EP87:清丸の事件簿「白牡丹の文箱(ふかみぐさのふばこ)」 その1
【あらすじ:時平様の『不愛想で傲慢』という噂とは正反対の『謙虚でいい人』と噂の弟君・忠平様に目をつけられた私は、噂からは想像できない仕打ちを受けた。やり返さないとこのままでは舐められて自分の身が危ない!ので私なりの仕返しを用意した。細工は流々・・・だけどあとは仕上げを御覧じろ!と上手くいくかはわからない。温厚な私も『幸せな将来』の危機には息を撒く!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
ある日いつものように大納言邸に里帰りし侍女として昼餉の膳を下げようと廊下を渡っていると竹丸が走り寄ってきてコソっと耳打ちした。
「伊予、若殿の弟君の忠平様が、東の対に来るようにとおっしゃっている。」
・・・誰?が何の用なの?といぶかった。
兄さまに弟妹がたくさんいるのは知ってたけど、特に仲のいい人はいないはずだと勝手に思ってた。
「今すぐなの?兄さまが朝政から帰ってきてからではダメなの?」
竹丸は肩をすくめ
「忠平様に今すぐあの侍女を呼んで来いっ!と命じられただけで、詳しいことはわからないよ。」
と他人事を決め込む。
竹丸は幼いころからの兄さまの腹心の侍従で私と兄さまの関係も知ってるはずだから、そんな命令ごまかそうとすればできたはずなのに、なぜ?と不審に思って
「もしかして、菓子か銭を忠平様に握らされた?で、断り切れなかったの?」
竹丸が目を泳がせ口をとがらせ
「さ、さぁ?・・・いいじゃないですか!お話があるだけですよ。多分。昼間っから無体なことはしないって、さすがに。常識はおありになる方だから。」
『常識は』、て何よ!何がないのよ!思いやり?倫理観?
渋々東の対に出かけると忠平様がウロウロと歩き回って待っていて
「あぁ!お前だよ!伊予というのか?さぁさぁそこに座ってくれ」
と自分と対面して座るように指さした。
忠平様は兄さまに顔は似ているけど目元の彫りが少し深く、兄さまよりもっと思慮深そうに見える。
確か今年十九で従四位下で備後権守で宇多上皇の侍従を務める弟君と竹丸が言ってたから出世コースに乗ってる人ね。
昇殿は許されている身分だけど、上皇の侍従を務めているせいか、宮中で会ったことは一度もなかったし、大納言邸でも今日が初めて。
一応竹丸にもついてきてもらって、後ろに座ってもらい、忠平様と対面して座り、扇で顔を隠しながら話を待っていると
「お前、まさか兄上の手が付いてはいまいな?」
といきなり不躾かつ下品な質問をされたので、知的かつ上品に『まだふみもみず』みたいな掛詞とか使ってお洒落に返そうかと思ったけど、焦りすぎ恥ずかしすぎて
「そっ!そんなわけないでしょっ!」
といたってフツーにため口で答えてしまった。
まぁお洒落に返そうとしてもな~~んにも思いつかないのだけど。
忠平様はニヤニヤと揉み手しながら
「よぉ~~し。それはいいぞ!上皇の好みにピッタリだ!」
と一人で喜んでる。
後ろにいる竹丸がちょっと焦って
「あの~~四郎様。伊予は『まだ』お手はついていませんが、『つく予定』ですから早とちりなさらないよう・・・」
と言うので『つく予定』もなんかイヤね!兄さまったらそんなことまで竹丸に話してるの?と思っていると忠平様は
「いやいや!そんなことはどうでもいい。今、兄上とそういう関係でなければいいんだ!お前!伊予、今すぐ堀河の屋敷にくるんだ。お前にお使いに行ってほしい、上皇様に届けてほしいものがあるんだ。」
私と竹丸はハッと息を飲み、私はガバっと突っ伏して頭を下げ
「そっ、それだけはお許しください!わたくしは上皇様にお会いすることはできないのです。」
と口にしながら言い訳を考えようと焦っていると竹丸が後ろから
「じ、実は伊予の父親が、え~~その昔、上皇様にえ~~無礼を働きまして、え~~と、一族もろとも二度と目の前に姿をみせるな!と厳しく叱責されたのです。」
忠平様は疑わしそうに竹丸を見て
「本当か?伊予の顔を見て娘だと分かるほどご不興を買ったのか?なら仕方ないな。でも・・・・」
と思案顔になり
「まぁいい。じゃあ堀河邸にきて義姉上への贈り物を持って帰ってくれ。」
私は宇多上皇に会わずに済んだことにホッとして思わず。
「はい。それなら。」
と頷いてしまった。
宇多上皇は屋敷を逃げ出す原因にもなった方だけど、赤子の頃から名目上育ててくれた恩があるので、会えば絶対連れ戻されてしまう気がする。
幼いころはたまに屋敷にやってきて、『元気か?』とか『ちゃんと行儀や琴といった女子の嗜みは勉強しているか?』とか型どおりのことを質問するので『はい』とか『父さまのおかげです』とかテキトーに答えていれば満足して帰っていくので、あんなことをされるまでは特に何の感情もわかなかったけど、あの事件の後は思い出すだけでも嫌な気持ちになる。
でも、きっとワケがあって母さまが育てられないから、その代わりに父さまが十五の年まで育ててくれたので嫌いにはなりきれないし屋敷に戻れと言われれば断りきれないかもしれない。
私が父さまに育てられることになった経緯を兄さまに聞いても『知らないほうがいい』とはぐらかされる。
竹丸も一緒に、兄さまの本邸である堀河邸に向かった。
堀河邸は兄さまの育った実家でもあり今は正室の廉子女王が北の方として、妹君たちとまだ結婚していない弟君たちが住んでいる。
その道中、最近兄さまと忠平様の間で起こった出来事を竹丸が話してくれた。
竹丸いわく
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(その2へつづく)