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連日投稿ならず…残念。
誤字報告、ありがとうございます!
瘴気が浄化されたものの、木々は枯れ、視界を遮る物が何も無い所は不安であると言うことで、一行は山の中腹を僅かに下がった所に本日のキャンプ地を設定した。
力を使い切った御弦の体調面を考慮し、今日は無理に下山せず体力を戻そうということだ。
明日からまた次のポイントまでの移動が始まる。
一行は早めに夕食を終え、各々のテントへ分かれて行った。
今は火の番のキールが起きているのみで、辺りには静寂が満ちている。
簡易寝具に身を横たえていたエルグラントは、ふと意識を外と移した。
何か危険を察したというわけでは無いが、エルグラントは体を起こす。
「あいつか?」
エルグラントの動きに目を覚ましたブロージェスが小声で聞いてくる。
「……ああ」
「……っは! お世話係も大変だな」
寝転がりながらゆるく手を振られた。
もちろんだが、ブロージェスもその気配に気づいた。けれどエルグラントが行くのならばと、もう一度寝る体制に戻る。
「……」
テントから這い出したエルグラントは、さっと周りを見渡しながら、手にしていた両手剣を腰に刷く。
そして視界の隅に見つけたそちらにゆっくりと歩み寄った。
+++
満月とまではいかないが、月の明るい夜だった。
生い茂る木々の葉の間から、ちらほらと光が見え隠れしており夜目が効く者ならば灯に困らない。
そんな中、黒いフードを頭からすっぽりと被った黒い人影が、迷いの無い足取りで音も無く、森の奥へと進んで行く。
思う所があり、後ろからこっそりと追っているエルグラントは、その小さく細い人影を再度じっくりと観察する。
足運びも、体幹の使い方も全くの素人。
それなのに音が無い。
音が無さすぎる。
森の中に、もちろん人為的に均された道など無い。
落ちた葉や、小枝が積もった獣道だ。上を歩けば当然のようにそれらを踏みしだくぱきぱきと言った音が聞こえてくるべきなのに。
足音などもっての他で、まったくの無音状態。
彼女は何かをしている。
エルグラントは意識して魔力を己の両目へと集める。
強化され、魔力の循環に鋭敏になった視界で見えたのは、背中をこちらに向けている彼女の正面側、つまりおそらく彼女の胸元が、うっすらと発光しているように見える魔術光。
微弱な力で、効果範囲はそれを身に着けている彼女のみ。
あれは恐らく、無音の魔術陣を描いた何か。
その何かを稼働して行動しているから、黙々と歩き続けている今も一切の音が聞こえないのだろう。
彼女の魔術に魔術や魔力に敏感なキールや、ウィリムが気が付かなかったのは、彼女が簡易テントを離れた後に起動したからだ。
発動魔力量も微弱で、長時間無音状態を保てるという、酷く暗殺者向きのそれは、しかし、気配まで消せるわけでは無い。
なので彼女が……ソノミがテントを出たことは戦闘職の者には筒抜けだった。
すぐに呼び止めても良かった。
しかしそうしなかったのは、彼女の目的が知りたかったから。
生理現象ならば問題無い。
しかし彼女は、魔術陣まで使いながら歩き続けている。
その足取りは迷い無く。迷いが無さ過ぎて目的地があるのだと見当づかせる。
今まで城を出たことの無い彼女に、こんな森の中、一体どんな目的地があると言うのか。
王にあそこまで言わせたソノミの目的を、正体を、エルグラントこそが知りたかった。
息を殺して小さな後ろ姿を追っていたエルグラントは、彼女の進む先が一層明るくなっていることに気が付いた。
乱立する木々の間から零れる光の量が一気に増えている場所がある。
ソノミは真っ直ぐにそこへと進み、エルグラントも後ろからその様子を見た。
深い森の中のはずなのに、そこだけぽっかりと開けた場所。
じっとりと湿った土色の地面だけが広がり、木はもちろん草一本も生えていないそこは、瘴気に犯され不毛の地と化す前は、森の中に緩衝地帯のような草原が広がっていたのだろうと思わせた。
酷く無防備に、月明かりの元へ踏み出した人影は、黒いローブに鈍い光を反射させながら静かに歩き続け、そして止まった。
エルグラントは土色と、木々の境界を跨げず、ソノミの背中を見続ける。
彼女は何か、小さめの岩のような影の元にしゃがみこんだ。
そして、その影の端を持ち上げ、自らの膝に抱え込んだのだ。
「―――……っ!?」
エルグラントがその岩のような影の正体に気付いた瞬間、飛び出しかけた体が止まった。
覚えているよあの音を
不器用に折りたたんだあの声を
聞こえてきたその声は、魔術では無く。魔力でも無く。ただただ、不思議な響きでエルグラントの身体を押し留めた。
今はただ離ればなれ
届かない星々のきらめきに想いだけ託して
どこまでも静かな夜に眠ろう
言葉にならない光景が目の前に広がる。
ソノミを中心に、瘴気を取り込み過ぎて不毛の大地と化していたはずの草原に、一本、また一本と瑞々しい草の芽が生え、急速に広まり始めた。
押し迫るような想いに胸を突かれ、エルグラントはゆっくりと歩き出す。
風の音がする
木立がおしゃべり
小声すぎて聞き取れないな
みるみる成長していく植物達は、どんどんと広がり今やエルグラントの足元にも広がっている。
まどろみは優しく
君も眠いね
奇跡のような光景は、まだまだ続く。
草原の淵までたどり着いた奇跡は、木々を芽吹かせ、その葉を徐々に大きくさせる。
明日はいい天気かなと星は唄う
お日様の思い出を心にしまって
愛しい言葉を身に添える
彼女のまわりでは一輪、花が咲いた。
触発されたようにもう一輪咲いて、さらに一輪、二輪と増えて行く。
美しい光景に胸を焼かれ、エルグラントは目を細める。
奇跡のような光景。
いや、これは。
奇跡。
恋しい人の声が聞こえる
言葉を重ねたあの声が
指先に触れていた幸福に満たされて
今は一緒に夜に沈もう
彼女のフードは、疾うにいたずらな風にはがされていた。
光の反射する睫毛を震わせて歌いながら、どこまでも優しくそれを撫でる。
突如噴き出た瘴気に住処を奪われそれでもなお、自らの群れを、その身を犠牲に守り抜いた誇り高い狼は、奇跡に頭を抱かれ、淡くまどろむ。
切り付けられた体をおしてここまで来たが、もう自分の息の音も聞こえない。
ただ、自分を包む音が。撫でる手の優しさが、彼を祝福していた。
声を聞かせて
幸福な声を
ああ。こんな終わりなら上等だ。
僕が良い夢を見られるように
大好きな人
良い夢が見られそうだ。
おやすみなさい
ことり、と重さが増した膝の上の感覚に、彼女は瞼を上げる。
聖女の手によって、本来の色を取り戻した彼の身体は、白く、月明かりに照らされ銀色に艶めいていた。
彼女はもう一度、天へと旅立った彼の身体を一撫でし、顔を上げる。
「ソノミ……、君は……っ」
言葉にならない。
目の前の光景に奇跡に。胸の熱さに、言葉にならない。
「……私は癒し手。この世界の荒廃を嘆かれた女神アルセリアに遣わされたもう一人の力の担い手」
「つまり、……君は……」
癒しの聖女。
「ああ……。ああっ……!!!」
王よ! わかりました、あなたの気持ちが!
神よ! 女神アルセリアよっっ!!
「感謝します……っ!! 女神の慈悲深さにっっ」
極まった気持ちを抑えきれず、思いは滂沱の涙となって頬を濡らす。
我知らずと膝をつき、彼女の手を取り突っ伏す。
「ありがとう……! ソノミ! 癒しの聖女よ……っ。あなたの来臨に心からの感謝を!!」
「…………こうなるから……」
「……え……?」
「こうなるから、言いたくなかったのに……」
握られた手を振り払えずに、ムスっとした表情で顔をそむけた彼女は、年頃の少女のそれで。
涙で頬を濡らしていたエルグラントは、一瞬にして今この時間に戻って来た。
そうだ、彼女はこうも明確に自分が何者であるのかを分かっていた。
それなのに周知せず、あくまでも追加と言った体で、単独行動していたのだ。
「つまり……、ソノミは、ソノミ様は、ご自身が何者であるのかを知られたくないのですか?」
一瞬のゆるみの内に、手を引き剥がされたエルグラントは、しゃがみこんだ状態でソノミの顔を見た。
さっきの神々しさは一体どこへ消えたというのかと問いたくなるほど普通の少女の顔に戻ったソノミはエルグラントにバレたのも不服ですという表情のまま頷く。
「はい。あなたに知られたのも不服です」
「表情そのままのことを言う」
「なんで着いて来たりするんですか。ヤダ」
ヤダ。
「…………それは……、申し訳ございません。しかし、私はあなたを護衛するという任務が……」
「そういうの、いいから」
「……はい」
煌々とした月明かりの下、蘇った花畑の中で一体何をしているのか。
聖女であるというただ一点を除けば、普通の少女であるソノミ。
けれど、聖女であるということを知ってしまったために途端に、どう行動すればわからなくなってしまったエルグラント。
ソノミにとって彼のその様子は不本意なものだった。
ソノミは聖女だ。
それは知っていた。
けれどもソノミは、とても不完全なのだということも同時に心得てもいた。
ソノミは浄化が済み、正常に回り始めた場所でないと力が作用しないのだ。
もっと言うならば、ソノミが手を出さなくても、時間が経てば今目の前に広がっている光景も取り戻せていたことだろう。
ただ、それが何十年必要になるかわからない。
女神は荒廃と再生の不均衡をそれを憂い、ソノミを遣わせたようではあるが。
ソノミはただ、ほんの少し手助けをしただけに過ぎないし、傷を治すことも出来ない。
本当に凄いのは、大地を腐らせる瘴気を一層しうる、浄化の聖女ただ一人。
彼女の生い立ちもあるのか、ソノミは自分を知っている人間だった。
自分の力を実感した時に話せば、周囲からの賞賛を得られただろう。
しかしそれは一時のものだ。
結局はミツルがいなくてはソノミは力を使えず。
けれど、ソノミがいなくてもミツルがいれば世界は救われる。
ただ今回は瘴気に覆われた範囲も期間も長すぎた故に、ソノミも来た。
ただそれだけなのだ。
ソノミは正しく『おまけ』なのだ。
一時の賞賛を得られても、そんなことはすぐにバレる。
浄化の聖女がいないと何も出来ないのに、チヤホヤされるのは違うと思った。
だから隠した。
現に今だって、傷ついた狼の心を癒すしか出来なかった。
せめて安からに眠れるようにと、手伝いをしただけ。
……まぁ、もう。バレてしまったが。
「今まで通り、普通にしていて。私のことは構わないで……は、無理か」
薄暗い、月光以外に何の光源も無い花畑の中だとしても、わかるくらいに輝いている瞳。
まっすぐこちらを見ている力強い意志に。
「……じゃあ、共犯になってもらおう」
いつか覚めるその幻想がなくなるまで。
「私を守ってくれる? 危険なことや、未知からも」
「何なりと。私は今からあなたの忠実な騎士となりましょう。ソノミ様」
「敬語はいいわ。今まで通り話してくれる?」
「……わかりました……。……わかった」
「それと、」
ソノミは今の今まで狼を撫でていた手を持ち上げ、彼の前に差し出した。
「ソノミはファミリーネーム。私はサヨ。園見小夜」
「……っ」
恐らく王ですら知らない秘密を教えてもらったエルグラントの声は、知らず少し震えた。
目の前に差し出された手に手を重ね、その細い指先に口づける。
忠誠と敬愛を。
「私はディアラス王国近衛騎士エルグラント=ノートン。いかなる時も、あなたと共に。サヨ」
「……」
握手をと思ったら、指先にキスとか。
どこまでも自分の思考の斜め上を行くエルグラントに白い眼を向けつつ、小夜は思う。
とりあえずは、この狼を一緒に埋めてもらわなくては……。
+++
――― キニーネ歴一七八九年、葉緑の月第二五日、旧ディアラス王国に来臨された浄化の聖女は 同年の黄橙の月第五日に世界各地の瘴気を浄化する旅に出るわけですが……
こちらの浄化の聖女、ミツル=カノは非常に有名で、今や数々の歴史書でも語り継がれています。幼い子供のころには寝物語として親から聞かされた、という人も多いのではないでしょうか。
かく言う私も、ミツル=カノの冒険譚には心躍らせた一人なので、こうしてこの場にいるのですが。
――― (笑い声)
――― でも、本日はミツル=カノのお話ではないんですよね?
――― そうなんです。私の専攻は中近世……特に世界各地の聖女伝説を中心にフィードワークしておるんですが、今回注目したのは、浄化の聖女であるミツル=カノと同年代に存在していたという癒しの聖女サーヨです。
――― 癒しの聖女……ですか? 僕はあんまり造詣が深く無いのですが、聞いたことの無い人ですね。
どういった人物だったのでしょうか?
――― 一説によると、聖女ミツル=カノと一緒に来臨された聖女だったとか……ただいつ頃から活躍し始め、どういったことを成したのか、それがまるで存在を秘するかのように、旧ディアラス王国史に名前が載っているのみなのです。
――― へぇー。それは……全てが謎に包まれた存在ということですね。ただ旧ディアラス王国史に名前が載っているということは空想の存在ではなく、実在した人物であることは間違いなさそうですね。
――― ええ。彼女、サーヨの事を研究したこちらのカルノー先生の書籍では、ミツル=カノと旅を共にした近衛騎士エルグラントの妻ソノミと同一人物ではないか、という非常に興味深い見解を出していまして、僕はこれにとても触発された訳ですよ。それで僕も自分で調べ始めたってわけです。
――― ソノミと言えば、ミツル=カノの異国出身の傍付きですよね。
ミツル=カノとエルグラントを題材にした悲恋の物語は数多くありますが、その多くにエルグラントをたぶらかす悪女として登場します。もし、先生のおっしゃるようにサーヨとその癒しの聖女が同一人物だったとしたら、また一気に世情が変わるかもしれないですね(笑)。
まさに新見解! 世に一石を投じる!なるほど、それがただ今先生が手に持っている新刊なわけですね(笑)。
――― そうです(笑)。まだ発売日では無いので、皆さんにお渡し出来ないのが残念ですが。今回は僕が調べ、サーヨはこういう人だったんじゃないかな? ということをちょっと語らせてもらえたらなと思ったんです。
もちろん、僕の話を聞いて、もっと興味が出た人は、この度、僕リクター=ノートンが書いた『彼の聖女は夜に歌う』をご購入下さいね。
FIN




