-019- たいへんよくがんばりました?
春月五十日。
春月一日に魔物のスタンピードが発生したことに端を発した王国内の騒乱は、春月の丁度真ん中で一応の解決を見た、事になっている。
ライプニッツを強制送還したのが春月三十八日。
あれから十二日経つが聖神国からなんらの通告もない。枢機卿が暴走したことの詫びも、逆に枢機卿を害したことへの非難も。不気味な沈黙に、国王や宰相は戦々恐々の日々を送っているようだ。
しかし、その沈黙のおかげで王国は表面上は平和である。
数日前に建国祭も無事に終了し、王国軍の一部はウーラント領へ征伐に向かっている。小競り合い程度はあるかもしれないが、後ろ盾も失った今、反乱に関わった者達に今更できることも無いだろうとのことだ。
そんなわけで、一抹の不安が残りつつも取り敢えず平穏が戻って来た。
そこで今まで散々棚上げにされてきた事を片づける必要が出てきたわけである。
「は? 竜神と交渉して竜災を止めさせる足がかりを得ただと?!」
「竜神に友人扱いされてる!?」
ライプニッツとの戦後に知らされた事実に、国王と宰相は目を剥いて驚いていた。
話の流れは論功行賞でどれだけの褒美を与えるか、という話の延長線上である。
魔王軍四天王による国家転覆の阻止。反乱軍との戦争における勝敗を決定付ける程の支援。反乱軍の主犯であるウーラント公爵、及び聖神国からの王族を狙った暗殺者の捕縛。ライプニッツ枢機卿による王都襲撃を王命を受けての迎撃。
国家存亡に関わる功績だけ考えてもこれだけある。
どれか一つでも成し遂げれば貴族位を与えるに値するし、英雄と国を上げて祭り上げるだけの偉業と言っていい。
更に、ここに来て王国にとっての悲願である、竜災の解決策に道筋を立てたなどと言う、空前絶後、前代未聞の功績が加わったなら?
「無理だ。坊主。お前が望むなら王国をやると言ったが、それが事実ならそれですら足りん。というより褒章として無意味だ。事実を公表すればその時点でお前が王だ。竜災に無力だった歴代の王族など居座ろうとすれば国中で暴動が起きる。自動的に祭り上げられて王国はお前のものになる。やったな」
親指をグッと立てているが、冗談ではない。
「だから、要らないですって。褒美にならないから寧ろ止めてください。まだ解決した訳でもないのに、この時点で公表するなんて只のアホでしょう。技術的な問題点とかまだ検討すらしてないんですよ? ぬか喜びになる可能性だってあるのに」
「だが、竜神と交渉し、道筋を立てただけでも始祖王以来の大偉業だ。いや、公表していない事実を考えれば、始祖王の尻拭いをお前が成したのだ。王侯貴族はお前に伏して礼をいうに値する。四百年停滞していた王国が、漸く悲劇の円環から抜け出せるかもしれない。一握の希望であれ、王族、貴族、平民問わず、誰もが夢にすら思わなかったことが、現実性を持ったのだ。これが、どれほどの」
目を硬く瞑り、何かを堪えるかのように振る舞う国王。
「いや、だから。いち国民として、気持ちは察せなくは無いんですけど、そもそも竜神と対等に交渉したなんて言ったところで誰も信じないでしょう?」
「信じるさ。枢機卿を撃退したのは周知の事実だ。少なくとも王宮にお前の実力を疑うものはいないだろう」
竜災の解決という思ってもみなかった僥倖に、国王も浮足立っているようである。確かに一般国民には竜神の出鱈目さ加減は良く分からないだろうし、たかが聖神国の枢機卿如きを追い払った程度でも、難易度は同じくらいとみなすだろうか。
「はぁ、兎に角、竜災云々に関しては対策がはっきりするまでは伏せて下さい。この件に関して僕に功績があると認めるならば、僕の望むようにして欲しいんですが」
「無論、それは考慮する。しかし、どこまで規格外なのだ。本当に枢機卿を撃退するし。褒章については考えたのか? 竜災を置いといても前人未踏の功績だぞ」
「その竜災の解決にも関わることですが、魔法の研究が必要なんですよ。幸い僕は人より少しばかり魔法については長けている自覚はあるので、魔法の研究や魔道具の開発を生業にしようかと思っていまして。しかし王国は殊に魔法に関しては後進国もいいところで、更に魔導士自体に制約が多すぎるという問題があるじゃないですか? 僕も魔導士として国の管理下に置かれるんだろうなぁとは思ってたんですが、一々下から段階踏んで上がっていくのは面倒極まるなと思ってたんですよ」
「つまり、魔導省が欲しいと?」
「次の竜災まであと五十年です。今存在しない技術を確立しようと思った時、この期間は短いくらいでしょう。回り道している暇はありません。別に宮廷魔導士長の座とか、オマケに余計な仕事がくっついて来る地位は要らないんですが、僕が研究するのに十分な資金と、横やりを防げるだけの地位と、後は人材の融通をお願いできればと」
「魔導省内に独立した機関を儲けた方が早いか。仔細はディートハルトと詰めろ。何れにしろまずは、叙勲と陞爵だな」
「どんな感じになります?」
「平民からの陞爵となれば本来高くとも子爵位まで上がった例しかない。それも功績を積み重ねて段階的にな。だが、お前にはそれでは全く足りんので、侯爵とすることとした」
「……公爵と伯爵の間ですよね? それ」
「なんだ、不満か? しかし王族の血統ではないから公爵には制度上上げられん」
「いえ、過分かと」
「下に見られて良いことなど無い。実力もあるんだからそれなりの地位に付け。でなければ周りが迷惑だ。公爵家か王族の養子にという話も無いではなかったが、反乱騒ぎがあったばかりだ。どこかの派閥に完全に取り込まれるのは嫌忌された」
「侯爵となると土地持ちになるのでは? 領地運営とか面倒くさいんですが」
「自分でやる気がないなら、代官でも置けばいい。どうせお前にやる土地は北部辺境領だ」
「ポルタも?」
「ああ、宰相が割譲すると言っていた。どうせお前以外には活用できんし、王国領とは名ばかりの未開の地だから丁度いいだろう」
「そう言う事なら、まだ、気も楽かな?」
「お前の育った街を公爵領にしておくと、それもまた変な勘繰りを受けかねんからな。政治的判断というやつだ」
新興貴族に他の貴族の土地を切り売りするのも色々と問題もあるんだろう。そういうわけで、使い道のない余った土地を押し付けると。
「叙勲は八星勲章だ」
「はっせい? ……僕の記憶が確かなら、最上位では?」
「正確には八星大勲章が最上位だな。よく勉強しているな」
「ディルクに言われて調べたことがあっただけで……って」
おやぁ。それって王族が死んだときに餞別に渡される奴では?
勲章は一星から八星まで、それぞれ小勲章、勲章、大勲章の計24種類があったはずである。
「平民が貰える類の者じゃないですよね? っていうか、貴族でも貰えないのでは?」
「何度も言わすな。それだけの功績だ。八星大勲章はさすがに始祖王が身罷った時に唯一授与されたものだからな。王国の権威のためにもそれは出来んが」
「……いやいや、六星でも過分ですよ? ヒルデのドラゴンスレイヤーだって四星大勲章じゃ無かったでしたっけ?」
「犠牲を払えば討伐出来た魔物と、亡国の危機を数回救ったのでは比較にならんだろう」
「うーん、なんとも重いですね」
「こんなものはただのハッタリのようなものだ。貰っておけ。将来的に竜災を解決したらお前には九星か十星勲章を創設して渡すことになるだろう」
「それは実現したら考えましょう」
「後は嫁だな」
「……はい?」
「貴族になるのだ。家同士の繋がりを求めて求婚が殺到するぞ。国の英雄と縁続きになりたいと、有象無象が跳梁跋扈だ」
「僕、まだ十歳」
「貴族なら婚姻が決まっていておかしくない年齢だ。まして高位貴族になるのだ。より取り見取りだぞ」
「そう言われても」
「ガブリエーレはどうだ?」
「遠慮します」
「まぁそうだろうな。エルフの娘っ子とはそういう仲なのか?」
「パウラですか? いえ、向こうはどうかしりませんが、僕は別に」
「ならばブリュンヒルデは?」
隣で宰相の目がきらりと光っている。
「ヒルデ本人が望むなら、僕はいいですけど」
「年増好きか?」
「いうほど歳でもないでしょう」
「貴族的には行き遅れもいいところだが……」
お義父様を前にそういう話はいいのだろうか。
「悪からず思ってるなら貰って下さい。最早貴族と縁続きになるのは無理と諦めておりましたが」
「よし。では当面の婚約者としてブリュンヒルデを添えよう。英雄同士話題になるだろうし、ますます物理的にお前らに手を出したいという輩は減るだろうな」
不良債権を押し付けて一安心、みたいな顔をしている二人。
何となく得心は行かないが、変な女押し付けられるよりは気心が知れた相手で良かったということにしておこう。
「後は、聖神国の出方だな。不気味なほど沈黙しているが」
「何もない、ということもありますまい」
「何もないといいんですけどねえ」
そんなこんなが事前にあった事。
論功行賞として、謁見の間で色んな貴族が居並ぶ前で、ヒルデが六星大勲章と子爵位、ディルクが四星小勲章と騎士爵位を与えられた。
僕は第一功として、最後に誇大に盛られた成果を皆の前で読み上げられるという羞恥プレイの後に、国王自ら胸に勲章を付けられ、そして陞爵の宣言がされる。
根回しが利いていたのか、貴族の間から動揺の声は然程上がらなかった。寧ろヒルデと婚約するという事の方が動揺が見られた。どういうことだ? うちの嫁になんか文句あんのか、あぁん、と睨みを利かせていると、ぱちぱちと、乾いた拍手が響く。
いつの間にか、祭服を着込んだ男が謁見の間の只中に立っていた。
「この度は反乱鎮圧おめでとうございます、王国の皆々様方。心よりお喜び申し上げます」
芝居がかった台詞。
切れ長の相貌。
割けたように大きく弧を描いている口。
まるで蛇のような、そんな印象を与える男だった。
「オイゲン枢機卿、なぜ今ここに……」
呟いたのは、列席していたペーター大司祭だ。
確かにライプニッツと同じ服を来ている。枢機卿ということは確かだろう。
「無粋にも勝手にお祝いの席に参上してしまいまして、真に失礼。ただ、こちらも可及的速やかに情報をお伝えする必要があるため、善意でこの場にいる次第。多少の不調法はお互いの為に目を瞑っていただきたい」
不遜な態度だが、それは枢機卿としての実力あるが故の自信だろうか。
「よい。それで、オイゲン枢機卿と言ったか? 先触れも出さずに一体何用だ?」
こちらも不遜さでは負けじと、国王が切替す。
オイゲンは笑みを深めると先を続けた。
「アニメア聖神国は、先のライプニッツによる王国襲撃について、まずは王国に謝罪致します。国の意思ではなかったとはいえ、当国の要職に就くものがご迷惑を掛けたのは事実。誠に申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げる。
これには、国王をはじめ貴族たちも大いにざわついた。
聖神国が属国である王国に頭を下げる。
歴史上ほぼありえなかった状況であり、誰もどういった態度を問っていいのか分からず困惑していた。
「……また、それはそれと致しまして、聖神国として枢機卿が王国に破れるという状況に大変な危惧を抱いております。そこにおりますペーター大司祭から齎される報告では、王国にそのような戦力があるなどとは確認できておりませんでした故。聖神国に内密に枢機卿を討てるだけの戦力を保持していた。この事実は看過しかねる、というのが枢機卿会議での結論です」
ざわつきは静寂に変わった。息をのむように、その場に視線は蛇のような男に注がれている。
「一応言っておきますと、私自身は反対致しました。少なくとも今回の件で国を守るために必要とされる戦力であり、自衛の範疇であるのだから、そこを咎めるのは些か道理に悖るのでは、と。しかし、枢機卿会議の結論は悲しいかな、多数決での評議となっておりまして、力及ばずと言ったところです」
やれやれ、重ね重ねも申し訳ないと頭を下げているが、それは本当に下げているだけのパフォーマンスだというのがあからさま態度だった。
「それで、看過しかねた聖神国は、王国にどうせよと?」
聞きたくもないが、とでも言いたげな苦々しい表情の国王。
「これも私は反対を致しましたが、王国に身の程を教えねばならんと息まく方が多数派でして。今から三十日後、春月八十日に聖神国正規軍を派兵致します。規模は恐らく武装司祭と神殿騎士合計で一万名程になるかと。それと引率で枢機卿が数名ついてくることになると思います。ああ、そうです。分かりやすくいうと、宣戦布告と言う事になりますかな」
ニヤリと笑うオイゲン枢機卿。
どこかで小さな悲鳴が上がった。今度は個人でななく、国家間での戦争ということか。
「重ね重ね、私個人としては王国の主権を侵害するつもりは無く、このような力押しは不毛であるという意見なのですが、ままならぬものですな。ああ、聖神国としても別に王国を滅ぼしたいわけではないのです。ただ、あの者達は王国が自分より強いと勘違いされるのが我慢ならんのでしょう。そういうわけで、王国軍の全力でお出迎え下さい。無抵抗を標榜されても今般は無意味です。何せ、力を見せつけることそのものが目的ですので、その場合は王都が蹂躙されることとなるでしょう。くれぐれも、全軍でお出迎え下さるよう」
オイゲンの視線が、こちらを向く。
「是非とも、聖神国にその若き英雄の力を見せて頂きたい。では、ご健勝と、ご健闘をお祈りいたします」
オイゲンの姿が空気に溶けるように消える。まるで現れた時のように、唐突に、何もなかったかのように。
さて、特大の滅亡フラグが立ったわけだが……。っていうか、絶対戦勝気分ぶち壊すためにタイミング見計らってただろう。見た目通り、性格の悪い男である。
僕はオイゲンという枢機卿の顔と名前を脳裏に刻んだのだった。
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