EP98:清丸の事件簿「底闇の灯火(そこやみのともしび)」 その1
【あらすじ:人々が行列を作ってまで並ぶその先には中が見えないように帷で隠された怪しげな小屋があった。どうやら奇妙な占いをしてくれるらしいのだけど結果次第では高くつくのもよくあること。初めて見かけた時平様のご正室は過去の恋人とはちょっとタイプの違う人。私は今日も不安に負けてなけなしの銭を散財する?】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
ある日、水干・括り袴を着て、角髪を結った少年風侍従姿で兄さまと市へ繰り出した私は、人々が長い行列を作っているところに出くわした。
ざっと数えても三十人は並んでそう。
「何の行列かしら?」
と兄さまに話しかけると
「先頭に行って見てみよう」
と行列の先頭まで行ってみると、板葺きの小屋の入り口には帷がかけてあり一人ずつ中に入って何かをしているよう。
入り口以外の戸や格子は閉め切られていて中は見えず看板も貼り紙も立て札もなく一体なぜ人々が並んで、中で何をしているか一見しただけではわからない。
兄さまが帷を押して中に入ろうとすると順番の先頭で待っている筒袖(庶民の服装)を着た中年男性が不機嫌そうに舌打ちをして
「おいっ!ちゃんと後ろに並べ!順番を抜かすんじゃないぞっ!」
兄さまは振り返りニッコリと口元だけで笑い
「これは失礼しました。ここには一体何があるんですか?何のために並んでるんですか?」
筒袖の中年男性は苛立った口調で
「後ろに並んで中に入ればわかるっ!」
と言い放った。
兄さまが私を見て
「気になるから並んでみるか?」
私はもちろん『ウンっ!!』と大きくうなずいて最後尾に並ぶことにした。
最後尾へと歩きながら並んでいる人たちの様子を見ていると、様々な年齢、性別、身なりだった。
兄さまは時々立ち止まり並んでいる人に
「これは一体何の行列ですか?」
と聞くと、ある小袖に褶を腰に巻いた姿(庶民の服装)の若い女性は
「ええと・・・確か来年一年の運勢を占ってくれると聞きました。」
兄さまは興味を示し
「占いですか?何を使った?」
「さぁ?はっきりとは知りませんの。私も知り合いからのまた聞きでして、でも一年後の自分の姿が分かるとか。」
う~~ん。一年後の自分がどうなってるかって?病気・怪我してるとかひどいときは死んでるとかってこと?それとも恋人ができてるとか別れたとか結婚してるとかってこと?出世してるとかクビになったとか?まぁ気になるけど何の占いかしら?筮竹(50本の竹ひごのようなものを使う易占)?亀卜(ウミガメの甲羅に穴を開け火で炙り、ひび割れの形で吉凶を判断する占い)、宿曜道(宿曜占星術:基本的に、北斗七星・九曜・十二宮・二十七宿または二十八宿などの天体の動きや七曜の曜日の巡りによってその直日を定め、それが凶であった場合は、その星の神々を祀る事によって運勢を好転させようとする。)?私も時々、将来起こることを夢に見るけど、いつ、誰の夢を見たいと思ってもそれはできなくて、もし悪いことが起こると夢で知ったとしても防ごうと行動しても防げず、夢での悪い出来事が結局実現してしまうことを度々経験しているので、不安を長く感じるというだけで意味のない能力だと思ってる。まぁ将来起こる不幸への心構えができるという利点だけかも。
最悪の占い結果がでるとしたら考えられるのは『一年後は兄さまが私以外の女性を寵愛してる』とかね。ウン。・・・もしそうなら早めにその女性の身元を突き止めて何か手を打たなくちゃ・・・でも、その時までに私が死んでたりしたらどうしよう!?と勝手な想像に一人で青ざめていた。
兄さまが狩衣姿の中年貴族男性に何の行列かを尋ねるとその男性は興奮気味に
「何を隠そうここが本当のあの小野篁の冥土通いの井戸らしいのです!」
「六道珍皇寺にある井戸は偽物ということですか?」
男性貴族はそうそう!と何度も頷きツバを飛ばし
「そうです!ここには本当に冥土に通じる井戸があり、それを覗きこむと過去に悪事をなしたものは井戸に吸い込まれて地獄に送り込まれ帰ってこれず、善行を積んだものは福が雨あられとふりそそぎこの一年間幸運に恵まれるらしいのです。」
じゃあこの人はよっぽど『自分は悪事をしてない!』という自信があるのねぇ。でも『悪事』ってどの位の?『恋人の衣にわざと口紅をつけて他の女性を威嚇する』くらいはどうなの?セーフ?でもそういえばと思って神妙に
「さっきから帷の中に人は入っていくけど出てきた人は見かけませんね?もしかしてみんな地獄に引きずり込まれたんでしょうか?」
と従者口調で兄さまに尋ねた。
(その2へつづく)