-015- お祭り騒ぎもほどほどに?
春月三十三日。
いよいよ建国祭が始まった。まだスタンピードと反乱騒ぎの余韻で王宮内は慌ただしいが、城下は不穏な空気を振り払うように賑わっていた。
街のあちこちに屋台が並び、昼間から大人が働きもせず酒を飲み、束の間の享楽に浸っている。子供も普段にはない雰囲気に浮かれてはしゃぎ回っていた。
そんな賑やかな王都の街中を僕等は練り歩いている。
そう、僕【等】である。
「この串肉筋張ってんなー。ちゃんと下処理しろよなー」
両手の指の間全てに三本ずつ串肉を握ったディルクが、文句を言いながらも一串を一口ずつ平らげている。
お前の咬筋力で文句言うなよ、とは思うが面倒なので突っ込まない。
「肉ばっかり食べてお腹痛くなるわよ。もっと野菜も食べたら?」
ディルクを年上視点で窘めるパウラ。そういうパウラの両手には砂糖にドブ付けしたような菓子パンと、シロップの原液と見紛う飲み物が握られている。
「お主等、そんなにいきなり食べて、後で美味いものの屋台があったらどうするんじゃ?」
そして、こんな時分に城下にいるべきではないお姫様、ガブリエーレが小ぶりな棒付き飴をぺろぺろと舐めている。
つまりはこのところ何時も一緒にいる面々である。
「エーレも甘いわね。事前にどんな屋台があるか調べてたのよ」
「はぁ?! いつも一緒におったのに何時の間にそんなことを!」
一応お忍びで来ているので、ガブリエーレのことはエーレと呼び捨てにすることになっている。最近のパウラは普段からそんな感じだが。
「リヒトが一晩でやってくれたわ」
そう言ってパウラは僕が調べた情報が書いてある王都屋台マップを広げて見せる。
「屋台出すところは前日かその前から準備してるからね。聞いて回れば直ぐだったよ」
「お主、暇じゃな」
「実際暇だったし」
王宮内のてんやわんやは数日程度では収まりそうもない。多分上春月(春月五十日)の間では終わらないんじゃないだろうか。王宮内が落ち着いて、論功行賞が終わらないと僕等の身の振り方も正式には決まらないので、今は姫様の遊び相手程度の認識である。
「リヒト、次の肉はどこだ?」
ディルクにも同じマップはあげたのだが、初めから僕を頼る気で見ようともしない。音声入力と出力が出来るなら、確かにその方が手っ取り早いが、それが面倒くさいからマップを作ったというのに。
「お前、全部の肉系屋台制覇する気か?」
「当たり前だろ?」
不思議そうに首を傾げるな。気に入った屋台に集中して食いつくされるよりマシか。
「ほら、あっちの赤い看板のところがラム肉の香草焼やってるから」
「よっしゃ、行ってくる!」
突撃していくディルク。
「ふむ、こういうのは偶然の出会いが面白いというのに、趣のない奴だのう」
「効率主義なものでね」
「だが案内がいるのも面白そうじゃ。妾に相応しい屋台に連れて行ってみよ」
「王女に相応しい屋台など無い」
「何を言っとる、今の妾は町娘エーレじゃぞ」
「妾とかじゃぞとかいう町娘などいない」
「む、確かに口調迄気にしとらんかった。では、私に合うお店に連れってくれる?」
「んー、とはいえエーレの好み知らないしなー」
「女の子はみんな甘いものが好きよ、リヒト」
砂糖がジャリジャリしてそうな甘味を頬張りながら語るパウラ。
それは貴方の趣味では?
エルフの里には甘味がないんだろうか。
「わら、私はもう少し上品な甘味がいいな」
「なんでよ、甘ければ甘いほど美味しいじゃない」
「貧乏人の舌よのう。哀れになるわ」
「口調が戻ってるわよ、お姫様」
街中で眼飛ばしあう少女(見た目)二人。
僕はやれやれとため息を吐きながら、二人をそれぞれの希望の屋台に案内するのだった。
◇◇◇◆◆◆
三時間ほど食べ歩きながら街の中を練り歩き、パウラとガブリエーレの別腹も満タンになったこともあり、たまたまその時近くにあった教会前の広場でベンチに座る。パウラは明らかに食べ過ぎで気持ち悪くなったのか、一人隣のベンチで横たわってしまった。ディルクは肉制覇の旅に出たまま戻っていない。全部食べるなら一々聞かなくても順番に見て回った方が早いという真理に、遅まきながらに辿り着いたらしい。
「もう食べれんのじゃ。市井の食い物も馬鹿にならんの。中々味わい深かったわ」
「そりゃ良かった。食べ物が美味しいというのは良い事だ」
「ふむ? なにか言いたそうじゃな?」
「金銭的、肉体的、精神的に余裕のない生活をしていれば、食べ物に手間と金を掛けようなんて発想は無くなる。様々な食べ物があるということは、王都が豊かで平和な証拠だよ。翻って、それは王国の政策が民にとって悪くないものである証左でもある」
「ほうほう。なかなか面白い観点じゃな」
「国の中心である王都ですら余裕がないんじゃ、お先真っ暗だからね。そういう点ではまだ救いがあるかなって話」
「リヒトはそういう事を誰に学んだのじゃ? ご両親が有能だったのかのう?」
「自分の親を無能というのは憚られるけど、別に親から学んだわけじゃないよ」
所詮は前世の知識と価値観である。
こまっしゃくれた只の小僧でしかない。
ただ、それらの知恵と知識を下敷きに、この世界を【良く見て】生きてきた。
その結果、新たに分かることもある。
日々観察と考察。
特殊な自分、隣人、この国、その環境の中でどう立ち回るべきなのか。
前世程生きやすい世界ではない。
不便で、理不尽で、粗野で、野卑だ。
だからこそ、面白いということもあるが。
「エーレ。僕って天才なんだよ?」
「自分で言うか?」
ありもしないこと、想像もできないこと。天才の一言に余りあるこの知識や精神性を、そんなものかと受け入れてしまえるほどの雑さ。
いっそ可愛らしいほどに原始的だ。
他愛の無い話をしていると、広場に徐々に人が集まり始める。
僕等はベンチに腰かけたまま、それを眺めている。集まってくるのは若い人が多い。
この広場は聖神教がイベント事を行うためのものだが、教会は先日の大トリ物で内装がぐちゃぐちゃになっているため、閉鎖して改装工事中。教会関係者は奥にはいるだろうが、建国祭でイベントを行うというのは事前情報では無かったが。
そのうち、教会の正面入り口の前にステージまで設置されて、がやがやと騒がしくなり始める。
「なんぞ、見世物でもはじまるのかのう?」
「教会前で? 許可降りないと思うけど」
そもそも、王都の人も聖神教の教会にはあまり寄り付かず、静かにお腹を休めるのに丁度いいからここに来ていたのに……。
そうこうしていると、若い男が壇上に立つ。緑色の短髪に茶色い瞳。精悍な顔つきで、背も高い。中々モテそうな青年である。
「まず今日は俺の呼びかけに応じて集まってくれて感謝する。本当にありがとう」
音声を拡張する魔道具を使って話し始める色男。なんだろう。アイドルのライブ的なものだろうか。おひねりとか投げなきゃなくなるのだろうか。
「俺達【宿命を乗り越えるための青年団】、略して【宿越団】の理念に賛同してくれた皆に感謝を。理念を知らずとも、今日話を聞きに来てくれた皆にも感謝を。そして、よくわからずに集まってる皆、少しの時間で良い、俺の話を聞いて行ってくれ」
何やらよくわからない団体の演説のようだが……。
「こういうのって王国では問題ないんでしたっけ?」
「……内容によるのぅ。名前からして良い予感はせんが」
ガブリエーレも渋い顔である。
「何かまずいの?」
政治的には疎いパウラは首を傾げている。
「まあ、取り敢えず聞いてみましょうか」
確かにあまりいい予感のしない名前である。
「皆も知っている先日起こった反乱騒ぎ。首謀者はウーラント公爵。目的は王位の簒奪。理由は自分の方がより相応しいから、だそうだ。馬鹿にした話だ。魔物のスタンピードで辺境が窮地に陥っているとき、それを救いに行った王国軍の留守を狙っての反乱。
王侯貴族に我ら平民が高い税を払っているのはなんのためか? 彼らが生まれついて尊い血を持つからか? 違う。血が尊いというならば、王国中に始祖王の血を引く平民は万といる。そして始祖王の血を引かない貴族も。
彼らが我らから税を取り立て、豊かな暮らしが出来るのは、我ら王国の民の窮地を守り、苦難を支え、国土を開発し、より発展させる義務を負うからだ! 国の窮状にあって私欲で国を乱す貴族など言語道断!
ウーラント公爵は貴族の義務を放棄した。厳罰に処されるべきだ。実際にそうなるだろう。しかし、それは貴族の義務を放棄したからだろうか? 恐らくは違う。あくまで王位の簒奪と言う、法的な大罪を犯したからという理由だ。
本質的な部分での罪の糾弾は恐らくなされないであろう。何故か? 皆も感じてはいないか? 貴族は義務を果たしているか? 王族は義務を果たしているのか? それに自信をもって頷くことが出来る王侯貴族が果たしてこの国にいるだろうか?
国は豊かだと、奴らは言うかもしれない。事実、王国中を探しても餓死者は殆どいない。少なくとも食うに困る状況ではない。それは事実だ。しかし、それは貴族が義務を果たしたおかげか?
否だ。王国の豊かな国土は特別に何かしなくとも飢えることのない実りを与えてくれる。食うに困らない事は当然で、我らから税を取る理由にはならない。では、王国で王侯貴族が負うべき義務とはなんだ?
決まっている。決まり切っている。百五十年に一度訪れる破滅をどうにかすることだ! あの忌まわしき竜災を! 王侯貴族は別にいいだろう! 自分たちだけ安全な場所に隠れててやり過ごすだけだ! しかし我らは! 我ら民草に逃げ場など無い!
ただ竜に食われるだけだ! 運よく自分のものとに飛んでこないようにと祈りながら、ただ厄災が過ぎ去るのを待つことしかできない! それが何度も繰り返され、そして、あと五十年でまた繰り返される。
分かっている破滅だ。分かっている悲劇だ。しかし、王家も貴族も偉そうに上にふんぞり返って、偉そうに税を取り立てて、しかし対策など一向に取らない! 取り立てられた税金で、見よ! 俺の後ろに聳え建つクソのようなこの教会を! こんなものの為に汗水たらして稼いだ金が取られるのだ!
所詮王侯貴族は宗主国の顔色を伺い、金を渡す事にしか興味はない! 私腹を肥し、いざやってくる竜災など知らぬふりだ!
皆に問いたい!
これでいいのか? ここに集まる同志たちは否と言っている。我らの上の世代は所詮他人事だ。竜災の前に寿命を迎えられる幸運な者達だからな。しかし、我らは他人事ではない。
不慮の事故や、病に倒れる者もいるだろう。しかし大半は五十年後のその日を迎えるのだ!
我ら若者が結束して、現状を変えなければ未来はない。我らの子、孫が竜に食われる様を想像しろ。老いた自分が竜の咢に呑み込まれるのを想像しろ。
それは、現実に起こることだ。手をこまねいていれば確実に起こることだ。王侯貴族が変わることなど無い。それは此度の反乱でも明白だ! 変わるべきは我ら民草だ! 我らから変わり、このくそったれな宿命を乗り越えようではないか!
立ち上がれ若人よ! 今こそ、我ら【宿越団】と共に! そして、悲劇を繰り返さない未来を、自らの手で勝ち取るのだ!」
色男の雄たけびに、観衆からも歓声が上がる。
「わぁーお。王都の教会前で、王侯貴族批判と、聖神国の批判? 向う見ずな若者って怖いねー」
若干冷めた目で見ていた僕。一方ガブリエーレは、なぜか渋い顔で押し黙っている。
「しょっぴかなくていいの?」
「……出来ん」
「不敬罪で一発アウトでしょ?」
「……まあ、そうなんじゃが」
「事実を並べ立てられて委縮してる?」
「……むぅ」
ガブリエーレは何も言わない。
意外だ。あんなこと言われたらあの色男からマイクをひったくって公開討論でも始めるかと思っていたが。まあ、言ってもまだ十二歳の女の子。これだけの熱狂した群衆を前に否を唱える勇気は無いか。
「個別の発言は全て否定できる。思い込みや邪推による論法も多いから、そこをついて不敬だと咎めることもできる。しかし、しかし、リヒトよ。それは何か意味があるのだろうか? 少なくとも、想いだけは理解できる。他ならぬ、妾が感じている事でもある」
王族としての義務。果たすべき至上命題。竜災への対応ができていないことへの忸怩たる想い。
「そうですかね?」
僕は懐疑的だ。現在の王侯貴族を諸手を上げて歓迎するのも違うと思うが、わざわざ民衆を扇動してシュプレヒコールを行うほど悪いとも思っていない。
「彼は、どうしたいんでしょうね? 不満を声高に叫んでそれに賛同して貰って気持ちよくなってるだけに見えますけど。不満は分かりました。では、どうしたら解決するんでしょう? そもそも解決したいんでしょうか? そのための手段としてこれは適切と言えるでしょうか?」
「しかし、それは妾たちの」
「竜災なんて自然災害でしょう? 税金を収めれば自然災害が無くなるなんて本気で考えてるんでしょうか? エーレは税金が無限にあれば旱魃や水害そのものを無くせると思いますか? 絶対に無理ですよ。だから、為政者がすべきは被害を少なくする、或いは事後のフォローを如何に迅速に、そして手厚く行うかを議論するべきです。知性ある虐殺者相手に被害縮小は正直現実的じゃありません。であれば、王侯貴族がこれまで実施してきた政策も十分な妥当性があると言えるでしょう」
「しかし、実際に命のかかったものの不満がそれで消えるとは」
「嫌なら国を捨てれば良いんですよ。国はそれに許可だけ出せばいい。最も、王国の豊かな土壌を捨てて、何の伝手も無い他国へ逃れる選択をする人が一体どれだけいるのか疑問ですが。現実的で建設的な話をするとすれば、その点を論点にすべきでしょうね」
「ならば、あれは間違っていると?」
「正しいとは思えないですね。民衆を煽って暴動に発展すると、彼がいうところの貴重で有り難い税金が更に浪費され、国力は更に下がって、本来行えていたはずの竜災への最低限の備えすら出来なくなって、五十年後余計に困った状況になると思いますよ?」
理想は現実性を持たなければならない。
少なくとも大勢を巻き込むようなものであれば殊更に。
でなければ夢想と大差のない理想に巻き込まれて被害を受ける第三者があまりに哀れだ。
一見正しいように思えていても、被害拡大の蓋然性があるというならそれは処罰すべきなのだ。
「僕が貴方の立場なら、首謀者捕まえて組織を速攻潰します」
秩序の維持もまた、王侯貴族の務めなのだから。
ガブリエーレは大人ぶっているようではあるが、やはりもう少しお勉強が必要なようである。
◇◇◇◆◆◆
祭りを楽しんだ所に水を差された形になってしまったが、日も暮れてきたので王宮に帰ることとした。ガブリエーレは先程の演説について黙って考え込んでいる。パウラはお腹が痛くて歩けないというので仕方なく僕が背負っていた。
ディルクはまだ肉を制覇する覇道の途中だろうか。まあ、食いつくせば帰ってくるだろう。子供とはいえ、その辺の暴漢にやられる器では無いし。
夕暮れが白地の多い王都の建物を赤く染めていた。前世では日が沈み夜の帳が降りるまでのこの時間を、逢魔が時と言って昼から夜に世界が入れ替わる瞬間、世界と世界の境界に潜む魔に会いやすくなる時間帯と恐れられていた。
実際、薄暗く事物の境界がぼやけるために、交通事故なんかも起こりやすい時間帯である。人の注意力もまた散漫に成り易いとか。
「のう、リヒト」
ガブリエーレが思い立ったように声を上げた瞬間だった。
カン、と軽い音を立てて地面にナイフが落ちた。
正確に言うならばガブリエーレの眉間に飛んできたナイフが、自動展開された結界に弾かれて地面に転がったのだ。
「お見事」
「うぷ、気持ち悪い」
「背中に吐かないでくれよ。吐くときは降ろすから言ってくれ」
青い顔をしながらそれに対処したパウラ。ガブリエーレは落ちたナイフを見てきょとんとしている。
「これは……」
「ぼさっとしない。まだ来るわよ」
パウラに言われてしかしどうしていいか分からないガブリエーレ。
「いえ、面倒なので動かないで下さい」
僕はそう言って一万二千枚の多層結界でガブリエーレを缶詰にする。
「これで竜神の一撃でも即死はしません。さて」
ぬるりと、建物の影から人が生えてくる。
どういう原理だろう。影移動みたいな魔法かスキルが存在するんだろうか。
ついつい【良く見て】しまう。すると影の正体は女の子だということが分かる。
黒づくめの少女は見るからに禍々しい短刀を両手に、こちらに飛びかかって来た。
ターゲットが結界に覆われたので、術者を先に倒そうという真っ当な判断だろう。
「あ、危ない」
気の抜けたような僕の言葉に彼女は何を思っただろう。
陽動だとおもっただろうか。それとも馬鹿な魔導士だとでも思っただろうか。
しかし、目標に集中しすぎて周囲への警戒が薄れているおバカさんは彼女の方である。
視界の端から文字通り飛んできた赤い物体が、交通事故宜しく彼女を轢き飛ばした。
「おう、リヒト。こんなところにいたのか。探したぜ!」
「全制覇はできたのか?」
「あたぼうよ!」
両手にお気に入りと見える戦利品の肉を持ったディルクは、得意げに答えるのだった。
よろしければ下のいいねボタン、☆☆☆☆☆で評価、ブックマーク登録をお願いします。
作品を書く原動力になります。よろしくお願いしますm(_ _)m




