-001- 転生先が亡びそうなんですけど?
僕等が生まれ暮らしている今世の街は、とある王国の辺境にある。魔物が住む森の傍にある城郭都市ポルタ。二キロメートル四方を高さ二十メートルもある城壁で囲まれており、周囲の原生林から魔物の侵入を防いでいる。
街の産業は主に魔物の狩猟とその加工で、貴重な魔物の素材が獲れる環境に依存している。
しかし、その性質上狩人は荒っぽい人が多く治安はあまり良いとは言えないが、王国にとって無くてはならない産業と言うこともあり、辺境の割には栄えている部類の街と言えた。
僕の家は狩人が狩って来た魔物を買取、解体・加工して素材として使えるようにする商売をしている。加工された素材は王都から来る商人が買い付けて行くので、一般客を相手にするような商売ではない。
需要は常にあるので安定した商売ではあるが、王都の商人に買い叩かれているのも知っているので、僕が家を継ぐことになれば、その辺は改善したいものだと常々思っていたのだが……。
「うおぉおお! すげーなリヒト! こんなの見たことないぜ!」
楽し気に叫び声を挙げるディルク。十歳の子供とは思えない獰猛な笑みを浮かべて武者震いをしている。こいつ前世はバーサーカーとかだろうか。
幼馴染の将来を憂い現実逃避していた思考を目の前の現実に戻す。
城壁の上では武装した狩人や衛兵が弓を番えたり、投石機を使ったりして城壁の下に押し寄せた魔物の群れに攻撃を加えている。
街の外は視界に入る範囲は全て魔物に覆われていた。
と言っても直ぐ近くまで森が迫っているので、果たして森の中にどれだけいるものか想像もつかない。千や二千では利かないことだけは確かだ。
規模によっては確かにこれは国家滅亡級か? いや、しかし、僕も僕なりにあの不良天使の言葉に危機感を持って調べてはいたんだけど、多分、滅亡の原因はこれではないと思うんだけどなぁ。
「こらぁ! ガキどもなんでこんなとこにいやがる!」
怒鳴り声に顔を向けると、見覚えのあるおっさんがこめかみに青筋を立てていた。ディルクの父親で狩人組合長だ。この場を取り仕切ってるんだろう。
「親父! すっげーなこれ! どうすんだ! なあ、どうすんだ!?」
楽し気なディルクに、おっさんは毒気を抜かれたのか怒気を引っ込めると首を振る。
「どうにもならん。城壁があるから今はなんとかなってるが、果たして何時までもつか。大型の魔物でも出てきたら、早晩食い破られるだろう」
「よし、みんなで特攻しようぜ!」
「どうどう、落ち着け。一旦落ち着けディルク」
「なんでだよリヒト! いいから行こうぜ!」
「ウキウキしすぎなんだよなー」
さて、あと何分マテが出来るだろうか。
「リヒト。そいつは病気だから放っておけ。お前まで巻き込まれるこたぁない」
おっさんのありがたい忠告。こいつの親であるこのおっさんの苦労はいかばかりか。子供は親を選べない、なんていうが親も子供を別に選べる訳ではない。子供を持つかどうかを選択できるだけで。
こんな子供が欲しかったわけではないなんて言い訳が親に許されるものでは無いのは重々承知だが、それにしたって生まれ持っての戦闘狂を子供に持ってしまったのは気の毒過ぎる。
「組合長はご自分の仕事をどうぞ。ディルクは僕が面倒見ますので」
「お前も損な性分だな。ヤバくなったら見捨てていいからな」
「わかってますよ」
機せずして保護者の許諾は得られた。いつもそんなもの取ってはいないが、今回はいつもと同じとはいかなそうではあるし。
っていうか、ディルクが如何に規格外とはいえ、これ、どうにかなるのかなぁ。
「ま、どうにもならなかったら死ぬだけか」
どうやら死んでも転生するらしいし。前世の記憶と言うか、あの不良天使の会話のせいで絶妙に僕の生死観も歪んでしまった気がする。本能的な恐怖はあるけれど、死後の不安は薄れてる気がするし。
「ディルク。援護が届く範囲で暴れろよ」
「うははは、まっかせろ!」
ヨシの合図を貰った闘犬宜しく、ディルクが解き放たれた。
高さ二十メートルある城壁から躊躇なく魔物の群れに向かって飛び降り、足元に偶々いた狼のような魔物を踏み潰す。一体何の理不尽か、まるで巨岩でも落とされたかのように魔物の頭は原型を留めない。
「ひひひ、さぁやろうぜ!」
返り血に一瞬で全身を染めながらも、どんな鮮血より鮮やかな赤い髪を揺らして、魔物を正面から殴りつける。拳が振るわれるたびに、魔物が体の一部を吹き飛ばされて絶命していく。凡そ十歳の少年が振るったとは思えない拳の風切り音と、大砲の様な衝撃音。
僕は城壁の上からそれを捉えながら、視界を広げる。
あの不良天使に貰った転生特典【良く見える目】。視力が上がるだけかと思いきや、字面からは想像もできないほど【良く見える】。転生して、母親の胎から出た後僕は何も見えなかった。赤ん坊は視力が悪いとか聞くし、そういうものかなと思っていた。しかし、光の明暗すら感知出来ないのはおかしいと直ぐに気付く。
そう、僕の眼は生まれながらに使い物にならなかった。産婆がこのこは盲目だねと語り、母親が泣き崩れるのが音で分かった。僕は慌てた。ただでさえ異世界で、十年後に命の危機が迫るというのに、さらに失明のハンデ付きなんて無理ゲー過ぎる。
あの不良天使がまたやらかしたかと怒りのボルテージがむくむくと上がり始める時に、しかしいくら何でもそりゃ無いだろうと思い直した。
というか、そうでなければ困る。どうにかこうにかなるはずの問題だと半ば意地になって試行錯誤を何か月も繰り返して、漸く原因が判明する。
この【良く見える目】は、文字通り良く見える。なんでも見える。見えてしまうので、何を見るかを調整しないと結果的に何も見えなくなってしまうという非常に使いづらい能力であると。
しかし、その調整の仕方が良く分からない。黙とうしたり瞑想したり、眼球を抉り出して叫びたくなる衝動を必死で堪えながら、三年かかって漸く可視光を継続的に捉えることに成功する。初めて両親の顔が見えた時、不覚にも号泣してしまったが許して欲しい。僕は頑張ったんだ。
それから更に二年して五歳になる頃には普通の子供と遜色ないレベルで【目】の扱いに慣れ、それから漸く特典の特典たるプラスアルファが得られるようになって来た。
視点を切替えて通常の視界に魔素の分布を重ねる。魔物は体内に魔石と言う結石みたいなものを例外なく持っていて、魔素分布で見ると密度が高く見えるので判別がつく。
そして木々等の物理的障害に邪魔されないので、魔物の群れ全体が俯瞰できるのである。遮蔽物のある森の中や、夜間で普通の視界が聞かない時の索敵方法として最適だ。
「魔物の数は二万くらいか。ディルクでも何日がかりになるか」
そして、魔素を可視化出来たことによる恩恵。
魔法が使える。
右手に魔素を集中し、体内で魔素を魔力へと変換。そして魔力を事象へと変換する。一瞬で炎の槍が形成され、遠方からディルクを狙っていた猿型の魔物の頭を撃ち抜く。
「もー、余計な事すんな、リヒト!」
どうやら要らぬ世話だったようだ。
「雑魚相手に手間かけるなディルク。奥になんかヤバいのいるぞ――って」
視界の端に違和感。そのヤバいのが、何かと戦っている?
ふと、城壁の上、遠くの方に見慣れぬ旗を見つけた。
あれは、公爵家の騎士団の旗?
公爵家はこの辺境の領主の寄り親で、そう言えば先日そこの姫君が視察に来ると噂を聞いたような。
公爵家の姫君と言えば。
「組合長! 騎士姫様来てるの!?」
「ああ、今朝運悪くな。今どこにいるかは分からんが」
「うっわー」
タールベルク公爵家三女、ブリュンヒルデ=タールベルク。四年前にドラゴン討伐を果たして騎士姫と号された稀代の女騎士。個人にして王国の最高戦力と呼ばれる人物が居合わせているというのは何かの運命か、それとも作為か。
「どっちでもいいけど、だとすればあの強敵と戦ってるのは」
女だてらにディルクみたいな人だな。いくら何でも突出し過ぎだろう。四面楚歌ってレベルじゃないぞ。単騎突撃なんて頭のねじが良い感じにぶっ飛んでる。
どの道、この事態を切り抜けても「代わりに公爵令嬢を犠牲にしました」、では後でどこからどんな難癖が付くか分かったもんじゃない。
「ディルク! 道を作るから雑魚は任せてボス魔物の方へ行って! 女の騎士がいると思うけど間違って襲わないでよ!」
「お、ボス!? 行く行く!」
両手に魔素を集中、魔力変換からの事象変換。
生み出した炎の蛇が魔物を消し炭に変えながら森の中まで真っ直ぐに飛んでいく。ディルクはその後を弾丸のような速度で追随していった。
「組合長! 適当に数減らして行くんで、後宜しく!」
僕の魔法に目を丸くしていた組合長は、ドン引きした顔で「お、おう」と頷いていた。あんな息子がいるのに今更これくらいで引かないで欲しい。ディルクと違って僕は繊細なんだから、化け物扱いされると少し傷つく。
魔素集中、魔力変換、事象変換。
千を超える炎の矢が戦場に降り注ぎ、魔物を射貫く。
絶命したかどうかは確認せずに僕も城壁を飛び降り、ディルクの後を追った。
◇◇◇◆◆◆
魔物の群れの中を魔法で牽制しながら突っ切る。
目的の場所には黒い魔物の群れと、その中心に馬の頭骨を持った魔物がいた。アンデッド系の魔物だろうけど、魔素濃度がヤバい。そんじょそこらの魔物とは比較にならなかった。
その黒い魔物の群れを赤色と銀色が駆逐している。
赤色はもちろんディルク。理不尽ともいえる身体能力で、魔物を紙屑のように蹴散らしている。
一方銀色は着込んだフルプレートメイルとその隙間から垣間見える長髪の色。同じく美しい銀色の長剣を振るう度に魔物が両断される。激しく動きつつもそこに無駄な動きは一つも無い、ディルクとは対極的な洗練された武の動きだ。
赤と銀の圧倒的にも見える暴力は、しかし黒の奔流に押されている。
敵の首魁と思しきアンデッドの背後にある魔法陣から、湯水のように次から次へと黒い魔物が湧き出ている。なるほど、こいつがこの黒い魔物を召喚して、森中の魔物を街へ嗾けたのか。森の魔物は貴重な資源だというのに、乱獲して資源が減ったら収入が減るじゃないか。
店の売り上げ落ちてQOLが下がったらどうしてくれんだこの骨!
「カカカカ! 音に聞こえた騎士姫も他愛もない! このまま魔物の奔流に押しつぶされるが良い!」
「くっ! 正々堂々と一騎打ちもせず、魔王軍四天王とは卑怯者の称号か!ケーニッヒ! 」
「我を知っているとは田舎者にしては博識ではないか! だが、これは戦争だ! 戦争に卑怯も反則もアリはしないのだよ! 一騎打ちなどバカバカしい、これだから平和ボケした田舎国家は」
戦いながら罵りあっているアンデッドと騎士姫。
しかし魔王軍? 四天王?
物騒な単語である。しかも人語を解する魔物とか初めて見た。
それにしても召喚魔法かー。解析したら僕も使えないかなー。
ついつい、状況を無視して【良く見て】しまう僕。
「しかし、【竜神の加護】持ちまでいるとは予想外だったが、所詮はまだ子供! 運が無かったな、小娘! 運が無かったな、王国!」
今度は【竜神の加護】? 文脈からするにディルクの事か? 普通じゃないとは思ってたけど、やっぱり特別だったんだな、あいつ。【良く見える目】って本当に良く見えるだけで鑑定スキルみたいな解説してくれる類のものじゃないし。
「あ、リヒトー、いるなら手伝ってよ! いくらやってもキリなくて」
漸くディルクがこちらに気付く。
騎士姫はそれを気にする余裕も無く、魔王軍の四天王とやらはこちらに黒い眼窩を向けた。
「また、子供が一人。こんなところにいるなど普通ではないのだろうが、運が悪かったな」
ケーニッヒの右手に持つ杖に魔素が集中し、魔力に変換され、氷の矢となってこちらに飛んできた。僕は同じように氷の矢で迎撃する。
「ほう。その歳で魔導士か。しかも無詠唱。面白い、ではこれはどうだ」
騎士姫とディルクは魔物に任せてこちらに興味を向けるケーニッヒ。迷惑な話である。
氷の矢が、二本、四本、八本、十六本と倍々で増えていく。
二百五十六をキッチリ迎撃した後で、ケーニッヒは高笑いを上げた。
「カカ、クカカカカッ! やるではないか! だが次はどうだ、その次は! まだまだこんなものではないぞ!」
五百十二、千二十四、二千四十八、四千九十六、八千百九十二、そこまでやってケーニッヒの気配が変わる。
「貴様! 何者だ! 見た目通りの歳ではないな!」
「失敬な。ぴちぴちの十歳捕まえて。ほら、次は一万六千三百八十四だろ」
今度はこっちか先制する。三万二千七百六十八、六万五千五百三十六の時点で、ケーニッヒが根を上げた。
「ぐ、防衛陣!」
氷の矢での迎撃を諦め、自分を包むように結界のようなものを張った。
氷の矢はケーニッヒの代わりに魔物とその召喚陣をズタズタにする。所詮一本一本はさして威力のない氷の矢。ケーニッヒの防御自体は抜けなかったが別に問題はない。魔物の奔流が止まれば、前衛二人が仕事をするだけだ。
「よっしゃー! ようやく抜けた!」
ディルクがにっこりと笑いながら、ケーニッヒを殴りつける。一撃で結界に罅が入り、その罅を騎士姫の剣が砕く。
「ここまでだ、ケーニッヒ!」
ディルクの拳と、騎士姫の斬撃がケーニッヒを捉える、その刹那――
「なぁめぇるなぁ――――っ!!」
ケーニッヒの咆哮と共に自身から全方位に衝撃波が広がる。
地面を転がるディルクと騎士姫。
ケーニッヒの周囲に浮かぶ一メートルほどもある巨大な二つの鉤爪と二つの魔法陣。
鉤爪はそれぞれがディルクと騎士姫に向かい、魔法陣からは火の槍と氷の槍がこちらに向けて飛んでくる。
「へぇ、そんな事も出来るんだ」
【良く見える目】のおかげで魔法は使えるようになったけれど、技術的な事は正直良く知らない。
街中探しても魔法に関する本は初級魔術入門という冊子一冊しか見つからず、行く行くは王都の魔法学校に行かなければならないかなと思っていたくらいだ。
最も、そうするとある問題が浮上するので今の所保留にしていたんだけど、今回の騒動でどの道僕に選択肢は無くなったが。
「こうかな」
【良く見て】ケーニッヒの魔法陣を真似する。
同じように火と氷の槍が飛び出して迎撃を始める。
「――なっ!」
ケーニッヒが絶句する気配がする。真似されて驚いたのだろうか。
「馬鹿な。馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な、ありえん! 我が攻勢陣を初見で真似ただと!」
狼狽えるケーニッヒ。何をそんなに驚いているかは知らないが、それは大きな隙だ。
「ディルク!」
「おう!」
遠隔で土の槍を発動して、ディルクを襲っている鉤爪を串刺しにする。
同時にディルクはケーニッヒの前に飛び出して、その頭上に現れた剣を掴み、思い切り振り下ろした。
斬撃は光の帯となって背後の森の木々や地面諸共ケーニッヒを両断する。
「いえぃ! ボスやっつけたぜ!」
剣を放り投げてこっちに駆け寄ってくるディルク。
「いえい、いえーい! やっぱり俺達最強じゃんね! ひゃっほーい」
ディルクとハイタッチをしつつ、僕は切り飛ばしたケーニッヒを伺う。
「……まさか、こんな平和ボケした国で果てるとは。魔王様、申し訳ありません」
何やら辞世の句でも唱えそうな感じである。足先の方から徐々に灰になって消えていっている。
「しかし、お前らは捨て置けん! 後の禍根は断たせてもらおう!」
叫びと共に、周囲を囲うような魔法陣が展開され、離脱する暇も無く視界が暗転する。
「精々足掻け、カカカカ」
暗闇の中で、意地の悪い骸骨の声が聞こえた気がした。




