EP92:清丸の事件簿「不壊の金剛心(ふえのこんごうしん)」 その1
【あらすじ:時平様の弟君の忠平様が白牡丹の文箱を使って私を嵌めようとした罠をまんまとかわしてさらにやり返した件で私に興味を持ったのか、忠平様は無理難題を時平様にふっかけた。焦って罠にはまった時平様は私を遠ざける間に着々と進めている計画があるらしいけど、それを知らない私は不安しかない。時平様の頑なな態度を打ち壊し、まなざしを取り戻すことができるのか? 石も想いも結晶化するのは純粋な証拠!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
『白牡丹の文箱』の一件があった翌日の夕方、大納言邸にまだ里帰り中の私は自室で忠平様から文を受け取ると以下のように書いてあった。
『伊予殿、昨日は世話になったな。貴殿とは敵対しないほうが利口だとわかったのでこれからは仲よくしよう。ところであの文箱の中身をまだ持っていて、兄上が内容を知らないならその書類と交換に貴殿の望むものを何でも進呈しよう。この取引は兄上がその書類の内容を知らないことが絶対条件だ。もし兄上に知らせれば貴殿の身も危ないと承知していろ。もし交換に応じるなら返事をくれ。』
う~~ん。私はあいにく竹丸に中身を抜かれてから文箱を渡されたので本当に書類が入っていたことも今知ったのよね。だから当然取引に応じる事なんてできないのでほったらかしにしておいた。
そこへ『う~~ん』と伸びとあくびをしながら兄さまが入ってきた。
後ろからついてきた竹丸に
「さっきの文を伊吹山の弥高寺座主に届けるように綿丸にもたせてくれ。中納言から返事は来たか?」
竹丸が自分の『すること目録』を見ながら筆を片手に
「いいえ。まだです。伊吹山の調査もそのまま綿丸でいいんですね?必要経費は使用人頭に請求していいんですね?」
兄さまが竹丸を振り返って頷き
「そうだ。地元の住人にもしっかり聞き込みするように言っておけ。手を抜くなと。必要なら現地で人を雇ってもいい。」
竹丸が忙しそうに書き付けた。
竹丸が立ち去ろうとすると呼び止め
「明日は金剛組の棟梁のところへ話を聞きに行くからそのつもりで。」
「わかりました。できれば居場所を確認しておきます。現場かもしれないので。」
と真面目な顔で頷き私をチラッと見て
「清丸は・・・行きませんよね?関係ないですし」
ムッ!と仲間外れ感を出されたことにイラついたけどグッと飲み込む。
兄さまが『当たり前だ』という顔で頷き、手をヒラヒラさせて出て行けと合図した。
兄さまが直衣を脱ぎ単になるのを手伝い、直衣や衣や指貫をたたんで衣装箱に収めながらちょっとした意趣返しのつもりで
「忠平様ってどんな人?」
兄さまはチラッと私を見て
「昨日ひどい目にあわされただろ?ああいう奴だ。なぜ?」
「さっき文を頂いたの」
と微笑みながら話すと兄さまは『ん?』と不審な表情で
「何と言っていた?」
「白牡丹の文箱の書類の内容を兄さまが知らないなら交換に好きなものをくれると言ってたわ!」
兄さまは褥に胡坐をかいて白湯を器に注ぎながら
「で、何と答えた?」
「何も。だって答えようがないもの。私は書類を持ってないし。」
と私が肩をすくめると兄さまは少し考え
「じゃあ取引に応じると文を出してくれ。四郎を呼び出すんだ。で、見せて」
と手を出して何かをくれという身振りをするので
「何を?」
「四郎からの文。それと浄見が書いたあと送る前の文も見せるように」
と白湯を飲みながら当たり前な感じでいうので『はっ?私の個人的秘密は?』とイラっとして
「どうして見せる必要があるの?全部言ったじゃない?それに送る文にも余計な事は何も書かないから兄さまが見る必要ないわ!」
兄さまが器を置きムッとした表情で私を見て
「どうして見せない?都合の悪いことでも書いてあったのか?私に見せられないような?」
私もつい声を荒げて
「あるわけないでしょ!嫌な事された相手と隠し立てするようなことがあると思ってるの?」
兄さまがあきれたようにため息をつきながら
「あの文箱の中身は思ったより重大な事だったからちょっとでも外に漏れたりすれば問題があるんだ。」
またカチンときて
「外って何?私のこと?そうよ!無知でバカだから何もわからないわ!そんな重要な事をあの聡明な忠平様が文に書いてくるわけないでしょ!なぜ疑うの?」
兄さまは驚きと少し傷ついた表情で
「ごめん。正直に言うよ。単なる嫉妬で四郎の文を見たかった。浄見が書いた文も。」
自分だけが蚊帳の外なのを思ったより根に持っていたのを自覚したので私も袖に入れていた忠平様の文を兄さまに渡し
「私にも教えてほしい。文箱の中身とか、兄さまが何をしてるのか。政治のことなの?どうして知ってはいけないの?」
兄さまは文を袖にしまい私の手を引っ張って目の前に座らせるとジッと見つめて
「全部片付いたら教えるから。今は我慢しててくれ。四郎が浄見に危害を加えないとも限らないし。」
・・・そういえば脅し文句も書いてあったわね。何かヤバいことなの?じゃあ一生知らなくてもいいかも。
ウンウンと素早くうなずきにっこり微笑んだ。
兄さまが腕を引き寄せ胸に抱きしめ
「浄見のこととなると冷静な判断ができなくなる。何とかしないとな。・・・そういえばさっき四郎のことを『聡明な』って褒めた?」
私は兄さまの背に腕を回し胸に顔をうずめながら
「弟君だもの。兄さまに似てるわ。頭がいいところも顔も。性格に問題がある人だけど、・・・」
と言いかけると胸から離して私の顔を両手でギュッと挟み
「もういい。浄見の口からあいつのことなんて聞きたくない。」
私は思わず『へへへ』とニヤけて
「妬いてる?」
それには答えずに唇を近づけ私の口を塞いだ。
兄さまの情熱が唇から全身に流れ込み体のすみずみまでを甘美な陶酔で満たした。
(その2へつづく)