EP90:清丸の事件簿「白牡丹の文箱(ふかみぐさのふばこ)」 その4
再び忠平様と対面すると忠平様はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべわざと驚いた表情で
「どうした?何かあったのか?キチンと義姉上に届けただろうな?もし紛失なんてしたならお前を兄上から・・・・」
と言いかけるのでムカムカしてギロっと睨み
「私を嵌めたのでしょう?あなたが包みをすり替えたのねっ!この如何様師っ!!」
とののしった。
主従なんて関係ないわっ!兄さまの弟でも歪んだ性格の人間は敬わなくても全然かまわないっ!怒らせたって知るもんかっ!とムカムカがおさまらない。
忠平様は怒るよりも面白そうにゲラゲラ笑い転げて
「こりゃぁいい!威勢のいい女は大好きだっ!こんなに面白い侍女がいることを今まで黙ってるなんて兄上も人が悪いよっ!ハハハハッ!!」
と言った後、笑みを浮かべながら私を見つめて
「で?嵌めたとしたらどうするんだ?お前の不始末には違いない。あの高価な白牡丹の文箱をお前が紛失したことは確かだ。もしかしたらお前が盗んだのかもしれない。そのことを兄上に伝えればお前は解雇され私が譲り受けても誰も文句は言わない。だろう?」
私はわざと余裕のある顔をしてフンと顔を上げて
「誰が失くしたなんて言いました?ここにちゃんとあるわ!」
と言いながら風呂敷包みを少し開いて白牡丹の螺鈿細工の部分を忠平様に見せた。
忠平様は身を乗り出しちゃんと見ようとし見るとギョッと驚いたようだがすぐに姿勢を正し
「紛失してないならなぜ義姉上に届けない?なぜここへ戻ってきたんだ?おかしなことをするなぁ。」
と扇で唇を抑えながら探るように言った。
私は人生初のハッタリを利かせ
「取り繕っても無駄よ。あなたが初めに見せたあの文箱は今私が持ってるわ。これを本当に年子様に届けていいのかしら?」
とわざとゆっくりと言った。
忠平様はこれも余裕のある姿勢を崩さず
「できるものならやってみろ!それは本物じゃないだろっ!よく見せろっ!」
と言った後突然、掴みかかって奪おうとするので、急いで包みを抱いて立ち上がりその場から逃げた。
侍所まで来るとそこにいる竹丸に目配せし竹丸が動いた。
その日の夕方、私と竹丸は首尾よくやることを済ませ大納言邸に戻り、出仕から帰ってきた兄さまと年子様の対の屋に集まった。
途中で内裏に寄り道し、必要なものを取り寄せてから。
兄さまが忠平様を呼び出し今回の件の沙汰を下すことになった。
兄さまと年子様が並んで座り、右側と左側に忠平様と私は対面して座った。
私がまず口を開き
「大納言様、奥様、私は忠平様にはめられ、白牡丹の文箱紛失の咎をもう少しで負わされるところでした。」
忠平様はニヤニヤを崩さず
「兄上、この侍女は質が悪い。自分で高価な文箱を盗んでおいて私がすり替えたなどというのです。こんな侍女はクビにしておしまいなさい。」
兄さまは不愉快そうに忠平様をにらんだけど何も言わず私が続けて
「いいえ。紛失などしておりません!」
とはっきりと告げ風呂敷包みを開いてみんなが見えるように中央に差し出した。
忠平様も年子様も兄さまも一瞬目を見張り驚いたけど忠平様は特に焦って
「兄上!義姉上!これは偽物ですっ!本物をなくしたから急遽用意したんでしょう!よく見せてくれ!」
と手に取って調べ始めた。
『ふ~~ん。平気だもん!だって本物だしぃ~~』と私は余裕。
忠平様は青ざめた顔でブツブツと
「本物だ。どこで手に入れた?まさか私の櫃から盗んだのか?!いやさっき確認したときにはあった。いつだ?」
兄さまがそれを聞き逃さず
「お前は伊予に渡したんだろう?なぜおまえの櫃に入っていると?」
さすがに聡い忠平様は慌てて切り返し
「いいえ!そんなことはありません!すべて私の勘違いでした!伊予は確かにきちんと届けてくれました。伊予殿失礼いたした。私を許してくれ。」
と過剰なほどにペコペコと頭を下げた。
私は気分がよくなったが今度はこっちが攻撃よ!と
「忠平様?この文箱の中身は私が取り出して持っております。これを本当に年子様に渡していいものですの?」
というと忠平様は焦って
「えぇっ?イヤ!何ですか?ダメです!ダメだっ!それは誰にも見せるなっ!」
兄さまが眉を上げ興味を示し
「伊予、見せてみなさい。私が判断する」
と手を差し出すので、私は袖に入れていた文を取り出し兄さまのそばに行き渡した。
兄さまが無言で目を通すと忠平様をにらみ
「お前、この文が何を意味するのか分かっているのか?」
忠平様は汗でテカテカになった顔で
「いいえ!知りません!その文は偽造です!私とは一切関係ありませんっ!」
(その5へつづく)