南中の強敵:陸
西暦220年・1月 (建安25年)
夜の南中・『御神山の洞窟』にて。
ここは南中の最も奥の森林と岩山の間にあり大きい口を開けた洞窟だ。 ここにあの伯酸瑁が棲みついてるみたいだ。 遂に南中の真の強敵・悪神伯酸瑁との対決となる。
とはいえ、このまま無防備に洞窟に入るのは得策ではない。 何せ相手は悪神と呼ばれる妖怪……。 何があるのか解らない。 結構強いかもしれない。 そこで『御神山の洞窟』の入口の目の前に陣を敷く。
そんな中、本陣で作戦会議。
「……」
「さて、どうやってアヤカシを退治するか?」
「そりゃあ、俺様の蛇矛のサビにしてやるぜ!」
「……」
「張飛よ、相手は妙な妖術を使うアヤカシぞ?
迂闊に近づいて勝てるのか?」
「へっ、俺様の蛇矛の一撃で妖術など吹き飛ばしてみせるぜ!」
「妖術を吹き飛ばす?」
「ああ、そうだぜ!」
「……」
「ふむ、話にならんな」
「何でだよ!
この俺様が負けるっていうのか!」
「そうは言っておらんが…」
「……」
相変わらず血気盛んな張飛と冷静沈着な馬良の間で意見の相違がある。 それを劉備がただ黙って聞いてる。
「殿はどのような策がありますか?」
「相手はアヤカシ……弱点が解らん。
聞いた話だと、猛勇で知られるあの孟獲殿でさえ、手も足も出なかったそうだ。」
「そこまでの妖術と呪術がおありですか?」
「ふむ、そこでまず敵の情報が知りたい。
敵の姿形に強さ、またはどのような性格なのか? どのような術を使うのか?
己を知り敵を知れば百戦危うからずじゃ」
「確かに、その通りです。」
馬謖の質問に劉備が答える。
相変わらず劉備は慎重姿勢を崩さない。
その劉備を見た馬謖は「さすがは」と感心する。 先程まで口論していた張飛と馬良も劉備の言葉に深く頷いて感心する。
「そこで…まずあの洞窟から、どうやってアヤカシをおびき出すか? だが…やはりここはアレを使うか…」
「「「アレ?」」」
「ふむ、孔明が作った "煙之筒" を使ってみるか?」
「「「… "煙之筒" …?」」」
「ふむ、そうじゃ」
劉備が竹の筒で作られた "煙之筒" をみんなに見せた。
現在でいうところの "発煙筒" みたいなモノか…。 この竹の筒の中に煙を閉じ込めているらしい。 一体どういう技法・仕掛けか知らないけど…。 この竹の筒の中から黒く臭い煙が発し、しかも…なかなか強烈。 こんな煙を吸えば、たまらず建物・洞窟から飛び出ること間違いなし。 これならいくら悪神でも、たまらず洞窟から飛び出てくるだろう。 この "煙之筒" を七個も用意してある。
この "煙之筒" を張飛や趙雲たちに渡す。
「コレをそなたたちに渡す。」
「「「「はっ!」」」」
「おう!」
「それと…これはワシの武器じゃ」
「「「?」」」
「それは…?」
「何ですか…?」
「これは "刻止火" じゃ」
「「「… "刻止火" …?」」」
「ふむ、そうじゃ」
劉備がみんなに "刻止火" を見せた。
竹の筒にお札が貼られた火の鉄砲みたいなもので、これも孔明の自信作だ。 竹の筒の下側に紐があって、その紐を引き抜くと、先端の銃口から火の玉が発射される。 その火の玉を敵に当てる。 射程距離は約10mはある。 これであのアヤカシを弱らせる。 ふふふ、"刻止火" とは、よく言ったものだ。 実際には時間など止められんだろうけど、これで敵の動きを止める。
「コレを自分の武器に張り付けよ」
「「「「はっ!」」」」
「おう!」
それと成都から送られてきた孔明の作った対アヤカシ用のお札を張飛や趙雲たちの武器に張り付けておく。
そこで今回のアヤカシ退治の作戦の全貌が明らかになる。
1.洞窟の入口付近にて、所定の場所に張飛・趙雲・王平・呉懿・呉蘭・糜竺・馬謖・高定ら蜀の武将が、各自蜀軍2万ずつ率いて伏兵する。
2.洞窟の入口から張飛・趙雲・王平ら蜀の武将が "煙之筒" を洞窟の中に投げ入れて、その黒く臭い煙で伯酸瑁をおびき出す。
3.伯酸瑁が洞窟から出てきたら、遠くから劉備が "刻止火" を発射させて、伯酸瑁に命中・直撃させて弱体化させる。
4.怯んで弱体化した伯酸瑁を張飛・趙雲・王平ら蜀の武将が、お札の貼られた武器で一斉に攻撃する。 これで…あのアヤカシを倒せるか?
「以上だ。 皆の者、持ち場へ行け。」
「「「「ははっ!」」」」
家臣たちが劉備に臣下の礼をとって本陣を出ていく。
そして、すぐに張飛・趙雲・王平ら蜀の武将が、それぞれ蜀軍2万を引き連れ所定の場所に到着。 すぐさま張飛・趙雲・王平らが、それぞれ洞窟の入口の左右横に蜀軍2万ずつ伏兵しており、全員が一斉に "煙之筒" を洞窟内部へ投げ込んだ。
モクモクと黒く臭い煙が洞窟内部に立ち込めて充満する。
すると全身白い布を身につけた者が洞窟から飛び出してきた。 洞窟入口付近は全て劉備軍・蜀軍が固めている。 そこにコイツが出てきたのだ。
この全身白い布を身につけてる者が、あの悪神伯酸瑁なのか?
「出てきたな!」
「アレが…?」
「アヤカシ…?」
「なのか…?」
「……」
「くらえっ、アヤカシ!」
続いて劉備が離れた場所から "刻止火" を使用して、竹の筒の銃口から火の玉を勢いよく発射させて、あの全身白い布を身につけた者の顔面らしき所に、素早く命中・直撃する。 火の玉が当たったはずなのに、少しも怯んだ様子がない。 ただの白い布キレなのに、かなり頑丈なのか?
「むっ…」
「次は俺たちだ!」
「いざ、尋常に!」
続けて張飛が全身白い布を身につけた者の背後から、蛇矛を振り抜いて後頭部めがけて斬り裂こうとする。 もの凄い勢いで接近して、素早く蛇矛を振り抜く。 それと趙雲も全身白い布を身につけた者の背後から、槍を突いて背中めがけて刺し貫こうとする。 もの凄い勢いで接近して、素早く槍を突く。
「そりゃあああああぁぁーーーっ!!」
「はぁぁあああああぁぁーーーっ!!」
確かに張飛の蛇矛が背後から後頭部に当たり、趙雲の槍が背後から背中に当たり、劉備の "刻止火" の火の玉が真正面から顔面に直撃したはずなのに、この全身白い布を身につけた者は微動だにしない。 まるで何事もなかったかの様に、普通に平然と立っているだけ。
「何ぃっ!?」
「バカなぁ!?」
「そ、そんなはずがぁ…!?」
「まさか…本当に張飛と趙雲の攻撃が通用しないのか…?」
「「「…!?」」」
「いや……」
そもそも誰も居なかった・・・?
何かに気づいた王平が背後から近づいて、全身白い布を身につけた者の白い布の頭部を掴んで、そのまま上から白い布を引き剥がすと、そこには誰もいなかった。 人影すらなかったのだ。 つまり白い布キレだけが洞窟から飛び出してきて、劉備たちはただの白い布キレを攻撃していたのだ。
「…?」
「これは…倒したのか…?」
「…誰もいない…よな?」
「これは一体どういうことなのだ?」
「おいおい、コイツはヤバそうだぞ!」
「ちっ、ヤベえな!」
この後も洞窟の内部や、その周辺を兵士たちが調査・捜索したけど、特に怪しい奴は誰もおらず、結局…アヤカシ伯酸瑁を倒したのか…どうかは誰にも解らなかった。 さすがの劉備もこれには首を傾げる。
「我々はアヤカシを倒したのだろうか?」
「いや、解らねえぜ兄者…」
「手応えがありませんでした殿」
「白い布だけでした殿」
「いずれにしても、一度第九洞村へ戻って孟獲殿に報告する必要があります。」
「そうですね。 この現象…孟獲殿なら何かわかるやもしれませぬ。」
「ふむ、そうだな。
孟獲殿の容体も気になる。
ここは一度戻るか…」
「「「「はっ!」」」」
劉備はこの異常現象に対応することができず、仕方なく一度孟獲のいる第九洞村へ引き返すことにした。
夜の南中・第九洞村。 劉備たちが孟獲のいる部屋まで戻ると、孟獲も孟優もすっかり体調が良くなって、普通に椅子に座っている。 だいぶ楽になって、調子が良さそうだ。 また左脇腹にあった黒く円い模様もすっかり消えていた。 祝融も安心そうに見てる。
「おお、孟獲殿。 もう大丈夫なのか?」
「おお、劉備殿。 もうすっかり良くなったぞ」
「おお、劉備殿。 この度は本当にありがとうございます。」
「おお、劉備殿。 劉備殿のお陰でこの通り。
身体の痛みも無くなり、自由に動かすことができますぞ。」
「そうか、それは良かった」
「このご恩、生涯忘れませぬ。
これからは我々もお仕えします。」
「劉備殿には、お礼の言葉も見つからぬ。
ワシら南中の者は、これからも劉備殿と蜀のために尽くしますぞ。」
「ふむ、そうか…」
「それにしても、よく伯酸瑁を倒せましたな。」
「ふむ、その事なんだが―――」
劉備が今までの経緯を孟獲たちに説明した。
「なるほど、そういうことでしたか…」
「確かに、相手は悪神……おそらく人間の目には見えぬのでしょうな。」
「いや、しかし、倒していないのに何故……孟獲殿と孟優殿の体調が回復したのだ?」
「確かに、姿は見えぬ。
向こうが負けを認めたため、呪いが解けたのか?
または呪いの対象が別の者に移ったのか?
それとも単なる気まぐれで呪いを解いたのか?
それはワシらにも解らん。」
「いずれにしても伯酸瑁のことについては注視する必要があるようだな。」
「ああ、今はそれしかないな…」
「ふむ、悪神伯酸瑁か……。 思った以上に厄介そうな相手じゃ」
「「「……」」」
結局…劉備たちは伯酸瑁を倒してはいない。
その悪神と呼ばれた伯酸瑁に立ち向かった勇者として、劉備たちのことを認めたのか、それとも単なる気まぐれなのか、そもそもそんなヤツなど存在しなかったのか、それは誰にも解らない。 それでも孟獲と孟優の体調も回復し、身体の痛みや左脇腹にあった黒く円い模様も消えて、すっかり良くなった。 孟獲は劉備を主と仰いで、ご恩に奉ずるつもりでいる。 ここら辺は南蛮の民も受けた恩は決して忘れない。 それと朱褒と高定は蜀と南中とを繋げる連絡係として、反乱軍が守備していた村に残る。
安心した劉備たち蜀軍は成都に戻る。
これで蜀は漢中と南中の平定に成功して、その強靭な国土・国力を増強させたのだ。
【注意事項】
※悪神伯酸瑁は妖怪なので、人間の力だけで倒すことはできない。 また封印する方法も見つかっていないため、現在は放置である。
※悪神伯酸瑁は普通の人間の目には見えないため、果たして倒せたか…どうかは誰にも解らない。
※悪神伯酸瑁は大変な女好きで厄介な奴だ。 昔は美女の裸を見たり、触ったりしていたと伝えられてる。
※悪神伯酸瑁の名前の由来は「伯」は爵位、「酸」は攻撃方法、「瑁」は名前である。 ただし、今回は一切攻撃していない。