EP88:清丸の事件簿「白牡丹の文箱(ふかみぐさのふばこ) 」 その2
つい先日、堀河邸で若殿(時平のこと)に仕えていると、忠平様がやってきて突然意味ありげな微笑みを浮かべて
「兄上、私に宇多上皇の皇女との婚姻話があるのを御存じですか?」
若殿はチラリと目だけで忠平様を見て
「お前は上皇の侍従で気に入られているようだから、話があってもおかしくないだろう。」
忠平様は明らかに含み笑いをして
「年は十六、七で既にお会いし、几帳の隙間からお姿を拝見したんですがね、大変美しい方でした。」
若殿は目を合わせず
「上皇にその年の息女がいらっしゃったのは初耳だが、名はなんという?」
忠平様はニヤリと若殿そっくりの皮肉気な笑顔で
「それはまだ教えてくれませんでした。xxの屋敷に住んでいらっしゃる姫で、そこに通うことになるのですが、上皇がそのことをなぜか兄上に伝えよとおっしゃるのでこうしているのです。」
私はハッとした。
だってxxは宇多帝の姫がずっと隠し育てられていた宇多帝の別邸の場所だったから。
今宇多帝の姫は宮中で椛更衣の女房・伊予として務めているハズだから別人だよね?まさかねぇ、と思っていたら若殿もギクリとした顔で
「お前はいつから通う事になっている?」
と気もそぞろに話していた。
数日後、姫が逃げ出してきて以来初めて宇多帝の別邸に出かけるというので私も『上皇vs若殿』の直接対決!にワクワクして喜んでお伴した。
宇多帝の別邸につくと、若殿は宇多帝の姫がずっと使っていた北の対に向ってズカズカと歩き、途中で乳母やが
「平次様!お久しぶりでございますが!どうぞお待ちを!そこには今ある姫がいらっしゃいますので、どうぞ取り次いでからにしてください!」
とか叫びながら後ろをついていく、その後に私が続く。
北の対の御簾をまくって入り、几帳の蔭に誰かが駆け込む気配を気にせず、辺りをキョロキョロと見まわし
「調度品はそのままだな。主だけが違うということか。」
と呟いた。
やっと追い付いた乳母やが
「平次様、使いのものをやりました。もうすぐいらっしゃると思いますのでしばらく東の対でお待ちください。ここはすでにある姫様の居所でございますので。」
宇多上皇が別邸にお忍びでいらっしゃり、昔のように主従が相対して座したが、昔の打ち解けた雰囲気とは違った緊迫感が二人の間に漂っていた。
上皇は相変わらず柔和な笑みを浮かべ目はギロリと威圧的な光を放ち開口一番
「平次、お前が忠平の婚姻話を聞き急いでここへやってきたということは、お前の元にも浄見はおらぬということか?」
私は、あっ!と納得。
宇多帝の姫を手中に収めている若殿が今更なぜ別邸に来る必要があるのかよくわからなかったが、もし忠平様の話に無関心のままなら宇多帝の姫の居場所を若殿が掌握していることを上皇に教えるようなものだから、あえて上皇の誘いに乗ってやってきたのかと。
若殿は真剣なかしこまった表情で
「はい。浄見の失踪を知ったあの日以来、私も力を尽くして探しておりますが一向に見つからず、この度、忠平の話を聞きここに浄見が帰ってきたのかと思い急いでやってまいりました。」
と堂々と嘘をついた。
上皇はまだ一片の疑いを含んだ表情でため息をつき
「はぁ~~~っ。どこへ行ったのやら。わしはてっきりお前が浄見をかくまっているとばかり思っていたが。行方不明となれば今頃どこぞの川底で儚くなっているかもしれんのう。」
若殿はそれを聞いて心底辛そうな泣き出しそうな表情を浮かべ
「私も・・・、耐えきれません。どうか浄見の身の回りのものを、思い出として頂戴できませんか?それを見て彼女を思い出し心の支えにしたいのです。」
と真に迫ってなかなか上手。
上皇は扇で手をうち
「よかろう。許す。持っていきたいだけ持っていくがよい。ただ順子のものは持っていくなよ。」
・・・う~~ん、つまり、あの皇女は順子様というのか。
若殿が少し眉を上げ
「よろしければ伺いたいのですが、母君はどちらの方ですか?」
上皇は何でもないという風に手を振り
「菅原道真の娘・衍子だよ。三年前に女御にしたが以前から通っておったのだ。」
上皇の許可を得た若殿は宇多帝の姫の持ち物であった、螺鈿細工の文箱・硯箱・化粧箱・筆・櫛・衣・双六・巻子本など身の回りのモノを持ち出した。
乳母やは若殿とやり取りした文まで上皇には内緒で取っておいたらしくそれも若殿が受け取って持って帰った。
帰り道、若殿はニコニコして
「浄見が見たらきっと喜ぶぞ~~~!」
とウキウキしてた。
**********
「で、私の身の回りのものは今どこに置いてるの?兄さまから何も受け取っていないわ。」
とちょっとイラっとしながら竹丸に聞くと
「多分、堀河邸じゃないかなぁ?まだ渡してないとすると。」
そうこうするうちに堀河邸についたので、東の対の出居に案内され、竹丸は忠平様を呼びに行った。
(その3へつづく)