-017- 国をくれるといわれましても?
建国祭でガブリエーレを狙った暗殺者は自分の事をリタと名乗った。暗殺者とは思えないほど口が軽く、聞いてもいないことをぺらぺらと良くしゃべる。
「わっちは本来ニーダーハウゼン卿の麾下の暗殺部隊でリタというものでありんす。暗殺部隊は必要に応じて他の枢機卿に使われることもありなんし。今回はライプニッツ枢機卿に請われて王国まで来んしたが、まさか王族の暗殺を命じられるとは。あの筋肉達磨は何を考えていんすか」
なぜか廓言葉である。出るとこ出てて、色っぽい感じなのでその喋り方も良く似合ってはいるのだが。
「ああ、わっちを殺すなら好きにするといいんす。けれど、後々面倒になりかねないので、忠告だけはしておきんす」
「面倒?」
「我が主、ニーダーハウゼン卿は融通が利かないでありんす。部下が王国に殺されたとあれば、間をすっ飛ばして報復に出る可能性もありなんし。よくよく考えてから実行に移した方ようざんす」
魔法で二重三重に拘束しているので、今更どうにもならないとは思うので放置しておく事にする。
「ライプニッツ卿は武装司祭百名を引き連れて現在王都に進軍中と思われなんし。失敗を揉み消すために王国ごと潰そうとか、脳筋は本当に手に負えんでありんすな。王国の皆さまは真にご愁傷さまでありなんす」
他人事の様に言ってくれる暗殺者。
「武装司祭といっても知らんせんでしたね。武装司祭は聖神教の司祭が魔法無効化の鎧で武装したものでありんす。司祭クラスは膂力はそれなりにありんすけども、魔法抵抗はあまりありんせんから、それを鎧で補ったものになりんす。魔法が効かんせんので、単純な物理攻撃力が必要とされなんしが、鍛え方の足りない王国兵ではどうにもならないでありんしょうな」
敵の情報はありがたいのだが、なんでそうもべらべらと喋るのだろうこの女は。
「不思議そうでありんすな? 簡単な話でありんすよ。主でもないものの死んで来いという命令で死んでやるのは本意ではありんせん。どうせ失敗したのだから、嫌がらせでありんす」
そう言う事らしい。どこまで信じたものかは分からないが、聖神国の国情など良く分からないし判断のしようもないが。
そうこうしている間に、件の武装司祭が先触れとして王宮を訪れた。
国王を前に、ルートヴィヒを討ったことを名目に報復を行うと宣戦布告。遠目に【良く見て】みたが、確かに魔法を阻害するような結界が常時展開されている。身体能力強化等で自身はバフを掛けつつ、デバフは受け付けないとなると、その手の魔法の素養のない王国軍には不利だ。
魔導士団が王国軍にバフを掛けれれば良い勝負も出来そうだが、生憎と軍隊規模に行使できるような魔力のリソースが無いらしい。ここでも王国の魔力の無さが足を引っ張っている形である。
僕がバフを掛けるという選択肢もないこともないが、そういう訓練をしている暇もないし、僕自身やる気も無い。いきなり戦闘中に筋力が上がっても持て余して、むしろ邪魔なだけだろう。
「リヒト、お主なら勝てるか?」
「あの筋肉達磨の武装司祭が百人というなら、別に僕じゃなくても勝てるとは思いますが、あんまり人間同士の争いに介入するのって気が進まないんですよねぇ」
虐殺とか趣味じゃないのである。良心の呵責とか色々あるし、今後の人生を考えるとあまり歓迎できる話ではない。
「ディルクで何とかなるのか?」
ガブリエーレは疑問がありそうである。
「丁度いいおもちゃですね。問題は武装司祭百人より、一緒に来るという枢機卿の方では? 前面に出るのかはわかりませんが、恐らく相当厄介ですよ?」
大司教のペーターもかなりの実力だと見たが、枢機卿はそれより上だという。
司教のルートヴィヒに苦戦したディルクでは、それより二つ階級が上の存在に勝てるかというと厳しいだろう。
「……ライプニッツ枢機卿の目的は現王家の廃絶じゃろうか」
不安そうなガブリエーレ。無理もない話ではある。聖神国の枢機卿ともなれば大陸でも有数の実力者である。聖神国はその教義故に、戦闘能力が高くないと位階が上がらないシステムらしく、枢機卿であるという時点で一定の戦闘力が保証されている。
魔王軍との戦争でも前面に出て四天王とバチバチやりあっているような輩である。
王国から見ると化け物以外の何ものでもない。
「あくまで部下を殺されたことの報復と名目を謳っている以上、さすがに王家の廃絶まで要求するのは無理筋でしょう。王国軍を打ち負かして調子に乗らないように掣肘を加えるのが本題でしょう。元々ウーラント公を押し立てて実質的な実権を握りたかったのでしょうが、その思惑が外れてしまった。なので首の挿げ替えは諦めて、現王家に一定の影響力を保持したいが故の脅しですよ」
リタが脳筋というだけはある。戦争も政治的な手段ではあるが、いきなりそんなものを選ぶのは脳筋呼ばわりされても致し方ないだろう。部下を暴力で躾けるタイプの人物ではないだろうか。上司や親に欲しくないタイプである。
「武装司祭百名という如何にも中途半端な戦力も、聖神国の総意としての軍事行動ではなく、あくまでライプニッツ卿個人による報復であることを示していると思います。王国の戦力を舐めているというのももちろんあるでしょうけど。ですからまあ、勝っても負けても、ガブリエーレ様の命は多分大丈夫ですよ?」
脳筋に手綱を握られるのはいい気分ではないが。
「むしろ、負けた方が良い、まであります」
司教一人の暴走であれば良かったのだが、枢機卿が出張って来たとなれば意味合いが変わる。国の意思ではないだろうが、国のお偉いさんが率いてきているという事実は残る。
「なぜじゃ? 戦に負けて良いことなどあるはずがなかろう。これ以上王国に不利な条約でも押し付けられては敵わん」
「こういう時は相手の立場になって考えるんですよ。聖神国にとって王国は都合の良い属国です。そうあって欲しいと思っているでしょう。その属国が、理由はどうあれ最高権力者である枢機卿の一人を打倒したとします。今は枢機卿個人の戦いで、国としては静観しているか、認識していないのでしょうが枢機卿が討たれて尚、黙っていると思いますか?」
国としての体面、メンツの話である。
「戦争とは目的達成のための政治的手段の一つです。勝った負けたと一喜一憂するのは為政者の態度ではありませんよ? あくまで目的を達成することが前提であり、そのためであれば、敗北も選択肢の一つです」
「むむ。目的、目的」
眉間にしわを寄せ、考え込むガブリエーレ。
「勝利した場合得られるのは、ライプニッツ卿という聖神国の一部権力者からの干渉の排除です。同時に聖神国という国からの王国に対する不信感が増します。枢機卿という有数の戦力を打倒したという成功体験を属国に与えてしまった。このままでは聖神国そのものが舐められ、二国間の関係に揺らぎが生まれるかもしれない。
結果として今回以上の戦力が送り込まれる可能性もある。そうなれば王国の被害も比では無くなるでしょう。そこでさらに勝てたとしても、聖神国がメンツを重視するならこちらが負けるまで繰り返される可能性すら否定できません。最終的に国力は桁違いなので、戦いが長引けば長引くほど王国は疲弊することになるでしょう。
一方敗北した場合は、幾つかの権益が奪われたり、今まで以上に聖神国に頭が上がらなくなる可能性はありますが、王国が必要以上に乱れて搾取できる量が減るのも聖神国の本意ではないでしょう。そのため干渉が増えるにしても限界はあります。勝つにせよ負けるにせよ、相手がいることですからね。為政者であれば表面上の勝ち負けや短期的な利益に飛びつかずに、大局的な判断をしなければなりません。
さて、ガブリエーレ様。王国が今回の争いで達成すべき目的は何だと思いますか?」
暫くうんうん唸って考え込んでいたガブリエーレだったが、やがて自信無さ気に口を開く。
「争い自体は不可避。勝てば件の枢機卿からの干渉は断つことが出来るが、最悪聖神国本国が出張る。国対国の敵対関係になるのはどう考えてもまずいのじゃ。そうなると勝つ選択肢は無いのう。体裁上は負ける必要がある。しかし、単純に負けたとなれば脳筋の枢機卿がどんな要求をしてくるかも分からぬ。可能な限り辛勝させて、譲歩を引き出す、とかかでどうじゃ?」
まあこんなもんであろう。しかし、統治者としての回答としてはまだ不満だ。
「パウラならどうする?」
話を振られて肩を竦める。
「私がエーレの立場なら、ディルクを司教殺害の犯人として枢機卿に突き出すわ。一方的に宣戦布告はされているけど、対国家となるから話が大きくなる。あくまで個人の犯罪であったと強弁して、問題を矮小化。個人の犯罪の責任を国に求めたところでたかが知れるでしょう? 反乱の際に戦場にいた司教に責任が無いわけないんだから、向こうだって主張を押し通すのにも限度があるわ」
「うわ、ひでぇ」
ディルクが思わず呟く。
「ディルク本人にしてみれば溜まったものでは無いが、それも選択肢だね。配役がディルクで無ければ満点を上げてもいいし、ガブリエーレ様はまず真っ先にこの発想を持つべきだ」
「しかし、国の責任を個人に押し付けるなど」
「それが間違ってる。そもそも僕もディルクもパウラも、正式に軍に所属しているわけではない。命令系統にない輩が戦場で人を殺したなら、そこに国の責任など生じる余地は無い。ただの殺人だ。ヒルデがいたが、あれも軍をほっぽって独断専行していたので、軍としての行動でもない。と、そんな風に言い繕える余地は充分にある。為政者とは、時に一を殺して百を生かす決断が必要だ。綺麗ごとで乗り切れるほど世の中は甘くないよ。残念ながら」
「むぅ」
納得がいかない感じのガブリエーレ。子供だし、まだ難しいか。
「諦めが良い事が理想的かというとそういう話でもないが、国の頂点に立つ以上こういった視点でも物事をみれないとね」
「説教くさいのう。年下の分際で」
「ところでディルクだと何が問題なの?」
パウラの疑問に僕は明確に笑って答える。
「国が僕等を売るなら、こっちにも考えがあるってだけだよ。国民を保護しない国家なんてこっちから願い下げだもんね」
国家滅亡フラグをなんとかしてやろうとは思っているが、所属するに値しない国家であるなら、こちらから見限るだけである。
「うわぁ。実行力のある奴がいうとただの脅迫ね」
パウラのなんとも言えない声。
「それでは初めからその選択肢は無いではないか!」
憤るガブリエーレに、僕は笑って誤魔化すのだった。
◇◇◇◆◆◆
子供だけの間で話したことなど、国家の意思決定においてはなんの影響も無い。王国は最終的に勝つことを望んだ。現国王と現宰相は、ライプニッツ枢機卿に負けることは、総合的に考えてプラスには働かないと考えたようだ。
特にその事に異論はない。僕が知り得る情報は一般市民が得られる範囲で、プラスアルファがあるにしても王宮に来てから多少聞きかじった噂話レベルの話である。実際に聖神国と長年付き合いのある国王と宰相が勝つ他ないと結論を出したとするならそれは尊重されるべきだろう。
勿論、それは勝つことが出来るという前提が成り立てば、という話ではあるが。
「おう坊主。お前なら枢機卿も殺れるって話なんだがどうなんだ?」
国王に呼びつけられたと思ったらこれである。王国軍じゃどうやっても勝てそうにないから無理も無いのだが。
「枢機卿の強さが良く分からないですけど、ケーニッヒとかいう魔王軍四天王より弱いのであれば、多分僕の方が強いと思いますが」
ただ、魔導士に対してメタを張れる相手だったりすると分からない。そうなればディルクの方がいくらか相性は良いかもしれない。
「なら問題ないな。聖神国相手に王国軍は出せん。国家間の対立にする訳にもいかんし、我が国の軍は国家間戦争のために存在している訳ではない。被害が大きくなれば戦後の統治に影響が出る。勝ち負け以前に王国軍を戦争に投入すること自体が有り得ん」
「僕単独でどうにかしろと?」
「お友達に手伝って貰え。元々戦略目標でも戦術目標でもない聖神国の司教を独断専行で殺したのが発端で王国が危難に立っているのだ。自分のケツは自分で拭けという事だ」
「元々僕等がいなければ反乱軍に負けていたのにその言い草は無いのでは?」
「勝てるなら問題ないだろう?」
「勝った際に起こる問題については王国が責を負うと言う認識で間違いないですか?」
「必然的にそうなる。次があるとすれば言い訳は利かん。だがそうなった場合、当然引き金になったお前にも手伝って貰うぞ? まさか知らぬ存ぜぬとは言わんよな?」
「……つまり、そこまで含めて了承しろということですか?」
「嫌なら国を捨ててくれても構わんぞ? その場合は王宮を無血開城して王国は脳筋枢機卿の言い成りだがな。それでも貴重な戦力を失ってその後の統治に問題が出るよりは総合的に見ればマシだ」
「見たわけでもない僕の戦力を当にして賭けに出るというわけですか」
「この国の最高戦力が、この国全体よりも上と断言してるんだ。賭けとしては悪くはない。少なくとも今後二度とないであろう機会ではある。それだけの力を持ったお前が更に成長した時、王国に留まっていると考えるほど余は楽天的ではない。幼く無知な今でなければ成立しない賭けだ。ならばどうする? やるに決まってるだろう」
為政者としてどうかとは思うが、賭け時を知るという意味では存外優秀なのかもしれない。
「これは当然の話だが、無茶を頼むわけだからそれなりの報酬は用意するぞ。聖神国との力関係を是正して、税率を多少なりと緩くできるだけでも膨大な利益が生まれるわけだからな。その利益の一割と考えただけでも、庶民が百回生まれ変わるより膨大な富となるだろう。権力が欲しいというなら国ごとくれてやる。ドラゴンスレイヤーでもあるし、庶民の出とはいえ資格は十分だ。ガブリエーレの王配になれば良い。それだけの戦力が王国内にいるというだけで、利益になるからな」
「褒章は思うがままですか」
「悪い話ではあるまい。どの道お前個人に対抗する手段が王国には無いのだ。そう、言ってみればこれは王国にとって、聖神国というならず者国家に売り渡すか、得体のしれない坊主に下げ渡すかという話だ。聖神国の従属国であることで、王国の未来が開けることはない。それは既に歴史が証明している。ならば、新たな可能性に賭けてみるのも一興ではないか。無論、それ自体が滅亡へ向かう選択肢である可能性もあるが」
国王の言葉に、ふと、僕自身が国を滅ぼすフラグそのものである可能性に思い至る。
なるほど、その発想は無かったな。
こっちはその滅亡フラグを折りたいと頑張っているつもりだったのだが。ミイラ取りがミイラになっては笑えない。その点は戒めて行こう。
「故国と思うほど思い入れのある国でもありませんが、滅亡して思うところが全く無いというほど無関心でもありません。どこまで出来るかはわかりませんが、命の危険がない範囲で頑張りますよ。ですが、別に国はいりません。断固拒否です」
「なんだ、偉くなればやりたい放題できるぞ?」
「課される義務の方が圧倒的に多いでしょう。嫌ですよ、そんなの。根が小市民ですから、国家運営に携わるなんてストレスで胃に穴が空いちゃいます」
「そういうタイプには見えんがな。まあいい。王国程度で縛り付けられる器でも無いという事だろう。だが気が変わったら言えば、即日で実現する権利があるとだけ覚えておけ」
「権利はいいですね。やらなくていい権利を同時に持っていると思えれば救われた気持ちです」
「代わりの報酬は考えておけよ。生中なものでは逆にこちらが承服しかねる」
「考えはありますが、今言っても取らぬ狸の皮算用でしょう」
「精々吹っ掛けて寄越せ。こちらが白目剥くほどな」
国王は話は終わりだと、席を立つ。国家元首として十歳の子供に国を売り渡すこともやむなしと判断をした割に、その後姿は堂々として特に後悔の色も見えなかった。
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