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【完結】異世界転生に滅亡フラグを添えて  作者: 焼砂ひあり
第二節 王都騒乱
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-013- 更にたたかうものたち?

 坊さんが輝きだしたと思ったら変身していた。

 何を言っているか分からないと思うが、僕も何が起こってるか良く分からなかった。


 いや、何が起こったのかは【良く見え】ていた。

 魔素が坊さんの周囲で複雑に動き、坊さんの肉体そのものを作り変えたのだ。


 それは自発的に構築した魔法ではなく、何処か遠くの大いなる存在が、坊さんに魔素を吹き込んだように見えた。


 光る直前、坊さんは胸にぶら下げたペンダントのようなものを握っていた。

 恐らくはあれがこの変化の発動媒体だとは思うが。


 輝きが終息した時にそこには異形の化け物がいた。

 発達した四肢により服の袖と裾は破れ、背中から一対の巨大な羽根が突き出し、目が肥大化し眼窩から飛び出し、ギョロギョロと左右で独立して周囲を睥睨している。


「グァラグァラ! 邪魔もの共め! まとめて始末して、その躯をあの方に捧げてくれる!」


 轟音。

 拳を地面に叩きつけた瞬間、破片が四方に飛び散る。


 防衛陣で防ぎつつ、周りを伺うと、ヒルデは剣で弾き飛ばし、ディルクは事もあろうに異形と化した坊さんに突っ込んでる。


 【竜神の加護】がさっきから効いていない。加護によるバフがあるなら、それを無効化するデバフも有り得るとディルクには教えていたが、まさかこんなに直ぐにお目にかかることになろうとは。


 代わりに教えた身体強化魔法を器用に使いこなし、加護がある状態とそれほど遜色ない動きで化け物を殴りつける。しかし、あまり効いた様子も無い。


「硬っ! こいつドラゴンより硬いんだけど!?」

「んなこた無いと思うぞ。単純にディルクの身体強化がまだ甘いからだよ」

 ある程度使いこなしてはいるが、常時発動している加護と違って、身体強化は意識的に発動しなければならず、高いレベルで使いこなすには習熟が必須だろう。


 教えて一週間かそこらで使えてるだけ凄い事ではあるんだろうけど。


「煩いコバエですねぇ。失せなさい!」

 異形の坊さんが両腕をめちゃくちゃに振り回してディルクが弾き飛ばされた。


 防衛陣をクッションに体を受け止めると、ディルクはそれを当然のように受け入れて、また直ぐに坊さんに向かっていく。


「手を貸さないのか?」

 ヒルデの言葉に、僕は肩を竦める。


「死にそうになったら手を貸しますが、楽しんでるところを邪魔するのもどうかと思うので」

 何度も何度も跳ね返されながら、それでもディルクは楽し気に笑っている。

 思うさま自分の力を振るえる事に喜んでいるのだ。


 【竜神の加護】は抑制されてはいるが、これが始祖王の血なのかもしれない。

 難敵を前にしてこそ心が震える。


 挑む者。


 理解しがたい狂戦士。


 でもまあ、楽しいならそれでいいのだ。

 普通の子供とは少しばかり違うのだが、子供に目いっぱい遊ぶ環境を与えるのは大人の役割だ。


 普通の大人には少々場を用意するのが難しいが、そのせいでディルクの性根がねじ曲がったりしたら大変である。この国有数の暴力が無軌道に振るわれるなど災害でしかない。


「そうやって、これまでもディルクを鍛えてきたのか?」

「鍛えてたつもりは無いんですけどね。ただ、ガス抜きのつもりだったんですけど」


 五歳でゴブリンの群に囲まれた時も、


 六歳でランドスネークの巣穴に落ちた時も、


 七歳でシールドタイガーの番に襲われた時も、


 八歳でアーミーアントの巣を攻略した時も、


 九歳でグリフォンと縄張り争いした時も、


 ディルクが負けるかもしれないなんて思ったことは無いし、これからも多分無いだろう。


 ああ、十歳で竜神に殴りかかるというのはさすがに想定外で、あの時ばかりは死んだかと思ったが。


「ぬおぅ! この小僧、だんだん」

「これか? こんな感じか?」

 ぶつぶつ言いながら、何度吹っ飛ばされようが構わずに坊さんに挑むディルク。


 【良く見る】と、徐々に身体強化のタイミングと精度が上がっていく。

 魔素を感知出来ないはずなのに、流れがどんどんとスムーズになっていくのが分かる。

 或いは、どこかで何かを察しているのだろうか。感覚派の天才はこれだから。


 兎にも角にも、レッサードラゴン程度の坊さんの皮膚に、徐々にダメージが通り始めている。

 打撲を負い、出血し、徐々に動きが悪くなる。


「ぐぉおおおお! なんなのだ、なんなのだ貴様は!」


「これ、これか! そっか、わかったぜ!」

 おそらくは自分以外には意味不明な納得を得て、身体強化と自分の動きが完全に噛みあう。


「よし」

 思わず呟きが出た。


 全ての動きが連動して、【竜神の加護】と同等のバフの載った正拳付き。

 坊さんの頭が吹き飛んで、飛び出た目玉が左右に飛んで行った。


「ふふ、まるで保護者だな」

 ヒルデに揶揄われ、肩を竦める。

 まさにその通りだから仕方がない。まあ、あの才能がどこまで行くものか見届けたいというのもある。贅沢な趣味だな、我ながら。


「では、私も決着を付けるとしよう」

 そう言って、ヒルデは剣を抜きながら茫然とディルクの戦いを見ていたウーラント公の方へと向かった。




 ◇◇◇◆◆◆




 自失していたウーラント公は、ヒルデが近付くのに気付くと反射的に剣を構えた。


「ウーラント公。貴公とこのような形で再び相まみえることになるとは、残念ですよ」

 憐憫の籠ったヒルデの言葉に、一瞬頭に血が上りかけたウーラント公も、今の自分の立場を思い出したのか自虐的に笑みを浮かべた。


「なんだ、また天覧試合で吾輩に恥を掻かせたかったのか?」

 王都の天覧試合。


 四年前にドラゴンスレイヤーとなったヒルデが騎士姫の称号を得た際に、異を唱えた馬鹿がいた。女如きが、どんな卑劣な手を使ったのだと、公然と罵る者さえいた。


 王国は基本的に男尊女卑の国である。

 女性が奴隷扱いとまでは酷くないものの、国の要職に女性が就くことはまずないし、貴族の子女も基本的に政争の道具である。


 稀に頭角を表す者がいることはいるが、それでもやはり文明的な成熟が進んでいない国家で、腕力の低い女性の地位は相対的に低くならざるを得ない。


 特に始祖王を崇拝するウーラント領の貴族は差別意識も大きい。声を上げているのも大抵はウーラント領の貴族か、その派閥の者達だった。女は守られていればいいのだ。子供を産んで育てるのが女の仕事だ。男の領分に踏み込むなどけしからん。


 言い分は様々だったが、王国内の一般的価値観に照らし合わせても、そう極端な論法ではない。ただし、ヒルデはタールベルク公爵家の人間である。


 王国の二大公爵の一方が、もう一方に不当に侮蔑されたのだ。

 当人はどうでもいいと思っていても、貴族のメンツがそれを許さない。

 馬鹿にされたまま引きさがっては寄り子の貴族に対しても面目が立たないのだ。


 その結果、揉めに揉めて国王の前で天覧試合が行われることとなった。

 誹謗中傷の内容が主にヒルデの実力の真価を問うものが多かったために、ならば実力を公然と示せということになったのだ。


 その時相手として名が上がったのが、当時王国最強と目されていたアルバン=ウーラントである。そこには寄り子の不始末を取れという意味合いもあった。また、当時のウーラント公は自分の実力に絶対の自信を持っていたし、加護も持たないまだ十代の小娘に負けることなど夢想だにしていなかったのだ。


 しかし、結果は無残なものとなった。

 十合も打ち合わぬうちに、ヒルデの剣がウーラント公の首に突き付けられ、あっさりと決着してしまった。


 そして、ヒルデは名実ともに王国最強の称号を得て、ウーラント公は当時の将軍職を辞して領地に引っ込む羽目になった。


「恥を掻いたのは油断した貴公の責任でしょう。私が慮る必要があるとは思えませんが」

「道理であるな。負けた吾輩が悪い」

 脳筋同士、そこの部分については共通認識のようである。


「大人しく縛に付いてください。二大公爵家の当主ともあろうものが、今更悪足掻きなど無様はなさらないでしょう?」

「……」


 じ……っと、ウーラント公は剣を握る手を見つめる。


「無論、今更逃げ出すような無様は晒さぬ。幸か不幸か、次代の希望も見えたことだしな。これ以上恥の上塗りをする気は無い、が」

 すっと、剣の切っ先をヒルデに向ける。


「貴様に遣り返す機会も今をおいて他にはあるまい」

 ニヤリと笑ったウーラント公。


「いいでしょう。全霊で向かってきなさい」

 鷹揚に構えているが、声が少し上ずっている。

 降参を促しておきながら向かってきて欲しいと思っていたのだろう。ウーラント公はかつて勝っているとはいえ、国内有数の実力者であることは確かだ。


 戦闘狂のヒルデが尻尾をぶんぶん振っているのが幻視出来るようだった。


 ディルクが坊さんを倒したせいか、加護の妨害も消えている。

 バフの掛かったウーラント公は、床の石材を踏み抜きながら瞬時に間合いを詰めた。


 加速された状態で剣を打ち下ろす。

 並みの騎士であれば反応すら出来ずに鎧ごと真っ二つにされるところだ。加護の力自体はディルクに劣りそうだが、ディルク以上に洗練されているせいで総合力ではウーラント公がまだ上だろう。


 しかし、ヒルデの技量は更にその上だ。


 まるでウーラント公の剣が止まって見えているかのように、必要最低限の動きで半身をずらすことで剣を躱すと、ウーラント公とすれ違うように体を入れ替え、その間に剣をウーラント公の脇に滑り込ませる。


 腕を根元から切り飛ばさんとしたヒルデの斬撃を、加護に頼った反射で強引に身を捩って躱す。

 剣は鎧を掠めて火花を散らしたが、中身に傷は付けられていない。


「ふふ。大分踏み込みが良くなりましたが、まだまだ大振りですね」

 教育するように呟くと、今度は自身が踏み込む。


 体勢が崩れたまま膂力任せにヒルデの連撃を弾くが、まるで五月雨のように叩きつけられ、徐々にウーラント公が押されていく。


 むしろ良くあれが捌けているなと思うほどの連撃だ。


「ケーニッヒって奴と戦った時に、手数が足りなくて押されてしまったからって、最近俺相手にあれ練習してるんだよなー。おっさんにはきついぞー」

 相変わらず返り血まみれになっているディルクの言に、子供相手にあの連撃を叩きつけるのは端から見れば虐待なのでは? と思わなくも無かったが、まあディルクだしという一言で納得する。


 ああも手数が多くては、やられる方は呼吸する暇もないだろう。加護持ちのウーラント公はともかく、ヒルデはどうやっているのだか。見たところヒルデも無呼吸なんだが……。


「あ、崩れた」

 ディルクの呟き。


 連撃の一つが少し大きめにウーラント公の腕を弾き、その隙に次の斬撃には間に合ったが、さらに少し大きく弾かれる。五合目には剣が手を離れた。


 そうなればヒルデの剣を防御する術はない、と思ったのだが。


 ガンッ


 硬いものと硬いものがぶつかった音。


 無防備なウーラント公に致命を与えるべく振り下ろされた斬撃が、ウーラント公の両手に挟まれて止まっている。


「うおおおおお! まじか、あのおっさんすげえ!」

 ディルクの歓声が上がる。


 無理もない。真剣白刃取りなど、狙ってできるものじゃないだろう。

 並みの騎士相手でも難しいだろうに、相手はドラゴンの皮も切り裂くヒルデの斬撃だ。

 如何に加護で膂力と反射神経が上がっていようとも、一朝一夕で出来るような技ではない。


 何時かヒルデを相手する時の為に、起死回生の一手として、修練を重ねていたに違いない。


 だが、相手は十代でドラゴンを討伐する天才だ。

 加護や魔法によらない、純然たる技量で、剣一本で王国最強の座に付いた不世出の剣士である。


 剣を抑えられた。

 完全に勢いが殺された状態で掴まれたら、膂力で剣を取返すのは難しい。


 そんな理性的な判断を差し挟む暇も無く、まるで体が最適解をあらかじめ知っているとでも言うように、真剣白刃取りされた瞬間に剣を手放していた。


 真剣白刃取りに全神経を集中したため、僅かばかりあったウーラント公の膠着。その一瞬の停滞の間に懐に入り込み、非常用の懐剣をウーラント公の肩口に突き刺した。


 流れるように足を絡めて地面に叩き伏せ、痛みと衝撃で緩んだ手から愛剣を奪還する。


 全ての動きに無駄が無かった。

 ウーラント公は何をされたのかも良く分かっていないだろう。


「勝負あり、ですね」

 息を切らした様子も無く、汗をかいた様子も無い。


 突き付けられた剣の切っ先を茫然と眺めていたウーラント公は。瞑目すると諦めたように「吾輩の負けである」と呟いたのだった。




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