EP73:清丸の事件簿「静穏の弦音(せいおんのつるおと)」 その5
・・・やっぱりな。
初めからそのつもりで河堀も五弦琵琶の呪いや盗難の話を餌に兄さまの関心を引いて、結局こうなることを企んでたのね。
ムムーーーーーッ!
と怒りがわいたが、儚い身の上の、侘しい女性の一人暮らし、を考えると、寂しすぎて死んでしまいたくなるだろうし、兄さまという最強の後ろ盾は喉から手が出るほど欲しいに違いない、と思った。
私は硬い表情で
「では、殿、侍所でお待ちしております。」
と頭を下げ、その場を下がった。
侍女が厨から波子姫と兄さまのいる主殿に夕餉の膳を運ぶのに忙しそうに行ったり来たりしてる。
侍所でぼんやりとそれを見ていると何だか自分が惨めになった。
手入れが行き届いていない背丈ほど伸びた草むらから情緒なんてないくらい、なきわめいている虫の声が耳につく。
『なぜ兄さまが女性と楽しんでいるのを最後まで待っていなければいけないの?』
と従者の立場にイライラしたが、ぼんやりしていると涙が出そうになるので、五弦琵琶の盗難や呪いの謎について考えてみた。
時平が上の空でソワソワしながら酒と夕餉の肴をつついていると、御簾の外で清丸の声がした。
「波子姫、殿、お邪魔して申し訳ありません。大納言邸より急ぎの報せがあり、大納言邸の西の対より火が出たとの事で、至急、殿にお帰りいただきたいと申しております。」
と私が従者の口調で御簾の中に向かって告げると、御簾の中では兄さまが慌てた気配がした。
兄さまは(多分)渡りに船!の様子で波子姫に
「姫、誠に残念ですが、今日はお暇致します!さっ!清丸!急いで帰ろう!大変だ!」
と御簾を押して慌てて出てくると、私に目配せし足早に二人で屋敷を辞した。
・・・大納言邸からの急ぎの使者なんて来てないことはすぐにバレるだろうけど。
帰り道、波子姫の屋敷から充分離れると、私たちは急いでいるフリをやめ都の大路をトボトボと歩き出し、後ろをついていく私は兄さまの袖をクイクイと引っ張り
「本当にお邪魔だった?」
兄さまは黙って歩き続ける。
私はもっと強く引っ張り
「もし逆の立場で私が男の人に迫られたら、兄さまに救い出してほしいと思ったの。だから・・・」
と言いかけると突然兄さまが振り向き私を胸に抱きしめた。
「・・・浄見は私のことで嫉妬すらしてくれないのかと思った。」
私が兄さまの背中をポンポンと叩いて
「だって、イチイチ嫉妬してたら身が持たないと言ったのは兄さまでしょ?考えても悲しくなるだけだし。私と付き合う前のことは仕方ないし。要するに、心の中で嫉妬してても顔に出してないだけで本当は・・・」
とブツブツ言う私の顎をつまんで口づけようとするので、私は真っ赤になって焦って
「兄さま!ここは大路の真ん中よ!人が見てるわ!」
「見てないよ」
と唇を寄せてくるので、慌てて
「侍従となんて、男色の噂がたつわ!」
・・・ただでさえ好色で噂が絶えないのにこれ以上、醜聞のネタを他人に提供しなくてもいいのに!と真っ青になった。
兄さまは額を私の額にくっつけて
「浄見なら、男でも、侍従でも構わない」
と意味不明な事を言いながら私のあごを摘まんで口を開かせ、覆いかぶさるようにして口づけた。
私たちは久しぶりに、長い口づけを交わした。
(その6へつづく)