-007- おうちにかえるまでがえんそくです?
「ほんっっっっっとうに、ありがとうぅああああああああ!」
里に戻って事情を説明すると、長老の号泣付きお礼を頂いた。
感極まり過ぎてその後色々言われたが正直言語になっていなかったので、何を言われたのかは良く分からない。まあ、罵られたわけではないことは確かなのでスルーしておく。
初孫を見殺しにするような真似をしなくて済んで、ほっとしたのだろう。まあ、保留になっただけで、方法が見つからなければ結局竜神に攫われることになるだろうが。
「それでも、まだ暫くは自由に生きられるのはそれだけでも望外よ。ありがとう、リヒト」
パウラからもそんなお礼を言われるが、正直なところ竜神とは交渉の余地が生まれただけで、まだ何一つ問題は解決していないともいえる。このまま何もしなければ、五十年後に虐殺が起こるか、パウラが攫われるか、或いは両方だ。
「当面の問題は、百五十年で王国民が蓄える魔力の総量の数値化と、魔力を固定化させる技術の開発だね。技術開発が出来たとして、次は量産出来るかという問題になるけど」
今の時点では一切ノープランだ。竜神も言っていた通り、そんな便利な技術があるならもっと文明が発展してるだろうし、魔道具も流通しているだろう。まあ、王国が竜神のせいで魔法後進国になっている現状があるにせよ。
「魔物は生来、竜神も技術的に人間に対して魔力固定化を実現しているんだから、要は魔素を魔力変換する機序を体系化できればいけると思うんだよねー。あ、パウラはそれが無尽蔵に出来るって話だっけ?」
「魔力を無尽蔵にってまあ、それはそうなんだけど、私は私一人分の魔力しか出せないから。量的な問題は解決できないわよ。王国民百五十年分がどのくらいかは想像も付かないけど」
「竜神はその点を何かの装置で解決する予定だったみたいだけど」
「ねえ、リヒト君。そもそも魔素ってなんだい? 前もそんな事を言っていたけど、魔力は魔力だろう?」
長老の一言に首を傾げる。
「何って、魔力の前の状態?」
何と定義するのが正しいのかは分からないが、そんなものは自明だろうと答える。
「いやいやいや、魔力は魔力だろう。魔法は体内魔力を練り上げて事象に変換する行為だ。君の言い方だと、魔力がそこら中に普遍的に転がってるように聞こえるのだが」
「……あー、なるほど」
今まで周囲に魔導士がいなかったため、魔法について話をしたこともなかった。【良く見える目】のおかげで、なまじ視認出来てしまっているため、当然の事と思い込んでいたが。そうか、だから竜神もあんなに戸惑ったのか。
生物は――精神体も含め――魔素を感知できていない。
魔力は感覚として掴めているが、魔力以前の魔素は知覚できないのか。
見えているから気付かなかったが、確かに見ないようにすれば魔素を集中する感覚と言うのは自分でも知覚は出来ていない。分かるのは魔力に変換する所からだ。
魔素を魔力に変換する時、通常体力――即ちカロリー――を消費する。
故に、魔力には限りがあると認識されていると。
そして【竜の巫女】はこのカロリーが不要なので、無尽蔵に魔力を供給できる。だが、魔素を収束出来る量に限りがあるので、出力は制限されてしまう。竜神はこの出力問題を魔道具か何かで解決するつもりだったのだろう。
「てっきり初級の本だから記載がないのかと思ってたけど、まさか存在を認識されていないとは……」
初級魔術入門という実家にあった十ページ程の冊子が僕の魔法に置ける唯一の参照文献である。
確かにそこには魔素の記載はなく、魔素というのも僕が勝手に付けた名称だった。初級とついてるから煩雑になる概念を省略しているだけかと思っていたのだが。自分にとってあまりにも当たり前に存在しているのでまさか未観測のものだとは思いもしなかった。
「魔力の素となるものは普遍的に存在してますよ。僕はそれを魔素と呼称しています。人間に限らず、魔法を行使するための魔力は魔素を利用可能な形に変換したものです。おそらくパウラはこの魔素を魔力に変換する効率が異常に高いんだと思います。それでほぼ無尽蔵に魔力を使える」
竜神も魔素と言う存在には気付いておらず、ただ環境中にも魔力が存在していると認識していたのだろう。
「でも、いや、たしかに。パウラの巫女の力を聞いても、理屈にあわないとはずっと思っていたんだけど、確かにそういう事なら」
長老はむむむと、唸りながら考え込んでいる。
「でも、それだと魔力の素となるものは無限にあるのよね?」
パウラの疑問に僕は頷く。
「ええ。なので、生物を介在せずに魔素を魔力に変換できる技術を開発して、それを量産化できれば理屈の上ではどうにかなるかなーって思ってたんですが、具体的にどうすればいいかは分からないですけどね。まぁ、勉強するしかないですね」
「ならば、リヒトは王都の魔導院に行くべきだな。どの道魔法の才能があるなら、十二になったら出頭しなければならないが」
ヒルデに言われて、魔導院かーと呟く。国に縛られるのは嫌なので出来れば行きたくはなかったが、今回の騒動でかなり大っぴらに魔法を使ってしまったので最早誤魔化しようもない。
「王国内であれば他に選択肢ないですしね」
魔導院に所属するのは魔導士である以上義務だし、モグリで研究しようとすれば違法でしょっぴかれる。王国軍にそれが出来るかは別問題として、あまり後ろ暗いことはやりたくはない。
「公爵家の推薦で好待遇で入ってもらう事もできる。お前なら放っておいても勝手に立場を上げていくとは思うが」
「ああ、使えるコネがあるのはいいですね」
「そもそも、戻ったら魔王軍討伐の功績で叙勲だぞ」
「えぇー、ディルクの暇つぶししたかっただけだし、別にいいんですけど。あ、ディルクは貰っとけよ」
「なんでだよ。一緒に貰おうぜー」
「僕、英雄願望とかないんだよ。むしろ目立ちたくない」
「無理だろ」「無理だ」「無理でしょ」「それ笑うとこ?」
全員に一斉にツッコまれた。
心外だな。僕がいつ自分から目立とうとしたというのか。
ヒルデがもう少し大人としてぐいぐい引っ張ってくれるか、ディルクがもう少し大人しければこうはなっていない。
「どの道リヒトの異才は直ぐに誰かの目に留まるに決まってる。今まで王都まで話が聞こえてこなかったのが不思議なくらいだ。大方ディルクを隠れ蓑にしていたんだろうが」
「あ、お前そういうつもりで俺の事利用してやがったのか」
「いや、気付いてなかったのかよ」
異世界生活を満喫するために、ほどほどに好き勝手はやりたいが、あまり悪目立ちはしたくない。そこで自分以上に目を引くディルクと一緒にいたというのに。ディルクを英雄として教育して、その陰で好き勝手やるという密かに立てていた計画がおじゃんだ。
「魔王軍が来た時点で諦めてたけどさー」
いずれ来るとは思っていたが、はてさて、これ以上王国滅亡フラグが無ければいいのだが。魔王軍襲来という突発的な事象と、ドラゴンのスタンピードと言う確定壊滅イベントには対処したが……。
牧歌的な国だから内部的な理由での崩壊は無いと信じたいんだが……。
フラグが立った音がした気がするが、気のせいだと信じよう。
「では、ちょっと寄り道になりましたがポルタに帰りますか」
「そうだな。そろそろ家でゆっくりしたい」
「部下が騒いでそうだしな。貴重な経験は出来たが」
竜神に一太刀入れる経験は確かに貴重だろう。
「あの、よかったらなんだけど、私も連れてってくれない?」
パウラが意を決したように発現する。
「ぱ、パウラ?! おばあちゃんを捨ててくの!?」
「べ、別に捨てないわよ! ただ、今まで竜神に所在がばれるのを畏れて里からロクに出たことも無かったから。少し冒険してみたいのよ。私は外見にエルフの特徴は無いから、人間の国に行ってもそれでトラブルにはならないでしょ?」
「そ、それはそうかもしれないけど」
「それに、本当にお役目から開放されるかどうかはリヒト次第でしょう? お目付けは必要じゃない?」
「……あ、ふーん?」
長老の目が急速に生暖かくなる。
「な、何よ」
「わかったわかった、そういう事なら行っておいで。悪いけど孫を頼むよ、リヒト」
「いや、頼むならヒルデに頼んでよ。僕まだ子供だよ?」
「なんとでもするでしょ、君なら。兎に角いろいろと頼んだよ! い・ろ・い・ろ・と・ね」
「ちょ、何か勘違いしてない? 別にそういうんじゃないし!」
「まぁ、そうだよねぇ。命がけで助けてくれたんだもんねぇ。しかも二回も。いやぁ、おばあちゃん気が利かなくてごめんよぉ~」
「だから、違うって!」
顔を赤くしながら否定しているパウラ。
まぁ、僕にその気はないけれど、娘の面倒でも見る気分で頑張るか。
「最低限だけで良いならね」
「ああ、宜しく頼むよ~」
「もう、変な勘違いしないでよね!」
ツンデレっぽいセリフを吐くパウラに、僕ははいはいと頷いておいた。
◇◇◇◆◆◆
エルフの里を出て三日でギーレン川の支流へ出て、そこから川沿いに下ること五日。
途中色々な魔物に出くわしはしたが、竜神と一戦交えた僕等にとって障害と呼べるようなものは何もなかった。
そして、ようやくポルタの街へと続く街道へと出た。
川沿いを歩いてきたから、街を迂回する形になって南門の方に出た。久しぶりに見る街の城壁は特に欠けた様子はない。
僕等がいなくなった後、無事に魔物のスタンピードをやり過ごすことが出来たようだ。
南門の前まで来ると、なにやら仰々しい恰好をした兵士たちが揃っている。
ヒルデを見つけて大声を上げ始めた。
「騎士姫様! よくぞ御無事で!」
駆け付けた騎士の一人がその場に膝を付いた。
「すまんな、心配をかけた。街は健在か?」
「はっ。内部までは魔物の侵攻が及びませんでしたので」
「苦労をかけたな」
「勿体ないお言葉です。それで……」
騎士が言いにくそうに言葉を濁すと、背後に視線を向ける。黒の地に金糸の入ったローブ姿の男が歩いて来るところだった。
「やあ、ブリュンヒルデ。息災で何よりだ」
「ディートハルト。宮廷魔導士長がこんな辺境まで何の用だ?」
本気で不思議そうに首を傾げるヒルデ。
「君の捜索に、と言いたいところだが、王都で少々困ったことが起こってね」
「わざわざお前が出向くほどのことか?」
宮廷魔導士長。つまりは魔導院の長で、王国中の魔導士を束ねる立場の人だ。かなり若いが、ディートハルトと言えばヒルデと一緒にドラゴンを討伐したことで功績を上げた人の名前だったはずなので、その関係で出世したんだろう。
「ああ、王都で反乱が起きた。公爵騎士団の力を貸してくれ」
単刀直入に、とんでもないことを口に出され、ヒルデの顔が驚きと困惑に染まるのだった。




