-024- この俺の不満を聞いてくれないか?
リヒトが魔王軍と同盟を締結に向かったのとほぼ同刻。
聖神国から正式な宣戦布告を知らせる使者が王都前に来ていた。
「私はコンラート=イェルザレム。聖神国にて枢機卿の地位にあるものです」
イェルザレムは、王都郊外に自身を巨大に投影した像を魔法で作り出し、まるで王都を睥睨するように、見下しながら宣告する。
王都中で人々がイェルザレムの投射像を見上げ、何事かと一斉にざわめきが広がった。
「長らく我がアニメア聖神国は、貴国フッター王国と誼を持ってきましたが、この度王国内で、王国の戦力により我らが同朋が加害されるという痛ましい事件が起きてしまいました。
発端は双方の行き違いであったようですが、事実として、貴国は聖神教徒を加害しております。大変嘆かわしく、また憂慮する事態です。聖神国は今後とも王国と有効的な関係を維持したいとの意思は持ちつつも、今般の出来事を無かったものとして関係を続けるのは非常に難しいと結論致しました。
お互いの関係性を理解し、憂慮無く共に歩み続けるためにも、一度問題の清算は不可欠であることをご理解ください。聖神教徒百と二人に対する傷害の贖罪として、聖神国は王国軍全軍との決戦を所望します。
これは聖神教の教義に照らし合わせた方法であり、一方的に王国が害されるという意味ではございません。今回の行き違いのわだかまりを無くすため、双方一度正面からぶつかり合い、お互いの事を再び理解しあおうという主の慈悲から来る要請です。
決戦で破れた方は改めて勝者の求める贖罪を行い、以降問題を蒸し返す権利を失います。ただし、努々お気をつけ下さい。我らが主は聖戦において惰弱な振る舞いを許しません。戦力を保全するために秘匿したり、卑怯な真似を行う事があれば、苛烈な罰が王都を襲うことになるでしょう。
我らは王国の民を徒に傷つけたいわけではないのです。王国が懸命な判断してくれることを祈ります。仮に、本当に仮に、考えたくも無いですが、王国が決戦に応じないなどと言うことがあれば、王都に神罰が下ることになるでしょう。では、懸命な判断を期待します。春月八十日に戦場にてお会いしましょう」
イェルザレムの投射像が消えると同時、王都郊外の空に巨大な球体が現れた。
王都の端からでも一キロは離れた場所であったが、それでも肉眼で観測できる灰色の球体。
ふわりと、重さを感じさせないようにゆっくりと下降して、地面に設置した瞬間に轟音と共に弾け飛んだ。
衝撃波が王都を駆け抜け、爆心地方向を向いていた窓ガラスは軒並み砕け、外周沿いにあった家屋は吹き飛んだものもある。
枢機卿の只の一撃で王都は大混乱に包まれた。
割れたガラスや壊れた建物の破片などで怪我人が続出し、あまりの事態にパニック状態に包まれる。
王国軍が戦わなければ、あれが自分たちの頭の上に落ちてくる。
破滅を想起させるには十分で、日頃から王侯貴族に不満を持ち、信用も信頼もしていなかったような者達の心の臨界点はあっさりと突破した。
それは、特に宿越団に参加しているもの、共感している若者たちであった。
「全て王宮の連中が悪いのだ! 貴族をしっかりと統制せず、聖神国の不興を買った国王が悪いのだ! あいつらが保身に走ったら、王都は壊滅する! あいつらは俺達平民のことなどどうでもいいと思っている! 見捨てるに決まっているだろう!」
それは事実とは異なることではあったのだが、そういうものだと信じてしまった者達には、そうだと思い込んでしまった者達には正論など届かない。
日頃の行いが悪いと言えばそれまでだが、王都の平民たちの歯止めとなるべき出来事が、これまで一度も無かったのだ。
街中の混乱の中で、フェリクスは決断する。
今がその時だと。
皆の意思を一つにまとめるのは、今この時をおいて他にないと。
「全員に参集をかけろ! やるぞ!」
隠れ家から、旗を持ち出す。
朱で染められた布地に、黄色で斜めに線が入っている。
宿越団を象徴する旗。血塗られた運命を切り裂く一筋の光を意図した意匠。
王都中、そこかしこからその宿越団の旗を掲げた若者が現れ、街中で市民を扇動しながら王宮の方へ練り歩く。
「もう現王政には付き合えない! このままでは無為に犠牲にされるだけだ! 皆立ち上がれ! 今こそ改革の時!」
宿命を乗り越えよ! の言葉と共に、不安を抱えた市民たちはまるでよりどころを求めるかのように旗のもとに集まり、巨大な人のうねりとなって、王宮へ押し寄せる。
市街と王宮を隔てた巨大な城壁と唯一の通行口である王宮門。
その王宮門前の広場で、集まった市民の熱を不安を受け止めフェリクスは、拡声の魔道具で王宮に向かって叫ぶ。
「俺達王国の平民たちは、慎ましやかに生きてきた。王族にも貴族にも逆らわず、重税に喘ぎながらも国のためにと汗水流して働いてきた。なぜか? 例え今が辛くとも、収めた税金で道を均し、水を引き、行く行くは後の世代が豊かな生活が出来るように。竜災で散る命がほんの一握りでも減るようにと、身を切る思いで耐えてきたんだ。
それがなんだ!? 税を貪るだけ貪って、聖神国の不興を買わぬようにと収め続けて、その上で尚、今日のこれはなんなのだ!? 冗談ではない! 竜災を完璧に抑えるのが無理だなんて言うのは子供でも知っている。だが、それ以前に国に破滅を齎すような失政を取るとは、一体どういうつもりだ!
俺達が収めた税金は、自分の地位欲しさに反乱を起こすためのものでも、宗主国の不興を買って侵攻されるためのものでもない! なぜ、なぜお前らはそうも簡単に間違える! なぜお前らはただ慎ましく暮らしたいだけの我ら平民の、そのささやかな望みすらも踏みにじれるのだ!
お前らが多少税金で贅沢をしても俺たちは何も言わない。それはお前らが、その税金でもって国を豊かにすると信じているからだ! 俺達より金を上手く使って、今よりも良い未来を実現できると期待しているからだ! 平民だから、生まれ持った身分だから、王侯貴族に金を収めるのが義務だからなどでは断じてない!
お前らは税を取る権利を行使している以上、国を豊かにする義務を負っている! しかるにこれはなんなのだ! いつまでも平民が黙って唯々諾々と言い成りになっていると思うなよ! 俺たちは義務を果たしている。にも関わらずお前らは義務を果たさない!
これでは契約不履行だ! 出来ぬというのなら、俺たちはお前らがその立場にいることを容認できない! 疾くその王宮から去るが良い! 去らぬというのであれば、俺たちは血を流すことも恐れない!」
怒号にも似た歓声が上がる。民衆の怒りがフェリクスの言葉で燃え上がり、今にも爆発しそうである。
門前には兵士が並んでいたが、圧倒的な数の民衆に冷や汗を流していた。
◇◇◇◆◆◆
王都全体で燃え上がる民衆たち。
しかし、それが全ての者達の総意ではない。
王宮に向けて足を向けたのは殆どは若者で、年配の者の中には渋い顔でそれを見送る者も多い。
「気持ちはわからんでもないがね。逆らったからって何になる? 押し潰されておしまいさ」
ある老年の男は想いに共感は抱きつつも、現実的ではないと頭を振る。
「国王陛下は良くやっておいでだよ。反乱を起こしたのも、戦争を吹っ掛けてきたのも全部他の奴らじゃないか。いくらちゃんとやってても、どうにもならないことだってあるさ」
ある老婆は国王を支持する。
「若いねぇ。若すぎる。不満があるから拳を振り上げて、国を掠め取ったところであいつらに何ができるのかね? そんなことしてる暇があるならしっかり稼げってんだ。自分の仕事放り投げてでかい声で文句言ってるだけじゃねえか」
中年の男が馬鹿にしたようにあざ笑う。
「この国で生まれた以上、受け入れる以外に無いよ。はっ。頑張れば洪水や旱魃が無くなるとでも思ってるのかね? 竜災なんて自然災害だろうに。嫌なら出てけって話だよ。騒いでこっちにまで迷惑かけられちゃたまんないね」
まだ年若いが擦れた物腰の女が吐き捨てる。
若者の大部分はフェリクスの、宿越団の言葉に酔って扇動された。
日々の不満の捌け口。暗澹たる未来への展望。若者特有の根拠のない万能感。
理由はそれぞれあれど、数は力である。
高まりに高まった情動は集団を形成することで更に膨れ上がり、最早、その中心に立つフェリクス本人が何を言おうとも止まれぬところまで来てしまっていた。
万を超える民衆からの熱狂を受け、最後の一言を口にしよう、フェリクスがそう思い立ったその瞬間、その鼻先に水滴が一つ落ちる。
「雨?」
雲一つ無い、快晴の空から、ぽつり、ぽつりと降り出した雨は、直ぐに土砂降りとなり、集まった民衆をずぶ濡れにした。
時間にして十五分ほど。
さあ、王宮に突撃だという所で、文字通り水を刺されて棒立ちとなる民衆達。
雨が上がると同時に、静まり返った広場に靴音が響いた。
こつり、こつりと意思を持って踏み出されたその歩みは、王宮の中から巨大な門を潜り、フェリクスの前に立つ。
誰もが呆気に取られていた。
冷えた頭に、目の前に現れた人物が誰であるかが強烈に打ち付けられる。
先程の雨に濡れた様子もなく、長い黒髪を棚引かせながら、詰め寄る民衆に怯えを一つも見せもせず、我こそは王族なり、我こそが支配者なりと、その気高き精神を見せつけるような立ち居振る舞い。
王女、ガブリエーレが単身でその姿をあらわした。
「その方ら、先程から随分と景気の良い事を言っておったが、妾の前でもう一度その言葉を口にする意気はあるかや?」
ガブリエーレの静かな透き通った声を、フェリクスの持つ拡声の魔道具が広い、広場に声が広がる。
王族に真っ向からの政治批判。
平民が行ったら死罪は免れ得ない。
冷えた頭に現実が染みわたり、今更ながらに顔が青くなるものが出始める。
「聞き逃したというのなら、もう一度だろうが、二度だろうが、何度でも言おう」
しかし、当事者たるフェリクスには覚悟があった。
だから、決然と言い放つ。
「お前ら王侯貴族が義務を全うしないから、これ以上任せてはおけない! お前らに任せておいても何も変わらない、このクソみたいな宿命を、俺達は乗り越えたいんだ!」
フェリクスの鬼気迫る叫びに、ガブリエーレは眉一つ動かさず頷いた。
「ふむ。言いたいことはわかった。そこまで妾達王侯貴族が頼りなく、真実其方らの方がマシというのであればいいであろう。この場で妾のそっ首叩き落し、王宮の貴族を皆殺しにして其方の国を建てるが良い」
まだ十二歳の少女の潔すぎる覚悟に、さすがにフェリクスもたじろぐ。
「だが、本当にそれで良いのか? ここに集いし者達の中に、妾たちが出来なかった事をどうやって成すか、腹案のあるものは一人でもいるのか? 王侯貴族が頼りなく、横暴で、害悪でしかなく、いなくなった方がマシだというのならば宜しい、妾の責任で全ての王侯貴族の特権を取っ払い、全ての権限を民衆に返そう。
だが、国家運営は遊びではないぞ。その先お前たちが放り出されるのは、前提の知識が無くなった状態で、王国民数百万の命を背負うという現実じゃ。知らなかったでは済まされんぞ。
誰かがやってくれると思っていたなどと言い訳している間に、一体幾人死に、一体幾人が泣くのだろうな。聖神国は弱みを見せれば今まで以上に要求を吊り上げ、先程より悲惨な恫喝が再び起きることだろう。
右往左往している間に五十年なぞあっと言う間じゃ。肝心の竜災への手だてを何一つ取れぬまま、王国民は百五十年ぶりの絶望に浸ることになるであろう」
ガブリエーレの予言を、放言だと、否定する事ができるものはいなかった。
冷えた頭に少女の言葉の意味が染み込み、リアルに未来を思い描いて、フェリクスも青くなる。
「王侯貴族のやり方に一切の誤りがないなどとは言わぬ。妾たちも所詮はヒトじゃ。意図せずとも間違えるし、見当違いも起こる。未来が見えるわけではないのじゃからな。
じゃが、少なくとも妾の目の黒いうちはあからさま不正は即座に罰するし、少なくとも貴族の反乱騒ぎなど起こさせぬつもりじゃ。竜災についても最早王侯貴族も平民も立場は同じとなった。先の反乱で竜災の時に使うはずだった結界を使用した為、もはや次の竜災は隠れる場所も無い。
何よりこの場に集った誰よりも妾が一番若く、誰よりも妾が当事者じゃ。竜災を他人事などと無策で挑むつもりは無い。全てを救うなどと大言壮語は今は吐けぬが、それでも出来る限りはすると誓おう。
まずは、痴れ者の聖神国との争いじゃが、我が王国が勝利し、その関係性も是正するとここに誓おう。その結果を持って、今一度妾を信じては貰えぬだろうか。次代の国主である妾が、その勝利を礎に、王国を正しく導くと。負けた時は遠慮なく今日の続きをすればよい。
今日、この場に集まって好き勝手言ってくれたことは、まぁ、聖神国の攻撃で混乱が起きただけのこととする。不問にする代わりと言っては何だが、王都内にも少なくない被害が出ておる。これだけの人数がいるのであれば、妾たちの非難の前に、まずは傷ついたものや支援を必要とするものに手を貸してやって欲しい。
門前を塞がれては、王宮から救援を出すこともできんのだ」
理想を語り、未来の悲劇を呪うよりも先に、隣で困っている人に手を差し伸べよ。
ガブリエーレの慈悲深い言葉に、民衆は心を打たれ、自然と広場から人が散っていった。
誰一人いなくなった広場で一人立ち尽くしたフェリクス。
突き付けられた現実と、ガブリエーレの気高い立ち居振る舞いに、混乱の坩堝の中にいた。




