-020- えぴろーぐ?
アニメア大陸中央の聳えるネーベル山。
その地下にあるダンジョンの最奥、魔王の間は、ここ三百年で一番の盛り上がりとなっていた。
「目出度い! 目出度いぞ! 枢機卿が討たれるなど何年ぶりじゃ! しかも、我が軍に損耗なく勝手にやられてくれるとは、いやー目出度い!」
魔王は小躍りの一つでも踊り出しそうなほど上機嫌である。
「死んだわけではないようですが、勝手しすぎて監獄行きらしいですね。あの脳筋枢機卿ではさもありなんと言ったところでしょうか」
「まだ七人もいるのが癪に障るが、王国との敵対関係はこれで決定的となるじゃろ? あと二、三人減ってくれんものかのう」
「仔細は不明ですが、ケーニッヒを撃退した秘匿戦力でしょうかね? 枢機卿を正面から退けたとなると、いよいよ化け物感が出てきましたが」
牛頭のローラはワザとらしく自分を抱くように腕を組んで震えて見せる。
「そうじゃ。その秘匿戦力の情報はないのかや? 聖神国と敵対しているなら、必ずしも我らに敵対的とは限らんが、飛び火されては敵わんぞ」
「マルタからは続報ありませんねぇ。不気味なほど分からないみたいですよ?」
「不可思議じゃな。枢機卿とバチバチやりあって撃退して、ケーニッヒを討ち取って、王国では英雄扱いじゃろうに、なぜ情報が表に出ておらんのじゃ? 王国が防諜に長けてるなぞあり得るのか? あんな平和ボケ国家が?」
「ご存じの通り、マルタは主に地霊や浮遊霊を経由して情報収取してるんですが、その秘匿戦力が王都入りしたと思われる時期から、王都中のそれら低級霊とコンタクト出来なくなったらしいです」
「……王都規模で低級霊を祓った、じゃと?」
「魔王様に出来ます?」
「出来るわけなかろう。低級霊なんぞ、祓っても祓っても勝手に沸いて来る。虱潰しにしようとしても、鼬ごっこになるだけだ。そも、そんなものが存在していると認識できる人間の方が少ない上に、特に悪影響も無いからわざわざ祓おうなどと考えるものすらおらんが。聖神国ですら完全な排除などしておらん」
「ですよねー? ですが、あまりに不自然過ぎるので、その秘匿戦力の仕業だと推定はしていますが。ここから魔王様なら実力推し量れます?」
「……王都全域に低級霊を祓うためだけの結界を張ったか、考えたくもないが龍脈に手を加えた? いや、さすがにそこまでは」
「もしもーし」
「はっ! なんじゃ」
「考え込まないで下さいよ。会話中に。で、どうなんです? 強そうです?」
「最も過小に見積もったとして聖神国で言うなら教皇クラス。場合によっては最下級の精霊神クラスはあるかもしれん」
「それって、魔王様と対々って事ですか? 人間ってそんな強くなるんです?」
「ならんこともない、としか言えん。人間であれ、亜人種であれ、知性体であれば何かの間違いで精霊神に格が上がることは可能性の上だけで言えばある。あるが、非常に稀だと言うだけだ。【本来の魔王】もそういうものだからな」
「ではない【魔王】の魔王様は、そんな人間に勝てるので?」
「今時点では何ともかんともであるが、その戦力が聖神国に加わる事態は考えたくはないのう。まぁ、足元は敵対的なのだからそれを喜んでおくとしよう」
目出度い目出度い、と何処か陰りのある顔で呟く魔王。
そんな魔王の間の唯一大扉が、盛大な音と共に開かれた。
なんだと思って魔王とローラが目を向けると、そこには一本の杖が。
巨大な深紅の宝玉がついたその杖は、二人にはあまりに見覚えのあるものだった。
何事か二人が口にする前に、宝玉から影が溢れだし、杖の横で渦を巻く。
やがて影の渦の中から炎が上がると、後には馬の骨の頭のある見覚えのある魔物がいた。
「四天王ケーニッヒ。ただいま帰還致しました」
慇懃に頭を下げる。
ぽかんとした顔の二人。
「ケーニッヒ。お主、死んだのでは無かったのか?」
「かなり危ない所ではありましたが、何とか永らえることが出来ました。あの竜の巣と聖神国をすり抜けて戻るのに手間取ってしまいまして、帰還が遅れましたこと申し訳も無く」
「ふふ、いや、無事でいてくれて嬉しいぞ! くく、はは、あーっはっはっは、枢機卿が一人いなくなったタイミングで死んだと思った四天王の帰還とは! 運が向いてきたようではないか!」
「勿体ないお言葉です」
「くく、ケーニッヒが戻って来たというなら、実質的に魔王軍の被害はゼロに等しい。王国を手に入れる戦略目標は達成できなかったが、波及効果として聖神国からの切り離しが叶いそうだというのは、とんだ棚から牡丹餅だな」
「おや、ケーニッヒ?」
開け放たれた扉から、半透明な女、マルタが顔を覗かせる。
「おお、マルタ! 見ての通りケーニッヒが戻った。どうやら大分運が向いてきたようだな」
「まぁまぁ、それはようございました。そんなご機嫌な魔王様に更なる朗報ですよ」
「ほう、なんじゃ?」
「聖神国が王国との戦争に舵を切りました。枢機卿会議の決定事項です」
「ふはっ! それはそうよな。飼い犬に手を噛まれて黙ってはおれまい。いいぞぉ、後は王国が頑張って更に聖神国の戦力を削ってくれれば……、とはいえ、さすがに厳しいか」
いっそ撃滅してくれれば万々歳。しかし、三百年矛を合わせてきた魔王軍としては、そんな楽観的な観測は出来ない。
「件の大魔導士が実際どれほどのものかということもあるが……、と実際に戦った本人がおるではないか。ケーニッヒ。お前を討ったものの事を教えよ。これは現状最も重大な情報だ」
「はっ。小生を討ったのは二人の子供でした」
「子供?」
「一人は姿形から、【竜神の加護】持ち。それもかなり純度の高い。始祖王クラスの才の持ち主と見ました。とはいえまだ幼子で未完の器。問題はもう一人の子供。黒髪と黒瞳の得体の知れない魔導士でした」
「子供の魔導士。その時点でお前が負ける要素は見出せんが」
「小生もそう思い油断はありました。操る魔法はその精度、規模ともに洗練されてはおりましたが、魔法戦闘そのものは恐らく初見。戦術らしい戦術も持ち合わせず、負けるなど考えも及ばず」
「しかし、破れた」
魔王の言葉に、恥じ入るように頷くケーニッヒ。
「その魔導士は、初見で小生の攻勢陣を真似たのです。戦場で、戦いながら解析し、再現して見せたのです」
「……は?」
「攻勢陣と防衛陣は小生が聖神国との戦いの中で練り上げた珠玉の技術。魔法で魔法陣を書き上げ、魔法を展開するという既存理論にないオリジナル。魔王様にもお褒め頂いた技術が、まさか一見で真似されうる等……」
「……いやいやいやいや、待て待て待て! 攻勢陣を初見で真似るだと! できるわけなかろう! 我であっても無理だ。いや、世界中のどんな魔導士であろうと、それこそ【本物の】魔王であろうと出来るわけがない!」
「しかし、現実に」
「既に知っていた? いや、それこそありえん。あり得るなら我が知らないのがおかしい。ならば、本当に? しかしどうやって……」
「魔王様。小生は、あの子供が恐ろしい。アンデッドで、死を超越した小生も、積み上げた研鑽を一瞬で奪い取られる恐怖は筆舌に尽くしがたいものがありました。あの全てを透徹するかのような黒い瞳。深淵を覗き込んだかのような本能的な恐怖が……」
「――すまぬ、取り乱した。ケーニッヒ、お主を信じぬわけには行かぬ。あり得たのなら事実としてあったのだろう。方法は皆目見当も付かぬが。そして、よくぞ生きて帰ってその情報を齎した。件の魔導士は子供。それは間違いないな?」
「はい。おそらく見た目通りの子供です。多少見た目を偽っていたとしても百を超えることは無いでしょう」
「ならば、魔導士としてはひよっこ。にもかかわらず、魔王軍四天王で最も魔法に長けたケーニッヒを相手に、魔法で圧倒した。相違ないか?」
「恥ずかしながら」
「……ふぅ。とんだ化け物が生まれたものだな。それも幸か不幸かあの魔法後進国の更にド田舎に生まれるとは。良かったのやら悪かったのやら」
「というと?」
ローラの言葉に、魔王は肩を竦める。
「初見で、複雑怪奇なケーニッヒの攻勢陣を真似られるのなら、恐らくこの世のありとあらゆる魔法を見た瞬間再現できるじゃろう。魔法にそもそも接する機会のほぼ絶無な王国でなければ、子供とはいえ今の時点で有名を馳せるか、危険人物として抹殺されておっただろうさ」
「あー、人間っぽいですね、それ」
「だが、既に野に放たれた。今はまだ王国と言う魔法文明から隔絶されたド田舎に引っ込んでいるが、はてさて、それだけの才を持ちながらあの王国で満足できるやら。これは大陸中が荒れそうじゃのう」
「聖神国に殺されることは?」
「無い無い。言ったじゃろう。最低でも教皇クラスだ。だが、それは魔力の総量の話だけであって、そこに初見の魔法を我が物にする才能、否、最早異能と呼ぶべきだな。そんなものを併せ持つ化け物じゃぞ? 枢機卿数人とそのお供如きにどうこう出来るものか」
「その言で行くと、魔王軍に敵対したらまずいのでは?」
ローラの言葉に、ジト目で見据える魔王。
「ケーニッヒ。実際相対したお主からの所見を述べよ」
ケーニッヒは意見を求められ、即座に断言した。
「無理でしょう。ありえません。大陸でアレに対抗できるとすれば、竜神か、我らが怨敵聖神のみかと」
「だそうだ。我も同意見だ。その時が来たら全員で土下座で命乞いをする他ない。今後一切敵対的行動は取るなよ。ケーニッヒだけなら不幸な行き違いで済ませてくれるかもしれないが、二度目は言い訳もできん」
「では、聖神国も痛手を被りそうな事ですし、今のうちにちびっこ魔導士殿の接待プランでも考えるとしましょう。しからば魔王様、予算申請しますので許可を」
「ぐぬぬ、確かに戦略的に不可欠だが……」
「望外なことにケーニッヒも帰ってきましたし、対聖神国戦も落ち着くでしょうから、ここは何卒」
「致し方あるまい」
出された計画に四天王の飲み代が組み込まれたことに、魔王は終ぞ気付くことは無かったのであった。




