-026- まるでゴミの様だ?
春月八十日。
王都郊外に王国軍が南を向いて整然と並んでいる。
兵士達の顔色は良くない。
まるきり屠殺を待つ家畜の様だ。
自分たちが矢面に立たなければ家族が待つ王都が蹂躙される。人質を盾に死ねと言われたも同然であり、モチベーションが上がる理由も無かった。
鼻息も荒く先頭に立つ王女。暴動寸前の民衆を収めた手際は見事だったが、今回の戦争で勝てなければそれも意味がない。せめて死に出に付き合ってくれるのだと思えば、不満はあれど同情も浮かぶというもので、ガブリエーレの背中には憐れみの視線が向けられていた。
そんな王女の横で、つまらなそうにしている少年が一人。
つまりは僕である。
「あーあー、ついにこの日が来てしまった」
「なんじゃ、今更」
「争いって不毛だよねー」
「それも今更じゃな」
世の中って理不尽で出来ていると思う。
近付いて来る聖神国の兵。騎馬に乗った神殿騎士と、武装司祭が整然と歩みを進めている。
鍛え抜かれた僧兵達は、騎馬の巡航速度にもついていけるようで、王国軍からしてみれば異様な速さだ。どんどんと近付き、二百メートル程手前で停止して、横陣に構える。王国軍を包み込んで、一兵たりとも逃がさないという気構えが見える陣形だ。
その動きには一切の淀みはなく、先に陣取っているにもかかわらず何処かバラバラな印象を受ける王国軍とは雲泥の差だ。
陣形を整え終えると、巨大な人の映像が戦場の前に立つ。話には聞いていた聖神国の映写機か何かだろう。僅かに王国軍が怯んだ気配が伝わって来た。先日脅された時のトラウマが蘇ったのかもしれない。
「親愛なる王国軍の皆さま。本日はこちらからの要望を聞き入れ、全軍集結して頂けたようで感謝致します。無慈悲な真似をせずに済んで私も安心致しました」
慇懃に頭を下げる男。イェルザレム枢機卿と言ったか。魔王に聞いた評では、広範囲殲滅戦が得意で、口調は丁寧だが行動はドが吐くSの鬼畜眼鏡らしい。目的の為には手段を選ばないタイプで、味方諸共敵を吹き飛ばすような真似も平気でするらしく、枢機卿の中でも畏れられる存在であるらしい。
ただ、一方で自分の理の中で思考を完結させるために、想定外に弱く、柔軟性が足りないとかなんとか。
「だが、てめぇら兵士に慈悲はねぇ! 聖神国に逆らった罰だ! 精々全力で足掻くんだな! 無駄だろうが!」
隣に割り込んできた品のない男。フリンツァー枢機卿。こちらはどちらかと言えば手段の為ならば目的を選ばないタイプの狂犬で、信仰の為に戦いをしているというよりは、戦えるから聖神を崇めている節があるらしい。
聖神の加護は、信仰の深さに比例して奇跡を与えるなんて言われているらしいが、こんな奴が枢機卿になれることを考えればそれも怪しいものである。
戦いの前口上という事であれば、こちらからもしなくては無作法というもの。
ちらりとガブリエーレに視線を向けると、軽く頷いて見せる。
それを合図に僕はガブリエーレの巨大な写像を作り出して見せた。
「妾はフッター王国第一王女のガブリエーレである。聖神国におかれてはわざわざ王国まで足を運んで頂き真に恐縮ではあるが、この度の戦は王国としても負けてやるわけにはいかぬ。故に、宗主国に非礼とは思うが全力で叩き潰させて貰うことを先に詫びておこう。あい、すまぬ」
わざわざ負けるためにお越しいただいてありがとうございますと言われ、二人の枢機卿の顔に隠しようもない憤りが浮かぶ。
「これはこれは、王族自ら前線に出る勇ましさは大したものですが、王女殿下に置かれましては現実があまり見えていないようですね。為政者の無知は配下の血で贖われるということを教育して差し上げましょう」
イェルザレムの殺気の籠った言葉。聖神国軍の方でも身じろぎしているのが分かる。
「お姫様が粋がっちまってまぁ。ライプニッツの奴がへまをするからこうやって調子に乗らせちまう。ああ、安心しろよお姫様。王族は殺さねぇからよ。まぁ、死んだ方がマシな目にあうかもしれねぇが、戦場に出てきたんだから、覚悟はあるんだよなぁ!」
フリンツァーの恫喝にガブリエーレは鼻で笑って返す。
「歴史的敗北を指揮する立場になった哀れな枢機卿に妾からも哀悼の意を。リヒト、はじめよ」
ガブリエーレの合図を受けて、僕は右手で指パッチン(特に必要のない動作)。
「は?」
「あん?」
イェルザレムとフリンツァー、二人の枢機卿及び聖神国の僧兵一万四千人の目が点になる。
ガブリエーレの写像が消えると同時に、横陣に展開していた聖神国軍をぐるりと囲む形で僕謹製のゴーレムが地面から飛び出した。
その数、一万四千体。
聖神国軍の数に合わせて二十日余りで緊急生産したゴーレム達だ。ここ三日くらいは追い込みでほぼ徹夜状態。マジで眠い。
生産性を優先してデザインは出来るだけ簡素にした。棒人間と言うか泥人形というか。姿勢制御の容易さから四脚にして、長めの手もついているため、パッと見人型というよりは虫みたいにも見える。
「な、ゴーレム!? 王国にこんなもんがなんでいやがる!」
「しかもこの数! まさか共和国と内通を!?」
ざわつく聖神国軍の心理的動揺を逃す手は無い。
「行け!」
僕の指令と共に、ゴーレムたちが雪崩を打って聖神国軍へ襲い掛かる。
動く際に生じるカラカラと軽い音も一万四千の群となれば結構な騒音である。重なり合った海嘯のような音と共に迫りくる異形の物体。
対峙しているのが王国兵なら何もせず壊乱したであろうが、そこは精強で鳴らす聖神国軍。未知の敵にも怯まず陣形を保ったまま応戦の構えを見せる。
「だが、無意味だ」
ゴーレム一体当たりの強さは武装司祭とそう違いは無いはずだが、大別すれば僕の作ったゴーレムは魔道具の一種ではあるので、聖神の加護で魔法無効化されると動かなくなってしまうし、直接接触すれば停止してしまう問題がある。
しかしながら、そういう装備があると分かっていて既に先の戦いで現物も手に入って解析迄終わっている現状、僕が何の対策をしないはずもなく、ゴーレムの右手には魔法無効化を無効化する魔法陣が刻まれている。
接触と同時に停止するであろうと予想していた聖神国軍は、動きの止まらなかった事に動揺する。そして、その動揺に付け込んで左手が接触、同時に転移陣が発動し聖神国に強制送還する。
「んー? 前回転移させたっていうのに、対策何もしてないかんじ?」
「さすがに軍団規模に使わせられるなどと考えておらんかったのではないか?」
ガブリエーレに言われて、常人にとって魔力は有限だということを思い出す。
魔王軍の連中にしろ、パウラにしろ、身近な魔導士は大抵膨大な魔力持ちだからあまりその辺気にしないんだよなぁ。
「じゃあ、楽勝だねー」
二人の枢機卿が慌てて対処しようと動いてはいるが、横陣に広く展開したことが仇となり、とても追いつけない。
「クソがっ! 一万を超える軍を転移させる魔力なんぞ何処から持ってきやがった!」
「そもそもこれだけのゴーレムを稼働させるなど、化け物ですか!」
事前情報はそちらにもあったのだから、ちゃんと調べればこうはならなかっただろうに。王国を舐めて慢心しているからそんな目に合うのだ。
開始五分で八割がたの軍を強制送還し、残りは三千弱。
王国軍を殲滅するのには十分ではあろうが、多少損耗したとはいえ、まだ一万体はいるゴーレムを排除できる数ではない。
そろそろ諦めて降参してくれないだろうか。してくれないんだろうなぁ。
二人の枢機卿が張った結界でゴーレムと距離を取られ、戦線は一旦膠着した。
じりじりと結界の周りをゴーレムに包囲されながら、聖神国軍から飛んできたのはお怒りの言葉だった。
「どうやって情報を秘匿していたかは知らねぇが、こんなものを持ちながら今まで報告が無かったのは明らかな敵対行為だぞ! クソ雑魚奴隷国家が舐めた真似してくれやがって!」
「正々堂々とした戦いを望んでいましたが、このように卑劣な真似をされては最早手心を加えるわけにも行きませんねぇ」
おー、切れてる切れてる。でも、全力出せって言っておいて負けそうになったら切れるって理不尽じゃない? 切り札持つくらい当然で、それくらい考慮の上で向かってくるべきでは?
あまり話が通じそうにない人達なので、別に問答する気もないが、どっと疲れるのを感じる。
なんだか、ここでやっつけてもまた来そうだなぁ、と。
「イェルザレム! こうなったらこいつら王都毎吹き飛ばしてやらにゃ気が済まねぇ。合わせろ!」
「いいでしょう。枢機卿の力を思い知らせてやりましょう」
二人の枢機卿が発光し始める。
光体と言う奴か。ライプニッツもそうだったが、聖神の加護で肉体毎上位存在へ変貌し、戦闘力を上げる。
イェルザレムはやじろべえのような、両腕が長く、頭でっかちな形に。フリンツァーは巨大な狼のような姿に変貌する。
そして、二人を中心に周囲の魔素が収束し、遥か頭上に強大な質量が出現した。
「な、ななな、あいつらブチ切れて見境無くしおった!?」
ガブリエーレが慌てる。
直径およそ十キロメートルはあろうかという岩塊。
直撃と同時に爆散するとすれば、王都含む周囲数十キロが吹き飛ぶだろう。
敵も味方も無く全てを無かったことにする荒業に、やれやれと対処しようとした、その時。
【領域内で贄を大量虐殺する行為が検出されました。緊急処置を行います】
脳裏に響く機械音声のような思念。
それは遍く王国民の脳裏に響き、そして、空を塞いだ岩塊よりもなお重々しいプレッシャーが頭上に顕現した。
ディルクと同じ赤髪金眼。
人のような姿をしながら、一目で人ならざるものと納得させる圧倒的な存在感。
直視するのも憚られる神性に、王都中の人間が死を認識した。
王国民を繁殖して利用している牧場主、竜神様のおなーりー。
「って、何してんのあいつ!」
僕は思わず突っ込むが、誰もそのツッコミを聞く余裕はなさそうだ。
それは、今まさに僕等と敵対して意気揚々と全てを吹き飛ばそうとした枢機卿とて同じこと。
たかが人間が、その生涯の中で獲得し得る程度の力など、神と呼ばれる存在の前にはまるで無意味だ。
竜神は恐らくは自分で設定したであろう機構で自動的に呼び出されただろう。
周囲を一瞥して状況を悟ったのか、ため息を一つついて空の岩塊を消し飛ばした。
まるで初めから何も無かったかのように、何の余韻も残さずに、再び青い空が広がる。
「聖神の使徒か。少しばかり力を与えられて増長した虫けらが、我が足元で這いずり回るなど、身の程を知れ!」
一括と同時に何やらごん太ビームが聖神国軍を直撃し、二人の枢機卿諸共蒸発させる。大地が沸騰して抉れ、慌てて王国軍と王都に結界を張ったが、大地に巨大な穴が空いてしまう。穴の端がギーレン川に掛かったので、川の水がその穴に流れ落ちている。
ああ、下流で水不足になるし、ここ湖できるなー。
「ふん、痴れ者が」
空中で一仕事終えたとばかりに息を吐く竜神。
僕は想定外の状況に頭痛が頭を抑えながら、浮遊するとその前まで向かう。
苛立ちついでに暴れられても困るのだ。
「ん? おお、リヒトか。お前がいながらあんな奴らに好きにさせるとはどういうつもりだ?」
「対処するところに横から出てきて必要以上に被害だしたのはそっちだ! ってか、なんでわざわざ出てきたんだよ! 人間の争いに介入するなよ、いちいち」
「ふむ。まぁ、察しているだろうが、王国民をあまり減らされると回収する魔力量が減ってしまう故、不逞の輩が現れた場合は自動で我が撃退する仕様になっておるのだ」
「はぁ。そうならそうと事前に言ってくれれば良かったんだが」
「聞かれねば答えようも無し。我がそれくらいやっているだろうと想定できなかったお前の落ち度だ」
報連相の重要性を上位存在に説いたところで理解してくれるかも怪しいし、確かに察するべきはこちらなのだろうが。
「兎に角、ここはもういいんですよね? お帰り頂いても?」
「折角再会したというのにそっけないな」
「貴方の存在自体が人間には毒みたいなものですから。ほら、仮にも魔物と戦う訓練している王国兵ですら三割くらい気絶しているし」
気絶できるならばまだ幸運で、下手に意識があると、SUN値がガリガリと削られているようだ。このままでは不定の狂気に陥ってしまう。神様など常人が目にしていいものでは無いのだ。
「ふむ。相変わらず羽虫の如き生物よな。我が顕現するのが嫌であれば、そうなる前にお主が止めるのだな」
ふっと、鼻で笑った後転移してその場から消えた。
「ふぅ。心臓に悪い」
想定外の出来事ではあったが、しかし聖神国との戦争はこうしてあっさりと決着を見たのであった。




