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【完結】異世界転生に滅亡フラグを添えて  作者: 焼砂ひあり
第一節 辺境事変
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-004- 救いようのないはなし?

 諸君、エルフは好きか?

 僕はまあまあ好きだ。


 前世では神話、或いは寓話上の創作物ではあるが、この世界には実在している。

 森の中で暮らす美形集団。


 金髪碧眼、色白でスレンダーな体系。

 イメージするところはそんな感じだ。


 ドラゴンを撃破してからパウラの送迎でエルフの里まで三日掛かった。位置関係からするとポルタから少しばかり遠ざかってしまったがこればかりは仕方あるまい。生きているエルフを拝みたいという知的好奇心を抑えられようか。否である。


 まあ、そんな戯言は置いといて、魔物に蹂躙されたと言うエルフの里だが、既にちらほらと住民は戻っているようで、パウラを連れて来ると警戒されつつも普通にお礼を言われてしまった。


「パウラ様に何かあったらと思うと気が気ではありませんでした」

 そう言って涙を流していたエルフは金髪碧眼ではあるが、メタボ体形で額の少々広いおっさんだった。まあ、現実なんてそんなもんだよ諸君。みんなが美形だなんて夢を見過ぎだ。


「早く長老に顔を見せて上げてください。心配で気が気ではない様子でしたし」

「ああ、生きてたのね。分かったわ」

 パウラは生きていたのを喜ぶというよりは少し面倒くさそうに返すと先を歩き始めた。


「長老さんとは仲が悪いんですか?」

「別に悪いって訳じゃないわ。ただ、ちょっと苦手なのよね。私この里の中じゃ一番若いし、何時まで経っても赤ん坊扱いと言うか」


 二十八にもなって子ども扱いどころか赤ん坊扱い。長命種ならではのスケール感だ。

 そう言われれば、近所の小さい子供が災難に会っても無事に帰って来たんだから、里の人たちが喜ぶのも当然か。さしずめ僕等は迷子の子供保護した善人?


 少し歩くと見上げるような大きな木が視界を塞ぎ、長老の家はその巨木の幹の中ほどにある瘤のようなものの中にあるようだ。幹をぐるりと回るような階段が付けられていて、僕等はそれを一列になって上り長老の家へと入った。


「ぱ、パウラぁ~っ!? ああ、良かった、良かったぁ」

 入った途端金色でちっちゃい何かがパウラに飛びついて押し倒した。


「ちょ、長老! いきなり何です!?」

「あぁ~、良かったよぉ。離れ離れになっちゃって、もうボク心配で心配で」


「わ、わかったから、おも、重い!」

「はわわ、ごめんよぅ」

 ちっちゃい金色がパウラから離れる。


 そこに立つのはぐずぐずと泣いている金髪エルフの幼女だ。


「ごほん、君達がパウラを連れて来てくれたのかい? 人間とは昔なんやかんやあったが、受けた恩義に礼を言えないほど落ちてはいないさ。ありがとう、ほんっとぅにありがとう!」

 変なポーズを取ながらお礼を述べる幼女。


「……長老?」

 僕の素朴な疑問に、パウラは頭痛でもするのか頭を押さえながら頷く。


「ええ、見た目が少々幼く見えるけど、この里で一番の年寄の長老よ」

「はっはっは、少年、エルフの年齢を見た目で判断するなんて無理な話だよ。これでも多分四百五十歳位さ。結構なおばあちゃんだよ」

 見た目も言動も年寄と言う感じではないが。


 それから僕等は軽く自己紹介をしあって、ここに至るまでの経緯を説明した。


 茶をしばきながら、話を聞いていた長老は、魔王軍と言う所で首を傾げていたが、それ以外は概ね冷静に聞いていた。そして、最後ドラゴンからパウラを救ったというところで幼女らしからぬ厳しい表情になったのだった。


「ドラゴンが森に。しかも二匹同時に……か」

「長老?」

「まだ早い。早いが……」


 腕を組んで黙り込んでしまった幼女。話が途切れて気まずい空気が流れる。


「……まあ、今日は里でゆっくりしていきなさい。こんな時で大したもてなしは出来ないが」

 やがて思い出したように呟いた長老に、ヒルデが代表してお礼を言ったのだった。




 ◇◇◇◆◆◆




 その夜、パウラの無事を祝ってささやかながらも宴が催された。

 里の中央の広場で御馳走が振る舞われ、生き残ったエルフたちは命ある喜びに湧いていた。


「不幸にも数多のエルフが犠牲になってしまった。しかし、この森で生きる以上我らエルフにとってこれもまた宿命である。せめて【竜の巫女】と我ら自身の命が無事だったことを喜ぼう。犠牲になったものを惜しみつつ、生き残ったことを竜神に感謝を」


 宴の冒頭、長老は集まったエルフたちにそんな言葉を向けていた。

 【竜の巫女】。はじめて聞くワードだが、【竜神の加護】を持ったエルフと言う事だろうか?


「飲んでいるかい、リヒト君」

 そんなことを考えていると長老がやってきた。


「子供に酒を勧めないでください」

「真面目だねぇ。お友達の方はすっかり出来上がってるが」


「わははは、エルフの酒は違うなー! 親父の秘蔵酒なんて比べ物にならねー!」

 ディルクはエルフたちとワイワイやりながら酒を呷っている。三歳くらいから飲んでるらしいし、ディルクは普通じゃないのでまあ大丈夫だろう。良い子は決してマネしないように。お酒は二十歳になってから!


「長老。【竜の巫女】ってなんですか? 百五十年ごとのスタンピードと何か関係が?」

 この王国、フッター王国は400年前に建国された。と言っても当時の王国の名前はウーラント王国と呼ばれていた。


 突如、天竜山脈から大量のドラゴンが国中を襲うというスタンピードに対処した、始祖王が国を興したのが始まりと言われる。始祖王は王国史上最も讃えられるべき人物としてその名が上がる。


 それから百五十年後、王国歴百五十年に再びドラゴンのスタンピードが発生し、ウーラント王朝は亡びた。生き残った貴族の中から新たな王が建ち、タールベルク王国となった。


 それから更に百五十年後、王国歴三百年に三度ドラゴンのスタンピードが起こる。タールベルク王朝は亡びこそしなかったが王族はその責を取り、現在も続くフッター家に王位を禅譲し、以来フッター王朝がはじまり百年が経過している。


 因みに旧王家であるタールベルク家は公爵家となり今も存続しており、ヒルデの生家でもある。現在王国歴四百年。これまでの周期通りであれば、五十年後にまた亡びがやってくる。


 王国民はそのことを知りつつも、しかし他に行く当ても無くこの国で暮らしている。それは甚大な災害ではあるものの、未だ頭を挿げ替えつつも王国が存続しているというのが大きいと思う。


 ドラゴンのスタンピードにより人口は三割以下にまで減らされるが、運が良ければ生き残れるのも事実だから。


 そんな王国にとっての不治の病であるスタンピードを【竜災】と呼ぶ。ドラゴン単一のという特殊な事象と【竜の巫女】。確かパウラは始祖王も【竜神の加護】持ちだと言っていた。


 何かと竜に縁のある国である。


 長老は自己申告した年齢が正しければ始祖王の時代より以前から生きている。天竜山脈にほど近いこの森で、都合三回スタンピードをやり過ごしているというなら、なにかしらの対策があるのだろう。王国民としては是非知りたい情報である。


 ただでさえ、こっちは不良天使に亡国イベントがあると言われているのだ。【竜災】の周期が早まって近々起きると言われても驚きより納得しかない状況である。


「スタンピードか。リヒトくん。【竜災】、ドラゴンのスタンピードがなんで起こるか知ってるかい?」

 長老は質問に応えず逆に質問を返してきた。


「さあ。周期的に起きてるようなので、妙だなとは思いますが」

「ブリュンヒルデ嬢は知ってるかな?」

 横にいたヒルデにも質問を飛ばす。


「いえ。そういうものだとしか教わってはいませんが」

 長老はなるほど、と頷くと訥々と話始めた。


「そもそも、君らの国の初代王。始祖王とか仰々しく言われてるクソ野郎がいるじゃないか。だいたいあいつのせいなんだよ」

 いきなり人の国の王様に対して散々な言いざまである。建国を手伝ったとはパウラの言だが、口汚くなる程度には近しい間柄だったのだろうか。


 公爵令嬢のヒルデとしては聞き流せる話では無いだろうが、口を挟まずじっとしている。


「王などと呼びたくはないから呼び捨てで言わせてもらうよ。あの男、アベルは強さにしか興味のない男だった。力こそが全てで、自分が強くなるためであれば他に何も要らないと、何を犠牲にしても構わないと宣う狂人だった。


 強さを求めるあまりこの森に入り、あらゆる魔物を駆逐できるようになって尚満足できなかった。その強さへの執着の矛先が天竜山脈に向くのはまぁ必然だよね。麓からドラゴンを殺して回り、ついに山麓に住まう竜神の元まで人間の身でありながら辿り着いた。


 喜々として挑んだアベルだったが、竜神の力はあまりにも強大で、人間ではどれだけ鍛えようとも届くことが無かった。アベルはその時初めて挫折した。


 そして戦いに生きるアベルにとって、本来挫折とは死であり、ただの愚か者が死んで終わるはずだった。しかし、なぜか竜神がアベルに興味を持ってしまった。そして、アベルにこう言った」



『力が欲しくば我が加護を与えてやろう。ただし、その対価に人種を贄に捧げよ』



「あまりにも隔絶した力の差に絶望していたアベルは、まだ強くなれると言う誘惑に抗うことが出来なかった。そして、勝手に契約を結んだアベルのクソのおかげで、この地に住まうものは百五十年毎にドラゴンによる殺戮に怯えることとなってしまいましたとさ。めでたくも無し」


 吐き捨てるように言い終えた長老。ヒルデはあまりにもあまりな始祖王の話に、信じることもできず反応に困っている。


「質問です。竜神は、ドラゴンに人間を襲わせて何の意味があるんですか?」

 対価に贄というのは物語の作劇上はよくありそうな話だが、わざわざ普段住んでる山脈から出張って、カロリー効率の悪そうな人間を捕食する意味があるのだろうか?


「王国では魔導士は少ないと聞いたことはないかな? 隣国などに比べると十分の一もいない」

「確かに、我が国に魔導士は少ないですが、それはそれこそ【竜災】で人口が少ないからでは」


「それは欺瞞だよ、ブリュンヒルデ嬢。隣国とこの国で国境を隔てようが人間は人間。同じ種族で才能を持つものの割合が変わるだなんてあるわけが無いだろう?」

「言われてみれば」


「魔法適正のない人間が生まれる理由。それはこの王国の土地全てに掛かった竜神の呪いだ。リヒト君、魔法はどうやって使うか説明できるかい?」

「そこら辺にある魔素を集めて、魔力に変換して、魔力を事象に変換すればできますね」

 僕の答えに微妙な顔をしながらも話を続ける長老。


「……ちょっと聞き捨てならない発言があったが、話の腰が折れてしまうから今はツッコまないからね。そう、魔力を事象に変換するんだ。王国に生まれる多くの子供は、この魔力を事象に変換する代わりに、体内に魔力を圧縮して固定化する呪いに掛かっている。固定化された魔力は普通には利用できず、ただ生涯を通して蓄積していき、出産時に半量を子供に譲渡する。そうすることで世代を重ねる毎に固定化された魔力が蓄積していくんだよ。一方で、魔物の存在進化と言うのを知っているかな?」


「稀に上位種に変化する現象ですね。実物は拝んだ事はありませんが」

「あれは、魔物が他の魔物を狩り、体内にある魔石、物質化した魔力を一定量取り込むと起こるとされている。さあ、ドラゴンに人間を襲わせる目的だったね。もう分かったと思うけど、固定化し、蓄積した魔力をドラゴンに取り込ませることで、上位種への存在進化を狙っているんだよ。百五十年という周期は、人間を産み増やすと同時に、固定化した魔力を狩るのに効率の良い期間なんだろうね」


 淡々と語られた言葉に、ヒルデは息を飲んでいる。つまり、この王国と言うのは人間と言う名の魔力タンクの牧場なのだ。ドラゴンに放牧され、十分に数が増えたところで刈り取られる。牧歌的な雰囲気の国だとは思っていたが、自分が放牧されている身の上だとは知らなんだ。


「うーん、でもやっぱり分からないなぁ」

「何がだい?」


「ドラゴンなんて、放っておいても全生物の頂点であり、天敵もいない頂点捕食者でしょう? わざわざそこまでの手間を掛けて強くなって意味があるのかな」

 強くなるというモチベーションは、基本的に自分より強い者がいるときに発生するものだ。既に最強の座にいるものが、更に強くなろうとする理由が思い浮かばない。


「それについはボクもわからないね。ただ、竜神ともなれば人間を凌駕する知性体だからね。ボク等の知らない深い理由でもあるのか、それこそ未知の脅威でもあるのかもしれないね」

 上には上がいる、と言うのは良くある話ではあるのだが。


「さて、話が盛大に脱線してしまったが、元々の質問は【竜の巫女】がなんなのか、だったね。【竜の巫女】とは、【竜神の加護】が発現したエルフの事であり、この不毛な滅亡の円環を止める鍵だ」

「抽象的すぎてちょっと」


「要は、竜神への最後の貢物さ」

 少しだけ遠い目をして呟いた長老。


「アベルが【竜神の加護】を受けた折、あまりに無体な条件にさしものアベルも即断は出来なかった。その様子を見て、竜神はアベルにもう一つの条件を付けた。それが、【竜神の加護】を受けた後、エルフとの間に子を成して、【竜神の加護】を持つエルフを生み出すことが出来たならば、それを差し出せば虐殺は止めると」


「……意図が余計読めなくなったんだけど」

 なぜ、【竜神の加護】を持つエルフでなければ? 嫌がらせか?


「パウラが生まれるまではボクも意味が分からなかった。だが、実際生まれたら推測は出来たよ。【竜神の加護】を得たおかげでパウラは魔力がほぼ無尽蔵に使えるんだ。ただ、出力としては上限があるから、王国民の代替とするには問題があると思うんだけど、それは竜神の方でどうにか出来るのかもね」


 魔力タンクを一人で担える可能性があるということか。


「だから、今回の偶発的に起こったスタンピードには肝を冷やしたよ。パウラを失っていれば、最早この土地を捨てる以外に呪いから逃れる方法が無くなる所だった。彼女は四百年に渡る悲願なんだ」

 パウラが里で大切にされている理由。幼いという理由だけでなく、そんな背景もあったのか。


「自分たちの命惜しさに少女一人を生贄にするなど」

「ブリュンヒルデ嬢は高潔だね。騎士というのは斯くあるべきではあるけれど、それは人間同士の問題だった場合だよ。竜神なんて天災みたいな存在に持ち出すべきものじゃない」

「……」


 ヒルデも理解は出来るのだろう。納得したくないだけで。だが、レッサードラゴンに手こずる自分。そんな自分が王国最強と呼ばれているのが現実なのだ。間違っても竜神をどうこうできるなんて言えないだろう。


「……ボク達だって歯がゆいさ。里に子供が生まれたのなんて五十年ぶりだもの。元々長命で早々出産なんてしないからね、エルフは。そのせっかく生まれた赤子が加護持ちだった時、村中が歓喜と絶望を同時に味わったんだ」


 それがどんな思いだったのかは分からない。ただ、【竜災】で幾多の犠牲を見てきたであろう長老にとって、パウラを【使わない】という選択肢もまた無いのだろう。


「過去のアホの犯した過ちを押し付けるようで申し訳ないのだけど、ボク等は結局他のやり方を見つけることが出来なかったんだ。せめて、次の【竜災】の起きる直前までは隠してやりたかったんだけどね」


「もしかして、森で会ったドラゴンって」

「普段森の中をドラゴンがうろつくなんて無いから、どうにかして竜神はパウラの存在に勘付いたのかもしれないね」


「では、パウラは」

「せめてもの責任だから、近いうちにボクが竜神の元まで届けるよ。遅くなって変にへそを曲げられては全部台無しだからね」


 エルフたちの、嬉しそうで、それでもどこか寂しげな表情は、スタンピードで仲間や身内が死んだ事だけでなく、パウラとのお別れが近い事を悟ってのことだったのか。

「本当に嫌になるね。世界を呪ってしまいたくなるよ」


 長い時を生きてきた長老の諦観と絶望が込められた言葉は、空気を深海の底に沈めたかのようだった。




 ◇◇◇◆◆◆



 宴は深夜まで続き、ぼちぼちと寝落ちするエルフも出てきたところで、ベロンベロンに酔った長老はディルクに抱きついて管を巻いていた。


「君はほんとぉにアベルの純粋脳筋クソ野郎にそっくりだなー、うりうり。その赤い髪、金の眼、能天気そうな顔、マジで生まれ変わり疑うレベルだよぉ。アベルぅ、お前のせいでボクは子孫を何人失ったと思ってるんだよぅ。ボクの初めて全部奪った上に、この上初孫まで奪うなんて、なんて鬼畜なんだぁ。うぇえええん」


 当のディルクはおねむなのか、首がかっくんかっくん船を漕いでいる。


「うぅー、なんでも一人で背負い込んで、自信満々で特大の地雷踏み抜いて、ほんとぉに馬鹿なんだからぁ。もう一遍生き返って謝罪しろぉー」


 長老は管を巻きつつ、そのうちディルクに抱きついたまま幸せそうに寝落ちしていた。




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