EP77:清丸の事件簿「金鷲の舞姫(きんしゅうのまいひめ)」 その2
清原祥有、安倍和好の屋敷を訪ねそれぞれに話を聞いても、二人とも
「刀や武具の配給のことは全く存じておりません。頂戴したいと申請をしたこともありませんし、物が届いたこともありません。」
と寝耳に水の様子だった。
「じゃあ、刀と武具はどこへ行ったの?」
と私が目を丸くして兄さまに聞くと、兄さまは硬い表情で
「配達した大舎人に話を聞くしかない。」
安倍和好の屋敷では、笛や太鼓の音が鳴り響き、笑い声も聞こえたので兄さまが
「賑やかな客人がおありですね?」
安倍和好は愛想笑いを浮かべ
「ええ。余興の旅芸人が市で芸を披露する間、寝床を貸し、我が家でも余興を演じてもらっているのです。」
と控えめに言った。
安倍和好は実直そうなお堅い感じの四十前半ぐらいの男性だったので、余興好きが少し意外だった。
芸人の余興を肴に酒色と女色にふけるところを思わず想像してしまう。
・・・でも世の中の『中年男性』という生き物はみんな『酒色』『女色』『権力』『賭博』のどれかに依存して生きてるのよ多分。
次に訪れた大蔵卿の邸宅はさすがに大きくて立派だったけど、私が一番驚いたのはとにかく金ピカだったこと。
屏風にも厨子棚にも、とにかく金箔が半端なくたっくさん!使われていた。
几帳の帷にも金糸が織り込んであるのかピカピカしていたし、机や脇息などの調度品や、鳳凰の置物全体にも金箔が施されていた。
そのうち遣戸や格子にも金箔を張り付けるんじゃないかしら?と思いつつ、はぁ~~!とため息をつきながらぼんやりと口を開けて見とれていると、兄さまに肘でつつかれて我に返った。
・・・やばっ!ヨダレがでてなかったかしら?
兄さまが探るように大蔵卿を見て
「官物の分配の文書を確認し許可なさいましたよね?」
大蔵卿は難しい顔で
「うむ。確かに許可したが、刀と武具が清原祥有と安倍和好に偏って分配されていたことは記憶にない。下のものが偽造したんじゃないかな?」
大蔵卿は色黒で頬がこけた四角い顔の五十ぐらいのオジサン。
この人は『権力』が大好きなタイプ?あと『金ピカ』も?
大蔵卿が関与を否定したので、結局は刀と武具を実際に荷車で配達した大舎人に話を聞くしかなかった。
配達した大舎人の元を訪れ話を聞くと、その大舎人ははじめは
「ちゃんと清原祥有様と安倍和好様の屋敷にキチンと届けました。彼らが嘘をついている!」
と言い張っていたが、兄さまが
「本当のことを言わないとお前が横領を疑われて獄につながれるぞ。」
と脅すと渋々口を開き
「実は、配達途中に強盗に襲われ奪われたのです。その強盗たちが『黙っていても誰にもバレない。もし誰かに話せばお前の身が危ないぞ』と言うので、強盗に遭ったことを誰にも言わずにいたのです。現にこの一か月の間は誰にも咎められませんでした。」
・・・たしかに清原祥有も安倍和好も届くと思ってなかったんだから、途中で奪われても訴える人がいないもの。
じゃあ誰が奪ったのかしら?大蔵卿の文書を偽造したのと同じ犯人?じゃあ大蔵省の人間?
大納言邸に戻る途中、私は大蔵卿の金ピカ豪邸を思い出して
「大蔵卿は大蔵省のトップだけど、だからといってあんなに金が手に入るものなの?」
兄さまも考え込みながら
「いや、私的に金産出地域と交易するか購入してるんだろう、まさか官物の横領はしてないだろうけど。それにしても・・・」
と兄さまが私の顔を覗き込み、何だか上の空で
「今日は宮中に帰らないの?」
と言うので、え?何かいつもと違う?いつもは一緒にいたがるのに!と思いつつも澄ました顔で
「ええ。今日は大納言邸に里帰りを椛更衣に願い出ておきましたけど、何か都合が悪いの?」
と言うと、兄さまがますますキョドって
「いやっ!そーゆーワケじゃないけど、その、今日は宮中に帰ったほうがいいよ!送るし!」
とますます怪しい。
絶対何か隠してる!
・・・という推測の結果は次の日に明らかになった。
その日、大納言邸で催される秋の宴の余興にきていた旅芸人の中に陰明門ですれ違ったあの女性がいた。
あの市女笠の女性は巫女舞を舞う舞姫だそうで、名前を温禰胡姫といった。
汗をかいてる兄さまを白い目でチラリと見て
「だから挙動不審だったのね。」
とチクチクと言うと、兄さまは汗を袖で拭いながら
「いや・・・これも調査のためで・・・」
と言い訳しようとした。
兄さまがあまりにもキョドるので不信感はハンパなかったけど、それよりも私にとって初めて見る『散楽!』が楽しみすぎて仕方なかったので、ワクワクして
「・・・でも今日はたっぷり散楽が見られるからいいわっ!許すっ!」
とウキウキして余興が始まるのを今か今かと待っていた。
(その3へつづく)