EP78:清丸の事件簿「金鷲の舞姫(きんしゅうのまいひめ)」 その3
『雰囲気が大事』とのことで、その巫女舞は日が暮れてから、遣戸と格子で締め切った対の中で灯台を灯して行われるとの事だった。
私や侍女たち、従者たちは几帳の後ろから眺め、年子様と並んで兄さまは脇息にもたれ扇を弄びながら座していた。
黄昏時の幻想的な薄暗い雰囲気の中、温禰胡姫が登場し、従者たちは笛や太鼓などの鳴り物を取り出した。
温禰胡姫は素肌に濃紺の紗の小袖をはおり、真っ赤な短い丈の括袴をはいているので、象牙のように白い、細い足が脛のあたりから裸足のつま先まで見えていた。
濃紺とはいえ紗の衣の下の素肌には胸を覆う真っ赤な布が巻き付けられているほかは何もつけておらず、紗の衣から透けてみえる鎖骨や肩や腕、締まったお腹が白く光って見える様子は官能的であり天女を見てるかのように人間離れしていた。
袴の裾には白い太線で四角い模様が描かれており、そこからのびる象牙のような白い足のつま先にはキラキラとした貝殻のような爪がならんでいた。
ツヤツヤとした黒髪は後ろで束ねられており、真珠と貝殻をつなげた頭飾りが額を縁取り、手には海鳥の羽を全体にあしらった扇を持っていた。
音に合わせて、身体を前後に逸らしたり、上半身を前にかがめて後ろに足をあげたり、前に飛び跳ねたかと思ったらつま先立ちになりクルリと素早く回るという踊りは今までに見たことがなく、その肉体の柔軟性と躍動感に感動して、ウットリと見惚れてしまった。
足を前に高くあげたあと横に伸ばしながら身体をひねり、優雅に腕を差しだし、そのまま兄さまの方へ上半身を傾けたときは、そのバランスの美しさと、兄さまが温禰胡姫を見つめる陶酔の表情にドキドキハラハラした。
・・・帝がハマるのも仕方がないわ!!
と納得しながら、夢中で踊りを見つめていると、辺りに少し変わった匂いの香が漂い、煙を吸うと、頭に霞がかかったようにぼんやりとして気持ちがよくなった。
温禰胡姫の持つ、白い羽でできた扇がひらひらと舞いその描く弧を見つめているとなんだか眠いようなウットリとした夢見心地になった。
「もう結構。ありがとうございました。誰か、遣戸と格子をあけ放ってくれ。空気を入れ替えたいんだ。」
と突然兄さまの落ち着いた声が響き、ハッと眠気が覚めた。
空気が入れかえられると、頭がすっきりした。
兄さまは温禰胡姫の一行を引き留め、夕餉と酒をふるまい、機嫌よさそうによくしゃべって場を和ませた。
その間、私は侍女として膳や酒を運んだり下げたりで忙しくし、ゆっくりする暇はなかったが、兄さまが温禰胡姫を見つめる回数だけは数えていた。十回は超えてたわね!
・・・っちっ!何よ!最後は酒を飲みながらジッと温禰胡姫を見つめたきり黙り込んでるっ!
と舌打ちしながら気づかないうちにギリギリと奥歯をかみしめていた。
確かに、舞っているときのあの柔らかな肉体とか、象牙のようなすべすべの肌とか、躍動的なバネとか、彫りの深い顔立ちとか、すべてが完璧な美しさだから、誰でも虜になるけど!
何よ!もう私から乗り換えたの?と怒りを通り越して情けなくなって、涙がにじんだ。
温禰胡姫一行が帰った後、問い詰めようと兄さまを自分の対に呼び出したけど、なぜか『心ここにあらず』なのでますます不安になって恐る恐る
「・・・あのぉ、帝が夢中になってるのもあの温禰胡姫でしょ?・・・その、帝があの姫を入内させるなんてことにはならないの?」
と聞くと兄さまが、ハッとして
「いや、それはない。いくら彼女が元・陸奥守の娘であっても、賤しい生業をしてる以上、入内は無理だ。」
私はえぇ!と驚いて
「以前の陸奥守の娘がなぜ旅芸人をしているの?」
「父君がなくなって、生活に苦労されたらしい。舞や歌ができた上にあの美貌だから、それを最大限に活かしたんだろう。ああやって全国を旅してまわれば、彼女なら金子に困ることはない。」
とやっぱり上の空で答える。
帝が気の毒になって
「でも、帝が本気で好きになって、生涯離れたくないと思ったら、やっぱりどうにかして入内させようとなさるんじゃない?」
兄さまは険しい顔で首を横にふり
「いや。臣下たちが許すはずがない。それに、彼女には気になるところがある。」
気になるところ?それは兄さまが?と思って、つい声が小さくなってモゴモゴと
「その・・・兄さまは・・・、兄さまも、彼女を好きになったの?彼女を恋人にするの?」
と言ってしまった。
だって、帝が本気で彼女を所望すれば、貴族の養女にして身分を偽らせるとか、入内させる方法を兄さまならいくらでも思いつきそうなのに、それをしないという事は・・・そういうことじゃないの?
と泣きそうになった。
兄さまは、ビックリした顔で私を見つめ
「何を言ってる?私が?あの舞姫を?」
と言ったきり複雑な表情で黙り込んだ。
(その4へつづく)