第30話:椎葉町とスペースエッグ
30-1.椎葉村が椎葉町になった
平和25年9月、極楽グループは、大分県臼杵市の小さな電気自動車会社を買収した。
もう、極楽グループの動向は、経済紙の記事にのるようになった。
小さな電気自動車会社は、極楽自動車となった。
啓が会長になった。社長は外部から経営の専門家を採用した。
電気自動車の技術の向上と大量生産システムの開発を行う事になった。
会社の後ろには広い山地があった。工場の拡張の余地が高かった。
港も拡張すれば、大型の自動車専用船(Pure Car Carrier = PCC)が横付け可能だ。
10月になると、椎葉村が椎葉町になった。居住人口は1万人を突破し、10年前の4倍の人口になった。
那須 富一郎(27)がそのまま初代町長になった。
若宮山の南斜面には、極楽グループの50階地下8階の事務ビルと20階建ての駐車場が建設中であった。
その南側には、50階地下8階のホテル・レストラン・飲食店・国内外の企業用の事務所向けのビルが建設中であった。
さらに若宮山の南斜面を切り開き、地上部50階地下8階、高さ約200m、各棟総戸数約700戸のマンションが、6棟建設中であった。
各棟とも、事務所や店舗、診療所、駐車場、保育所等があり、一部の棟にはビジネスホテルや幼稚園、小学校、中学高、インターナショナルスクールもあった。
右端の方は既に完成し、左に行くにしたがって完成度が低く高さもまだ低かった。
まだ半数しか完成していなかった。
全て完成すれば、約1万人強のニュータウンが完成する。
もちろん建設業者は、極楽建設であった。
若宮山の極楽グループのビルの反対側の山にリニアモーターカーのターミナル『椎葉駅』の建設が進んでいた。
その隣には、商業用高層ビルの工事現場があり、さらに極楽グループの高層ビルの工事現場があった。
ゲンと那須 富一郎町長が高層マンションの工事現場に来ていた。
「富一郎さん、建設は順調に進んでおります」
「ゲンさん、壮観ですな。これが完成すれば、椎葉村いや椎葉町は劇的に変わりますね」
「地元の人間や宮崎の建設業界では、こんな辺鄙な土地に入居者はほとんどいないだろう、ゴーストタウンになると噂してます。そんな事はない。ここに未曾有の未来都市が出来あがったら、連中は肝を冷やすでしょう」
ゲンは少し意気込んで話した。
「そうですね。これはその第一歩ですね。サン君がいつも言ってるように、自然をいかした未来都市が出来上がりますね。
椎葉町の都市計画では、この若宮山地域が中心地になり、リニアモーターカーのターミナル『椎葉駅』が建てられるますからね」
富一郎町長は、嬉しそうに語った。
新しいマンション群は、1戸の販売価格は5000万円からで最高30億円までとなっていた。
最高額のマンションは海外の大富豪からの購入をターゲットにしていた。
30-2.高さ10kmのリニアエッグ塔の建設
10月1日、極楽グループが極楽宇宙技研を設立した。
10月中旬に、極楽グループがスペースエッグ計画を発表した。同時に人工衛星型リニアエッグの打上塔の建設申請を行った。
高さ10km、驚異的な高さで、人類が作る建造物で最高の高さのものであった。
1年前、サンは極楽製鉄の研究者に対してカーボンナノチューブやグラフェンなどのナノマテリアルからさらに軽量で強靭な打上塔の素材を短期間で開発し、大量生産する設備構築を依頼した。
彼らは、量子コンピュータを駆使し、サンの要求に見事に答えた。
高さ10kmにおよぶリニアエッグ塔の建設は、マスコミの話題となった。
一部政治家の中には環境問題等を理由に反対を声明する者が現れたが、人々は人類史上最高の高さの塔を好意的に受け入れた。
政府は直ちにこの計画を承認した。
大泉首相と大澤議員の十分なサポートがあったのだ。
10月の末に、乗客用リニアモーターカーのトンネルが完成し、運用試験に入った。
トンネル工事を開始してからわずか8か月であった。
複数のレーザ式シールドマシンが驚異的なスピードでトンネルを穿ち、トンネルの側面パーツとパーツに埋めこまれた超伝導磁石や超伝導電線を自動で組み立てていった。
電線や制御ケーブルもケーブル同士が接続箇所を自動認識して自動結線していった。
量子コンピュータを使用した綿密な計画は、1日の遅れもなく計画通りにトンネル工事を終了した。
後は、リニアエッグを使用した実用化運用試験だった。
リニアエッグそのものは、既に11か月にわたってあらゆるテストを行って来た。
いよいよ実用化運用試験の初日、リニアエッグのテスト列車が椎葉駅にいた。
やがて運転手も搭乗者もいないリニアエッグが、時速100kmの低速で、リニア宮崎駅に向かって静かに発車してトンネルを進んで行った。
トンネルの状況や、実用のリニアエッグの走行を確認する為だった。
本番テストでも、運転手はいない。世界ソフトがリアルタイムで制御する運用システムだ。
システム全体の監視システムも数名のもので行う。
各駅の職員も、駅の案内係や、非常事態に対応する保安係がわずかにいるだけだった。
案内等もAIで行う事になっていた。
本番の運用試験は、平和26年4月の開業まで連日行われた。
そして時速600kmの世界最速の乗客用リニアモーターカーは、いよいよ動き出すのであった。




