第40話:第3次極楽市整備計画
40-1.第3次極楽市整備計画
平和34年6月1日、那須 富一郎が市長として、「第3次極楽市整備計画」をマスコミに向かって発表した。
富一郎が市長に当選以来6年。3年ごとに発表してきた極楽市の整備計画であった。
極楽市役所の記者会見場には、多数のマスコミが集まってきていた。
富一郎は、小さな説明用の台の縁を両手で握り、説明を始めた。
「本日、第3次極楽市整備計画について、発表いたします。
本計画のメインは、平地の少ない極楽市に新たに広大な土地を造成するものです。
日向椎葉湖の向かいの『ひえつきの里キャンプ場』から『赤木の原山』一体の山々を大幅に削り取り、『赤木の原山』山系から上椎葉ダムに至る縦6キロ、横2.5キロのほぼ長方形の土地を造成します。
造成される土地は、約15キロ平方メートル、山手線の内側の面積63キロ平方メートルのほぼ4分1に匹敵します。
残土は、宮崎市沖の新リゾート地の開発に使用します。この点については、宮崎県、宮崎市、極楽市の三者で合意いたしました。造成工事は、極楽建設に発注します。
造成期間は、約2年で土地の整備を完成させます。
その他の内容は、お手元の資料を見てください。こちらからの説明は終わります。質問を受けます」
一斉に挙手の手があがった。
富一郎が指差した。
「毎朝新聞の上田です。極楽市で約15キロ平方メートルの広さの広大な土地を新たに造成されるわけですが、目的が今一ピンときません。従来、極楽市では、自然保存に力を入れ地中深くビルを作り、街並みも地下街を主流に作ってきたわけですが、既に緑あふれる極楽市に、広大で平坦な土地がなぜ必要なのですか」
「お答えします。確かに、極楽市は緑あふれる都市であり、この景観を保つのに非常な努力をしてまいりました。しかしながら、ダム湖百選に選ばれた広大な日向椎葉湖を抱えながら、それを生かし切っていなかったのが今まででした。日向椎葉湖と一体となった土地を造成し、広い公園や美術館、極楽市の市役所をはじめとする公共施設を建設する計画です。
あくまでも公共施設向けの土地の提供を行います。勿論、自然環境は、常に守り保護していく方針にいささかの変更もありません。」
一斉に挙手の手があがった。
富一郎が指差した。
「大東京TVの大槻です。2点あります。公共施設向けの土地としてはあまりにも広大ですが、はたして土地は生かし切ることは出来るんでしょうか。
また、膨大な残土が発生すると思うんですが、宮崎沖の新リゾートは、現在の物よりかなり大きなものになるのでしょうか」
「お答えします。たしかに土地の広さには、余裕があります。これは、将来極楽市が、世界のホットスポットとして発展する時の為に残してあるとご理解ください」
失笑が聞こえた。
それに構わず、富一郎は続けた。
「生み出される残土は、確かに膨大な量になります。
新リゾートは、現在あるリゾート地より、数倍以上の広さになるでしょう。
しかもリゾート地は津波対策として従来と同じように30m以上の高さになりますので、大量の残土が必要となります。
また一部は宮崎国際空港の2本目の4000メートル滑走路の埋め立て工事にも使用されます」
40-2.橘蘭と格闘技
平和34年6月15日、極楽建設の手で、日向椎葉湖の西側の山々を削る工事が始まった。
多数の水平式シールドマシンが、表面の土砂を削っては、後方の物流リニアエッグに積み込み、
宮崎へ高速転送していった。
極楽建設の御得意の24時間、年中無休の自動工事であった。
6月20日、極楽学園にもう夏の気配が始まっていた。
朝までの雨が上がり、木々の葉が潤いに満ち、涼しい風に葉がこすれるように動いた。葉と葉の間を強い日差しが地面に届いていた。
橘蘭が、息せき切って学園の正門の横の通用門に走ってきた。
長身の橘蘭が門の前で止まると、自動的に門が開いた。
蘭は、勢い込んで、門の中に走り込んでいった。
門は自動的に閉まった。
「土々呂のオジイさーん」
蘭は、学園の正面の庭を掃除している掃除夫の土々呂に声をかけた。
「そんなに急ぐと息が切れるど。もう山岡先生は、とっくに到着して道場に待機しておられる」
「オジイさーん。何でも知っているんだね。東京からの飛行機が遅れてしまったの。メールで連絡済みよ」
蘭は、走って学園に入っていった。
リニアエレベータの前に行った。直ぐにドアが開いた。
入ると、直ぐに言った。
「道場に行って」
『了解しました。蘭様、お帰りなさい』
エレベータが答えた。
蘭は、エレベータの中で息を整えた。
エレベータは、動きだし、直ぐに止まり、ドアが開いた。
欄は、正面の道場の横の更衣室に入り、道着に着替えた。
急いで道場の門の前に来た。ドアが開いた。
中には、合気道精神館の塩山剛二が床に正座していた。
蘭は、息を整えながら塩山の向かいに正座した。
「先生、遅れまして、申し訳ありませんでした」
両手を床に着け、頭を下げた。
「蘭さん、お帰り。飛行機が遅れたそうで、大変でしたね」
塩山は、静かに答えた。
「私が、毎月1回ここに伺い、蘭さんの稽古をつけるようになってもう4年になる。始めたのが14歳だから、もう18歳か」
「18になりました」
「早いものだな、順調に修行してもはや女性の中では1番の実力を備えるようになった。
他にも格闘技をやっていると聞いているので、ひょっとすると、もう世界の女性の中でトップクラスになったのかもしれんの」
「いえ、まだまだです」
「それでは、練習を開始しましょう」
「御願いたします」
塩山と、蘭は立ち上がり、右手右足が前に来る右半身の相半身で構えた。
蘭は、身長が180cmもあり、塩山より背が高かった。
日が傾いたが、夏の夕刻はまだ明るい。
塩山が玄関から出てきた。
門の近くにいた土々呂を見つけると、土々呂の所に近づいていった。
「これは、これは、塩山先生、ご苦労様でございます」
土々呂が深々と礼をした。
塩山は立ち止まり、深々と礼をした。
「土々呂さん、蘭さんは順調に成長しております。もはや女性としては最強のレベルに達したと思います。問題があるとすれば...」
「問題があるとすれば、何でしょうか」
「練習相手がいないということですかな」
「なるほど、それは困りましたな」
二人は、大きな声で笑った。
夏の日の夕暮の中、笑い声が拡がっていった。
40-3.極楽マートの時価総額が100兆円に
8月、極楽マートの業績が大幅に伸びると共に、極楽マートの株価もウナギ上りに上がっていった。
そしてついに極楽マートの時価総額が100兆円となった。極楽グループが株式の80%を握っていた。
極楽マートは、非公開が原則の極楽グループでも異例の会社であった。
極楽グループは、通常売上高に対し、少数の社員で運営する高付加価値の会社がほとんどだったが、極楽マートは、株式公開し(もっとも、最初に光福スーパー買収時から株式公開されていた)、従業員も18万名を超え、巨大な企業となっていた。
スーパーマーケットとコンビニエンスストアを全世界に店舗を展開し、さらにWEBでも仮想ストアを展開していた。
極楽マートは、世界第二位のスーパーマーケットチェーンに成長していた。
売上額も40兆円に迫っていた。売上高でも世界有数の企業となった。
従業員とその家族、関連会社を合わせると、100万人以上になり、世界の国々に深く根を張っていた。
極楽マートは、極楽農園からの大量の安価な農産物や水産物、畜産物の供給を受けていた。さらに、巨大な購買力で世界中から商品を極めて安い価格で購入していた。
極楽マートは、極楽グループの世界や社会へ開かれた窓の役目も担っていた。
極楽農園は、五ヶ瀬町と高千穂町で完全自動の農業工場と水産工場等を平和28年に比べ規模を大幅に増強する共に、施設も50棟増強した。
完全自動農業工場は、地上から地下に1,500mの大きさで、500階層に仕切られていた。
半径100mの円筒形で、両端が半円球になっている。
地上部はほとんど緑地になっていた。地上部分には、三角のピラミッド型の建物が作られていた。資材搬入や電力受信、通信施設、人が出入りに使用されてた。
完全自動農業工場は、まさに地中に存在し、地震や天候などの外部の影響を受けない完全な自動農業工場であった。建物の周囲は緩衝材により地震等の影響を受けない構造になっていた。
工場の下部には、巨大な貯水装置が設置されていた。必要な時以外は、外部から供給する必要はなかった。
貯水装置の上層階には、巨大な蓄電設備が設置されていた。
自動農業工場は、ほとんどが水耕栽培であり、自立した完全に閉じたシステムになっていた。
水や熱は完全にリサイクルされていた。
完全自動農業工場は、高度の省エネ工場でもあった。
これらの工場は、エリアG1,G2にも作られていた。
水や資材の搬送部や、出来上がった米や野菜を送り出す搬出部は地中に存在した。
搬出部からは物流用のリニアエッグが貯蔵施設や宮崎市の物流センターに数分以内に送られた。物流センターに送られた農産物は、極楽マートの各店舗に送られたり、加工工場に送られた。
加工工場は、サラダやおにぎり、刺身やフライ、麺等々、多数の物が、全自動で作成されていた。
極楽グループの自動化の技術は、日進月歩で進化していた。
その為の、技術開発の努力が日夜行われていた。
1つの棟で、1570ヘクタールの面積を持っていた。東京ドームの約300倍以上の広さだった。
米の場合、年間4回栽培し、LEDの光で最適に温度と光を調整し、肥料も最適に制御されて、1回の生産量は、日本平均の2倍になった。
1つの棟で、628トンの米が生産できた。
米専用の農業工場は、5か所で、約3000トンの米を生産できた。
野菜や小麦、キノコ等の農業工場は、15か所作られた。
漁業工場は、3か所作られた。マグロやハマチ、フグなどが自動で養殖され、出荷された。
牛や豚、羊は、九州山地の牧場で、のんびり優雅に育てられていた。
また、植物由来の人工肉や、優れた品質の肉を人工培養して生産する人造肉工場も地下に製造された。
そこでは、牛肉や豚肉、羊の肉、多数の魚の肉が、大量に生産されていた。
同じ規模の貯蔵施設がさらに5か所作られ、米や小麦が貯蔵され、一部の野菜や魚が冷凍されて貯蔵された。
また、さらに同じ規模の水の貯蔵施設が2か所作られた。ここから各施設へ供給するシステムだった。
水の貯蔵施設は、各階で完全に他と分離され、不従物や毒性の物質が万が一混入しても、他に影響がない構造であった。
貯水するための水は、日向椎葉湖や耳川支流から供給された。
2つの水の貯蔵施設で、上椎葉ダムの有効貯水容量に匹敵する、7,000万立方メートルの水を貯水していた。
極楽グループは、人類の食糧問題を解決しつつあった。
良質の食料を、わずかな面積で、短期間に生産できるようになった。しかも多品種大量生産が可能になり、出荷に合わせて農作物の成熟時期を調整できるようになった。
良質の水田や畑は必要なかった。誰も利用しない荒れ地で十分だった。
水も循環して再利用され、一度補充されればその後の補充はほとんど必要なかった。
安い電気を使い、熱や水を循環して使用する完全にクローズしたシステムになっていた。
また、地中に閉じたシステムであるため、外部からの放射線や有毒物質の混入もなく、完全無菌栽培であるため、連作障害等の防止の為の、消毒も必要なかった。
完全自動農業工場は、人件費もほとんどかからないので、極めて安い価格の穀物や野菜を生産、出荷した。
もはや、これに競合できる農地や農場は世界に存在していなかった。
将来は、極楽市とエリアG、エリアG2だけで、全人類の主要な食料と家畜の飼料を、全て生産することが可能だった。
事実上、人類の食料問題は解決されてしまったと言って良かった。
日本や世界の既存の畑や水田はこれからどう利用されるのであろうか。
自動水産工場は、さすがに完全自動化とはいかなかった。
それでも、世界ソフトの3D映像解析システムで、生育状況を自動解析と、さらに人の目による監視で、最適の生育環境で魚や魚貝類を生育していた。
水温や餌の調整、光の調整で計画通りに生育できた。しかも市場の状況に合わせ、出荷を調整することも可能だった。
自動水産工場は、1つの棟で、942ヘクタールの面積を持っていた。東京ドーム4.7ヘクタールの約200倍の広さだった。
自動水産工場の重要な点は、もはや海や川、湖を必要としていなかったことだ。
魚介類を乱獲することもなく、海や川を汚染することもなかった。
多種の魚を大量に、海水、淡水の区別なく同時に飼育できた。
しかもほとんど人手を必要としていなかった。
こうした穀物や農作物、魚介類は、加工工場にリニアエッグで10分ほどで届けられた。
そして、加工品はさらにメーカーやスーパーに送られた。
また、穀物や農作物、魚介類の一部は、直接極楽マートや他社のスーパーに卸されて一般消費者に届けられた。
極楽農園は、牧畜業を九州山地やエリアG、エリアG2、オーストラリア、アメリカ、ブラジルで開始していた。
水産基地も世界各地に展開していた。
さらに人造肉の生産にも着手していた。
極楽グループでは、各種工場、病院、製薬工場、研究所、学校、蓄電施設、あらゆる物の地中化を研究し、実行していた。
もはや地上を放棄しているかの様だった。
『リンゴの表面に住んでいた虫が、ある日リンゴの中に広大な空間と資源を見つけてそこに住むようになった』と例えられるであろうか。
このことを、遠い未来の歴史学者は、どう評価するであろうか。
『衣食住』が、完全に解決された時、人類は何をして暮らしていくのだろうか?
それは、食住が完備した動物園のパンダとどこがどう異なるのであろうか?
しかし、そうした世界はまだまだ実現してはいない。




