-006- あれ、なんかやっちゃいました?
竜神。
【良く見える目】のおかげで規格外の度合が良くわかる。魔素が竜神の周囲に常に流動しており、一挙一動毎に魔素が魔力に変換していき、竜神の動きをサポートしている。意識してやっているのではない。
そもそもそういう生態なのだ。人間が生きるために呼吸をする様に、魔素を取り込み生きている生物だ。もはや生物という括りに収めていいのかも分からない。
一応ガワはあるが、それは竜神の本質ではない。寧ろ流動する魔素の流れが行きつく先を考えれば、目の前の美丈夫は恐らく本体ですらない。
竜【神】の名は伊達ではないという事か。
「リヒト、君だけでも逃げれないか」
ぼそりと背後からヒルデが呟く。ディルクの暴走がきっかけで金縛りのような重圧からは逃れたようだが、声色から悲観的な心情が伝わってくる。
「無理です。今僕等が息をしてることすら相手の気まぐれってだけですよ。次の瞬間絶命していてもおかしくはない」
自分が虫けらになった気分だ。
正直立ち向かったところで戦いの体にすらならないだろう。
アリだって頑張れば人間相手に噛みあとくらい残せるかもしれないが、竜神と僕等の実力差はそれ以上に隔絶している。
「では、せめて立ち向かって騎士の意気を見せて果てるほか無いか」
するりと剣を鞘から抜き放ちながら、ヒルデが竜神に向けて駆け出す。
覚悟を決めるのが早すぎる! ディルクといい、前衛職は脳筋じゃないと駄目なのか?!
「せいやあああああああ!」
技もクソもない真正面からの全力の振り下ろし。竜神がつまらなそうにまた指を弾く。
させるか、くそ!
竜神の指先ピンポイントで二百五十層の防衛陣を構築して衝撃波を無力化する。
二百層以上食い破られたが、なんとか抑え込めたおかげで、ヒルデの剣は真っ直ぐ竜神の頭部を直撃した。
「なっ!」
驚くヒルデ。
レッサードラゴンの鱗なら切り裂けていたヒルデの剣は、竜神の頭髪一本切り飛ばせず、竜神は身じろぎすらしない。驚きのあまり膠着した一瞬で、ハエでも振り払うように竜神が手を振ると、ヒルデはディルク同様壁際まで吹っ飛ばされ、ぐったりして動かなくなった。
かろうじて防衛陣は挟めたが、竜神の直接攻撃となると二百層でもまるで足りない。
「器用なことだ。遠隔でそれだけ魔法を行使できるとは」
少しだけ感心したように竜神がこちらを見下す。
「足でも舐めたら許してくれません?」
「駄目だな。特にお前は駄目だ。人間は基本的に取るに足らんが、稀にお前のような異端児が生まれる。万に一つの可能性も無いが、運命がお前に味方したなら竜種にとっての脅威となり得る」
「えぇー」
何をどう転がったらこんなトンデモ生物の脅威になり得るというのか。買被りも甚だしい。
「ちょっと魔法が得意なだけのお茶目な子供をムキになって殺そうとするなんて、神と名の付く割に器がちっちゃ過ぎませんかねぇ」
「ほぅ。挑発か?」
面白いものでも見たかのように薄っすらと笑う竜神。
どうせ殺されるならダメ元だ。吹っ飛ばされたディルクとヒルデが背後にいると、竜神の攻撃に巻き込まれそうなので、警戒しつつ竜神を中心にゆっくりと立ち位置を変える。
竜神はこちらの思惑など見え透いているとでも言う様に、連続で指を弾き飛ばしてくる衝撃波を多重防衛陣で受けながら、更に挑発する。
「大体、取るに足らないと言いながら、悪巧みもその人間頼りだったというのがみみっちいんですよ。神を僭称するならそれくらい身内でどうにかしたら如何です? 路傍の蟻の力を借りなきゃ目的の一つも果たせないって、上位存在としてのプライドが感じられませんね。何を畏れてるのか知りませんが、クソ雑魚な人間にちょっかい掛けたり、あまつさえ幼女を拉致するなんて卑賎な真似、僕にはカッコ良すぎてとても真似出来ませんよ、はっはっは」
言葉を重ねる度に竜神の額に青筋が立っていくのを幻視する。いや、本当にそうか? 不気味な薄ら笑いは怒りを表しているのだろうか。
「我が、畏れていると?」
お、その辺が怒りのツボか? 押せ押せ押せー!
「あなたの目的など心底知った事じゃないですけどね、恐らくは自己で全て完結するはずの存在であるくせに、わざわざ卑小な存在を虐めるような真似してまわりくどい方法を取ってる時点で、何かの脅威に怯えているようにしか思えないんですよ!」
カッっと竜神の目が開き、指先だけでなく腕が振られる。【良く見える目】で少し未来をみたおかげで前もって対処して躱すことが出来たが……。
「――よくぞ宣った、人間の小僧。畏れ知らずもそこまで行けば立派な才能だ。我に対等に口を聞くだけでも大したものだが、存在を貶め、辱め、侮辱の限りを尽くす言説、真に見事である」
口調は穏やかで内容は誉め言葉だが、ガチギレしているのが気配で分かる。
こういう無謀な行為は本来ディルクの役割なんだけどなー。
「さすが高位存在。子供の煽りに応じてくれてどうも」
更なる挑発を繰り返しつつ、二秒先までをよく見る。
能力はあれど、未来視は非常に神経を削る。
処理する情報量が爆発的に増えるせいか、頭が割れそうになって、やり過ぎると気絶する。だが、未来でも見なければどうにもならない相手だ。
「褒美に念入りに殺してやろう」
攻撃を察知した時点で手遅れ。
彼我の間に千枚を超える防衛陣を敷いても、まるで何もなかったかのように間合いを詰め、拳を振り下ろそうと――
ぱしん
乾いた音が鳴り、竜神の拳が僕の手のひらに受け止められる。
「な!」
驚愕する竜神。
竜神の身体能力は魔法による補助だ。詠唱はおろか、一切の溜めをすっ飛ばして、身体の動きにあわせて自然発生する魔法。そういう生物。だが、術式立てて行っていないからと言って、魔法が発動する手順に変更があるわけではない。
魔素を集中し、魔素を魔力へ変換し、魔力を事象へ変換する。そこに何の違いも無いし、それが【良く見える目】で見えている。
見えているなら、干渉が出来る。なまじ意識して使っていないから気付きもしなかっただろう。手を振れば追随して発生していただけなのだから。竜神の攻撃の起点となる足先、膝、腰、肩、肘、手首、そして拳と可動部の魔素を強制的に収奪し、魔力の変換を妨害した。結果、純粋に本来持つ身体能力だけでの拳打となった。
逆に竜神を【良く見て】身体強化の方法を理解した僕と、立場が刹那だけ逆転したのだ。
怒髪天からの急転直下。異常事態による困惑から抜け出せぬ数瞬。特に申し合わせたわけでもないのに、僕が何かやらかすと信じていた二人が、竜神の背後から一撃を加えた。
乾坤一擲。
ディルクの拳が胸の中心を貫き、ヒルデの剣が頭をカチ割っている。
「まじ、かよ」
僕は二人の攻撃と同時にパウラを竜神からひったくるように奪い返すと、大きく間合いを取りながら毒突いた。
ディルクとヒルデも瞬時に間合いを取っていたが、しかし、目の前の結果に困り果てる。
まあ、どだいトンデモ生物。いや、生物かどうかも疑わしい上位存在とは僕自身の評だったか。魔素の流れの中心である胸部と、知的生物を標榜するなら弱点であるべき頭部。
その二か所を同時に破壊されて尚、竜神は健在だった。時間が巻き戻るように傷口が無かった事になる。防御を抜かれて戸惑ってはいたが、ただそれだけだ。
そもそも本体じゃないっぽいなとは思っていたが、どうやったら死ぬんだ? いや、目の前のこいつを殺したところで直ぐににょきっと生えてきても不思議はない。
「見事だ」
驚きのあまり怒りも失せたのか、純粋に賞賛の言葉を口にする竜神。
「塵芥にも等しい存在で、竜神に一矢報いるとは」
「そりゃどうも」
だが、別に今僕は名誉が欲しいわけではない。褒められたとて嬉しくも無い。
「よかろう、小僧。お主を認めよう。竜神【リンドブルム】の名において貴様を対等な存在と認識する」
煽られ、怒りつつも、確かにあった侮りの気配が消えた。
強者に認められて喜ぶとか、そういうイベントはディルクとやってくれ。
っていうか、やっぱりここ来るの時期尚早だったよね? もっと成長イベント踏んだ後にディルクが竜神に一発かまして認められるイベントだよね?
竜神が床をコツンと蹴ると、黒いテーブルと椅子が生えてくる。
「席に着け。我と話をしよう」
また戦いになったら今度は間違いなく瞬殺されるので、僕は大人しく椅子に座ることにした。
◇◇◇◆◆◆
それから長い長い話し合いがあった。
竜神が僕を対等と認めたので、無制限に質問する権利を得た。それを利用して、そもそも竜神が王国でやってることの目的を問い質した。相手の目的が分からなければ交渉も何もない。
「リヒトが推察した通り、我には不倶戴天の敵がいる。正確を期すならば我のような精霊神にとっての敵だが。
精霊神が何か、か?
やれやれ人間如きでは理解できておらんか。我が魔導士を生み出せなくしたせいで知識の欠落が? なるほど、言われて見れば道理であったな。
まあよい、精霊神は自然物に宿った精神体が自我を得たものだ。小さいものでは単に精霊と呼ばれることが多いが、我は人種が天竜山脈と呼ぶ山体に宿った精神体が自我を持ったものだ。
元々竜種の営巣地だった故に竜の形質を受け継ぎ、自らを竜神と称しているし、竜種にとっての信仰対象でもある。そうだ。お前が推察した通り今話している我はその精神体が現世に干渉するために作った仮初の姿に過ぎん。
我の本来の肉体は山脈そのものと言っていいからな。これだけ広大な地形を礎とする精霊神はそれ故にお前ら定命の生物に比べて永遠とも呼べる長大な寿命を持つが、不死というわけではない。永い時を経れば山脈とて変化し得るし、消滅することもあるからな。
さて、敵の話だったな。あれがなんなのかは正直良くは分からん。ただ、精霊神でもないのに我を凌ぐ精神体を持ち、我を殺すことが出来るような存在だ。精霊神は元となった自然物から遠くは離れられんが、あの敵は強大な精神体を持ちつつも、肉体も同時に持っていた。
恐らく元は人種か魔物などの生物なのだろう。何がどうなればあんなものが生じるのかはわからんが。敵と言ったが、明確に何か敵対したわけではない。ただ、敵に回った場合、我の力では不足を感じた。
故に、我は力を欲したのだ。そんな折に無謀な人種が訪れたので、そこで人種を利用して配下の竜種の位階を上げることを思いついたのだ。遠大な方法とお前は言うが、それは人種の尺度の話だ。
短くとも数千年、永ければ数千万年単位で生きる精霊神にとって百五十年周期など瞬きする間の様なものだ。その中で位階を上げて、エンシェントドラゴンまで到達する個体が増えれば、戦力は飛躍的に増加する。
配下の竜種の力が増せば、その信仰を集める我の力も上がる。目的が何かと言われればそういう事だ。【竜の巫女】は何なのか? ああ、我が加護を得たエルフには自然物から魔力を無尽蔵に生み出す能力を得るはずなのだ。
それがあれば、ちまちまと人種を交配させて魔力を濃縮してやらずとも直接配下に魔力を供給できるシステムが出来上がる。なぜ直接エルフに加護を渡さないか、だと? そもそも加護に耐えられる個体が稀なのだ。
たまたま我の前まで適正者が来たから与えたが、ただでさえ個体数の少ないエルフに加護に耐えきれる個体が現存している可能性は極めて低い。わざわざ確認しに行くのも手間だし、適性があれば子孫に加護が発現する因子を組み込んで、自然発生するのを待った方が効率的であろう? 自前で管理するのもアホらしい」
つまり、竜神の目的は外敵に備えて戦力を強化する事であり、人間を虐殺することを娯楽と捉えているとかそういうわけではないという事か。
「つまり、竜神としては現在百五十年周期で人間から刈り取ってるのと同等の魔力源が供給されうるというのであれば、虐殺もこの土地に掛かった呪いのようなものも必要ないということでいいですか? ついでに【竜の巫女】も不要になりますよね?」
「ああ、それが用意できるというのであれば、手間をかけてここの設備を維持する必要もなくなる」
「ああ、やっぱりここが呪いの元ですか」
「だが現在のシステムを完全放棄するというのであれば、一周期分の魔力では足りんぞ。最低でも十回分は要求する」
「即時支払いは無理でしょうが、まあ何とかしましょう。ただ、支払いが終わった後約束を反故にしないという保証はできますか? 強化された竜種の軍団で王国を滅ぼされては元も子もありませんが」
「契約魔術を使う。元来精神体である我らは契約魔術で誓ったことを反故にした場合消滅まで有り得る、強力な拘束力を持つものだ。まあ、同格と認めた相手との約束であれば反故になどせぬが、矮小な人間では安心できんのであろう?」
「では、支払いの準備ができたら相互不干渉の契約を結びましょう。できなければ、今の状況が継続するだけの事です。五十年後までに少なくとも一周期分の支払いが完了していなければ、そのまま人間の狩り入れを実行に移しても構いませんし、逆に支払いが終わった周期分は狩り入れまでの期間が延長される。
そして、最終的に十周期分の支払いが完了した時点でここのシステムを放棄してもらうということでどうですか? また、周期毎の清算が滞納した時点でパウラの身柄を自由にする権利も有するとすれば、まあ、どちらを選ぶかは竜神次第ということで」
「よかろう。だがアテはあるのか? そんなことが簡易に出来るなら既に世界の様相が変わっていてもおかしくはない。出来ないからこその現在の形だ」
「さぁ。ただ、同族を黙って殺されて良しと出来るほど無感動な人間でもありませんし、出来る可能性があるならやってみるというだけです」
「我を殺すという発想もあるのではないか?」
「楽し気に言わないで下さいよ。交渉可能なら交渉で済ましますよ。僕は蛮族じゃないんです。知的生命体が暴力で解決するって理性の敗北を認めるような無様は僕の流儀ではありません。平和主義者なもので」
「ふっ。それは勿体ない。まあ気が変わったなら挑んでくるが良かろう。我は野蛮なやり方も嫌いではない」
「出来るだけ、それは勘弁願いたいですね」
神殺しなど冗談ではない。そういうのはディルクの領分である。
取り敢えず問題点の落としどころを見つけた後、竜神と益体も無い世間話を一昼夜行って、僕等はエルフの里へと帰還したのだった。




