EP93:清丸の事件簿「不壊の金剛心(ふえのこんごうしん)」 その2
次の日、『取引に応じる』という文で忠平様を呼び出した私はてっきり一対一で対面すると思っていたのに忠平様はなぜか兄さまの同席を求め、東の対で兄さまと向かい合って忠平様が座り二人の中間に私が二人を左右に見る形で座った。
忠平様は私をチラリと見るなりにっこりと微笑みかけ兄さまに向き直って笑みを浮かべながら
「実は、兄上にお願いがあるのです。伊予を私の側室に迎えたいので侍女の職を解いてください。兄上に借りがあるなど銭が必要なら私が支払いますので。」
と唐突に変なことを言い出すので、私は驚きのあまり顎が外れるぐらい口を開けて
「はぁっっ?何言ってるの?一体何の話っ?」
と呆気に取られていると、バシッと扇を叩きつける音がし、兄さまが扇で腿を叩いたその手を震わせ真っ赤な顔で怒りを抑えている。
「四郎・・・お前は、最近、上皇の皇女を正室にむかえたばかりだろう?誰であれ妻にするのは早すぎる。上皇の機嫌を損じるぞ。上皇の侍従という立場をわきまえろっ!」
と最後は怒鳴るように言った。
忠平様は全く意に介さずニヤニヤ顔で
「上皇にはちゃんと話せばわかってもらえます。私は兄上が思っているより上皇の懐に潜り込んでいますから。側室ぐらいで波風はたちませんよ!ハハハハ」
と笑った。
兄さまはまだ床を見つめ必死で怒りを収めようとしながら扇をギュッと潰れてしまいそうなくらい握りしめ
「お前は、伊予を嫌っていたじゃないか?先日は伊予にまんまと嵌められもう少しで出世を棒に振るところだっただろう?なぜ気が変わった?そんなにコロコロ気が変わるやつに侍女とはいえ私の家の者は渡せん!」
忠平様は兄さまのその姿を楽しんでいるようにジロジロとみて
「確かにそうですが、それがいいのです!女子の身であのように私をやり込めるなんて!今まで会ったことがないだけに興味が湧き、ぜひ人生を一緒に過ごしたいと思ったのです。」
また私をチラリと横目で見て
「まぁ肉付きはよくありませんが、この先太ればちょっとはマシになるでしょうし。まだ子供のようですからもうちょっと成長するでしょう。」
はぁ?もうすぐ十七ですけど?だから成長はしません!太ったってご希望の部分が豊かになるとは限りませんよっ!!ってゆーか!そんな風に私のことを言うヤツに死んでも嫁ぎたくないわっ!兄さま!何とか言ってよ~~!何かうまい言い訳を考え出してっ!私たちの関係がバレなくてかつ忠平様が側室にするのをあきらめざるを得ないような言い訳をっ!私も必死で考えるから~~!竹丸でもいいから!竹丸はいないの?誰かっ!とグルグルと頭の中で思考の渦が空回りしていると、
「もしや伊予は兄上の恋人ですか?」
と挑発を含んだ語気で忠平様が言った。
「竹丸が確か『お手が付く予定』だと言ってました。ということは付き合い始めの恋人同士ですか?」
と今度はハッキリと兄さまの反応を確認しながらつぶやいた。
ヤッパリ・・・。側室に欲しいなんて嘘で、最初から兄さまの弱みが私かどうかを探るためだったのね!兄さま!罠よっ!引っかかっちゃダメ!と思いながら私が
「違いますっ!大納言様は私の主以外の何物でもありませんっ!年子様という立派な北の方がいらっしゃるでしょっ!私の入る余地なんてどこにもありませんわっ!」
忠平様は面白そうに私を見て
「では、お前は私の側室になるね?良い暮らしをさせてやるよ。今の侍女のままよりは立派な扱いをしてやると約束する。」
兄さまがピクリとして顔を上げ忠平様をまっすぐに見つめ
「ダメだ!伊予は絶対に渡さんっ!」
とゆっくりと力強く言い切った。
忠平様があきれたようにため息をつきながら
「兄上・・・、兄上こそもう女遊びはおやめください。宮中の女房たちが泣きはらした血色の悪い暗い顔で幽霊みたいにさまよってると出仕している友人から聞きましたよ。兄上のせいでしょう?これ以上生ける屍になる女子を増やさないでください。廉子様や義姉上が可哀想です。それに引き換え私はまだ順子様が一人だけで他に遊び相手もいませんから、身綺麗なもんです!伊予を大事にできます。」
と最後は自慢げにニヤリとした。
嘘よっ!大事になんてするもんですかっ!ただの挑発だから怒っちゃダメよっ!冷静にやり過ごしてね!と祈ってると
「私が伊予を侍女のままにして弄んで大事にしてないと言いたいのか?」
とギロっと睨んだ。
忠平様は鼻で笑い
「だってそうでしょう?他に何人のそういう恋人がいるんですか?自分の胸に聞いてみるといい。」
兄さまが奥歯をかみしめ
「伊予は・・・伊予は他とは違うっ!伊予だけは死んでも渡さんっ!お前に指一本触れさせるかっ!」
兄さまっ・・・私のことをそんなに想ってくれているのねっ!嬉しい!・・・じゃなーーーーいっ!今はそーゆーのじゃないのっ!そんなに必死になればますます狙われるのっ!どーでもいい感じで言わなくちゃっ!と兄さまの顔をみて首を横に振って『そうじゃない』と合図を出しても目がギラついててわかってもらえない。
忠平様が突然立ち上がり私の腕をグイッと掴み立ち上がらせ
「話していても埒が明かない。連れて帰ります。」
と引っ張ろうとする。
(その3へつづく)