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【完結】異世界転生に滅亡フラグを添えて  作者: 焼砂ひあり
第二節 王都騒乱
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-012- たたかうものたち?

 王都の中は静まり返っていた。


 外では戦争が起こっているのだ、被害が飛び火する可能性も考えて家に閉じこもっているのだろう。時折窓の隙間から視線を感じる。


 屈辱だ。戦に破れ、逃げ惑う姿を民衆に見られる。例え自領に逃れ、再起を果たし再び王都を訪れたとして、この姿を目に焼き付けた王都の民は吾輩を王と認めるだろうか。命惜しさに必死で逃げ惑うネズミのような吾輩。


 これほどの恥辱生まれて初めてである。


 噛みしめた奥歯がギリギリと音を立て、今にも砕けそうだ。既に血がにじんでるのか鉄の味が口内には広がっている。


 人がいないおかげで教会へはすんなりと辿り着いた。


 王都に建てられた聖神教の教会。王国本部の壮麗な建物は大きさこそ王宮には劣るが、建設費用は倍にも及ぶと噂されている。


 白磁の建材に、意匠の限りを尽くされた内装。恐ろしい事に、王国内に聖神教の信者がほぼいないというのに、これだけ荘厳な建築物が王都の一等地に王国の金で建設され、維持されている。


 王国民にとっての教会とは、宗主国の出張所のようなものであり、街の役所のような扱いなのだ。聖神国側も王国での布教にそれほど熱心でないということもある。


 ウーラント王朝時代に聖神国の属国となった際には王国内で大々的に布教されたのだが、竜災で何の救いにもならないことが発覚して信心を完全に喪失したのだ。聖神国は魔物の存在を許さない宗教で、魔物を妥当し、清浄な世界を作ることを至上としている。


 その存在から魔王軍が不倶戴天の敵になっているわけだが、竜災に対してはあまりも無力だった。実行力を求めて信じていた王国民にとってこれほど酷い裏切りは無かっただろう。


 その責を取って当時のウーラント王はタールベルク家に王位を譲ったのだ。聖神国も次は大丈夫だからもう一度信じてくださいとは言えない状況になり、次の竜災でも何の意味も無い事は証明された。


 そうなってしまえば最早僅かに残っていた信者も愛想を尽かす。せめてドラゴン以外にも日常的に魔物の危険性のある国であれば、聖神教が存続する意義が見いだせたかもしれない。


 しかし、大部分の人が居住する平野部の魔物など王国建国前には狩り尽くされて、国民の大部分には魔物自体が縁遠い存在となってしまっていた。


 完全に手詰まりである。


 以来、聖神教と王国はあくまで国と国とのドライな関係となっている。聖神教は王国に対して物資の供給源として以上の価値を見出してはいないし、王国も竜災への戦力として聖神国へ何か期待しているわけでもなかった。


 それが両国の関係の一般論ではあるが、思惑と言うのは人の数だけ存在する者。吾輩は力がある聖神国とはもっと強く結びつくべきだと思っている。


 竜災を防ぐことは例え聖神国が全軍を派遣したところで不可能ではあろうが、竜災が迫った際に国民を疎開させる避難先とは成り得る。一時的に聖神国側の負担を強いる形にはなるが、王国は豊かな土地を持っているのである。


 百五十年毎に人口の七割を虐殺されて尚、直ぐに他国に物資を輸出できるほど繁栄できる恵まれた土地だ。人口の一割であれ、二割であれ、国外に退避させることが出来たならば、竜災後の復興がそれだけ迅速に行えることになる。


 つまり、物資が供給される聖神国にとっても利益のある話で、王国とその民にも恩を売り、今まで芽生えなかった聖神教への信心も生まれようというものだ。


 どうせ何をやっても無駄だと、何の施策もせずに現状を放置している現王家と吾輩は違うのだ。そしてこの考えに賛同する枢機卿とのパイプもある。


 吾輩が国王になるのは王国にとっても、そこで暮らす民にとっても、そして宗主国である聖神国にも益を齎す。


 皆が幸せになるのだ。

 最善では無いかもしれん。

 しかし、ただ竜のエサになるだけのこれまでから、一歩確実に前に踏み出せるのだ。


 それが、それが目前まで迫っていたというのに!


 口惜しや! しかし、吾輩は諦めるわけにはいかない。

 必ずや再び王都に返り咲き、大願を成就させねばならぬのだ!


 聖神教王国中央協会と称される建物に飛び込むように入り、ルートヴィヒの案内の下、礼拝堂を奥へと抜けようと歩く。

 荘厳な礼拝堂は、特に信心も無い吾輩ですら何か感じ入るものがある。


 ふと、ルートヴィヒが足を止める。


「どうした? 急がねば直ぐに追手が来るぞ」

「ええ、急がねばなりませんでした。ここに来るまでは、ね?」

 短くない付き合いのルートヴィヒの、終ぞ聞いたことのない昏い声が礼拝堂内に響く。


 ゆったりとした動きで振り返ったルートヴィヒ。

 その瞳には見下げるようなものを見る色が滲んでいた。


「貴様、どういうつもりだ」

「どういう? ああ、アルバン閣下。お分かりになられない? 貴方は失敗したのですよ。いと尊き我が主の期待を裏切り、多大な支援を受けながら見事に失敗して見せた。こちらに御出で願ったのは、戦場で万に一つも討ち漏らすわけにはいかないからです。討ち死にして貰えばよいですが、生け捕りにでもされて我が主に害成すことを口にされては面倒ですからな」


 ルートヴィヒ。

 聖神教司教。

 ウーラント領の聖神教の長であり、ここ十年に渡り吾輩のクーデターの支援を行っていた人物。

 裏にいる枢機卿等、聖神教の者ならば周知の事実で、吾輩の口を閉ざしたところで事実関係など変わるわけもあるまいが。


「……ふむ。吾輩は用済みというわけか」

「後に操るには無能の方が都合が良いと思っていましたが、ここまでとは想定外でした」

「この十年、貴様にも大分良い思いをさせてやったと思っていたが」


「あの程度で? はっ、田舎者の尺度での持て成し等何の意味もありませんな。失敗の責を取り、私も主に始末されることでしょうが、その前に自分の不始末に決着を付けねばなりません」


 ルートヴィヒは懐から禍々しい短刀を取り出す。

 吾輩も腰に佩いていた剣を引き抜く。


「ルートヴィヒ。吾輩がどういうつもりだと問うたのは、裏切りの事ではない。こうなる可能性も考慮はしておったさ。だが、そのつもりがあるなら背後から何故襲わない」


 生臭坊主が、騎士であり、【竜神の加護】を持つ始祖王の正当後継者たる吾輩と正対する道を選ぶなど。


「よもや貴様如きが、吾輩を正面から殺せるなどと考えているのではあるまいな!?」

 怒りに任せ、剣を床に叩きつける。

 大理石で出来た床は大きく罅が入り、破片がルートヴィヒを襲った。


 ルートヴィヒは大きく後ろに飛んで回避すると、嘲りの視線を吾輩に向ける。


「ははは、加護も無い小娘一人打倒も出来ない閣下如きに負ける司教など、聖神教にはおりませんよ。興味は無いようでしたが、我が聖神教の存在意義を知らぬ訳ではありますまい? 魔物を許さず、魔物を排する。大敵たる魔王を誅すことを悲願とする。他国との戦も、魔物との生存競争もせぬ田舎国家で、強い弱いだのとおままごとの様に語る王国貴族など、失笑の極みですぞ」


 そう言って構えたルートヴィヒの体から強者特有の圧力が吹き出す。

 軽く目を見開く。


「ふはは、中々吹くではないか! 生臭坊主が多少鍛えた所で、始祖王の力に及ぶものか、試してみるが良かろう!」


 或いは吾輩も自暴自棄であったのかもしれない。

 ルートヴィヒが敵対したということは、ここを切り抜けても王都から脱出するのも難しい。

 吾輩の野望も、最早ここまでか。


 二人の間で殺気が練り上がり、爆発の瞬間を待つ。

 結末がこうなってはしまったが、志を語り合う相手として、ルートヴィヒが嫌いではなかった。

 最後の戦いの相手として、これほど相応しい相手も――


 バンッ


 乾いた音が響き、背後の扉が開かれる。


「お、いたいたー。って、なんか仲間割れな感じ?」


 鮮やかな深紅の髪。

 輝く様な金色の瞳。


 吾輩のようなくすんだ赤色ではない。

 吾輩には無い、金色の瞳。


 吾輩は得られなかった、伝え聞く始祖王アベル=ウーラントの特徴と完全に一致している。


 直感が伝えた。

 この小僧は、吾輩よりも色濃く【竜神の加護】を継いでいる。

 だとしたら、吾輩とは――


 正当な後継者とは?




 ◇◇◇◆◆◆




 一瞬の停滞。

 その隙に子供は間合いの内に入っていた。


「まあいいや。二人とも捕まえときゃ、リヒトも満足するだろ」

 瞬きの間に間合いが消失し、目の前に拳が迫る。


 驚くべき身体能力。

 さすがは、吾輩よりも純粋な【竜神の加護】。

 単純な肉体の力は吾輩より遥か上だろう。


 だが、所詮は子供。

 吾輩とて、加護にかまけて努力してこなかったわけではない。


 寧ろ、誰よりも才能を与えられた責務として、誰よりも剣を振ってきたのだ。


 躱し様に首筋を切りつけるが、信じがたい事に小僧は空中を蹴って間合いから逃れた。


「うっは。やるなおっさん!」

 予想外だったのか、そしてそれが嬉しかったのか楽し気に笑う小僧。

 出会ったのが五年後であったら、恐らく手も足も出なかったであろう。そう信じられるほど圧倒的な才気を感じる。


 子供らしく無軌道に、変幻自在に繰り出される攻撃をいなし、しかし子供らしく数多ある隙をついて手傷を負わせていく。いくら才気溢れようと所詮子供は子供。


 吾輩の数十年に及ぶ研鑽にはまだ届かぬ。まだ届かせぬ。


「どうした小僧! その程度の腕で吾輩に勝てるつもりか!」

「こんにゃろめ。おっさんの癖にやるじゃねーか!」

 体中に無数に切り傷が出来ても戦意が衰える気配は無い、むしろ逆境を楽しむようにますます笑みが深まっていく。


 強者に出会えて苦難を嘆かず、僥倖と喜ぶ気性。

 見かけだけでなく、中身までもまるで伝え聞く始祖王のようだ。


 この子供が吾輩の息子であれば、後を継がせるのに何の憂いも無かったというのに。

 領都に置いてきた実子は真面目で努力家ではあるが、特別な才能は何も持っていなかった。


 愚鈍ではなかったが、人を惹きつけるカリスマが足りない。

 本人もそれを気にしているのか、市井から【竜神の加護】の片鱗がある者達を集め、配下に置いている。


 それは、始祖王の子孫も配下に置けるという見栄のためか、それとも父である吾輩の威光を疎ましく思っての事か。


 目の前の小僧が息子であればなどと、親として最低な考えではある。

 しかし、まるで息子に稽古を付けるような心持になっているのもまた事実である。


「ぐぬぬぬ、俺の方が早いのに、なぜ当たらん!」

 悔し気に、しかしそれ以上に楽し気に向かってくる小僧。


「ふははは、青い青い! そんな動きでは百年経っても吾輩は捉えられんぞ!」

 楽しい。

 今の状況を思えば、そんな場合でないのは確かだが。


 これも、吾輩に流れる始祖王の血か。

 戦いを欲する【竜神の加護】の呪いか。


 もう何度目になるか、馬鹿正直に真正面から殴りかかってくる小僧の攻撃を逸らそうと下刹那、背後で殺気が膨れ上がる。


「子供相手に何時まで戯れているおつもりで?」

 嘲るような呟きと共に放たれる火球。小僧との戦いが楽しくて、背後の敵の事を失念しておった。


 しかし、ルートヴィヒ。


 生臭坊主如きが、【竜神の加護】持ちの戦いに挟まれると思うてか!


「ふぬっ!」

 小僧の足を払って転がし、そのままの勢いで火球を切り飛ばす。


 小僧とルートヴィヒ、両者から間合いを取って、再び対峙する。


「ルートヴィヒ。先に死にたくなければ引っ込んでおれ」

「そうはいきませんな。こちらもあまり時間が無いのです。二人纏めて私が始末してあげましょう」

 合わせた手を前に突き出すような独特の構えを取るルートヴィヒ。


「邪魔すんなよ、ハゲ!」

 小僧が水を差されてイラついたようにルートヴィヒに殴りかかる。


「笑止」

 合わせた手が小僧の拳を正面から弾き返す。

 目を見開く。


 恐らくは始祖王と同等の純然たる【竜神の加護】を持った小僧の膂力は、ドラゴンのそれに匹敵する。それを生身で弾き返すなど。


「聖神の敬虔な信徒には、聖神より力を賜るのです。竜神等と言う邪悪な魔物の呪い等とは違う、純然たる神の加護です。貴方がた王国人は勘違いしているようですが、いと尊き神は実在するのです。信仰の中心となる曖昧な存在ではなく、厳然と世を収める存在として。そして、信徒は信仰心の強さに応じた加護を主より与えられるのです。自身が与えられたでもない、自身が何か成した故に得たものでもない、借り物の力で邪道だ正道だと宣う閣下は、私から見ると酷く滑稽でしたよ?」


 自らが努力した結果得た力への自負。

 御大層な事ではあるが、そんなことで吾輩の心が揺らぐとでも思うてか。


「そのご自慢の神とやらも結局は竜神を討つことは敵わんではないか! そも【竜神の加護】等、王国を統べる口実に都合が良いから利用しているだけに過ぎん。生まれ持ったから活用しているだけの話だ」


「俗な事ですな。信仰の力を思い知りなさい」

 ルートヴィヒの両手が光り輝く。

 輝きが礼拝堂全体を包むと同時に、全身がまるで重しを背負わされたような感覚に襲われる。


「聖神の加護により齎される聖光は魔物の動きを阻害します。これが効くということは、やはり【竜神の加護】など汚らわしい魔物に近付く呪いですね」

 魔物を大敵とする聖神教ならではの、嫌らしい攻撃だ。


「所詮加護頼り。こうなっては手も足も出せないでしょう」


 得意満面なルートヴィヒ。加護に頼って鍛錬を怠った等と言うことはないが、加護が無い状態を経験したことが無い事もまた事実。あの減らず口を黙らせたいが、この状況ではそう簡単なことでは……。加護の強い小僧の方は尚更――


「うははは! リヒトはやっぱり最高だぜ!」

 

 まるで加護破りなど意に介した様子も無く、ルートヴィヒを蹴り飛ばす。


「なっ! 聖光が効いていない!?」

 狼狽するルートヴィヒに、小僧はにやにやと笑っている。


「効いてるぜー。いつもより怠いもんよ。けど、リヒトが言ってたんだ。加護が外付けの力なら、竜神と戦うときに失うか逆効果になることもあり得るって。だから、加護が無い状態で今以上に強くならないと、竜神を倒せないだろうってなー。だから、竜神の加護が無い状態で戦う練習してたんだ」


 事もなげに、「竜神を倒す」等と口にする小僧。

 大言壮語も甚だしい。


「どうやってなんて聞くなよ? 俺に分かるわけないんだからさ!」


 聖光が効かなかった動揺からか、ルートヴィヒは小僧の追撃の拳をもろに顔面に受け、講壇まで吹っ飛ばされる。加護無しにあの動きが出来るというのか。


「おや、もう終わってしまったかな?」

 小僧が開け放っていた扉から、銀の全身鎧と黒髪の子供が入ってくる。


「ブリュンヒルデ=タールベルク」

 忌まわしき名。


 吾輩が【竜神の加護】を持ちながら、唯一勝てなかった女。

 吾輩の誇りを、踏みにじった女だ。


「ウーラント公。年貢の納め時だ、大人しく縛についてもらおう」

「……またしても、吾輩は貴様に負けたというのか」

「それはどうだろう。剣技であれば兎も角、私一人では戦で勝てたかは半々だな。誰が貴公を負かしたのかと言えば、この子をおいて他にいないだろう」


 そう言って、隣に立つ黒髪の子供の頭を撫でた。


「その子供が?」

 訝しむ。何処にでもいそうな、平凡な見た目の子供だ。

 ルートヴィヒを殴り飛ばしたあの小僧とは対極的に、戦いの臭いもしない。


「貴公が頼った魔道具を無効化したのがこの子だ」

「……馬鹿な」

 魔導士は年齢と共に腕が上がる。どれだけの才能を秘めていようとも、あの年齢ではたかが知れる。


「私が言う事でも無いが、世界は広く、魔導とは奥深い。俄かに信じがたい事も起こるのだと、納得する以外に我ら凡才には術がない」

 言ってる本人も呆れながら口にしている。


「ヒルデ。僕の紹介は別にいいですから」

「む、いいではないか。自慢の弟分を思う存分自慢したいのだ」

「それならディルクにして下さい」

「なんでだよリヒトー。照れてんじゃねーよ、ぷぷぷ」


 小僧も合流して、緊張感の欠片もない会話。


 黒髪の子供の戦力は未知数としても、ブリュンヒルデに小僧の二人だけでも吾輩の手には余る。


 最早、ここまでか。


「罪深き王国のカス共が、聖神教の司教たる私に対する暴挙。万死に値します」


 ルートヴィヒが、口の端から血を垂らしながら講壇の前に立つ。

 脳が揺れたのか視線は虚ろで、左右にゆらゆらと体を揺らしている。


 だが、声色だけは明瞭で、礼拝堂全体に低く低く響く。


 十年の付き合いになるが、見たことも無い雰囲気だ。

 殴り合いなどしたことも無いから当たり前と言えば当たり前だが、そういう問題ではなく、どこか超然としたものを感じる。


「主よ、この罪深き者どもに鉄槌を下すため、我に力を!」


 叫びと共に、ルートヴィヒが光に包まれた。

 



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