EP96:清丸の事件簿「不壊の金剛心(ふえのこんごうしん)」 その5
次の日、忠平様を東の対に呼び出した兄さまは私に几帳の後ろで隠れて見ているように告げ、忠平様と対面した。
兄さまは相変わらず疲れた表情をしていたけれど、どこか吹っ切れたようなサバサバとした雰囲気もあった。
私は朝露に濡れた真木の葉くらい潤んだ目でジッと見つめ続けてたけど兄さまはニッコリと微笑み返すだけで何も言わなかった。
几帳の蔭から見ていると忠平様がズカズカと歩いてきてドシンと座るなり口元だけで笑いながらさっそく
「やっぱり兄上はあの文箱の中身を見ていたんですね?だから伊予という弱点を探ったんですが、近頃はめっきり夜離れたとか?飽きたんですか?」
脇息にもたれ込んだ兄さまが扇を眉間に当てながらギロっと睨み
「また、宮中の情報通がそう言ったのか?・・・そうだな。だったら何だ?側室にするか?」
忠平様はチッと舌打ちし眉をひそめ
「いいえ!兄上が夢中になっている玩具だと思ったから欲しかっただけで、兄上が捨てたものなど要りません!そもそも私の好みじゃなかったんです。あんなやせた餓鬼みたいな色気も何もない女など。」
はぁ~~~?!マジでムカつくコイツ!お前のせいで!兄さまと離れることになったのにっ!殴ってやらないと気が済まない!とイライラが止まらない。
兄さまが怒りをにじませた表情でそれでもニヤリとして
「やっぱりな。でも今日はそのことじゃなく、お前の儲け話を邪魔した詫びをしたくてな。」
忠平様は一気に警戒し
「儲け話?あの文箱の中身に関することですか?あの考えをどう思いましたか?なかなかいい発想でしょう?頭の固い爺さん連中は信仰だ霊験だと目に見えないものをビビりすぎなんです。もっと実質的に単純に考えれば物事はすべてうまくいくのに。そうでしょう兄上?」
兄さまは眉を上げ
「だがあの書類を上皇や帝が見たらお前を謀反の罪でとらえるかもしれないぞ。伊吹山は有史以来皇族の厚い信仰の対象だ。その霊峰で石灰岩を採掘しようなんて正気の沙汰じゃない。」
忠平様は当たり前だという表情で
「だから秘密裡にしようとしたんです。協力者の中納言さえいれば可能でした。今の寺院建立流行にのれば石材は飛ぶように売れます。しかも都にほど近い伊吹山から採掘すれば運送費用も抑えられみんなが助かります。」
「お前がそれを仲介し労せずして利益を得るというわけだな。残念だがそれはもう無理だ。伊吹山の弥高寺座主に知らせ、石灰岩の露出した格好の採掘場所には見張りをつけてある。そうでなくてもこれからは度々見回りが入るので秘密裡に採掘はできない。」
忠平様は苛立ち扇で床をうち
「バカなんですか?こんな絶好の儲け時を棒に振るなんて!裕福な貴族が競って菩提寺(一家が代々その寺の宗旨に帰依して、先祖の菩提を弔う寺院)を建てようと躍起になっているっていうのに、こんな商機を逃すなんて!」
兄さまがニヤリと笑って
「だからお前のアイデアを生かして備後の瀬戸内の島で良質な石がとれる島があるのを確かめ話をつけておいた。国守という地位を生かしてお前が地元の採掘業者や海運業者と結んで利益を独占すればいい。ただしお前がもくろんでいた売り上げの三割の取り分は高すぎるから一割五分までにしろ。わかったな。」
忠平様は不意を突かれて黙り込んだが警戒しながらゆっくりと
「でも、海運で石材を運ぶとなると時間と費用が掛かりすぎます。水没の危険もあるし割に合わない。」
「瀬戸内を備後から播磨を通り河内の難波から淀川をさかのぼる通路で税も運んでいるだろう?お前も知っているはずだ。石材が危ないなら木材にしろ。そっちの方が需要は多いだろう。」
忠平様は上目遣いに
「わかりました。でもなぜ?兄上がおやりになればいいじゃないですか?儲かりますよきっと。今でも貴族たちの寺院建立の相談を無料で受けてるんでしょう?知識があるなら簡単じゃないですか?」
兄さまは手を振って
「めんどくさい。時間がもったいない。相談を受けたのだって寺院建立の『いろは』を学ぶついでだった。宮大工や工人に話を聞いたのもその一環だ。すべてはお前に伊吹山での採掘をあきらめさせるためだ。」
忠平様は納得したようで
「わかりました。そこまでおっしゃるなら兄上の言う通り手数料は低く抑えます。私も危ない橋は渡りたくありませんから、霊峰に手を出すのはやめます。本当に手数料はいらないんですか?相談料ぐらいは支払いましょうか?」
兄さまはもういいという風に手をヒラヒラさせて
「話は終わりだ。もう帰ってくれ。私は忙しい。」
(その6へつづく)