EP71:清丸の事件簿「静穏の弦音(せいおんのつるおと)」 その3
その皇族の姫・波子姫の屋敷につくと、元は大きかったお屋敷なのに、建物が壊され土地が売られて小さくなったように、今はこじんまりしていた。
主殿と北の対、侍所、厨ぐらいからなると見える屋敷で、客から見える範囲はかろうじて手入れされているという庭だったが、住人の居住空間は丈の高い雑草が伸び放題、木の枝も伸び放題の雑然とした雰囲気だった。
使用人も侍女たった一人が侍所で応対してくれて、
「主を呼びに行ってまいりますので、主殿でお待ちください」
と言われ、兄さまと私の二人で廊下を渡った。
私は雑然とした庭の様子やところどころ朽ちた廊下を見ながら、
『皇族の姫でも後ろ盾となる父母君がおられないとこんなに寂しい暮らしになるのねぇ。』
とさっきまであんなに浮気を阻止してやる!と意気込んでいたのに、もし自分が急にこんなに侘しい暮らしをすることになったら心細くて耐えられないかも・・・と波子姫に同情して
『もしも兄さまが彼女を気に入ってお世話したいと言いだしても、反対できるかしら?力になってあげてもいいんじゃないの?と言ってしまいそうだわ。』
とすっかり弱気になって
「はぁ~~~~~」
と深いため息をつくと、前を歩いていた兄さまがクルリと振り向いて、私のほっぺを指でつまみ
「今、波子姫が可哀想だから、私が恋人にしても仕方がないなぁとか思った?」
と言うので、ギクッとして
「らって、はわいほーはんらほの。(だって、可哀想なんだもの)」
というと、ほっぺから指をはなし
「浄見は私の気持ちを全然わかってない。」
とムッとした。
しばらく主殿の御簾の前で座って待っていると、サヤサヤという衣擦れの音とかぐわしい香りがし御簾の奥に誰かが現れた気配がした。
「波子でございます。お待たせいたしました。大納言様でございますね?今日は五弦琵琶を見にいらっしゃったとか?」
と透き通った、穏やかな声がした。
兄さまも頭を下げ
「はい。藤原時平と申します。早速で不躾なのですが、その五弦琵琶は一体どこから入手されましたか?」
波子姫が戸惑った様子で
「さぁ?わたくしが物心ついたころから我が家にありましたのよ。手に入れた経緯は母が亡くなったものでわかりかねます。おそらく母が手に入れたと思いますの。」
とゆっくりと答える。
・・・盗難事件は十年前だから、そのときから波子姫の屋敷にあったとしたら、母君が犯人?か母君が誰かから購入したか頂いたか?
でも真相は闇の中?とちょっとガッカリ。
兄さまは続けて
「では源多様の北の方がその五弦琵琶のせいで病がちになったという噂はご存じですか?」
少し間をあけて波子姫がクスクスと笑った気配がし
「ええ。確か源多様も、そばで北の方の演奏を聴いていた使用人たちも体調不良になったと聞きました。フフフ。でもおかしいわ。」
兄さまと私は『なぜ笑うのかしら?』と顔を見合わせ不思議がった。
(その4へつづく)