EP76:清丸の事件簿「金鷲の舞姫(きんしゅうのまいひめ)」 その1
【あらすじ:全国から集めた税を貯蔵するための大蔵から紛失した武器と、帝を虜にする舞姫には何か関係があるのか?時平様をも惹きつける魅惑の舞姫はいったい何者?私は今日も早とちりする。】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
ある日、私・浄見は椛更衣のおつきの女房・伊予としてお世話をしていると、帝にお供して大納言である兄さまが雷鳴壺に椛更衣を訪ねたので私も白湯と菓子を給仕した後、几帳の陰で話を聞く。
菓子ではないのだけど、美味しいものの代表みたいな『蘇(乳を煮詰めた乳製品で美味しいもの。バター)』は、正月の酒宴や仏教行事の供物で、たま~~に口にできるのだけど、あれって食べると口の周りにずっとその匂いが残って、ずっと気になるのはなぜかしら?口を漱いでもなかなか臭いが取れず、ずっと『さっき食べたなぁ~~』って思うのよね。あと、牛の乳を袖かどこかにこぼして乾いた時の臭いがクサすぎるのはなぜ?!栄養豊富だから雑菌が繁殖してクサいの?!あと、こぼした覚えがなくどこにこぼしたかわからない食べ物の臭いがずっとするのが気になるし、多分衣のどこかについてるのに場所を特定できないのがイライラするのは私だけ?完全に余談だけど。
帝が難しい顔をして
「先の太政官左大史の奏上について、大納言はどう思う?」
兄さまが畏まった顔で
「さきほどの朝政で取り上げられた、鍵を開けさせたところ、大蔵(諸国からの貢物などを納めた朝廷の倉庫)から刀と武具が多数紛失しているという太政官左大史の奏上の事ですか?たしか太政官左大史が計会帳で確認したところ、大蔵卿の指示で官物(租税として朝廷及び令制国に納入された貢納物)から刀と武具を貴族の清原祥有と安倍和好に分配したとか。」
帝がウンと頷いて
「その数が普通ではないとのことだったな?どう思う?何か異常があるのだろうか?」
兄さまが考え込みながら
「手続きに異常はないですが、数が異常ですね。大蔵卿と清原祥有と安倍和好に話を聞いてみましょう。」
帝が兄さまを見て
「よろしく頼むぞ。」
兄さまは
「かしこまりました。」
と頷いた。
私は兄さまを引き留めて待たせ、水干・括り袴を着て、角髪を結った少年風侍従姿の清丸に着替えると、兄さまに同行することにした。
陰明門から内裏の外へ出ようとすると、ちょうど反対方向から門を入ろうとする一行とすれ違った。
その一行は、市女笠を被り、濃い赤と青の布で仕立てた壺装束姿の若い女性と、葛籠を背負った従者二人だった。
従者たちは獣の毛皮で作った袖のない、丈の短い衣を着ており、少なくとも私は見たことのない姿をしていた。
すれ違いざま、市女笠の若い女性は兄さまの顔を見ると、軽く会釈をし、兄さまはそれに応えるように頷いた。
知り合いなの?と少し気になったので
「都では見ない恰好の一行ですね?兄さまはお知り合いなの?」
兄さまは何でもないという顔で
「先日の、節会の余興で散楽(娯楽的要素の濃い芸能の総称)を演じさせたときに、弄玉・弄刀(今で言うジャグリングのような曲芸)などと一緒に、旅芸人の一座に巫女舞を舞わせたんだ。それを帝がいたくお気に召されて、以後何度か宮中に呼び寄せているようだ。」
私はその余興を見てなかったので、ちょっと羨ましかった。
私の知識では、旅芸人は傀儡子とも言われ、『狩も行っていたが諸国を旅し、芸能によって生計を営む集団になっていき、一部は寺社普請の一環として、寺社に抱えられた。操り人形の人形劇を行い、女性は劇に合わせた詩を唄い、男性は奇術や剣舞や相撲や滑稽芸を行っていた。呪術の要素も持ち女性は禊や祓いとして、客と閨をともにしたともいわれる。』という人々。
さっきの女性と従者は旅芸人一座で従者が毛皮を着ていたのも狩猟をするせいねと納得。
「機会があったら私も見てみたいわ!」
と言うと兄さまは少し眉をひそめ困った顔をして
「あぁ~~えぇ~~、・・・そうだね」
と嫌そうに言ったのが何だか怪しかった。
その巫女舞を私が見ると何か都合が悪いことでもあるの?
帝がハマったならよっぽど興味深いんでしょ?
(その2へつづく)