EP89:清丸の事件簿「白牡丹の文箱(ふかみぐさのふばこ)」 その3
忠平様が五寸(15cm)x一尺(30cm)ぐらいの四角いものが入った風呂敷包みを持ってきて文机の上に置き
「これを義姉上に渡してほしい。中身はこれだ」
と包みをほどいて開くと、黒くつやつやとした漆でできた文箱で、光の加減で虹色に輝く貝殻で牡丹の花をあしらった螺鈿(夜光貝その他の貝類を彫刻して漆地や木地などにはめこむ技法)の白牡丹の文箱だった。
私は螺鈿細工は何でも好きなので『わぁ~~キレイ!』とテンションが上がったが、『ん?』と少し気になった。
どこかで見覚えがあったような気がしたから。
う~~ん?どこでだっけ、と考えたけど思いつく前に忠平様に
「では伊予、これをくれぐれも大事に扱って、キチンと義姉上に渡すんだぞ。もし紛失したりしたら責任を取ってもらうからな。」
と怖い顔で睨まれた。
「はい。」
と小さな声で呟いて受け取ろうと手を出すと忠平様がまた
「あっ!忘れてた!書いた文を添えてくる」
と言いながらそれをもってどこかへ行ってしまった。
それを無事に預かり大納言邸に帰った私と竹丸は途中何事もなかったことに安堵し、年子様の対の屋を訪れ、御簾越しに
「伊予でございます。忠平様からお届け物がございます。」
と言うと御簾の中から
「いいわ。お入りなさい。」
と年子様の落ちついた声が聞こえたので中に入った。
風呂敷包みのまま年子様に差し出すと、年子様は目の前ですぐに包みの結び目をほどいた。
パッと中身が見えた瞬間、私は
「えぇっ?!」
と思わず声を上げた。
白牡丹の文箱があるはずの場所に、同じ大きさの白木でできた何の飾りもない、手にトゲがささりそうなくらい何の加工もしていない文箱があった。
私はどうして?いつの間に?!と焦って
「あの~~違うんです!これじゃなくて、忠平様から預かったのは螺鈿で白牡丹が埋め込まれた漆塗りの文箱なんです!なぜこれにすり替わったのかわかりませんっ!」
と半べそをかいた。
年子様は私の表情をうかがい嘘じゃないことを確認している様子で
「では来る途中、誰かに会ったとかどこかに寄り道したようなことはない?その時入れ替わったのかも。」
というので、首を横にふり
「誰にも、どこにも寄り道していません!受け取って真っ直ぐ今ここに来ました!だからすり替えるとしたら忠平様です!」
でもなぜ忠平様がこんなことを?もしかして責任を取らせると言って何かをさせる口実に罠にはめたの?!なんてひどいやり方っ!と憤った。
私が青ざめつつ怒りをにじませているのを見て年子様が
「忠平様がすり替えたのかお前のせいかはわからないけど、なぜ忠平様がそんなことをするの?恨まれるようなことをしたの?」
私は涙声で
「忠平様は私がもしきちんと届けられなければ責任を取らせると仰って・・・」
と言うと年子様はハァ~~~とため息をつき
「じゃぁ何か企みがおありなのね。まんまとハマったのは可哀想だけど、どうしようもないわ。忠平様のいう事を聞きなさい。」
・・・忠平様は私を上皇に会わせようとしていた。どうしよう?兄さまに頼む?でも兄さまが忠平様に何かを勘ぐられて、怪しいとなって上皇に伝わればますます狙われるかもしれない。一人で切り抜けなきゃ・・・。
う~~んと私が黙って考え込んだので年子様は
「私ができることはある?忠平様には紛失の件をまだ黙っていましょうか?何とかなるの?殿はまだお帰りじゃないけどお帰りになったら伝えておくわ。」
私は
「ありがとうございます。そうしてください。」
と頭を下げてその場を辞した。
竹丸にそのことを話すと
「不始末を理由に責任を取らせると伊予を引き取ったあと堂々と上皇に差し出すんじゃないですか?今は若殿の侍女なので若殿の許可がないと何もできないと考えたんじゃないですか?でも若殿は大金を払ってでも姫を渡さないでしょうから安心していいんじゃないですか?」
とのんきに言うので私は硬い表情で
「いいえ。大金なんて払えば私が弱点とバレて兄さまがいいように操られるかもしれない。私が兄さまと関係があると悟らせてはいけないわ!自分で何とかする。」
そしてさっきひらめいたことを竹丸に耳打ちした。
「まずもう一度堀河邸にいってゴニョを見つけてきて、私がゴニョするので、あなたはゴニョゴニョしてちょうだい。その後・・・・」
私は『堀河邸からの道中で怪しいものがなかったかを確かめるためもう一度堀河邸に行く』ことを年子様に伝え風呂敷包みを持って竹丸と出かけた。
(その4へつづく)