-003- ドラゴンとか聞いてないんですけど?
森の中を進むこと二日。
後一日も歩けばギーレン川の支流に出ると言うところまで来た。ギーレン川とは王国を北から南に流れる二大河川の一つで、本流を下流に下って行けばそのうち王都に辿り着く。
農業国である王国にとって最も尊ばれる水の供給源であり、流通の大動脈でもある。ポルタで獲れた魔物の素材も、その多くは馬車で二日ほどの距離にあるイエナの街から船で王都へと運ばれている。
森の中で遭難したら川を探せ。川を見つけたら川に沿って下れ。
ポルタの狩人達にとっては最も基本的な知識である。
無論、途中で伏流水になる場合もあるだろうが、深い森の中で太陽の位置さえ観測困難な場合、最も確実な方法なのだ。もっとも位置関係を見失っていない僕にとっては、本来あまり関係ない話ではある。
そして、そんな所まで来てトラブルである。
「きゃあああああっ!」
つんざく様な女の悲鳴が森に響く。
「ゴアアアアアア!」
そして、聞いたこともない獣の咆哮も。
こんな森深くに女性がいるのも不可解だが――尚、隣の騎士姫は例外とする――、そんな疑問を微塵も考える様子のない前衛二人が声の方に走り出す。
一方は騎士としての志から義務として。もう一方は多分イベントが発生したことに喜んで。
僕は後衛らしく応急的な対処は二人に任せて、他に問題ないか周囲を探りつつ後を追う。
「――って、おいおい。大分山脈からは離れたと思ったのに」
悲鳴があった方にいる魔物はどうやらドラゴンのようだ。
「うおー! めっちゃかっけー!」
カブトムシを見つけた小学生の様にキラキラと眼を輝かせながらドラゴンを殴り飛ばしているディルク。
「ちょー硬い! うわははは、すげーすげー」
ヒルデはめちゃくちゃな動きのディルクにかく乱されているドラゴンに隙を見て、攻撃を加えている。さすが、一度討伐しているだけあって、ドラゴン相手だというのに怯んだ様子はない。
ドラゴンは体長二十メートル程。周囲の木々を薙ぎ倒しながら、ディルクを追いかけている。
取り敢えず二人に任せておいても問題はなさそうなので、僕は悲鳴の主の方へと向かった。
そこには赤銅色の髪と金の瞳の少女がいた。年齢的には僕やディルクと大差無いように見える。髪と眼の色はディルクと似ていて、並べば兄妹にみえるかもしれない。彼女の周りには死体が三体転がっていて、何れも金髪で色白の肌、何より耳が尖っている。
「……まさか、エルフ?」
異世界でお馴染みのエルフ。この世界にもいるようだというのは子供向けの絵本で知っていたが、殆ど伝説的な種族で、王国に存在するなんて聞いたことは無かったんだが……。
「大丈夫ですか?」
「に、人間!? なんでこんな場所に」
「遭難中でしてね。いえ、帰り道は分かっているんですが、その途中で通りすがったというか……」
「レッサーとはいえドラゴンに魔法も無しにたった二人でやりあってるし、只者じゃ無いでしょう」
「お嬢さんはなんでこんなところに? 一人だけ毛色が違うようですが」
「……私も、エルフよ」
「そうなんですか? 何せエルフなんて初めてあったので、そういうエルフもいるんですねー」
戦闘の痕跡から、死体のエルフはこの少女を庇ってドラゴンに殺されたと見える。と言うことは、守られるべき対象ということだ。戦闘能力があるようにも見えないし、ドラゴンと言わずともそれなりにヤバい魔物も多い森の中をうろついているのも違和感があるが。
「遠からずあのドラゴンは討伐されるでしょうが、その後どうしますか? お家までお送りしてもいいですが、部外者に知られて困るという事であれば深入りはしませんけど」
「あ、あなた子供よね? 随分大人びた喋り方だけど」
「同い年くらい……って、エルフは長命で見た目より年齢がいってるんでしたか?」
「年寄扱いされるほどじゃないわ。まだ二十八だもの」
「おお、この場にいるドラゴンを除けば最年長ですね。僕はまだ十歳ですよ」
「……あっちの赤い髪の子も?」
「ええ。幼馴染です」
「いくら【竜神の加護】持ちとはいえ、十歳であんな」
「おや、【竜神の加護】が何か御存じで? つい最近その単語を聞いたんですが、御存じでしたら教えて頂けませんか?」
命を救った代金として、と言うと、少女は頷く。
「人間は失伝してしまったか、秘匿してるのかしらね。あの赤い髪と金色の瞳は、先祖が竜神と縁を結んで、加護を貰った証よ。子孫にも時々その加護が現れる事があるの」
「では、貴方も?」
「そう。エルフらしくなくて嫌なんだけど、加護のせいでこんな見た目なのよ」
「なるほど。謎が一つ解けましたが、その加護があるとああなるんですか?」
目の前でドラゴンの羽根をむしり取っているディルクを指さしながら聞くと、口元をひきつらせながら少女は首を傾げる。
「ま、まぁ、どんな特性が出るかは個人差もあると聞いてるけど、あの子は身体能力の強化だったんでしょうね。それにしてもとんでもないけど」
十歳でドラゴンを討伐してしまう身体能力。成長したらどうなってしまうのだろう。
「貴方の場合は――っと。初対面で聞く内容ではないですね」
「あんた本当に十歳?」
「名前くらいは聞いてもいいですか? 僕はリヒト。あっちの赤毛がディルクで、騎士の恰好をしているのがブリュンヒルデです」
「パウラよ。それで、あんた達はどうしてこんなところに」
「その前にお客さんですね」
全く、なんでこんな場所にドラゴンがいるんだ。
しかも、二体もいるなんて日頃の行いが悪い奴でもいるんだろうか。
「グルルルルル」
背後から聞こえてきた低い唸りに、パウラが青い顔をして身を竦ませる。
「レディとの会話中に無粋な」
ちょっとエルフなんてファンタジー種族に出会えて、ディルクでなくともテンションがアゲアゲな所に水を差すとは。どうやら死にたいらしい。
「防衛陣」
「きゃ!」
パウラを抱き寄せながらケーニッヒからパクった魔法陣でドラゴンの突進を止める。
目の前、ほぼゼロ距離にドラゴンの頭がある。頭だけで僕より大きい。
「攻勢陣」
同じくケーニッヒからパクった魔法陣を五つ展開し、眼球や口内に向けて氷の槍の雨を降らせる。
「グギャアアアアア!」
一瞬で顔面をハリネズミの様にされ、顔を振りながら緊急回避で飛び去ろうとする。
「誰が飛んで良いと言った?」
魔素集中、魔力変換、事象変換。
ドラゴンの直上に巨大な氷の槍が出現し、背中から腹を突き破って地面に縫い留めた。
「な、な、な、な」
パウラは状況に目を白黒させている。あわあわしていて大変可愛らしい。
娘でも見る気分でほっこりしていると、横でギャウギャウとドラゴンが煩い。
その口の端から、炎がちらちらと漏れだす。
「ブレス!? 逃げて!」
パウラが叫ぶが、僕はほぅほぅと顎に手を当ててそれを眺める。
「ちょ――」
慌てるパウラを他所に、ドラゴンの口から灼熱の火焔が吹き出される。
「昔から思ってたんだけど、なんでわざわざ口から吐き出すんだろうなー、ブレス。魔素の魔力変換してるから間違いなく魔法の部類なのに、口から出す意味無くない? 火傷とかしないのかとか、逆流したら危ないとか色々面倒事の方が多そうなのに」
無論、防衛陣はそのままなのでドラゴンのブレスだろうが無意味である。
体感摂氏三千度程。地面の水分が蒸発して溶融し始めているほどの超高温だ。生身で食らったらひとたまりも無い。
「まあ、後で調べよう。取り敢えず死ね」
ブレスの発動起点はドラゴンの口内。喉の辺りだ。
なので、防衛陣を口内を塞ぐ形で展開する。
「グェエ」
引き攣った様な声と同時にブレスが止み、同時にドラゴンの頭部が爆散した。
出口を塞がれて行き場を失ったブレスの圧力が自身を砕いた結果である。
頭部を失ってはさすがに絶命するしかなく、ドラゴンは串刺しにされて倒れることも出来ずに動きを止めた。
「ば、ば、化け物」
パウラの極めて失礼な発言については、取り敢えず聞かなかったことにしよう。
◇◇◇◆◆◆
それから二十分程でヒルデとディルクもドラゴンの討伐を成し遂げ、二人とも何処か満足げな顔で戻って来た。ちなみにその間に死んだエルフは埋葬してある。
掻い摘んでパウラの事について説明。
ヒルデは僕が斃したドラゴンを見て眼を細めていたが、ディルクは特に何の驚きもしていなかった。
「では、彼女をエルフの住んでるところまで送っていくという事か?」
「まあ、見捨てるのも選択肢ですけど、しないですよね?」
騎士としての矜持が許さないだろう。或いは人としての良識が。
「成り行き上、今私はリヒトとディルクの保護者の様な立場とも言える。パウラを仲間といるところまで送っていくことで二人に危険が及ぶようであれば断るのも一つだが」
なるほど、大人としての常識も判断に加味されるのか。
だがしかし……
「僕とディルクのことならお気遣いなく。ドラゴン程度の苦難でしたら問題ないようですので」
初めての遭遇だったが、ちょっとでかくて強い魔物と言ったところだ。パウラがレッサードラゴンと言っていたから、もっと上位のドラゴンもいるのだろうが、この程度ならば問題ないし、この程度にやられる相手であればもっと問題ない。
「そうだな。戦力的に言うなら私もむしろ頼もしいくらいだ。後はパウラの判断だが」
「……お願いしても、いいかしら」
「請け負おう」
「ただ、行く前に一つ断っておかなければならないの」
「何かな?」
「少し前に里に魔物の群れが押し寄せて、私たちは逃げてこの場にいたの。正直なところ戻ったところでどうなっているかは分からないわ」
「ああ、そうか。当然同じ森なのだから想定しておくべきだったな」
「貴方たちも?」
「ああ、街が襲われて迎撃している最中だった。元凶はこの子たちが打ち斃したから被害がこれ以上拡大することは無いと思うが」
「元凶?」
「魔王軍の四天王が暗躍していた」
「魔王、四天王?」
「森の中にいては世情に疎いだろう。簡単に言えば我が国と協力関係にある国に対して敵対的な組織が、後方かく乱を狙って我が国を狙ってきたと言ったところだが」
「そう。よくは分からないけど、収まったのなら良かったわ。じゃあ、案内するからついて来てくれる?」
パウラの案内で、僕等は一路エルフの里を目指すこととなった。
「あー、それにしてもやっぱドラゴンは強かったなー」
ディルクはとても満足気だ。魔物一体でここまで楽しそうなのは久しぶりである。
「前から戦って見たいって言ってたもんな。これでディルクも晴れてドラゴンスレイヤーだな」
「んー、でも姉ちゃんも一緒だったからなー。やっぱ一対一じゃないと。姉ちゃんの時はそうだったんだろ?」
「いや、今の宮廷魔導士長と一緒だったよ。さすがに私一人では手に余る」
「そっかー。じゃあ、いいのかな。でもリヒトは一人でやっつけたんだろ? じゃあ、俺もやっぱり一人でやりたいな」
「まあ、次の機会があればな」
そうそうドラゴンと出会ってたまるかと言う思いではあるが。
「ね、ねえ。人間の国にはあんた達みたいなのが一杯いるの?」
会話の内容に引き攣った顔をしながら訊ねるパウラ。
「それはない」
断言したのはヒルデだ。
「この国の人間で一番から三番目に強い人間がここにいるだけだ」
「そうなの? でも子供でこんなに強いのに」
「例外中の例外だよ。隣国にだってこの年齢でこんな強さの人間はいないだろう。そもそも大人子供あわせてもこの二人は大陸有数の実力者のはずだ」
「そうよね。こんな化け物みたいな子供が早々いるわけないわよね」
「化け物だってよリヒト。言われてんなー」
「お前の事だよディルク。良かったじゃないか、褒められて」
「いや絶対リヒトの方がおかしいから」
「おかしいのはディルクだよ」
いつもの会話をしながら、ふと気になったことをヒルデに訊ねる。
「そう言えば、パウラが言うにはディルクは【竜神の加護】持ちらしいけど、この加護って王国でも知られてるの? ケーニッヒもそんなことを言ってたけど、僕ははじめて聞く単語だったから」
ディルクの超パワーについて、それとなく調べてはいたのだがそれらしい伝承とかは見つからなかった。まあ、あんな田舎の街では調べるにも限界があったんだけど。
「【竜神の加護】か。確か王国の初代国王、始祖王がその加護持ちだったと聞いたことがあるな。四百年も前の事だし、その間に二回も王朝が変わっているから確かな話なのか分からないが」
「じゃあ、ディルクは初代国王の血筋ってこと?」
「どこで系譜が分かれているか分からないし、加護を得たのが始祖王そのものか、それ以前なのかが分からないと単純に子孫かどうかはわかりかねるが、係累なのかもしれないな」
遠大な話である。
「始祖王についてなら、長老が生きていれば話が聞けるかもしれないわよ」
パウラがなんてことはないことのように言う。
「始祖王ってウーラント王国の始祖王よね? 確か長老が建国を手伝ったって昔聞いた気が」
「おー、さすが長命種」
「べっつに、大昔の爺さんばあさんが誰でもどうでもいいけどなー」
ディルクは興味が無さそうにそう呟いた。
歴史にロマンを感じないとはおこちゃまめ。しかし、旧王家の血筋とかいよいよこいつ主人公属性だなと、幼馴染の盛りに盛られた設定に人知れず戦慄するのだった。




