EP91:清丸の事件簿「白牡丹の文箱(ふかみぐさのふばこ)」 その5
兄さまが文をヒラヒラと見せると、年子様も読み、『まぁ!』と驚いて
「これは私の妹・椛更衣が書いた忠平様からの恋文へのお断りの返事のようですね。あの子の筆跡ですわ。なぜこれをわたくしに見せたいの?」
忠平様はショックで口をパクパクさせたが私はひとりシメシメとほくそ笑んだ。
帰り道、わざわざ後宮に寄って椛更衣に書いてもらったかいがあったわ!フフフ!これで忠平様も終わりよっ!私を嵌めようとした罰よ!
兄さまが
「帝の妃である椛更衣に横恋慕し関係を迫りそれを断られた文があるということはどんな罪になると思っている?悪ければ死罪!」
と脅すので忠平様は首を横に振り
「嘘です!捏造です!無実だ!兄上っ!お願いですから帝には黙っていてください!いや!誰にもこのことは言わないでください!私の将来のためにもっ!」
と叫ぶ。
兄さまは年子様と顔を見合わせ頷いて
「私も弟の失態を世間に曝露しても何の得にもならん。ただ今後お前は慎重に行動すべきだ。伊予に何の恨みがあるのかは知らんが先に嵌めようとしたのはお前の方だろう?以後は伊予に手を出さんことだな。仕返しが怖いなら。」
と忠平様をにらみつけ釘を刺した。
「なぜだ・・・?なぜ椛更衣の直筆の文を持っている?どういうことだ?私の文箱がなぜここに?」
と忠平様はブツブツと言いながらも頭を下げフラフラと帰っていった。
あ~~気分がスッとしたわ!
その少しあと私の対に兄さまと竹丸が来たので私は威張って自分の謀略を説明する。
「私が忠平様にチラリと見せたのは、『私の』螺鈿の文箱よ!兄さまがxxの屋敷から持って帰ってくれた文箱を竹丸に『兄さまから頼まれた』とか言って探し出してもらって、それを風呂敷に包んで忠平様に見せたの。初めに忠平様が見せてくれた時、自分の持ち物の中に似てるものがあったと思い出したの。忠平様が自分の文箱をすりかえ生木の文箱を私に持たせたのは確実だから、本物を私が持ってると思わせることができれば、慌てて本物を確認しに行きその場所を教えてくれると思ったの。案の定確認しに行ったので、竹丸にあとをつけてもらって、本物を盗んでもらったの。一つ不思議なのはどうして忠平様が私の白牡丹の文箱にそっくりな文箱を持っていたのか?だわ。」
そこが私の一番の謎だった。そもそもあれは小さいころ宇多上皇にもらったもので、忠平様は一度も見たことがないはず?なのに意匠がそっくりで一見すると区別がつかない。
兄さまが
「おそらく皇女に会いにxxの屋敷に行ったとき置いてあったのを四郎(忠平のこと)が見て意匠を気に入り、真似して作らせたんだろう。几帳一枚で皇女と会ったと話していたので対の中に入ったはず。」
そうなの!と納得。
竹丸が急に兄さまを廊下に連れ出し何かを話し込んでいた後、兄さまが中に入ってきて
「じゃぁすべて解決したってことで・・・・寝よっか?」
とニヤける。
私は兄さまの首に腕を絡めて得意げに
「今回の私って頑張ったでしょ?すごい?ちゃんと一人で切り抜けたし。兄さまとの関係も忠平様にバレなかったし。」
とエヘンと威張ると、兄さまが腰に腕を回して体を引き寄せ
「上皇に浄見を差し出そうとしていたらしいな?あいつには今後も近づくな。油断ならん奴だ。」
と言いながら顔を近づけるので、私も目を閉じ唇が触れるのを待った。
なかなか唇が触れないので目を開けるとジッと見つめていた兄さまが私の鼻先をチョンと鼻先で触り
「私からの文を全部取っておいたんだな。」
恥ずかしさで真っ赤になりながら
「べ、別に裏に文字を書く練習とかできるからもったいないと思ったし・・・、捨てる理由もないから取っておいただけで、深い意味はないわよっ!」
と言い訳すると、兄さまは微笑みながら
「私も浄見からの文を全部取っておいてる。読み直すと毎回『にいさまにあいたいです。あそびにきてください』と書いてある。」
焦った私は体を離して横を向いて
「知らないっ!小さいころ書いた文の内容なんて覚えてないわ!」
兄さまがフフンと笑ってそれでも腰から手を離さず引き寄せ
「十を超えてからの文にも『兄さまがいないこの屋敷は広すぎて心細い』とか『月が欠けていく様子は会えなくなる日が来るようで怖い』とか書いてあったけど?」
私はキッと兄さまを見つめ
「その頃は純粋に会いたかったの!兄さまが別の女性と遊んでるなんて知らないからっ!」
と言い放つと、少し傷ついた顔をして
「・・・そうだな。別の女性と遊んでた。もう浄見に会えないと思っていたから。」
と私を胸に抱きしめた。
「浄見に触れているのが今でも信じられない。夢みたいだ。」
とふうと息を吐きながら呟くと体を離し、私を見つめ顎をつまんで口を開かせ覆うようにして口づけた。
私もウットリとした気持ちになってそれに応え頭の芯がボ~~~っと痺れた。
その後、兄さまの胸に顔をあずけながら、気になったことを思い出し
「竹丸と廊下で何を話していたの?」
兄さまは口の端で笑って
「浄見は気にしなくていい。浄見に渡す前に入っていた四郎の白牡丹の文箱の書類を竹丸が取り出して持っていたそうだ。それを受け取った。政治がらみの浄見が知っても面白くない書類だよ。」
ふうん。私はいつも仲間外れね~~と面白くなかったけど、まあいいか、めんどくさいしと開き直って、忠平様について聡明なところは兄さまに似ていいと思うけど、ちょっと道徳心が欠如しているところはどうかと思ったので
「他の弟君もあんな感じの人たち?」
兄さまは
「いいや。あいつは全てにおいて優秀で他の弟たちより抜きんでている。謙虚にふるまい上皇や貴族からは『いい人』として好かれているが白牡丹のような奴だ。白は色(偏見)がなく謙虚な様子にみせてはいるが、牡丹は百花の王には違いないからな。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
牡丹の豪華絢爛な見た目がなぜ『ふかみぐさ』と慎み深い名で呼ばれることになったのかの理由は想像しにくいですね!