-023- わるだくみ?
一瞬の浮遊間の後に視界が切り替わる。
薄暗い大きな広間の中央にいた。
後方には大きな扉。
扉から僕の足元を通って、奥の方に赤のビロードの絨毯が敷かれている。
王国の謁見の間にも似た、恐らくは同じ用途の部屋なのだろう。
絨毯の先には仰々しい玉座が置かれ、そこにボンテージ姿の少女が驚愕顔で座っていた。
そして、その玉座の左右にはミノタウロス風の魔物と、見覚えのある馬の頭骨がいた。
「な、ななんなああああ! 何者じゃ!」
少女の叫び声。庇うように馬の頭骨、ケーニッヒが前に出てきた。
「お主!? どうやってここに!」
「どう……って、普通に転移でばびゅーんっと」
軽い感じに言ってみる。
「馬鹿な! 来たことも無い場所に転移など出来るか!」
「出来たものは仕方ないし? まぁまぁ、ケーニッヒだっけ? 別に争いに来たわけではないから落ち着いてよ」
無抵抗を主張する様に手を万歳してみる。
敵意の無さを見て取ったのか、しかしそれでも警戒は解いていない。
「寧ろ平和的なお話をしにきたんだけどね。後ろの女の子が魔王でいいのかな?」
「様を付けろ! 我らが王に不敬であるぞ!」
「それは失礼。では、魔王様。ちょっとばかりお話を聞いて頂きたいのですが?」
慇懃に頭を下げる。
「……下がれ、ケーニッヒ。話があるというのであれば是非もない。察しの通り我が魔王である。そちの名は何という、小さき魔導士よ」
魔王は落ち着きを取り戻したのか、偉そうな感じで訪ねてくる。しかし、さっき盛大に驚いたのを見てしまったので何処か微笑ましい。
「リヒト、と申します。以後お見知りおきを」
「うむ。リヒトよ、人類の大敵たる我が魔王領に何の用かな?」
「その言い方はあまり正しいとは思いませんね。魔王様を大敵と定めているのは飽く迄も聖神国であって、人類全体が敵対しているわけではありません。王国はまぁ、援助しているという点で、そちらからは準敵対的な国家とはなるでしょうが、共和国は不干渉なのでしょう?」
「その準敵対的な国家の所属ではないのか?」
「恐らくご存じでしょうが、現在王国と聖神国は実質的に戦争状態にあります。一方先の魔物のスタンピードを除き、王国が魔王軍と敵対する事由はございません」
「その件については特に言い訳するつもりはないぞ?」
「謝罪が欲しいわけではありません。幸い僕の暮らしていた街にも致命的な被害はありませんでしたし、まあ、あれはあれでいい刺激になりましたし」
ふふっと笑うと、ケーニッヒが凄い目でこちらを見ている……気がする。骨なので良く分からないけど。
「我が配下が無聊を慰める役に立ったのなら幸いだ」
「こちらも得るものが色々ありました。まぁ、静かに暮らしたいという人生設計は粉微塵に砕かれましたが」
終わった事なので諦めてはいるが、それもまた事実である。
「そんなわけで、現在の王国は立場的には寧ろ魔王軍よりだという事です。近々派兵すると脅しまで掛けられている状況。敵の敵は敵になり得る状況です」
「正気か? 魔王軍だぞ? 何をどうしようとも人類の味方ではありえんだろう?」
「そんな根源的な話は必要ないでしょう? 交渉できるだけの知性があり、協力することに旨味のある相手。利益相反が起きないのであれば、共に利を得るために共同歩調を取ることは十分にあり得ることです。例えばの話、ここで僕等が同盟の密約をしたことで、結果的に魔王軍に聖神国が滅ぼされたとて、その後魔王軍は王国に攻め入ることは出来ないでしょう?」
堅牢な天竜山脈に囲われ、竜神が睨みを利かせている箱庭である。
自殺志願で無ければ手を出すなど本来考えもしないだろう。聖神国はその教義の特性上、その辺ところが吹っ飛んでいるんだろうが。
「無論、それはそうじゃ」
「王国に領土拡張への野心はありませんし、大陸内で明確に棲み分けが出来ている以上、敵対する理由そのものがありません。そして、どちらも足元では聖神国が邪魔。同盟相手が人間かどうかなんて些細な問題ですよ」
お互いウィンウィンの関係なのだから、わざわざ破綻させる意味もない。マイナスになれどプラスにはならない。
「言ってしまえば既に潜在的な同盟関係であるとすら言えます。ですから、特段明文化する必要も、対価もお互いに必要とはしないでしょう。ですが、お互いに利益のある関係なのですから、その利益を最大化する試みをする方が、より大きなものを得られるとは思いませんか?」
「最大化、とな?」
「王国としては、聖神国からのこれ以上の過干渉は御免被りたいし、魔王軍が討たれることがあれば、竜神を大敵と矛先を替え、王国内で騒乱を起こす可能性が非常に高いです。一方魔王軍は王国が聖神国に今以上に搾り上げられた場合、今まで以上に潤沢な物資が王国から聖神国に供給されることとなり、戦況に大いに影響することとなるでしょう。元々、聖神国との争いに一石を投じるために王国へ侵攻したのでしょう? ここで我々が手を組むことが出来れば、それは先の王国侵攻への失敗を取り戻すことにもなるでしょう。手順に違いは生じましたが、得られる成果は同じ、否、それ以上と言えます」
「聖神国が共通の敵というのは良かろう。それで、お主は利益の最大化のために我らに何を望む?」
「可能な範囲で構わないので、向こう三十日程聖神国に圧力を掛けて貰えれば」
「王国に矛先が向かぬように我らが矢面に立てと? それではこちらに益がないではないか」
「そこまでは言いません。三百年も争っているのですから、匙加減はお任せします。王国に派遣される軍隊規模が少しでも減ればこちらとしては儲けものです。弱すぎて王国への派兵規模が大きければ、王国が亡びて魔王国への圧力が長期的には増すことになるでしょうし、強すぎれば目標が魔王軍に切り替わる可能性もありますが、恐らく王国への掣肘を優先するのでは?」
「つまり、お主は魔王軍が王国軍への侵攻を座して動かないことこそ、不利益ではないかと言いたいわけか」
「王国への侵攻が実現したタイミングで奇襲的に仕掛けた方が戦果が期待できるというのであれば、まぁ、それでも構いませんよ。王国としては最低限、聖神国を何度も相手しなくていい状況を作りたいだけなので」
魔王は少しだけ考える素振りを見せ、それから横の牛と馬に目をやった。
「どう思う?」
「タイミングをこちらに一任して貰えるならば受けてもいいのでは? こ奴の言う通り、別にこ奴が来なくとも、同じことをしていたでしょうから」
「同意ですね。ただ、勝手にしていいというのであれば、同盟など意味がないのでは?」
魔王の問いに答える馬と牛。
「我も同じ意見だが、そちらから話をしてきたからには何か見返りでもあるのかのう?」
値踏みするような視線。
「王国を襲撃した件に関して、不問にしてあげましょう」
そう言ってほほ笑むと、魔王が目を見開いた。
「正直なところ、僕には王国への帰属意識自体はそんなになくて、いざとなれば捨てるつもりでいます。一応は生まれ育った場所なので、無くなるのは多少寂しいという思いもあるのですけど、身命を賭して迄どうこうしたいという思い入れはありません。
国家が無くとも生きていくのに困らない程度の力は持っているつもりです。ですが、だからと言って無関係な外野に滅ぼされそうになって思うところが無いほど、無関心というわけでもありません。共通の利益を享受できる関係性であって尚、共同歩調が取れないような相手だと分かった場合は、長期的に見て害悪になると結論付けます。
魔王軍がなくなって聖神国がフリーになるのは先だって言った通り面倒事が増えるので歓迎は出来ないのですが、不確定要素に今後振り回されるくらいなら、報復を名分にやっちゃってもいいかなって思うんですよ」
魔王を目の前にして堂々の脅迫である。魔王の顔が強張って、今にも泣きそうである。
なんだか小さい女の子虐めてるみたいで、微妙に良心が痛むな。
「……お主の方が、余程魔王の名に相応しいではないか」
「嫌だなあ、魔王様。こんないたいけな十歳の子供を捕まえて魔王だなんて」
はっはっはと笑って流す。
「それで、どうします?」
「よかろう。同盟を組もう。ただし、王国と同盟を組むわけではない。リヒト、お主個人とだ」
「権力的な背景がなくても大丈夫ですか?」
「王国の権力も権威も魔王軍には無意味だし、お前のいない王国であれば手を組むに値しない。お前が聖神国との戦いに望まないというのであれば、そもそもこの同盟は破綻するであろう」
「まぁ、そうかもしれませんね」
「とぼけおって。後で王国との同盟で自分は関係無い、などとは言わせぬからな」
「そこまで不義理はしないつもりでしたが」
「どうだか」
実はちょっとだけ面倒くさくなったら、その言い訳をしようかと思っていたのは秘密だ。
女の子の見た目だが、歳をくってるだけはある。
魔王が経年で成長するものなのかは不明だが。
「では、僕個人による魔王軍への不可侵と魔王軍による王国への不可侵と、対聖神国戦での飽く迄独立した意思決定の元での共同歩調、それから適示情報交換することを同盟の締結条件としたいと思いますが、相違ないですか?」
「それでよい」
「情勢の変化もあり得るので、期限は五年でどうですか? 必要であれば更新する形で」
「別にもっと長くても構わんが」
「世の中何が起こるか分かりません。不測の事態に備えるためにもあまり長期に縛られるのはお互いの為にならないと思いますが」
「ふむ。まあ良い。我としてはお主と敵対する未来はあまり想像したくはないがな」
「誰であれ、友好的に接してくれている間は無碍にはしませんよ。では、内容はこんな感じで」
パチンと指を弾くと空中に紙が現れ、今し方口にした同盟の条件が列記されている。
その紙面上に砕いた魔石を溶かしこんだインクで、魔法陣を描く。竜神に聞いておいた魔法契約と言う奴だ。
最後に魔力を流すと、その魔力を流したものの間で拘束力のある契約が成立する。
破った場合死ぬというシンプルな契約だ。
「契約魔術だと!? 失伝魔術を何処で知った!」
ケーニッヒが叫ぶ。
「竜神とか言う怖い人に教えてもらいました」
「りゅ、竜神から教え……」
絶句するケーニッヒ。魔王も顔色が更に悪くなっている。
「ちょっとした縁がありましてね。あっはっは、まあ、破る必要性も可能性も無い約束事に大げさかと思いますが、一応形式も大事かと思いまして。お互い合意した内容ですし、問題はないでしょう?」
そう言って、先に僕が魔力を流す。
すいっと、紙を魔王の目の前まで飛ばすと、魔王は渋面を作りながらも指先を延ばして魔法陣に魔力を通した。
「……これでよかろう」
紙が発光して、二つに分かれると、僕と魔王、それぞれの手の甲に一円玉くらいの魔法陣が刻まれる。特に痛みはない。
「これで同盟の締結ですね。こちらから何かあれば僕が出向くか、手紙だけこの場所に送り付けますので。そちらからの伝言は――、ああ、低級霊で情報収集してるんでしたよね? 王都の結界は解除しておくので、それ経由で伝えて貰えば。王国ではあの手の魔物は認知されてないので、大丈夫だと思います」
「なぜそれを知っておる。というか低級霊と意思疎通できるのか?」
「? ああ、普通無理ですよね。できるので出来るとしか言いようがないので、悪しからず」
何故と言われれば、【良く見える】からなのだが。低級霊が不自然に動いていれば見えている人間には不審でしかない。まぁ、そこまで観察している奴も見えている奴も殆どいないのだからこれまで情報は抜き放題だったのだろうけど。
兎も角、この場でやるべきことは終わった。
後は魔王軍がどのタイミングで動くかだが、契約で縛ったし、何れ動いてくれるなら目的は達成したと言っていいだろう。
僕は帰ろうかと思い、ふと、ここに着た瞬間から気になっていたことを口にした。
「所で、なぜ聖神である貴方が魔王と呼ばれているのですか?」
今日何度目かの驚愕。しかし、魔王はその問いに答えることは無かった。
その後、魔王領謁見の間。
「なんなのじゃ、なんなのじゃあいつは! こわっ! ナチュラルに脅してきおった! 我の秘密にも勘付いてるみたいだし、底知れなさすぎじゃ! そもそもどうやって来たことも無いダンジョンの最奥に転移してきたんじゃ!」
「大丈夫ですか魔王様? ちょっと漏らしたんじゃ」
「そこまで下が緩くなっておらんわ! 本気で殺気向けられたら分からんがな!」
「しかし、竜神と会話できるレベルとは……。五年の期限付きとはいえ、同盟できたのは幸いでしたな」
「まったくじゃ。敵対などもっての他。ケーニッヒではないが骨身に染みたぞ」
「ともあれ、聖神国への嫌がらせを計画するとしましょう」
「下手を打つと、五年後の契約更新してくれなさそうだしのう」
しみじみと呟く魔王に、牛と馬はうんうんと相槌を打つのだった。




