-011- 悲しいけどこれ戦争なのよね?
今日は春月の二十八日である。
タールベルク領に僕等が着いてから七日経過している。
僕等は王国軍と付かず離れず同道して、現在王都近郊の平野で反乱軍と対峙していた。昨日の夕方にはお互い布陣していたが、時間も遅くなったため翌日に決戦を持ち越したようだ。夜襲なんかもあるかなと思ったが、どちらも正々堂々と相手を下さなければメンツが立たないらしく、刻限を決めての開戦となっている。
「反乱軍とか言われてるけど、随分行儀がいいのね」
不思議そうなパウラ。
「略奪が目的じゃないからのう。王権を奪取して終わりではなく、その後統治することまで考えたら、正々堂々現体制を打倒したという事実がなければならん。掠め取っただけと思われると在野の貴族に舐められるし、政権移譲後に敵対勢力が湧く理由付けになりかねんからのう」
ガブリエーレが注釈をつけると、パウラはあきれ顔になる。
「面倒ねぇ。体裁だけ整えても中身は一緒でしょうに」
「まあの。だが、反乱を首謀したウーラント公は体面を重視する奴じゃ。勝つだけを目的にするなら、いくら自信があろうと総数で多い相手に野戦はせんであろう。王都で籠城戦やゲリラ戦のような真似をすれば、民衆を盾に取った臆病者との誹りを受けるゆえ、それを許容できぬのだろうな」
「評判なんて反乱起こしてる時点でこれ以上なく低そうだけど」
辛辣なパウラに苦笑を返すガブリエーレ。
王国軍五千vs反乱軍三千。魔導士は王国軍についてるし、数で負ける反乱軍に果たして勝機があるものかどうか。しかし無策で挑んでくるとも思えないし、【良く見】てみることにしようか。
僕等がいるのは王国軍の後方三百メートルほど。反乱軍は王国軍を挟んで更に五百メートルは離れている。八百メートル近い距離の差はあるが、少しだけ丘になっているので両軍の陣容は良く見て取れた。
「んー? なんか妙なもの持ってるな」
魔道具かな? でも、いくら公爵家とはいえ、軍に配備できるほどの量を揃えられるとは思えない。そもそも、王国内では入手ルートが無いだろう。となれば、他国からの横流しだが。
「共和国と国交があるわけもなく、当然聖神国のものだろうけど」
戦場に持ってきているということは戦闘目的の兵器だということだ。属国にそんなものを流すだろうか? 戦力が増えて増長されると困るのは聖神国の方だから、厳しく輸出は制限されているはずである。
「ふーん、ということはやはりウーラント公のバックには聖神国の影がチラつくなぁ」
それなりの地位についているものが、ウーラント公を唆して現王家を廃そうとしている? 王国への影響拡大を狙っての事だろうか。
「やだやだ、ドロドロしてるねぇ」
「さっきからブツブツどうしたの?」
「あちらさんの自信はどうやら魔道具にあるみたい」
「軍に魔道具を配備してるってこと?」
「魔導士対策程度なのか、戦況を覆せるほどの代物なのかは見ただけじゃ分からないけど。無防備に食らうとまずそうだね」
「知らせなくていいの?」
「もう始まるし、今から教えたところで混乱するだけだろ。どうせ大将自ら突貫するつもりだろうしねー」
やればできるだろうに、ヒルデは軍団指揮などやらない子だ。自ら槍の穂先となって、敵陣を食い破り、一撃でウーラント公の首を取るつもりだろう。普通なら無謀極まりないが、他ならぬ騎士姫がやるなら最善最短の戦術と言えるかもしれない。
「めちゃくちゃね。でも危ないんじゃない?」
「まあ、こっちで防げばいいでしょ。パウラもやる?」
「本陣にまで攻撃が届くようなら私が防ぐわ。お姫様のお守りは私がやったげるから、ヒルデはあんたが面倒見てよ」
気楽に言い合う。パウラも【竜の巫女】の特性で王国の魔導士とは隔絶した使い手であるが、本人の性格もありあまり攻撃には向いていない。しかし無尽蔵の魔力のおかげで防御面では比類ないのも事実だ。
「俺はー?」
暇そうなディルク。
「じゃあ、ディルクは……」
特にやることも無いが、僕は念のために一つお願いをしておくことにした。
◇◇◇◆◆◆
戦端が開かれた。
喊声と共に王国軍が突撃を敢行する。
槍の穂先のような陣形の先頭を駆けるのは予想通りヒルデ。配下のタールベルク公爵騎士団がその後に続く。その動きには一切の迷いはなく、引きずられるように王国軍もその後に続いて戦場に雪崩れ込んでいった。
先頭のヒルデが反乱軍まであと百メートルに迫ったところで、反乱軍側の陣地から複数の発光。そしてファイアーボールがヒルデ目掛けて百ほど弓なりに向かってきた。
「! 魔導士!? 一体どこから!」
舌打ちするような呟きを漏らしたヒルデだったが、全軍突撃中に足が鈍ればそこを逆襲されて大打撃を受けてしまう。瞬時に被害が出ようともこのまま突っ込んで敵陣を乱し、その隙に体制を立て直すしかないと判断し、馬を更に加速させる。
「あの程度、切り払え!」
割と無茶なことを叫びながら、自分に向かってきた火球を剣で言葉通りに切り払う準備をして、しかし頭上で何かに遮られる。空中に浮かんだ陣に、口元を綻ばせる。
「感謝する、リヒト」
感謝を口にした後、味方に向けて声を張る。
「魔法は全て迎撃される! 一切構うことなく我に続けえぇ!」
「おおおぉ!」
空中で次々と弾ける火球。
予想外の事態に戸惑ったのは反乱軍だ。出鼻を挫くつもりが只の一発も着弾せず、勢いを持ったまま王国軍が突撃してきた。漫然と構えていた陣は容易く食い破られ、一撃で陣容を中ほどまで引き裂かれる。
「そのまま穴を広げろ! 敵は混乱している! 一気呵成に攻めたてろ!」
声を上げながら自らはまるで無人の野でも進むかのように、間合いに入った敵を瞬時に吹き飛ばしながら、陣容を奥へ奥へと切り込んでいく。
公爵騎士団は引き裂かれた陣容に割り込みヒルデの背後を敵に取らせない。歩く様な速度ではあるが、確実に、反乱軍の陣は真っ二つにされようとしていた。
ここまで敵に深く潜り込まれると同士討ちを警戒して折角の魔道具も出る幕が無い。
敵本陣ではくすんだ赤色の髪のおっさんが喚き散らしている。どうやらこいつがアルバン=ウーラント。敵の大将か。
「何故だ! 虎の子の魔道具を配備して、実質の戦力は我が方が上ではなかったのか! ルートヴィヒ! どうなっている!」
「わ、私にも何が何やら。しかし王国の魔導士団では聖神国の魔道具を防ぐことなど出来るはずが」
アルバンの横で坊さん風の男が同じように狼狽している。こいつが聖神国とのパイプかな。立ち位置は良くわからんが、わざわざこんな生臭い場にまで同行しているのだから間違いないだろう。
「クソ、こんな、こんなはずでは!」
「閣下! ここは一度引きましょう! 教会まで行けばウーラント領まで転移する準備があります!」
「吾輩に引けというのか! あんなタールベルクの小娘など吾輩の剣の錆に!」
「いけません! 騎士姫に勝てたとしても、その後はどうにもなりますまい! 如何に閣下でも王国軍全軍は手に余ります! 一旦引いて、再起を図るのです! 我が主の力があればそれも可能ですから!」
「ぐぐぐ、この屈辱、必ずや超倍にして返すぞ!」
敵陣後方から数騎が王都方面へ離脱していく。敵さんにしてみれば想定外だっただろうが、そんな泣き言を聞いてくれる輩は何処にもいない。悲しいけどこれって戦争なのよね。想定できなかった責任は自分で負わなければならないのだ。
僕は敵将の離脱を確認してディルクに合図を送りつつ、空中を歩いてヒルデの元へと向かう。
「ヒルデ! 向こうの大将は逃げたよ!」
戦場の空を歩く子供の図。目にした敵味方問わず一瞬動きが止まる。
「よし! 反乱軍よ! 反逆者ウーラントはお前らを見捨てて逃げた! これ以上罪を重ねることを畏れるなら直ぐに武装解除しろ! 手向かうならば容赦はせんぞ!」
騎士姫の良く通る声が戦場に響き、さざ波のように反乱軍に動揺が広がる。僕の姿で動揺を誘ったことで、効果的に伝わったようだ。
「私はアルバンを追う! 後は任せたぞディートハルト!」
大声で叫ぶと、遠くの方から悲鳴とも嘆きとも付かない情けない声が聞こえてきた。ご愁傷様である。
僕はヒルデに手を差し出す。
当惑気に手を取ったヒルデだったが、その瞬間騎馬ごと宙に浮かんだ。
「これは……」
「さ、行きましょうか、ヒルデ」
僕が手を引くと騎馬は戸惑いつつも宙を駆けて付いてきた。適応力の高いいい馬である。
唐突に現れた奇妙な光景に、敵味方含め静まり返り、当惑気に僕等を見送ったのだった。
◇◇◇◆◆◆
「ところで、もう少し目立たないようには出来なかったのか?」
空中散歩に慣れてきたのか口を開いたヒルデに、僕は肩を竦める。
「そりゃあ、反乱軍を丸ごと吹き飛ばせば物理的に僕等を見る人は減ったでしょうけど、自分の羞恥心のために無益な殺生をしようとは思えなかったもので。そもそも、ヒルデが突貫なんかするからこうなったんですよ。後ろから指揮してたのならこそっと連れ出せたんですけど」
「私は他にやり方を知らない。それでいいと言ったのは兄上だ」
「開き直らないで下さい。騎士でやってくと決めたのはヒルデでしょう? 軍の指揮が騎士の業務範疇外だなんて言わせませんからね?」
「ぐ、手厳しいではないか」
「相手が格下だから通用するだけで、格上相手に同じことしたらいくらヒルデでも死にますよ? それ以上に部下を死なせることになる」
「この国に格上の軍など」
「この国には、いませんけどね。どうもウーラント公爵を裏で操ってたのは聖神国の誰かみたいですよ? 戦場にまで坊主を連れてきてましたから。今も王都の教会に向かってます」
「聖神国が? なぜ、そんな無意味なことを」
聖神国からすれば既に属国で言いなりの王国に対して今更首のすげ替えを狙う意味など本来は無いはずだ。
「さて、ね。大方聖神国内の権力闘争とかその辺では? 王国にとってはいい迷惑ですが。ヒルデの父上ならば何か事情を知ってそうですけど」
「そうだな。終わったら聞いてみるか」
「事情は分かりませんが、ウーラント公爵を排斥してそれで諦めてくれれば良いですけど、諦めてくれなければ、聖神国の兵が出張ってくる可能性まで考慮しなければなりません」
「……わかった。悪かった。もう無茶な突貫はしない。これでいいか?」
「ディルクじゃないんですから、ヒルデなら理解してくれると信じてますよ」
ディルクは無理だが、同じようでも多分ヒルデならなんとか。
いや、無理かなー。
「だが、無茶してもリヒトが助けてくれるんだろ?」
案の定不穏なことを言ってくる。
「ヒルデまで僕にお守りを頼まないで下さい。そりゃ、助けますけどね。初めからあてにされるのも業腹です」
「ふふ。守られるというのも存外に悪くない気分かもしれないな」
「……」
まるで少女のように笑った騎士姫。
返り血に染まって甘い雰囲気では無いのだが、不覚にも僕はときめいてしまうのだった。




