魏軍の大敗:伍
西暦222年・10月 (黄初2年)
まず『漢中』攻略には、張郃を主将にし、鄧艾を副将とし、諸葛誕を軍師にして、10万の兵で『漢中』の南門を攻撃。 次の『樊城』攻略には、曹仁を主将にし、曹洪を副将とし、司馬懿を軍師にして、10万の兵で『樊城』の北門を攻撃。 さらに『濡須』攻略には、張遼を主将にし、徐晃を副将とし、徐庶を軍師にして、10万の兵で『濡須』の北側拠点を攻撃。
それを侵攻開始から十日目まで力押しで行っていたが、敵軍の予想外の抵抗に、こちらの被害も拡大し、敵の兵糧の方が少ないとみて、兵糧攻めに切り換えた。 兵力的にもまだこちらの方が上であり、これ以上の被害を防ぐためにも、十一日目からは戦闘を避けている。 しかし、実際にはもう既に魏軍の兵糧が底をつきかけている。 九日目の深夜の突如として起こった魏軍・兵糧貯蔵庫への夜襲によって、魏軍の武具・兵糧などがことごとく焼かれたためである。 その事実をまだ魏の主将たちは知らない。
戦…開始から十一日目の深夜。
各魏軍本陣では、一応は夜襲に備えて、しっかり警戒している。 それぞれ兵を要所要所に配して見張りをさせる。
「………」
「異常ないか?」
「はっ、異常ありません!」
「そうか、今夜も異常なしか…」
「はっ、敵は連戦の戦の疲れで夜襲などとても仕掛けられないでしょう。」
「確かにな。 だが…油断するな!」
「はっ!」
一応は油断なく見張りをしている兵たち。 敵からの夜襲に備えて陣を守る兵士と上官のやり取りがある中で、肝心の奇襲軍がどんどんと魏軍本陣の背後に接近している。 この時点では、まだ自分たちの兵糧に異常ないと思っているようだ。 しかし、それでも自分たちの予想を超える敵の策略になすすべなく撃退されることになる。
そして―――
漢中の魏軍本陣の背後からは厳顔軍と黄忠軍が―――
樊城の魏軍本陣の背後からは朱然軍と凌統軍が―――
濡須口の魏軍本陣の背後からは朱桓軍と周泰軍が―――
それぞれ強襲を仕掛ける。
魏軍本陣が混乱している。
夜襲に備えてはいたものの、まさか背後から突然襲われるなど思ってもみなかった。 味方の兵士が敵の奇襲に驚き、算を乱して敵に討たれたり逃亡したり捕虜になったり同士討ちしたりしている。 魏軍総勢30万の軍勢が、この夜襲で一気に総崩れとなった。 このままでは統制が取れずに全滅する恐れが出てきた。 主将たちも突然の夜襲に動揺・困惑していて、予想外の出来事に将軍としての機能がきかなくなっていた。
実際に張郃・曹仁・張遼の精神状態はいかほどのものだったか―――
漢中の魏軍本陣の帷幕にて。
その事実を張郃たちにも、ようやく知らせていて衝撃が走る。
「何っ!? 背後から蜀軍が奇襲をかけてきたのかっ!?」
「はっ、背後の軍は総崩れとなり、兵糧・武具も焼き払われたそうにございます!」
「!!?」
「な…何っ!?」
「ま…まさか…ここから夜襲され反撃されるとは……?」
「てっきり…このまま籠城を続けるつもりだと思っていたが……?」
「それで味方の損害は?」
「はっ、捕虜・逃亡・同士討ちも合わせて、5万以上の兵が失いました!」
「!!?」
「な…何っ!!?」
「このままでは戦どころではない。 速やかに撤退しなければ……!」
さらに兵卒がやって来て報告する。
「申し上げます!
城内から蜀軍が撃って出ました!」
「「「!!?」」」
「ま…まずいぞ! このままだと挟撃される! 全軍まとめて長安に撤退せよ!」
「はっ!」
「お前たちも速やかに撤退するのだ!」
「将軍はどうされるのですか?」
「私は殿軍する!」
「えっ、将軍がっ!?」
「心配ない。 お前たちは早く行け!」
「「……はっ!」」
張郃は悔しさを滲ませていた。
張郃の失策により約6万の兵を失い、さらに兵糧・武具・本陣も失い、張郃たちは残った兵をなんとかまとめ命辛々落ち延びて長安へ撤退した。 想像を絶するほどの被害を出して、張郃は漢中攻略に失敗して、二度目の敗北となった。
樊城の魏軍本陣の帷幕にて。
その事実を曹仁たちにも、ようやく知らせていて衝撃が走る。
「なんだとっ!?」
「それは真実かっ!?」
「ば…バカなぁ!? 背後から奇襲だとっ!?」
「はっ、敵の奇襲により味方の背後の陣…総崩れとなり、味方の兵糧・武具ともに焼き払われました! 味方の兵は浮き足立っております!」
「なんたることだ!」
「そんなバカな!」
「これは一体どうすれば……?」
すると兵卒がやって来て報告する。
「申し上げます!
城内から呉軍が撃って出ました!」
「なんだとっ!?」
「将軍! 撤退を!」
「今、撤退すれば被害を抑えられます!」
「何っ、撤退だとっ!?」
「このままだと背後からの奇襲軍と正面からの城兵で挟撃されますぞ!」
「しかも、こちらは兵糧・武具を焼き払われましたので、もうまともに戦えませぬ!」
「ぐぬぬ……また負けるのか……?」
「ご決断を!」
「将軍!」
「ぬぬぬっ、またしても撤退なのか……無念……」
曹仁は思わず天を仰いだ。
曹仁の失策により約7万の兵を失い、さらに兵糧・武具・本陣も失い、曹仁たちもなんとか残った兵をまとめ命辛々落ち延びて許昌に撤退した。 想像を絶するほどの被害を出して、曹仁は樊城攻略に失敗して、残念ながら連敗を喫していた。
濡須口の魏軍本陣の帷幕にて。
その事実を張遼たちにも、ようやく知らせていて衝撃が走る。
「「「…………」」」
「敵の夜襲により味方の陣…総崩れとなり、味方の兵糧・武具はことごとく焼き払われていて、味方の兵も敵に討たれたり、逃亡したり、捕虜となったり、同士討ちしたりしており、その数をどんどん減らしております!」
「な…なんということだ……!」
「敵が防衛に徹していたのは……この為か……!」
「…………」
「このままでは我らは全滅する!」
「将軍! 速やかな撤退を!」
「…………」
「……将軍……?」
「……?」
「こ…これは……夢だ……ワシらは夢を見ておるのだ……いつの間にか眠ってしまったようだ……」
「「!!?」」
「ちょ…張遼将軍……?」
「駄目だ……錯乱しておられる……」
ここに来て、またしても兵卒がやって来て報告する。
「申し上げます!
敵の防衛軍が一気にこちらに攻め寄せてきました!」
「「な…何っ!?」」
「こ…これも夢なのだ……!」
「しっかりしてください将軍!」
「まずいぞ! このままでは挟撃される!」
「とにかく速やかに撤退を!」
「将軍を運び出せ!」
「「はっ!」」
「……悪夢だ……」
もはや兵卒に支えながらでないと立てないほどに衰弱した張遼をなんとか馬に乗せて撤退させる。
張遼の失策により約7万の兵を失い、さらに兵糧・武具・本陣も失い、張遼たちもなんとか残った兵をまとめ命辛々落ち延びて下邳まで撤退した。 想像を絶するほどの被害を出して、張遼は濡須攻略に失敗して、悪夢を見ている様な惨敗を喫していた。 この敗戦で張遼は精神を病んでしまい、かなりの消耗・衰弱してしまった。
今回の魏軍侵攻は完全に失敗した。 漢中・樊城・濡須の三ヶ所を総勢30万の軍勢で攻めてきたのに、一ヶ所も攻め落とすことができないばかりか、三ヶ所の兵糧貯蔵庫全てを焼き払われた上に、総勢30万のうち、約20万の軍勢を失う大災害級の大敗を喫したことになる。 残った兵と共に、張郃・鄧艾・諸葛誕は長安に落ち延びて、曹仁・曹洪・司馬懿も許昌へ落ち延びて、張遼・徐晃・徐庶も下邳まで落ち延びた。
ちなみに今回の戦いで軍師が全く機能していなかった。 若輩者の諸葛誕はともかくとして、司馬懿と徐庶は元から魏に対して忠誠心は、それほど高くはないようだ。 徐庶は母親を人質に取られ、やむを得ず魏にいるが曹家のための献策はしていない。 今回の事も最低限の進言・諫言はしているものの受け入れてもらえなかった。 また司馬懿に至っては元は文官の出であり、今まで曹操に付き従う程度はあっても軍師として出陣したのは、今回が初めてだ。 完全に曹丕の人選ミスである。
西暦222年・12月 (黄初2年)
魏軍が撤退してから一ヶ月余りして、張遼が敗戦から立ち直れず下邳で病床の身となる。 もしここに華陀がいれば、まだなんとかなったかもしれないけど、その華陀も曹操に殺されて、もうこの世にはいない。 大勢の者が見舞いに来てくれたけど、結局は快復できずに死去した。 これで楽進・李典・于禁に続き、張遼もこの世を去った。 最後の戦が大敗したのが、非常に無念だった。
また蜀の馬超も張遼と同時期に病にかかっていた。 馬岱や関羽・張飛・諸葛亮などが見舞いに行くけど、彼もまた快復できずに死去した。 ここで初めて蜀の五虎将が脱落した。 もし麦城の戦いや夷陵の戦いがあったなら、もう既に関羽・張飛・黄忠はこの世を去っていて四人目の脱落となるけど、劉備の荊州を犠牲にしてまでの素晴らしい見事な采配で、それを回避した。 三人共にまだ生き残っていた。 最後に名君に巡り合い、その下で活躍・尽力できたことは、錦馬超にとって最大の誉れであろう。
その劉備もまた、最近になって体調を崩していた。
【注意事項】
※今回は魏軍の大敗ぶりを堪能してください。