EP74:清丸の事件簿「静穏の弦音(せいおんのつるおと)」 その6
次の日、大納言邸に再び河堀が現れたが、これは兄さまが呼び出したから。
少なくとも今のところ兄さまに男色の噂はたってない。昨日の今日だから『まだ』なだけ?誰にも見られていませんように!特に知り合い、と心の中で祈る。
河堀に向かって兄さまは機嫌よく
「昨日はおかげでいいものを見れました。あなたの企みはまだ半分ぐらいしかわかりませんが、五弦琵琶の盗難と呪いの謎は大体解けましたよ!」
と笑いかけた。
河堀は何のことかわからないという表情で戸惑いながらも
「それはよかったです。波子姫とはうまくいきましたか?美しい姫でしょう?一人にしておくのはもったいないくらいの。」
兄さまはニヤリと笑って
「その話は、またあとで。では五弦琵琶盗難事件、というほどのものでもないですが説明しましょう。あの五弦琵琶はそもそも波子姫の母君のもので、波子姫の母君が源多様の恋人だったということですね?
妻が病がちになったので源多様は五弦琵琶を手放そうと考え、元の持ち主に返したというだけでしょう?その話に尾ヒレがついて呪われた五弦琵琶が何者かに盗まれたと話が大きくなったのです。波子姫は母君から聞いて知っていたんでしょう?知らないふりをして私をおびき寄せる餌に使った。」
河堀は驚きもせずウンと頷き
「なるほどそうですか。考えてみれば簡単な事ですね。確かに源多様と波子姫の母君は一時期、恋人だったという話がありましたね。あなたをおびき寄せる餌?というのはちょっと言い過ぎではないですか?」
と言い、ハハハと乾いた笑い声をあげた。
私が我慢しきれず
「五弦琵琶の呪いもわかったの?一体何なの?なぜ音が鳴らない琵琶なのに弾くと病になるの?」
兄さまが私にニッコリと微笑み
「音が鳴らないわけではなく、音は鳴っていたが、普通の人が聞き取れない音域(超低周波音、超高周波音)だったんだ。だから鳴らし続け、それを聞き続ければ体に不調はでる。」
私がえぇ?と思って
「なぜ源多様の北の方は音が鳴らないのに弾き続けたの?」
「自然の虫が羽をこすり合わせて出す超高周波音(キリギリス、クサキリ、クビキリギス)はジーっという雑音に聞こえるが、快く聞こえ、リラックスにもなる。もし敏感な聴力で快感を感じていたなら弾き続けてもおかしくない。」
私がハッと思い出し
「第一から三弦は太いから低くて聞き取れない音(超低周波音)で、第四・五弦は細いから高くて聞き取れない音(超高周波音)を出していたのね!」
と合点した。
兄さまが
「そもそも、狂ったように弾き続ければ音が鳴ったとしても体調を壊しただろうし、音が鳴らないのに弾き続けたのも周囲から見ればおかしいと思うが、音はちゃんとでていたんだ。聞き取れないだけで。源多様の北の方には心地いい音だったのかもしれないし、それが周囲の人々にも影響を与えた。」
河堀もへぇ~~~!と目を丸くして面白そうに聞いていた。
兄さまは河堀に向かって
「ところで、あなたが波子姫を使って探らせようとした情報は何ですか?次の除目に空きが出そうな役職ですか?それとも発行させたい太政官符でもあるんですか?」
河堀は不意を突かれたという風に狼狽え
「はっ?一体何をおっしゃってるんですか?私が波子姫をあなたの懐に潜り込ませようとしたと?」
兄さまはニヤリと笑って
「あなたは私だけでなく藤原玄象のことも波子姫を使って探ろうとしましたね?」
私はこれには驚いて
「えぇっ!どういうこと?突然?藤原玄象がなぜ関係あるの?」
と思わず声を出してしまった。
波子姫に兄さまと共寝させて恋人関係にし、兄さまから情報を引き出したり、兄さまを操って都合のいい命令を出させたりしようと河堀が企んだことはわかったけど、藤原玄象にも同じことをしたってこと?どうしてそれがわかったの?
(その7へつづく)