-010- これって就活面接なんです?
唐突ではあるが暦のお話である。
転生後の星では一年間が四百日ある。地球より一か月ちょい公転周期が長いが、それほど大きくは変わらない。王国のあるアニメア大陸では基本的に共通の暦が使われており、一年を百日毎に春夏秋冬で四つに区切っている。
春月、夏月、秋月、冬月である。魔物のスタンピードが発生したのが春月の一日。
そして本日は春月の二十一日である。
どうも、こんにちは。リヒトです。
現在僕はポルタの街から徒歩で五日ほどの距離にあるタールベルク領と呼ばれる場所に来ています。
魔物のスタンピードが起こってから魔王軍と戦ったり、樹海を彷徨ったり、エルフと交流したり、竜神に殺されそうになったりと色々ありました。
できれば久しぶりに家でゆっくりしたかったんですが、王都で反乱が起こったとかで、ヒルデにくっついてこんなところまで来ています。
まあ、王侯貴族同士の争いなので一般市民には正直あまり関係がなさそうなんですが、反乱を起こしたというウーラント公爵家にはあまり良い噂がありません。そんなところが王権を得たらロクな目にあわなそうなので、様子見に来ていると言ったのが半分。争いの気配にディルクの瞳がキラキラと輝いてしまったのがもう半分。
「来てくれるならありがたいが、親御さんの許可は取れよ?」
ヒルデの出した条件だったが、父親は「公爵家に恩が売れるなら是非行ってこい」と言い、母親は「あまり他所の家に迷惑かけないようにね」と快く(?)送り出してくれた。ディルクに至ってはもう両親に諦められているので、特に何もなかったようだ。
「とはいえ、内乱に子供の手を借りる気はないんだが」
ヒルデは戦闘中でなければ基本的に常識人なので、ちゃんと僕とディルクを子ども扱いしてくれる貴重な人である。お嫁さんに欲しいくらいだ。
「まあ、これも社会見学だよ。どの道王都には行く必要もあったんだし」
「今更リヒトを子ども扱いしてもしょうがないのはわかってるんだが、な」
笑うヒルデ。
「ところで、パウラまで一緒に来て大丈夫か? 気楽に王国見学と言う感じじゃなくなっちゃったが」
エルフの外見的特徴がまるでないパウラは、赤い髪と金の瞳のせいでディルクと並んでいると兄妹にしか見えない。
「なんで? リヒトがいるなら人間同士の争いなんてなんでも無いでしょ? 何? やっぱり一緒にいるのやなの?」
「いや、単純に嫌なものを見る羽目になりそうだからというか」
「十歳の子供に気遣われるほど子供じゃないわよ」
「えー、森の中で引きこもってた世間知らずの癖に」
見た目は同い年くらいだが、実年齢二十八歳は言う事が違う。
「あの森の中が平和だとか思ってる?」
確かに天竜山脈にほど近いあの森に住んでいたのだ。環境から行くと地獄の一歩手前くらいだろう。
「まあそう言い張るならいいけど、人間社会のドロドロはそういうんじゃないと思うんだけどなー」
「十歳でそんなものを考慮してるのはリヒトくらいだよ」
半笑いのヒルデ。
まあ、同い年のディルクを見るにそう思われても仕方ないが。
「言っとくけど、ディルクも結構ドロドロの中で生きてきたから耐性あるからね?」
その言葉に意外そうなパウラとヒルデ。
「子供だてらにあれだけの力を持ってると色々とね。まぁ、本人があれだからよくわかんないけど」
物珍しいからとっ捕まえて売り払われようとしたり、罪を被せられようとしたり、十歳と思えない程度の経験はしている。ディルクも基本的にブレーキがぶっ壊れてるせいで何にでも首をツッコみまくるから大概トラブル体質だし。
「なんだよリヒト。その言い方だと俺が全部悪いみたいじゃん。半分くらいはリヒトが問題大きくしたんだろ」
「失敬な。ディルクの後始末で面倒が無いように調整した結果だ」
「だからって貴族の家潰して領主すげかえるかよ普通」
「そもそもお前が領主の息子考えなしにボコるからそうなったんだろうが!」
「しょうがねーだろ、女の子いじめるカスだったんだから!」
二人で言い合っていると、ヒルデが何か得心した声を上げる。
「ああ、ポルタの領主交替はそんな事情があったのか。元々私はその内偵に街を訪れてたんだが」
「ほんと、末恐ろしいわアンタら」
パウラはドン引きである。
所で現在の居場所だが、ヒルデの生家にお邪魔している。
共に死線を潜った仲と言う事で客人扱いで招かれたのだった。子供三人だというのに、公爵家の使用人は実によく躾がされているのか侮られるような気配は無い。さすが王国二大公爵家の一角である。
暫く四人で談笑していると、二十台後半か、三十代前半といった年頃の男が入って来た。初対面ではあるが歩くたびに流れる長い銀髪に銀の瞳で素性は知れる。ヒルデの兄だろう。
それと黒髪のドレス姿の少女が一人ついて来る。あまり似ている感じはしないが娘だろうか? 歳は僕やディルクと同じくらい。その少女を見た瞬間、ヒルデがギョッとした顔をする。
「ようこそタールベルク邸に、小さなお客様方。私はヒルデの兄でベルノルトという。歓迎するよ」
にこやかに挨拶しながらどかっとやや乱暴に上座のソファに腰掛ける。笑顔で取り繕ってはいるがかなり疲労が溜まっているのが見て取れた。
「そして、こちらがこの国の第一王女、ガブリエーレ=フッター様だ」
「久しぶりじゃな、ヒルデ。最近さっぱり王宮に顔を出さんから、妾から会いに来てやったぞ」
なーんてのう、と冗談ぽく言ってベルノルトの隣に座った。
「お久しぶりです殿下、兄上。それにしても人が悪い。殿下がいらしているなら事前に教えて下されば良いものを」
「当然のことだが殿下がタールベルク領にいることは秘中の秘だ。対外的には陛下たちと一緒に【避難壕】に籠ってることになっているからね。間違ってもウーラント家に漏れるわけには行かないんだよ」
「まあ、そう言う事じゃ。許せ」
「承知しました。しかし、秘するというなら来客の前に出てきたのは迂闊では?」
「ヒルデが連れてくる客なら問題あるまい。妾がそう判断した」
そうガブリエーレは尤もらしいことを言って胸を張ったが、隣でベルノルトは死にそうな顔をしている。我儘姫様の行動を止められなかったと顔に書いていた。
「面白そうな子供を連れてきていると聞いてのう。加護持ち二人とは、愉快愉快。まあ、今は妾の事を気にせず、話を進めてくれ」
そう言ってお茶菓子に手を延ばして報張り始めるガブリエーレ。自由である。
そんな我儘もいつものことなのか、ヒルデはベルノルトに少し心配そうな顔を向ける。
「大分お疲れの様ですし、来客対応など私に任せて少しお休みになられては?」
「はは、気遣いありがとう。だが、公爵家の可愛い末妹の恩人相手に挨拶の一つもしないとなれば、礼を失するどころではないからね。それに、ただ休むより息抜きになりそうだ」
顔には姫様のおかげでそうも行かなくなったと書いている。
「反乱軍の様子はどうなのです?」
「子供の前でする話でも無いが……。ディートハルトからあらましは聞いてるとは思うから、時系列で簡単に説明すると、まず、王都にスタンピードの情報が入ったのが春月の三日。スタンピードが一日だから、二日後だね。
被害を抑えるために即座に軍の編成に入って、同時に南部の私兵を持つ有力貴族からも兵力の拠出を要請して、一旦王都まで参集する様に指令をだした。春月七日には王都にいた王国軍と魔法師団を北部辺境へ向けて派兵した。
そこから三日後、春月十日にウーラント領から騎士団を率いたアルバン=ウーラントがやってきて王都を制圧。国王含む王族と重責を担っていた貴族たちは王宮地下の【避難壕】へ避難したおかげで未だ敵の手に落ちてはいないが、身動きが取れない状況。
ウーラント公は王都を支配下に置いたまま派閥の貴族の私兵を募り、対王国軍の戦力を拡充させていると言うのが現状だ。一方我が方は、スタンピードに対応していた王国軍をここタールベルク領に参集させ、逆襲の為の軍を編成中というところだね」
僕等の動向も含めて時系列で話をまとめると以下のようになる。
()の中は僕等の動向。
春月一日 魔物のスタンピード
春月三日 王都へ魔物被害の情報伝達、(レッサードラゴン討伐)
春月六日 (エルフの村到着)
春月七日 各地へ騎士団、魔法師団の派遣、(対竜神戦)
春月十日 王都反乱
春月十五日 (ポルタの街帰還)
春月十六日 ポルタの街出発
春月二十一日 タールベルク領着
「旗頭は兄上が?」
「殿下がここにいるのは秘密だからね。王族と父上は【避難壕】で籠城中。相手が二大公爵家の一方となれば、格的に嫡男の私がやらざるを得ないだろう。軍団の指揮はヒルデにお願いすることになるよ」
「私が? しかし派兵された王国軍の中に正式な将軍もいるのでは?」
「スタンピード対応で各地にばらばらに派兵されて、期日までに王国軍がどれほど戻れるかも分からない。そうなるとタールベルク公爵騎士団が王国軍の中心となる。その時は騎士団長のお前が指揮を取るほかないだろう。将軍連中もお前の配下を指揮するのは遠慮するさ」
「……仕方ありませんね」
やや不満そうなヒルデ。軍団の指揮となると一人で突出するわけにも行かないからだろう。根本的にディルクと同じ戦闘民族なので、前線で戦えないと不満らしい。
「それで、こちらがポルタの街と妹を救ってくれた小さな英雄たちかな? 紹介してくれよ、ヒルデ」
「はい。まず、黒髪の少年がリヒト。現王国最強の魔導士です」
「はい?」
「ああ、この言い方では誤解が生じますね。魔導士で最強なのではなく、私含め王国にある王国軍全軍より恐らく強い魔導士です」
「……いやいやいやいや、ヒルデ? 誇張が過ぎないかい?」
「やらないでしょうが、反乱軍などリヒト一人で制圧できますよ?」
「ヒルデ、いきなりそんな事言われても、ベルノルト様も戸惑うって」
「だが事実だし、呑み込んでもらわなければ困る。兄上、それから殿下。ここにいる三者とも、子供と侮るのはおやめ下さい。反乱軍などより余程気を使うべき相手です」
「あまり怖い事を言わないでくれ、ヒルデ。いや、そんな事実でもいきなり呑み込めないって」
「続いて赤髪の少年ディルクです。外見的特徴からお分かりかと思いますが、【竜神の加護】の持ち主です。単純な身体能力であれば私を超えます」
「うっそだろ」
「まだ剣じゃ姉ちゃんに勝てないけどねー」
ディルクがそう言って口を窄ませる。
「リヒトほどではありませんが、私を除く公爵騎士団全員と同程度くらいの戦力と見て問題ありません」
「……いや、うちの騎士団千五百人編成だぞ? 一部隊じゃなくて、騎士団全員?」
意味が分からないと首を振るベルノルト。
「私でも出来る程度の事は出来るという事です。最後に、赤髪の少女ですが、同じく【竜神の加護】持ちですが、人間ではありません。樹海の奥地で出会ったエルフです」
「え、エルフ!? 伝説の?!」
「彼女の祖母が伝説に語られる始祖王最愛のエルフの寵姫だったようです。つまり、祖父は始祖王ですね」
「oh……」
「話が面倒になるからこのことは内密にお願いね? 言っても誰も信じないでしょうけど」
パウラに釘を刺されるが、話がお伽噺に及び、最早言葉も無いベルノルト。
「……ヒルデ、お前は一月もしない内にどういう出会いをしてるんだい? お兄様はついていけないよ。ドラゴン討伐の辺りで分かってたけど、うちの妹が規格外すぎる件について」
ぶつぶつと譫言のように呟き始めたベルノルト。ささっとメイドがその前に紅茶を差し出す。まるで誘導されるようにそれを受け取り一口飲むと、はっとしたようにこちらを見た。
「す、済まない。どうであれ、君達がタールベルク公爵家に取って恩人でありお客様であることには変わらない。私は多忙につきあまり相手は出来ないが、家の使用人は好きに使っていいからゆっくりとしてくれ。褒章については今回の反乱騒ぎが終わってからとなるが」
「どうぞお気遣いなく」
苦労人の相が見えるヒルデの兄に、僕はこっそりと同情の瞳を向けるのだった。
そして、そんな遣り取りをガブリエーレは楽し気に見つめていた。
◇◇◇◆◆◆
その夜、ベルノルトとは晩餐も共にして、豪勢な風呂を堪能した後、与えられた高級感溢れる客間でパウラとディルク、それから何故かいるガブリエーレの四人でトランプをしていた。因みに僕の自作の品である。パウラにもルールを説明して、今は大富豪中である。
「それで、結局戦争には参加するの?」
「んー、参加はどうかな? 精々観戦くらいじゃない?」
「えー、やんないのかよ。ほい、革命」
ディルクが数字がそろった札四枚を場に出して、パウラの表情が曇る。事前に露骨に強めの手札を切っていたから僕にしたら見え見えだったが。
「ディルク。お前が戦って面白そうな相手なんていないって。今更人間相手にして楽しめるわけないだろ」
「でも姉ちゃんみたいなのもいるじゃん」
「戦場は多対多の争いの場だぞ? 個人の戦力を競う場所じゃない。いたとしても戦いに持ち込むことがそもそも困難だし、義務感に駆られて立ち向かってくる一般人をぶっ倒したところで面白いか?」
「んー、確かにつまんないかも」
「でも、ヒルデが負けそうになったら手伝うんでしょ?」
「あたりまえだろ。内乱なんかで失うには惜しいし。そもそもウーラント家に勝ってほしくないし。ほい、革命返し」
小さい数字を処分した後、虎の子の革命返し。大きい札を切っていたディルクは詰むしかない。
「ぬおぅ! おのれリヒト! ところでなんで?」
「始祖王の直系だからって王位簒奪狙うような真性の馬鹿だぞ? 血筋で正当性を語ると言う事は、つまり庶民の血はゴミだと思ってるってことだよ。そんな奴がトップにいたら絶対庶民が割食うじゃないか。合法的に潰せるなら潰すさそりゃ」
「……リヒトって実はかなり過激よね?」
革命返しで漸く勝負できそうになって表情が戻るパウラ。
ガブリエーレは先程から淡々とカードを出して手持ちを減らしている。
「過激っていうか苛烈っていうか。俺もこいつだけは敵に回したくねーもん」
「えー、どこがだよ」
「自覚無いのかしら? 普通の庶民は貴族様を潰そうなんて考えをそもそも持たないんじゃないの? 人間にとっての貴族って、エルフで言う竜神様みたいなもんでしょ? 長老からはそう教わったけど」
「そうなんだよパウラ。リヒトって根本的に貴族が偉いって思ってないし、畏れても敬ってもいないんだよな」
「そりゃお前もだろディルク」
「いや違うって。俺は貴族が偉いのは自覚してるし、手を出したらまずいのは知ってるけど、クソはクソだって思ってるだけだから。リヒトはそもそも偉いとも思ってないじゃん。だから、貴族に俺が手を出したときも、俺はそれで罪に問われるのを覚悟したけど、お前はそもそもその罪を根こそぎないものにした」
「おま、お前の為に僕がどれほど骨を折ったと……」
「だから、そんな発想が生まれる時点でおかしいって話」
「竜神様とも対等に話してたしね。本当に恐怖とかないわけ?」
「あるわ! めっちゃ怖かったっつーの。はい、あがり」
「妾も上がりだ」
とは言ったものの、転生後あまり死を畏れていない自分がいる。畏れたところでまたどこぞの不良天使に手違いで殺されるかもしれないし、死んだところで転生するだけなのだ。本能的な怖さもあるが、その後を知っているなら心持は確実に違っているだろう。
「まあいいわ。兎に角、従軍して戦場観戦するのよね? 危なそうなら手助けする前提で。私もあがり」
「ぐぬぬ、また負けた。もう一回!」
「クククク、アハハハハ、面白いのうお主等。王族の前で貴族を潰すだのなんだの遠慮のない。妾がアルバンだったら今頃全員牢屋行きだぞ」
腹を抱えながらひーひー言いながら笑っているガブリエーレ。
確かに王族の前でする会話ではなかったか。
「くくく、それにこのゲームも面白い。王族に立場がひっくり返るルールがあるゲームをやらせるとか、どういう神経しとるんじゃ、お主」
そう言って笑いで零れた涙を拭きながらこちらを見るガブリエーレ。
僕はよよよとわざとしなを作って崩れ落ち。
「ひ、酷い殿下。殿下がこういうのをお好きかと思って必死で考えたのに」
「わははは、リヒト演技が大根過ぎるだろ」
ディルクに笑われる始末である。
「うるさいなディルク。王族に喜ばれる遊びなんて僕が知ってるわけないだろ! 殿下にボロ負けさせるわけにはいかないから、お前を最下位に落としやすいゲーム選んだだけだよ!」
「はぁ! てめぇ、さっきからなんかおかしいと思ってたら、ハメてやがったのか!?」
「わざわざハメるなんて労力を割くかよ。単純なディルクは勝手に墓穴掘るから放っといてもどうせ最下位さ」
「ぎゃはははは、ひーひー、愉快な奴らだな」
何がおかしいのか、ガブリエーレは王族とも思えないほど笑って転げまわってる。
ガブリエーレの爆笑を見て頭が冷えたのか、ディルクは僕の胸倉を掴んていた手を離す。
「な、なあリヒト。こいつ偉いんだよな?」
「こいつとか言うな。殿下と呼べ。不敬罪でしょっぴかれるぞ」
「いや、でもさぁ。ヒルデねえちゃんはあれで品があったけど、これはなんか」
「おい、マジトーンの話は止めろ。冗談で通じなくなる」
僕とディルクの会話の何が面白いのか、床をだんだんと叩きながら笑っているガブリエーレ。
暫くして落ち着いたガブリエーレは、居住まいを正してから少し真面目な表情でこちらを見て言った。
「のう、リヒト、ディルク。其方ら妾に直接仕えてくれんか?」
「それは、遊び相手と言う事ですか?」
「遊び、遊びか。そういう側面も否定はしないが、どちらかというと火遊び、かのう」
「クーデター中に、一国の姫君から火遊びなんて言葉が出ると、僕ドキドキしちゃうなー」
棒読みで答えると、ガブリエーレはにやりと笑う。
「妾はな、この国を変えたいのだ。ウーラント公が此度起こした反乱についても、根は同じではないかと思っている。竜災を控えて、民草は貴族が手をこまねいていると感じているであろう。貴族は王族が動かないと嘆いているだろう。
年若い者は年寄は先に死ぬから他人事だと思い込んでいるだろう。事実、この国は聖神国に貢ぐためだけに食い物を生産し、百五十年毎に無策に滅ぶことを繰り返しておる。これでは国は発展しないし、民草の諦観はゆっくりと国自体を滅ぼすであろう。変わらねばならんのだ」
切実な言葉。
ガブリエーレ=フッター。第一王女は現在十二歳のはずだ。
五十年後は六十二歳。
大病を患うか、暗殺でもされない限り、王族の生活水準であれば恐らくは存命だ。
目の前で国が亡ぶのを目の当たりにする。
その責が両肩に掛かる。
さて、それは一体どれほどまでの重責だろうか。
「変わりたいと仰るお気持ちは理解できます。変わっていただきたいというのは、特に年若い国民にとっては切実な問題でもありましょう。しかし殿下。これまでの王侯貴族全員がそんなこと考えもしなかったとも僕は信じてはいませんよ。
一人一人がどうであるか、どうであったかまでは知る由も有りませんが、少なくない人間が変わりたいと願っていたはずで、そのうち幾人かは信念のもとに行動してきたのだと思います。しかし、建国以来四百年、少なくとも民が実感できる変化は起こせていないというのが現実です。
殿下。貴方はこれまで数多存在したであろう、変革を志した彼ら、彼女らと何か違うものを提示できるのですか?」
世の中の大抵のものがそうであるが、どうにかしたいと感じていることと、解決のために行動することの間には途方もない隔たりがある。
王族とはいえまだ十二歳の少女に問うには酷な質問ではあろうが、王国の不治の病ともいえる竜災をどうにかしたいというなら、願いだけではどうにもならない。覚悟を決めるのは当然として、具体的なプランが提示出来なければただ空回りするだけになる。
「それを具体的と言うのかは知らぬが、考えていることはある。そもそも我ら王国がなぜ竜災などという酷い目に有っているのかは知らぬが、発生源も根本もそこだけは判明しておる。天竜山脈にいるという竜神じゃ。
誰もが知っておるが、始祖王以外はそこに辿り着いたことはない。だが、辿り着きさえすれば、交渉も可能なのではないか? 始祖王がそうしたように。無論、簡単なことではないとは承知の上だが、それでもヒルデをして王国で最強と称されたリヒト、お主ならばと、妾はそう考えておる」
「つまり、僕におんぶにだっこで竜神と交渉がしたいと?」
「可能であれば、それが一番じゃ。まあ、無理強いはせんよ。ただ、お主とて現状を良しとはしておらんのだろう?」
「僕が嫌だと言って国外逃亡したら?」
「次善の策として、共和国から魔道具の研究者を招けぬかと考えておる。王宮地下の【避難壕】を量産できれば、竜災の被害を減らせるであろう。私の代に間に合わずとも、次代に繋げることもできるかもしれん。どうせ今代の分は父上が今回の襲撃で使ってしまって、次の竜災では使い物にならんからの。あと五十年の間に解析できればめっけもんじゃ」
「共和国を入れるって、聖神国が許しませんよね?」
「だからといって、聖神国に解析させたところで王国に技術を還元するわけもないであろう。自前では育てられない以上、選択肢は他にない。無論、綱渡りは承知しておる」
ふむ。正直僕に限らず誰かにおんぶにだっこの策だけではないだけマシかもしれない。
「ねえ、リヒト。その茶番な質問まだ続けるの?」
パウラがつまらなそうな顔をして聞いてくる。
「雇用主になるかもしれない人の精神性や計画性を推し量るのは当然だろ。パウラなら頭お花畑で夢みたいなことどうにかして実現しろって無茶な注文付けてくる上司の下で働きたい?」
「それは、いやだけど」
「無論、困難な目的を達するために、ある程度の楽観論と希望的観測は必要だと思うけどさ、同時に現実性と客観性を併せ持ってくれないと」
「ハードル高いわねー」
選り好みできるかは知らないが、そうで有って欲しいという希望はあるのだ。
「それで、妾はリヒトの上司足り得るかの?」
「元々拒否権があるんです?」
「無論あるぞ。その場合行先は墓場になるであろうが」
「やっぱり茶番じゃない」
パウラの呆れたような言葉に、ガブリエーレはにやりと笑うのだった。
「なあなあ、もう一回やろうぜー」
「ディルクも空気読まないわね。私そろそろ眠いんだけど」
「そうだぞディルク。良い子は寝る時間だ」
「俺はいい子を止めるぞー、リヒト!」
「はいはい、ちゃんと睡眠取らないと馬鹿になってますます勝てなくなるから寝ましょうねー」
「ぬおおおおおお――、ぐおー、ぐおー」
「嘘、もう寝た? リヒトなんかしたの?」
「イエ、ナニモシテナイデスヨ?」
「こわー。そういうところだと思うよ、リヒト」
「ナンノコトヤラ」
肩を竦めて見せる。自分の部屋にパウラとガブリエーレが戻ったところで、部屋の明りを消した。




