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【三国志異伝】《唯一無二の計》  作者: 賭博士郎C賢厳
第一章:荊州争奪戦
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曹仁の意地:肆

 西暦218年・3月 (建安23年)



 樊城。 追い詰められた曹仁を南陽に逃がすため、楽進・李典・于禁が囮となって、陸遜の陣営に突っ込む。 しかし、陸遜はその事に気づき、城外左右に韓当5万の軍勢・朱然5万の軍勢をそれぞれ配置して、突っ込む楽進らを左右から挟撃する。


「なにっ!?」

「しまった!?」

「こ…これは…っ!?」


 なんと左右からの伏兵に、楽進たちがなすすべなく、呉軍10万を相手に包囲されてしまい、あっという間に孤立無援となる。 その(スキ)に曹仁が馬に乗って、南門から脱出して、そのまま南陽へ向かう。 楽進・李典・于禁も呉兵を倒して奮戦するが、やっぱり多勢に無勢という言葉の通り、すぐに捕縛されてしまう。


「くっ、無念……」

「もはや…ここまで…」

「なんということだ…」


「考えがあります。

 とりあえず地下牢に入れてください。」

「はっ、判りました。」


 普通なら降伏しない敵武将は、今後の憂いを除くため打ち首となるけど、何やら陸遜に計略ありと思われ、有無をも言わさず地下牢に閉じ込める。


「「「?」」」


 そこで楽進・李典・于禁は韓当・朱然軍に取り抑えられ、地下牢に入れられた。 陸遜が悠々と樊城に入ると早速、孫権に報告する。 これで樊城から桂陽までのほぼ荊州全域が呉の領土となった。 しかし、陸遜は曹仁を追って、南陽まで攻め込むことはしなかった。





 襄陽。 孫権の執務室にて、陸遜からの報告を受ける。


「そうか、樊城を手に入れたか…」

「はっ、曹仁は南陽へ逃亡。

 楽進・李典・于禁を捕らえて地下牢に閉じ込めております。」

「ふむ、わかった。

 よし、陸遜には樊城の守備を強化せよ…と伝えよ」

「はっ、判りました。」


 伝令が執務室を出ていき、また陸遜の(もと)に戻る。 すると、すぐに張昭・程普らが孫権に質問する。


「何故、南陽を攻めないのです?」

「確かに南陽を落とせば、曹操もさぞ驚くでしょうな。」

「南陽は要害の地。 兵も兵糧も豊富だ。 かつて曹操もあの地には手を焼いていた。 今下手(へた)に攻めて大敗でもしたら、せっかく手に入れた荊州も失いかねない。 20万の大軍は当面、荊州の守備に回す。 曹仁も樊城を取り返すために攻めてくるかもしれんからな。」

「なるほど、確かに今の軍は荊州攻略のための軍でしたな。」

「左様。 荊州さえ手中にできれば、今は我らの大勝利ですからな。」

「ふむ、ここは荊州の守備で問題ないでしょう。」

「そうだ。 荊州平定を迅速に(おこな)い、守備固めをする。 この方針でいく。」

「「「はっ」」」


 孫権は荊州さえ手に(はい)れば、あとはいいという考えで南陽には固執していなかった。 とりあえず荊州全土の平定と守備固めに奔走する。 陸遜もそれを承知で南陽には攻めず、荊州全土の安定・安全・安心に全力を注ぐ。





 南陽。 曹仁がここに立てこもる。 兵を集め軍を編成し、兵糧備蓄の確認や、剣や矢などの武具の使用状況・数量確認など、すぐにでも(いくさ)ができるように準備する。 しかし、一向に陸遜がやってこない。 そこで曹仁は荊州に斥候を放った。 何故、南陽を攻めてこないのか、それを確認するためだ。


 その斥候が戻ってきて曹仁に報告する。


「何っ、荊州の平定と守備に奔走してる?」

「はっ、陸遜は樊城まで奪うと、南陽には攻め込まず、襄陽を中心とした呉の平定・領土の守備を徹底しております。 また孫権も襄陽に留まり、領民の安定・安全・安心を計っております。 それと関羽は本当に白帝城の守備をしておりました。」

「なんと、そこまで事態が進んでいたか?」

「はっ、呉の孫権と蜀の劉備が同盟を結び、その手土産に荊州南部を譲渡したと思われます。」

「そうか、それで呉は楽々と荊州に軍が派遣できたワケか…。 荊州南部の実効支配が終わると、すぐに襄陽へ攻めてきた。 ワシらが気づかぬうちに…」

「はっ、その様に思われます。」


「楽進たちはどうした?」

「はっ、生きて樊城の地下牢に閉じ込められております。」

「おお、まだ生きていたか!

 それは良かった」

「はっ、何か計略があるのでしょうか?」

「ふむ、いずれにしてもこのままにしておけぬ。 このままだと本当に荊州が呉の領土となる。 急ぎ軍を編成して、樊城を攻めねばなるまい。」

「はっ、かしこまりました!」

「見ていろ! この魏の曹仁、簡単には終わらんぞ!」


 南陽の守備をするものだと思った曹仁だが、やっぱり血気盛んな男。 前回の失敗を取り返すためにも、また楽進たちを救出するためにも、今度は樊城へ出撃するつもりらしい。 すぐに軍を編成・10万の兵を集めて、南陽より進発する。





 西暦218年・6月 (建安23年)



 樊城。 魏の曹仁と10万の軍勢が樊城を包囲する。 樊城奪取と楽進・李典・于禁の奪還が目的である。 しかし、樊城も十分に守りを固めていて、なかなか思うように攻め込めない。 このままイタズラに時間だけが経過しても、時間と兵糧の無駄遣い。 樊城だけでも取り返さなければ、面目丸潰れ。 曹操に会わせる顔もない。 焦り慌てた曹仁が全軍に総攻撃をかける。 しかし、樊城は思ったよりも堅固であり、魏兵10万の大軍をもってしても容易に攻め落とせない。


「ちっ、樊城がこれほど頑丈とは…?」


 すると、城内からドラや太鼓の音が鳴り響いて、城外左右から甘寧・周泰・凌統・韓当が3万ずつ兵を率いて曹仁軍を襲う。


「何っ、伏兵だとっ!?」


 さらに城内からも朱然・朱桓が3万ずつ兵を率いて外に出て曹仁を襲う。


「うおっ、しまった!?」


 てっきり籠城すると思っていた曹仁は、自分の左右から呉の12万の軍勢が、自分の前方からも呉の6万の軍勢が、自分に襲ってくることなど考えていなかったため、驚愕し激しく動揺する。 このままだと退路を絶たれて逃げられない恐れがある。


「ひけひけひけーーっ!」


 曹仁が慌てて軍を樊城より三十里ほど()げて陣を敷く。 それを見た陸遜も樊城の目の前に防衛線の陣を敷き、曹仁軍の攻撃に備える。 なんと樊城自体が強固な上に前線に防衛線の陣を敷かれたら攻めようにも攻められない。 これでは手が出せない。


「ぬぬぬ、陸遜め! ワシが来ることを読んで城を強固にして、さらに左右から伏兵するとは…。 しかも、ワシが退()くと追撃もせず、城外に防衛線の陣まで敷くとは…。 とんでもない男だ」


 陸遜の鮮やかで、先の先まで読んでの計略に敵であるはずの曹仁も、思わず感心して敬服する始末。 この上は曹操が来るのを待って指示を(あお)ぐしかない。





 漢中。 ここは曹操が張魯を破って、今は魏の領土。 だが…葭萌関に魏延・馬超ら蜀の猛将と10万の軍勢が配置されていて、いつでも漢中へ攻められるように準備する。 勿論、曹操もその事を知っている。 司馬懿はすぐにでも葭萌関へ攻撃するよう進言していたが、曹操は決断できないでいた。 ()()を見て司馬懿が苛つく。


 そこに曹仁からの急報がやって来た。


「申し上げます!」

「…どうした?」

「はっ、荊州南部から呉の陸遜が大軍率いてやって来て襄陽の曹仁将軍が敗退。 樊城まで後退。 呉の陸遜が大軍率いて攻めてきて樊城陥落。 曹仁将軍が南陽まで後退。 楽進・李典・于禁が呉に捕縛されました。」

「「「?」」」

「はぁ? 何を言ってる?」

「何故、呉が荊州南部にいる?」

「呉のリクソン…?」


(陸遜だと!? あの陸遜か!?)


 司馬懿だけが考え込む。


 また曹仁からの急報がやって来た。


「申し上げます!」

「…どうした?」

「はっ、曹仁将軍が樊城で呉の陸遜に敗退。 樊城から三十里離れた場所で陣を敷き、至急援軍を求めております。 どうか援軍を!」

「「「?」」」

「はぁ? 何を言ってる?」

「さっきから意味が解らんぞ!」

「何故、曹仁将軍が樊城を攻めてる?」


(呉の陸遜が荊州統一を? 呉の孫権が荊州を手中に?)


 司馬懿だけが考え込む。


 次々来る曹仁からの急報に困惑する曹操たちだが、ここで遂に王朗が曹仁からの急報として現れた。


「申し上げます!」

「王朗? 何故、そなたがここに?」

「お願いします。 何卒曹仁将軍に援軍を!」

「………」


 ここまで来たら、さすがの曹操も動揺して絶句する。

 王朗は素直で清廉潔白な男。 嘘を言ったり他人を(おど)したりしないはず。 どうやら冗談ではないようだ。 そこで曹操が王朗に今までの事を聞いた。 長くなるので内容は割愛するけど、王朗はこれまでの事を一言一句漏らさず曹操に説明する。 それを聞いた曹操たちが唖然・愕然とする中、何故か司馬懿だけが心中納得していた。


(この計は… "天下無双の計" …? おそらく劉備は…遂に "天下無双の計" を発動させたのだ…やるな劉備)


 司馬懿が考え込む中、賈詡・程昱・劉曄らが王朗の説明を聞いて、それぞれ私語する。 また曹操も思わず口にしており、誰も咎める者がいなかった。


「バカな! 劉備が荊州を棄てた?」

「まさか…劉備が荊州よりも呉の同盟を選ぶとは…?」

「そんな…あり得ない…。 荊州は天下の中心…交通の便も良く、食も豊か…。 また魏・呉・蜀の三国を分ける上で荊州は非常に重要な地…。 その地を諦めてまで呉に荊州南部を与え、荊州南部を得た孫権が荊州北部に攻め込んだ…」

「これは "漁夫の利" どころの騒ぎではない。 まさしく蜀は戦わずして、魏と呉の兵力を削っていく。」

「………」

「玄徳め! とんでもない事をしたな。 荊州南部を孫権に与えれば、当然ながら襄陽を守備する曹仁へ攻撃するはず。 あの男は荊州に異常な執着を見せていたからな。 大軍をもって襄陽を攻めれば、いかに曹仁といえども抑えきれぬ。」

「殿。 これは急ぎ南陽へ戻り、殿自らが指揮しなければ、呉の勢いを抑えきれませぬ。」

「だが…漢中はどうする? 余がここを離れれば、明らかに葭萌関にいる魏延・馬超らが、この漢中を奪いに来るぞ?」

「しかし、仮に南陽を奪われる様な事になれば、許昌も洛陽も非常に危険です。 もし仮に許昌・洛陽が呉に奪われる様な事になれば、天下は一気に呉のモノになるでしょう。」

「左様。 漢中を蜀に奪われるよりも許昌・洛陽を呉に奪われる方が我が魏にとって打撃が大きいです。 お忘れですか? 許昌には献帝が()られることを…」

「………」

「左様。 献帝を得た呉が東方から、劉備が皇叔たる蜀が西方から、それぞれ魏に攻め立てれば…ひとたまりもありませぬ。」

「ぬぬぬ、漢中を諦めるか…?」

「………」

「司馬懿! 何故、黙る!

 そなたも何か進言せぬか!」


 司馬懿が曹操に向かって臣下の礼を取る。


「はっ、殿が取るべき方法はひとつ。

 急ぎ許昌・洛陽へ戻り、防衛線を敷き、大軍でもって呉の侵攻を抑えるべき。 殿が許昌・洛陽に居るだけで、呉はこれ以上の北進はできず、荊州に留まるしかありません。 その上で、あの呉の陸遜を撃ち破る方策を練るしかありませぬ。」

「その陸遜とは、そんなに凄いのか?」

「はっ、あの周瑜を超える逸材だと認識しております。 おそらく彼に勝てる者は諸葛亮孔明か私でございましょう。」

「それほどの男が呉に…?」

「…呉の陸遜……何故、これまでの男が無名なのだ…?」

「…スゲエ!」

「殿。 漢中を誰かに任せ、急ぎ許昌へ戻りましょう。」

「殿。 このままだと曹仁将軍も呉の虜になりますぞ!」

「ぬぬぬ……仕方がない…。

 夏侯淵・張郃・楊修は漢中に残れ。 夏侯淵を主将とし、張郃を副将とし、楊修を軍師として、この漢中を守れ。 いいか、撃って出ようとするな。 相手は大軍だ。 籠城して耐えしのげ。」

「「「はっ」」」


 夏侯淵・張郃・楊修が曹操に向かって臣下の礼を取る。


「他の者は許昌に戻るぞ!」

「「「「はっ」」」」


 曹操が立ち上がり、家臣全員が曹操に向かって臣下の礼を取る。


 ここに劉備の "唯一無二の計" により、計画通りに曹操が漢中から離れることになった。 曹仁が陸遜に破れ、呉に南陽を奪われる前に急ぎ許昌へ戻り、早急に体制を立て直さないといけない。 ようやく危険な事態に気づいて焦る曹操だが、何故か司馬懿だけが(カゲ)でほくそ笑む。


(ふふふ、面白い事になったな)


 この司馬懿、一体何を考えてる? 

 【注意事項】

※一応、南陽も荊州の一部に入るらしいけど、当時の孫権・陸遜は樊城までしか盗らなかった。

※当時の孫権・陸遜は南陽を危険視しており、樊城までを荊州とした。

※司馬懿の言う "天下無双の計" とは、劉備の提唱する "唯一無二の計" と同一の計であり、呼び名が違うだけ。

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