僕も少しその話には関係しとる。あの倒産寸前の小さなスーパーがここまで巨大になるとは想像もできなかったな」

「そうですね、再建と拡大には、結構努力が必要でした。ところで幹事長、欧米の極楽グループに対する風潮はどうでしょうか」

「僕は、大澤総理と違って、慎重派だ。はっきり言って欧米の首脳たちの感情は、すこぶる悪い。総理は君も知っているように楽天的だ。そうしたことには、あまり気にしてはいないようだ。わっはっは」

「もっと具体的にはどうでしょうか」

「とにかく、彼らの支配権が奪われそう、いやもう奪われているが。エネルギーと情報、制御、自動車、農業、金融。彼らの何世紀にも渡る覇権が、極楽グループにより奪い去られた。

まるで極楽グループは、火山の噴火のようだ。誰も抗することができず焼野ヶ原だ。

君らの後には、死屍累々だ。

とにかく欧米の奴らは、自分たちの覇権が奪われていることに我慢ならんようだ。戦争も辞さないような怒り様だ。戦争なら、相手を打ち負かせれば良いが、平和的に来られると彼らも打つ手はそれほど無い。奴らが戦争を仕掛けてくる可能性もあると俺は睨んでいるよ。君らは、彼らにとって、手ごわい敵ではあるが、同時にたっぷり太った獲物でもあるんだよ。」

「日本国内はどうでしょうか」

山内は、ビールを飲みほした。ゲンが直ぐに、山内のコップにビールを注いだ。

「日本は、極楽グループの活躍もあり、再び繁栄の時代を迎えた。財政も急速に改善してきておる。前回の総選挙で大勝したので、民自党は安泰です。野党はなにも抵抗できんよ。

うちの保守派の中には、欧米と結んでおるけしからんやつもいる。彼らは守旧派だよ。欧米特にアメリカと争うことに根深い恐怖感を持っておる。日本をアメリカの番犬にしたいのだよ。

彼らは、裏で相当動いている。この点だけは、私と大澤総理とは意見が一致しているな」

「幹事長、事態は相当に進んでいると我々も判断しています。我々に対するサイバー攻撃は空前のレベルに達しています。また、マスコミを利用した反極楽の動きも激しいものがあります。我々には大きな危機感があります」

「まあ、あいつらもそんなに露骨なことは出来んだろう。とにかく弱みを握られないことだな」

「そうですね。よく気を付けます」

ゲンの返事が終わると山内は少し沈黙した。そして言った。

「君、この本を知っているか」

山内は、風呂敷の中から表紙が真っ黒な本らしきものを、ゲンの前に投げてよこした。

山内の表情は柔らかだったが、ゲンは何か暗い意志があるように感じた。

「この本は何ですか」

ゲンは用心して、本を手に取った。

「まあ、ちょっと読んでくれ」

本の表紙、背表紙、裏表紙、全てが真っ黒だった。製本も粗末でほとんど手作りといってもよかった。

表紙にタイトルは無かった。

表紙を開いた。『極楽グループ 黒い陰謀』。発行元は、日本総合政治科学連盟となっていた。『0013』と番号が振ってある。通し番号か?

さらにページをめくった。各ページの背景に灰色で大きな「CONFIDENTIAL」(極秘)の文字が斜めに薄く印刷されている。

『経済ヒットラー・稀代のペテン師 神武 燦』と、『極楽グループによる 世界乗っ取り計画』と、2行に渡り、おどおどしい文字が踊っている。

読み進むと、極楽グループの経済進出と、天国極楽会の政治進出。そしてサンとゲン達の幼年期のことが書いてあった。

やっと、ピンときた。あの太田原が書いたのか。

「幹事長、まあ内容的には、我々に対する非難中傷の文書と見受けます」

山内は、黒い本を手元に引き取りながら言った。

「まあ、儂もそれほどこの本を信用しているわけではない。が、ちょっとした保険でもある。

今、野党の連中も密かに入手しているし、欧米でも翻訳版を購入しているそうじゃ。

君、この本は通し番号とコピー防止がしてあり、1冊が1,000万円もするんじゃよ。英訳本は2,000万らしい。

この本の作者は、我々関係者からしこたま金を吸い取っている。

それ位、君らは注目され恐れられた存在じゃな」

その高価な本を山内幹事長は、ゲンに投げて寄こしたのだ。

ゲンは、太田原の暗躍がよく理解できた。さらにその背後の、多数の暗い勢力の蠢動を感じた。

「それに、君が理事長をやっている九州極楽会が九州の地方議会で20%程の議席を獲得しているそうではないか。

幸い、その他の地域や、中央政界に進出してはおらんが、うちの民自党の中にも、君らの行動に相当不信感を持っておる連中が多い。儂もその一人だが」

ゲンは、座布団から降り、後ろに下がり、頭を畳に着けた。

「先生、私どもは、今まで民自党を強く支持しご協力させていただいてまいりました。

今後とも、死力を尽くして全力でご協力させていただきます。

特に先生および先生のグループに対しては、不肖私、源が命を懸けて、お手伝いいたす覚悟であります。九州極楽会が九州を出ることはありません」

その時、立ち上がった山内がゲンの左手を、自分の右足で強く踏みつけ押さえつけた。

「それを本当に信じても良いんだな」

ゲンは左手の痛いはずの痛みを感じることができなかった。

ゲンは頭を畳に着けたまま毅然としていった。

「決して、決して、先生の御心を悩ますような振る舞いはいたしません。

九州極楽会の理事長も直ちに辞任いたします。

どうかよろしくお願いいたします」

ゲンは、何時までも頭を上げなかった。

山内は、右足を外し、それを満足そうにいつまでも眺めていた。


3日後、ゲンは九州極楽会の理事長を辞任した。後任には、大柴副理事長が就任した。

しかし、その後も九州極楽会の躍進は続いた。




平和35年7月末

アメリカでは、極楽マートが急激な店舗展開を行っていた。

アメリカ全土に、郊外の安い土地を中心に、200店舗を展開した。

大木 亨は、極楽学園四期生で極楽農園主任だった。

彼は、海外出張でテキサス州のヒューストン市の郊外の極楽マートの現地視察に来ていた。

ここの駐車場の広さは、5,000台の駐車が可能だった。

広大な敷地の中央部の巨大な極楽マートを中心に100店舗程が配置されていた。

店舗の隅の地味な事務所に自動車で乗り付けると、整備部門の鈴木亨が待っていた。

「大木さん、お待ちしていました」

「鈴木君、今日は視察に来ました」

「大木さん、今日は極楽農園としてきたんですよね」

「そうなんです。閑職ですわ」

「私も、整備係で、普通は暇です」

鈴木は、大きく笑った。

二人は、事務所に入ると、中のスタッフ用エレベータに乗り込んだ。

行先ボタンは無い。

「倉庫に行け」

鈴木は、エレベータに命令した。

『大木様、鈴木様。認識しました。倉庫に向かいます』

エレベータが下降を始めた。

エレベータのドアが開くと、広大な空間が現れた。

ロボットが格納用の棚に商品をセットし、必要なものを搬出するシステムが立体的に広がっていた。

全ての動きは全自動で行われる仕組みであった。

「3D映像では何度も見ていたが、何とも巨大なものだな」

「そうでね、2,3年分の商品を備蓄できるスペースがあります。水の貯水も大丈夫です」

巨大な空間には、まだ商品がほんの少し格納されているだけだ。

「じゃ、早急に備蓄を開始してくれ、啓副会長の了解は取ってある」

「そうですか、では、さっそく備蓄を開始します。ここは、蓄電装置を完備して、防水も完璧ですので、大洪水が来ても問題はありません」

「わかった。期待しているよ」

「あの、お父様や、ゲン副会長、啓副会長に会えることがありましたら、鈴木はアメリカの地で頑張っているとお伝えください。私は、この地で死んでも悔いはありません」

「お父様にはなかなかお会いできないが、もし会えることがあれば、直接お伝えするよ。鈴木君、身体だけには気を付けてくれ」

「大木さん、ありがとうございます。今のところ元気ピンピンです」

鈴木は、大木に深々とお辞儀をした。大木の向こうには、サンがいた。




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