-014- あとしまつ?
春月の二十九日。
反乱軍と王国軍の決戦は半日もせずに終了。王国軍の一方的な勝利となった。
この報に王都は沸き立ち、戦勝を祝いお祭り騒ぎとなっている。
元々、当初の予定では三十三日から建国四百年を記念した建国祭が開かれる予定になっていた。スタンピードで開催自体が有耶無耶となってはいたが、祭りの準備はその前から進められてきたため、先取りして祭りが始まってしまったかのような様相である。
反乱軍の首謀者を捕え、軍を解体させ、加担した貴族たちを牢屋に放り込む作業を軍が行いつつ、王宮内にいたウーラント公爵派の貴族も併せて捕縛。一日掛けて反乱勢力の掃除が終わって、漸く玉座に国王が帰って来た。
僕、ディルク、パウラはガブリエーレの護衛として張り付いていた手前、国王とも会うことになってしまった。まあ、色々とやらかしている自覚はあるので、どのみち何れ会うことにはなっていただろうが、心の準備と言うのがだね。
「はぁん? 加護持ちなんぞ今は見たくもないが、娘の恩人とあれば仕方がない。大儀であった! よし、解散。後で褒美やるから取り敢えず下がってろ。今は子供と遊んでる場合じゃないんだよ。おい、ブルクハルト! アルバンの奴馬鹿にしに行くぞ! 会議? 後回しだそんなもん。あいつを煽る以上に重要な事は無い!」
そんな感じの国王で唖然とする僕等。この国の国王ってあんな感じなんだーっと冷めた目になるのも致し方無いというものだろう。ガブリエーレが申し訳なさそうな顔をしているのが印象的だった。
因みに国王の言葉の中に出てきたブルクハルトが宰相の名前で、ヒルデとベルノルトの父親であり、現タールベルク公爵である。かなり疲れた顔をしていたが、反乱が起こった後の宰相の仕事とか多忙を極めるんだろうなーと他人事のように感じました、まる。
そんなこんなで王宮内では何処もかしこも慌ただしい感じ。
疎外感を感じなくもないが、王女の護衛を請け負っている形なので勝手にどこかに行くわけにもいかず、ガブリエーレとお庭で日向ぼっこ中である。
「あー、暇だのう。いらん勉強が無くなるのはいいが、やることも無いというのは暇でいかん」
「お姫様って大変そうよね。次期女王に決まってるとなると、勉強することも一杯ありそうだし」
「そうなのだ。正直、王たる妾に細かい知識などいらんと思うのだが、ベルノルトが許してくれんのだ」
次期国王のガブリエーレに対して、次期宰相と目されているのはベルノルトだ。家格的にウーラント家から出る可能性もあったが今回の事で本決まりになっただろう。次期ウーラント公は暗愚で有名だったから、何もなくとも可能性はかなり薄かったが。
「タールベルク公爵家は二代続けて王家のお守りか。それも大変そうね」
「あの家のものは融通が利かん。ヒルデはそうでも無いように見えるかもしれないが、あれは剣以外どうでもいいと思ってるだけのことよ。まったく癖の強い一族じゃ」
「人のこと言えないんじゃ……」
「あぁん? なんか言ったかのう、パウラ」
「なんでもないわ」
人のふり見て我がふり直せと良く言うが、フッター王家にその格言は無いようだった。
女子二人の会話を聞き流していると、僕等がたむろしている東屋の方に近付くものがいる。
聖神教の祭服に身を包み、白髭を蓄えた老人だった。
「これは、王女殿下。ご機嫌麗しゅう」
「ペーター大司祭ではないか。あのようなことがあったばかりで、聖神教の者が王宮内を自由にうろつけるのはどうかと思うがのう。血の気の多い騎士に咎められても知らんぞ」
「ははは、御心配には及びませんよ。此度のルートヴィヒの乱心とウーラント公の反乱について情報を齎したのは儂ですからな。破天荒な陛下と言えど、早々無碍にはなさいませんよ」
「そのルートヴィヒとかいう司教が、随分とウーラント公に聖神国の魔道具を横流ししていたと聞いたが、聖神国はフッター王家を切り捨てるつもりかな?」
「殿下、信じてもいないことを口にするものではありませんな。本当にそのつもりであれば、王都など今頃灰燼に帰していますぞ」
「そうであろうとも。だが、責任が何もないとも言うまい?」
「ありませんな。王国内の反乱の芽を詰む責は王国にある。聖神国にその責を問うと言うならば、今後王国は更なる介入を承服するということに他なりませんぞ。それで本当によろしいか?」
「ぐぬぬ」
「はははは、殿下はまだお勉強が足りませんな。嫌味を言うにも学が無ければ付け入る隙を相手に与えるだけですぞ」
にこにこと笑いながら王女の暴言を窘めるペーター。
「それで、何の用じゃ? 世間話に来たというわけでもあるまい」
「いえ、世間話ですじゃよ」
ペーターは空いている椅子に腰掛けると、ゆっくりと僕等の事を眺める。
「お友達ですかな? あんな騒動のあとに護衛も付けずに不用心では?」
「どこがじゃ? この国にここより安全な場所なぞないぞ」
にやり、とペーターが笑う。
「では、本当にルートヴィヒは子供に破れたという事ですか? やれやれ、俄かに信じがたい。それとも司教の質が落ちたのでしょうか」
「なんじゃ、カマかけのつもりじゃったか? 別に隠し立てするようなことでもない。そこのディルクが生臭坊主を倒したのじゃ」
自慢でもするように得意げに胸を張るガブリエーレ。
「ん? 何? じいちゃんもやるの?」
「いや、止めておこう。寄る年波には勝てんのでね。そもそも歳を取って楽をしたくて王国に駐在しているというのに、ルートヴィヒにも参ったものじゃよ」
「結局あいつは何がしたかったんじゃ?」
「王国への影響力を強めたい一派の思惑でしょうな。聖神国は魔王討伐、魔物根絶の絶対的な目的は有りますが、その方法論については必ずしも統一された思想を持っている組織ではないのですじゃ。聖神国に限った話ではないですが十人いれば十通りの考えがあるものです」
悟った様なペーターの言に、ガブリエーレは煙に巻かれたような、変な顔になる。
「反乱に加担していたとはいえ、聖神教の司教を一人殺されたことで聖神教が動くことはありますか?」
僕の質問。ペーターはふむ、とワザとらしくあごひげに触って考えるような素振りをしたのち答える。
「ないであろうな。派遣先での全権は儂にあり、今回の件で特に抗議するつもりはない。あれはルートヴィヒの自業自得じゃ。本国も司教一人の命に対して儂の頭を飛び越えてまで抗議することはないであろう、と思う」
「ちょっと濁しましたね? 何か懸念があるので?」
「聖神国が国としてその咎を問うことはないであろうが、ルートヴィヒの裏にいた者が何かしないとまでは儂にも何とも言えんのじゃ。司教一人の一存で多量の魔道具の横流しなどできん以上、裏に儂より上の誰かの関与があったのは明白じゃ。失敗したとここで引けば良いが、人間は間違う生き物じゃからな」
そこまでは知らん、と匙を投げるペーター。
「国家として対立しないなら良かったです。因みに、裏で手を引いていた人はわかってるんですか?」
「儂からは何も言えんのう」
口を噤むペーター。つまりは、大司教であるペーターより上の立場の人物と言う事になる。
確か、聖神教には大司教の上には枢機卿が何人かと、教皇が一人いるはずだ。
教皇の意思であれば、それは国家の意思となるだろうから、枢機卿の誰かが裏で手を引いていると言う事なのだろう。
複数いる準最高権力者の内一人が独断専行しているとなると、今回の件は聖神国の権力闘争か何かに王国が巻き込まれてるのでは?
「ふむ。殿下はこの子から色々と学んだ方がよさそうですぞ? ふぉふぉふぉ」
言外にある意を僕が汲み取ったと見て、ペーターは笑いながら去って言った。
「何がしたかったんじゃ、あのじじい」
ガブリエーレはわざわざ情報をくれたペーターの有難味を今一つ理解していないようだった。
◇◇◇◆◆◆
王宮のとある会議室。
反乱に加担しなかった国の重鎮たちが雁首を揃え、国王を中心に今後についての話し合いが行われていた。
「ウーラント公爵及び今回の件に関与した貴族への処罰は当然ですが、その前にまず決めなけれならないことが有ります。建国祭の実施の是非です」
議事進行はベルノルトである。
今回の反乱軍鎮圧で最も功績がある人物であり、元々宰相の補佐を務めていたことから、現在の王国で最も影響力のある人物と言える。
「祭りなどやってる場合か? ウーラント領への仕置きのためにも軍を派兵せねばなるまい。せめて一月も先ならよかったが、四日後の開催は無茶が過ぎるだろう」
とある重鎮がそんなことを口にする。
「然り。今は国情を落ち着かせることが最優先。祭りなど後でよろしいでしょう」
別の重鎮も同意を口にする。
概ね場にいる貴族の意見としては、反乱の始末が優先で、こんな状況で祭りなど気が知れないと言った風情だ。
「……馬鹿かお前らは。建国祭はやる。予定通りにな。これは決定事項だ」
そんな意見を真っ向から切って捨てて、国王が断言した。
「陛下、言葉が過ぎます」
宰相が窘めるが。国王は鼻で笑い飛ばす。
「事の本質を考えろ。今回の反乱はアルバンのアホを焚きつけた聖神国の思惑だ。ただの内乱じゃない。形式はどうあれ他国から我が王国への明確な介入だ。この状況で国の威信が掛かっている建国四百年の祭りを中止するだと?! わざわざ更なる介入の口実を与えるようなものだ! 論外論外大論外、だ!」
国王の言に反対の意見を出していた重鎮たちが縮こまる。
「現王家を廃するというのは、聖神国の総意ではないでしょうが、弱みを見せるわけにはいきません。他国に引っ掻き回されているほど王国に余裕は無いのです。幸い善意の協力者のおかげで、反乱による軍部の損害は軽微。建国祭が終わるまでウーラント領を泳がせても対応は可能でしょう」
「とはいえ、放置は出来ませんから監視は強化する必要はありますね」
宰相が続け、ベルノルトが付け足した。
「建国祭中に再びウーラント領に反乱分子が集うというのならば好都合。この期に及んでまだ手向かうというなら、祭りが終わった後にまとめて撃滅する。既に破綻した反乱で身の振り方も分からないほど無能な連中であれば慈悲を掛ける意義もない。族滅にしてくれる」
国王の強い言葉に重鎮たちは息を飲んだ。
「では、建国祭とウーラント領についてはそのように。次の議題ですが、先のスタンピードの件です。スタンピードの起点となったのは、北部辺境領の未開拓地域です。ポルタの街周辺に魔王軍四天王ケーニッヒが現れたとのことなので、原因はそれですね」
ベルノルトの言葉に、国王含めその場にいた面々が目を剥く。ケーニッヒと直接対峙し、魔王軍の情報を得ていたヒルデが行方不明中に反乱があったため、地下壕に閉じこもっていた国王達は初めて聞いた情報だった。
「魔王軍だと。なぜ王国に魔王軍がいる」
「目的自体は推察は付きますが、誰が撃退を? ヒルデ単独では無理だ」
ベルノルトは国王と宰相に何と説明したものかと少し困った顔をしながらも、そのまま言う以外無いと腹を括る。
「目的は聖神国との戦いを有利に進めるため、後方支援をしている王国を扼して、供給を断つ、或いは支配して二正面作戦を強いることであったと思われます。王国から聖神国へ供給される物資の量を考えると、実現すればかなりの影響が見込まれたでしょう。ですが、ヒルデとそこに居合わせた協力者二名の助力によりこれを撃退。以後ケーニッヒの召喚獣である黒い魔物が目撃されていないことからも、それ自体は間違いないかと」
「ディートハルト、はまだ王宮にいた時分の話だな。一体誰が」
「陛下も既にお会いしています」
「余が?」
「現在その協力者二名はガブリエーレ殿下の護衛として就いております」
「……あのガキ共?」
「はい。黒髪の少年リヒトと、赤髪の少年ディルク。二名の協力のもと、愚妹と共にケーニッヒを討伐したとのことです」
「王都奪還について協力したとは聞いていたが……」
「陛下、宰相閣下、並びにお歴々の皆様にご注進申し上げておきますが、彼らを決して無碍になさいませんよう。それは、王国の恩人であるというだけでなく、非常に危険だからです」
「ベルノルト、持って回った言い方は止めろ」
宰相に咎められると、ベルノルトは何とも言えない表情になる。
「失礼。しかし、こうして自分の口にしてみても私自身実感が無いもので。愚妹曰く、赤髪の少年、ディルクの実力は自身と同程度と見積もるようにと」
「馬鹿な。確かにあの赤髪は【竜神の加護】、それも大分純度の高いものではあるが、それでも子供だぞ」
「ケーニッヒ討伐時、死に際に天竜山脈の麓まで転移させられたらしいのですが、帰還の最中に愚妹と二人でレッサードラゴンを討伐したそうです。ヒルデは公爵令嬢としては愚かではありますが、少なくとも武力に関する限りにおいて、偽りを述べることも見当違いをすることもありません」
「ドラゴンスレイヤー」
絶句したように誰かが呟く。それはこの王国で最も誇り高き称号である。竜に悩まされ続ける王国にとって、竜を滅ぼすことは悲願なのだから。
「……では、黒髪の少年の方は?」
宰相の言葉に、ベルノルトは肩を竦める。
「リヒト君は、愚妹曰く王国の全戦力より上の個人だそうです」
「は?」
「愚妹を含めた王国軍全軍や貴族の私兵まで、全てと真正面から対峙して完勝できるだけの大魔導士、だそうです」
その場にいる面々はあまりの言葉にぽかんとしている。
「それは、いくらなんでも」
「正直に申して私も良く分かってはおりません。が、少なくとも単独で鼻歌交じりにドラゴンを狩るのを見たとのことですし、先の戦いでも反乱軍数千が放った魔道具による火球を単独で迎撃しているのは王国軍全軍が見ております。宮廷魔導士長含め、王国にいる魔導士とは隔絶した実力であることは確かなようです」
「……そんな、化け物二人がガブリエーレの傍にいるのか?」
「殿下ご自身が望んだことです。ある意味で王国一番安全な場所とは言えましょう」
「牙を向いてきたら」
「その仮定は無意味かと存じます。彼らがその気になれば王国軍では防ぎきれません。なので、初めに申し上げました通り、くれぐれも慎重にご対応お願い致します」
だれかがごくりと唾を呑み込む。
異様な雰囲気になった会議室で、ベルノルトはさてこの空気をどうしたものかと悩んでいるようだった。




